第38話 クロエの交渉
第38話 クロエの交渉
商業科のベレー帽をビシリとかぶり、 星 ( スター ) を胸元で九個輝かせているクロエが黒髪を揺らし、ミーリアの隣に立った。
クロエが隣にいる。
それだけでミーリアは落ち着きを取り戻した。
(お姉ちゃんの安心感……公爵さまの申し出は悪いことじゃないから、もっと冷静にならないと……)
あらためて冷静になり、クロエに身体を寄せた。
ミーリアがくっついてくるので頬を緩ませそうになるも、クロエは表情を引き締めた。
「お話し中のところ失礼いたします。ミーリアの姉、商業科三年生クロエ・ド・ラ・アトウッドでございます。発言をお許しください、公爵さま」
さすがに公爵と話すのはクロエでも緊張するらしい。声が少し硬い。
「丁寧な挨拶痛み入る。もちろん発言していただいて構わない。私はミーリア嬢を困らせるつもりは毛頭ない。……しかし、我々にもメンツがあることは理解していただきたい」
「はい、承知しております」
(メンツ……そっか! 助けてもらって、何もお返しをしないって公爵としてどうなの? ケチなの? ってなるよね。なるほど……貴族っぽい考えだね)
ミーリアは初めて気づいて、クロエとウォルフを見上げた。
(それにしても絵になる光景だよねぇ……イケオジ公爵、黒髪美少女、銀髪ツインテール魔法少女、その背景に騎士団……絵葉書にしてほしいもんだよ……)
クロエが話してくれているので余裕が出てきたミーリア。
早速、全然違うことを考え始める。
「ミーリアは入学して間もなく、政治に大変疎いです。金銭感覚もまだ駆け出しの商人といった具合でございます。急に金貨一万枚と言われても、この子は目を回してしまいますわ」
「なるほど、それで?」
「ですが、公爵さまのお申し出を断るわけにも参りません。金貨一万枚、謹んで頂戴したく存じます」
クロエがスラスラと言ってのけた。
ミーリアはぎょっとする。
(ちょっとぉぉぉ! お姉ちゃん結局金貨一万枚もらうのぉ?!)
それを聞いたウォルフは笑顔を作った。
「クロエ嬢、お気遣い感謝する」
(いやいやいやいや、家にお金ないのに十億円あげちゃう約束してなぜ笑顔!?)
ミーリア、貴族のやり取りにまったくついていけない。
デモンズマップのクロスワードではまだ勉強が足りないらしい。
「わたくしの提案としましては、受け取りはミーリアが学院を卒業してから十年以内、という形でございます。ご精査くださいませ」
「大変ありがたい申し出だ。後ほど魔法証文をミーリア嬢にお送りしよう。ミーリア嬢、よろしいですかな?」
ここでクロエがミーリアに耳打ちした。
「はいと言いなさい。大きな貸しを作れるわ」
その言葉に、ミーリアがうなずいた。
「はい。大丈夫でございます」
クロエならまかせて大丈夫だと承諾するミーリア。
ウォルフと夫人が、よかったと満足げにうなずいた。
ここでミーリアが「いりません」と言っては公爵家のメンツ丸つぶれである。謝礼は必ず払うつもりでいたが、いかんせん公爵家には金がない。分割払いなど口が裂けても言えないため、いかにして支払いを伸ばすか、ウォルフは苦悶していたのだ。
クロエの提案は公爵にとって渡りに船であった。
さらに、ミーリアにとってもいい提案だ。
まず公爵に貸しを作れる。
次にミーリアの評判も落ちない。すぐに金貨一万枚支払わせたとなれば、石化解呪の美談も公爵家乗っ取りのためか? と疑われ、悪評に変わりかねないからだ。
「クロエ嬢のお噂はそこにいるディアナから聞いている。ディアナがライバルとして見ている理由もわかる」
「お父さま……!」
次女ディアナが咎めるような視線をウォルフに向けた。
ハハハ、とウォルフが楽しげに笑った。
(仲良し親子っぽいね。うちとは大違いだよ……格差や……A5和牛とパンくずや……)
エセ関西弁になって、ディアナとウォルフのやり取りを羨ましがるミーリア。
自分もこんな優しい父親がほしかったと思う。
「恐縮でございます」
クロエが一礼した。
「まだお話したいことがあるのですが、ここから先は個室にてお願いいたします。学院長や教授もおりますので……」
クロエの言葉に、ウォルフが確かにと視線を外し、学院長を見た。
「ジェイムス学院長、夜分に迷惑をかけましたな」
「いえいえ、いつでもお待ち申し上げておりますぞ」
ウサギの顔で笑みを浮かべ、学院長が言った。
二人は旧知の仲のようだ。
それからウォルフ公爵はミーリアに連絡をすると言い残し、夫人と馬車に乗り込んだ。
ディアナ、アリアも石化解呪の瞬間が見たいと、王都にある公爵家へ帰ることになった。
アリアが一緒に来てほしいと何度か言ったが、やはりそこは家族だけで解呪してほしいと思い、ミーリアは丁寧に断りを入れた。
(よかったね……これで一件落着かな?)
