第39話 さよならラベンダー
第39話 さよならラベンダー
ブルーアイズ伯爵家に口伝される体術でアムネシアはアーロンを投げた。
相手の動きを利用する体術は、大男をたやすく地につけることができる。
「アーロン殿。今の振る舞いは何事ですか? よもやミーリア嬢に暴力を振るおうとした、などと言わないですね?」
アムネシアはアーロンの手首から手を離した。
(カッコいい……アムネシアさんがカッコいいよ!)
道を邪魔する岩のように大きなアーロンが、あっさりと投げ飛ばされた。しかも投げたのはスレンダーなアムネシアだ。ミーリアは目を輝かせた。
「……ぐっ……」
アーロンはよろめきつつ立ち上がり、頭を振って、確かめるようにまばたきをする。
視界が戻ってきたのか、薄く目を開けた。
「ミーリアはアトウッド家のものだ……。渡さんぞ」
「人の話を聞いていましたか? 彼女はすでに女王陛下の家臣です。あなたの権限で合格の破棄はできません。アトウッド騎士爵家は女王陛下の意向を尊重せず、あくまで反論する、ということでしょうか? 爵位剥奪もあり得ると思いますが、それでもよろしければ私を退けてミーリア嬢を拉致しますか?」
アムネシアの言葉遣いは丁寧であるが、容赦がなかった。
アーロンでもわかる言葉で現実を突きつけた。
「……なぜだ!」
アーロンがアムネシアを指さした。
本当は殴りたかったらしい。腕の血管が浮き出ている。
「なぜミーリアが魔法使いになれる!? 適性テストでは才能なしだったぞ! おいミーリア! 貴様なぜ俺に魔法が使えることを黙っていた!」
(言ったら一生こき使われるからだよ)
「それはあなたが一番おわかりなのでは?」
「俺がぁ? 意味がわからん。チビの考えなど知らん!」
ミーリアとアムネシアはため息をついた。
やはりアーロンの脳みそは筋肉でできているようだった。
「お父さま! どうせ大したことのない魔法使いですわ!」
半分ほど目を開けたロビンが参戦してきた。
(まーたややこしくなるよ……)
「適性テストで才能なしだったんですもの! きっと光を出す魔法ぐらいしか取り柄がないんですわ。そうよ! そうに決まってる! 神聖で公平なる試験でしたっけ? ミーリアを合格にするなんて恥ずかしい試験ねぇ……!」
ロビンが漫談を始めた。興が乗ってきたのか、自信を取り戻しつつある。
目はまだ痛いのか半開きだ。
「ふん。ミーリアを連れていくなら、私を連れていきなさい。そのほうが王国の利益になるわ」
「王国の――」
「利益?」
(この人ダメだ……早く何とかしないと……)
アムネシア、ミーリアはロビンが人間でない別の生物に見えた。痛い女も痛すぎるとかえって痛みが鈍化し、一周回っておもしろい女になるらしい。ただし、全然笑えない。
「ミーリア。受験費用の銅貨二百枚とその洋服、どこで調達したのか答えなさい。答えたあと、私にすべてをよこしなさい。いいわね」
(この人が何をしゃべってるのか理解できないよぉぉ)
「あなたが着ている服、なかなかいいじゃない。私のサイズに合わせて作ってもらおうかしら」
ロビンが膝上スカートに白いハイソックスを着用したら……想像するのはやめておこう。
(オーマイゴットファーザー降臨……強烈だよ)
ミーリアは急に胃もたれしてきた。
「銅貨二百枚があったら何が買えるかしら? クッキーでも買おうかしらね。あと、胡椒岩塩もよこしなさいよ。おまえに逆らう権利はないの。私たちがどれだけの食料を使ってきたと思っているの? 何もできないぼんやり七女が、いい加減にしなさい。たまたま光の魔法が使えるからって調子に乗るんじゃありません。早くこっちに来なさい」
「……いやです」
ミーリアは首を横に振った。
「生意気ね! こっちに来いって言っているのよ?!」
穏やかな自分を演じ、それに酔っていたロビンが、すぐに本性をあらわした。
ミーリアはアムネシアのドレスアーマーをぎゅっとつかんだ。魔法が使えても、怒鳴られるのは慣れない。
「黙れ! 貴女の話は聞き飽きた!」
アムネシアが大声を張り上げた。
「――ッ……」
かなりの剣幕にロビンは喉を詰まらせる。
アムネシアはミーリアを見て、小さくウインクした。そのあとに自身の唇を軽く叩いて、うなずいた。
(え……キッスをしろと……ってそういうことじゃないか。ドキッとしたぁ……)
ミーリアはほんのり頬を染め、意図を理解して魔力を練り上げた。
「こ、これはアトウッド家の問題よ、あなたのほうこそ黙りなさい。だいたいね――」
(魔力を接着剤に変換……お口にチャック魔法、発射!)
半透明の魔法が飛ぶ。
ロビンの口に接着魔法がぴたりと貼りついた。
「伯爵の娘がもごぉ。んんっ? ん、んんん、んん、んんんんんん! んんっ! ん
んんっんんっ!」
必死に顔面の筋肉を動かすロビン。軽いホラーである。
うるさいなら黙らせればいい、というアムネシアの考えだ。昨日の試験で接着魔法を見ていたのでミーリアに指示が出せた。
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「そうね、何を言っているかわからないわね」
目配せをする二人。
(よし……一言だけ言ってやろう……四年間のいびりを受けた仕返しだ)
四年間のいやがらせは相当なストレスであった。
これくらいはいいよね、とミーリアは思う。
「さよなら、浮気出戻りお姉さま」
ミーリアは一番言いたいことを言えて、胸がすっきりした。
これが厳選した一言とは、なんともやさしい性格のミーリアであった。
家族はぎょっとしている。
(言ってしまったよ……! って、すんごい顔になってるぅぅっ!?)