馬車を見送りながらミーリアは締めに入ろうとしていた。
主演・アリア、助演・私、と脳内でエンドロールを再生し始めている。
全然一件落着ではないのだが、今はそっとしておこう。
グリフィス公爵家の馬車が見えなくなると、学院長がふむ、と息を吐いた。
寮塔の前に残されたのはミーリア、クロエ、学院長、キャロライン教授だ。
「ミーリア嬢は誠に優秀な魔法使いだ。デモンズマップの謎を解明し、魔古龍バジリスクを討伐――規則違反も目をつぶりたくなる」
学院長がウサギの手で、ぽむとミーリアの肩を叩いた。
聞き捨てならないと、出番を待っていたらしいキャロライン教授がミーリアの顔を覗き込んだ。
「学院長、規則は規則です。授業無断欠席、無断外出、夜間行動、罰則三つは必ず付与いたします。ミーリア・ド・ラ・アトウッド、わかっているのですか?」
ミーリアを見つつ、キャロライン教授が言った。
罰則三つ。
すでに罰則を一回受けているので合計四つ。 星 ( スター ) 剥奪まであと一つ。首の皮一枚つながった。セーフである。
(ひいぃぃぃぃっ、やっぱり罰則ぅ! あと魔女先生の顔が怖いぃ)
よほどの恨みがあるのか、ミーリアを睨んでいる。ついでにクロエにも視線を飛ばしている。
アトウッド家と何かあったのか聞きたい。
「キャロライン教授、わかっている。ミーリア嬢、そこまで気を落とさないでくれたまえ。罰則もあるが、 星 ( スター ) も貰えるぞ」
ダンディボイスなウサギが嬉しいことを言う。
「デモンズマップ解読、魔古龍バジリスク討伐、石化解呪のレシピ入手…… 星 ( スター ) 三つをミーリア嬢に進呈しよう」
「本当ですか?」
「ああ、もちろんだ。本当ならば十個あげてもいいぐらいなのだが、功績一つに一個と決まっていてね。ミーリア嬢の在院中に、この規則は変更したほうがよさそうだ」
ウサちゃん学院長がニヤリと笑う。きっとニヒルな笑いなのだろうが、今は可愛いウサギであった。
「お姉ちゃんやったよ! 星 ( スター ) 三つだよ!」
「ミーリア、すごいわ! アクアソフィアに大貢献したわね!」
「グリフォン印のお菓子! グリフォン印のお菓子!」
「食べてみたいわっ。今年はもっと頑張らないと!」
ミーリアとクロエは手を取り合って喜んだ。姉妹でアクアソフィアクラスの 星 ( スター ) 数にかなり貢献している。一位になるのも夢ではない。
キャロライン教授はしかめっ面でその場を去った。二人が活躍するのは不服らしい。
「今日のところはもう部屋に戻りなさい」
「かしこまりました」
「はぁい」
学院長に見送られて、ミーリアとクロエは寮塔へ戻った。
◯
さて翌日、ミーリアは授業が終わると罰則証明書を三枚、 星 ( スター ) 獲得証明書を三枚、アクアソフィア寮塔の掲示板に貼り付けた。
両方の証明書を同時に三枚貼った学院生は今まで一人もいない。
バカと天才は……いや、これ以上言うのはやめておこう。
色んな意味で紙一重なミーリアである。
(罰則で三枚、 星 ( スター ) で三枚……目立ちまくりだよ……)
穴があったら入って冬眠したい気分だ。
ミーリアが台に乗って証明書を画鋲で貼り付けると、アクアソフィアの寮生が集まってきた。
「 星 ( スター ) 三つ獲得?!」「罰則も三つ?!」「ミーリアちゃん、何したの?」「なんとしてもこれ以上は罰則を出さないようにね!」「でもすごいわ! 天才だわ!」「さすがクロエさまの妹君だわ!」
いつの間にか掲示板前には輪ができ、拍手喝采であった。
ミーリアは嬉し恥ずかしで照れながら、「いやぁ〜、なんか偶然っていうか……」と頭をかいた。
アクアソフィアの団結力は強い。
ドラゴンスレイヤーであるミーリアが天才魔法使いだと皆が認識はしていたが、どうにも見た目がぽわっとしているため信じ難かった。しかし、ここまではっきり実績を残すと自然と皆も腑に落ちて、ミーリアが天才魔法使いなんだと確信が持てた。
(恥ずかしいけど嬉しいなぁ……)
これもすべてアリアのおかげだな、とミーリアは思う。
アリアと行動をともにしてから好転しているような気がした。
(私、今、色んな人と話をしてるよ!)
そんなこんなでアクアソフィアの学院生と話していると、クロエが黒髪をなびかせながら走ってきた。商業科の制服がタイトスカートのため走りづらそうだ。胸についた 星 ( スター ) が上下に揺れている。
ミーリアは姉の姿を見つけると、おーいと笑顔で手を振った。
「ごめんなさい、ちょっとどいてね」
人垣をかきわけてクロエがミーリアに向き合うと、真剣な表情を作った。
「ミーリア、ここからが本番みたいよ。大変なことになったわ」
「どうかしたの?」
「落ち着いて聞いてちょうだい。あなたと、私が、女王陛下に呼ばれたわ。すでに門の前に馬車が待機しているの。急いで行きましょう」
「じょ、女王陛下が……なんで?」
「歩きながら話しましょう。公爵家の方々も王城にいらっしゃるわ。さ、ミーリア、手をつないで。転んだら大変だわ」
ミーリアは白くて綺麗なクロエの手を握り、寮塔を抜けて、学院の正門へと向かった。
(女王陛下の呼び出し……イヤな予感がビンビンにするよ……逃げたい)
ミーリアは転移魔法が脳裏をよぎるも、さすがにクロエを置いて逃げるわけにもいかず、二秒であきらめた。逃げてどうにかなる問題でもない。
「制服はしわになってないわね。あら、リボンが曲がっているわ」
クロエが歩きながらリボンを直してくれる。
身だしなみをやけにチェックされ、否が応でも緊張感が高まってきた。
(悪いことはしてないから大丈夫……だよね? またバジリスクを買い取ってくれるとか?)
ミーリアはクロエの手をぎゅっと握り、校門で待っていた王国エンブレムの輝く馬車に乗り込んだ。