ロビンはトマトのように顔を赤くし、般若のような様相になった。
眉を寄せ、鼻っ面に深い皺ができ、怒りで顔が赤黒く変色している。
「ん、ん、ん、んんんんんんんんんんんんんんーーッッ!!」
(ヒィィィィッ! 金縛り魔法……いけっ!!)
ミーリアの魔法でロビンは身動きが取れなくなった。
金縛り魔法は不可視だ。傍から見るとエア芋虫状態である。
やがてロビンが静かになったので、また領主アーロンが前に出てきた。
母親エラ、婿養子アレックスも何か言いたそうな眼差しをしている。アレックスに関してはミーリアのスカート&ハイソックス姿をずっと凝視していた。
揃いも揃って聞き分けの悪いアトウッド家に、アムネシアがついに剣を抜いた。
金属のこすれる聞き慣れない音に、全員が固まった。
「ミーリア嬢は王都へ連れて行く! どうしても止めたいなら私を斬ってみせろ!」
最終警告であった。
領主アーロン、母親エラ、婿養子アレックス、もごもご言っているロビンも、キラリと光る銀色の両刃に顔を青くした。長女ボニーだけはおとなしくしている。
アムネシアは全員をたっぷり睥睨し、シャン、と音を立てて納刀した。
教会が本来の静寂を取り戻した。
古めかしいステンドグラスから光がこぼれ、セリス女神像に当たっている。
「ミーリア、行きましょう」
「はぁい」
アムネシアがミーリアの肩に手を置いた。
「神父、迷惑をかけました」
「いえいえ、私は何も聞いておりませんし、見てもおりません」
「助かります」
(ん? アムネシアさんは、これ以上何も言わないんだね。てっきりアーロンの所業を王都に報告するかと思ったけど……田舎だからどうでもいいのかな)
ミーリアの考えは半分当たりで半分ハズレだ。
アムネシアは伯爵家経由で女王陛下に報告できる。しかし、アトウッド家を取り潰しにしたところで誰にも利益はなく、クロエ、ミーリアという優秀な少女二人が平民出身の経歴になることを懸念した。
王国としては貴族が出世したほうが何かと指示も出しやすく、体面もいい。アムネシアは政治的判断とクロエ、ミーリアの利益を優先した。そしてミーリアの予想通り、こんな田舎の騎士爵位がなくなったところで大した意味もないと思っている。
例えばこれが、ミーリアが暴力を振るわれた、などの行為があったならアムネシアは全力で法の裁きを受けさせる動きをしたであろう。アーロンはアムネシアにひっくり返されてよかったと言えた。
「ミーリア嬢、元気でね。風邪を引かないように」
肩こり、リウマチの治った肌ツヤのいい神父が笑顔で言った。
女神像の前に老神父。絵になる光景であった。
「ありがとうございます。またいつか会う日まで、お元気で」
「あと二十年は生きれそうだよ」
「そうだったら嬉しいです」
ミーリアは神父に頭を下げ、呆然とミーリアを見ているアトウッド家の面々に向き直った。
皆、ミーリアが王都へ行くことが信じられないようだ。
「お世話になりました。さようなら」
口を開け、目をとろんと下げ、最後までぼんやり七女でミーリアは挨拶をした。
「……!」
「んんっ……!」
アーロンとロビンだけは最後まで粘っこい視線のままであった。
「失礼する」
アムネシアが律儀に一礼した。
女騎士二人も一礼し、四人は教会をあとにした。
◯
(やっと出れたよ……)
外に出ると、太陽が真上まできていた。もう昼前だ。
隣を歩いているアムネシアも開放感を感じているのか、深く息を吐いている。
「ミーリア、あらためて、これからよろしくね」
「よろしくお願いします!」
凛々しさとギャップのあるアムネシアの素敵すぎる笑顔に、ミーリアも笑顔で返した。
「いいお返事。荷物は大丈夫かしら。もう出発できる?」
「魔法袋に入っているので大丈夫ですよ。早く行きましょう」
「そうね。ラベンダーは当分見たくないわ」
「私もです。でも、今はつぼみですから、満開になると綺麗ですよ。家族に会わなくてもいいなら、観光がてらまた来てもいいですね」
「来るまで時間がかかるし、私は遠慮しておくわ」
(あ、そっか。アムネシアさんは転移魔法を使えないもんね)
アムネシアが教会の脇にとめてあった白馬に乗り、ミーリアに手を広げた。
「さ、手を。ミーリアは馬に乗ったことがある?」
「初めてです」
「揺れるけどじきに慣れるわ。クロエも最初はつらそうだったけどすぐに平気になったのよ」
白馬に乗ったアムネシアが身を乗り出し、手を出している。
豪奢な金髪が揺れていた。
(そっか……お姉ちゃんもこんな気持ちだったのか……)
ミーリアはアムネシアの白くて細い指が、自由への切符に見え、胸の内が熱くなった。
(さようなら、アトウッド家。バイバイ、師匠……!)
そっと腕を出す。
アムネシアが力強くミーリアの身体を引き上げた。