閑章四 絶海の孤島 01
閑章四 絶海の孤島 01
カプル大陸の最南端、貿易都市エルリーゴを出航して5日。
天候にも恵まれ、道中に目立ったトラブルもなく、俺たちは目的地であるハガネ領国へと辿り着いていた。
入港したのは岸壁に造られた小さい港だが、作り自体はかなりしっかりしている。土魔術で削ったり固めたりして作ったのだろうが、コンクリート製と同じくらい頑丈そうだった。
島の規模は、それなりに大きいだろう。遠目から見た感じ、端から端までで4、50キロくらいはあるんじゃないかね?
周辺には大きな島は存在せず、いわゆる絶海の孤島ってやつらしい。この島にしかいない固有のモンスターもおり、独自の生態系が存在するそうだ。
「ようきなすった! 歓迎しますぞ!」
「おお。ゲッコー殿。お久しぶりですな!」
ルシール商会一行を出迎えたのは、穏やかな笑みを浮かべる好々爺だった。髪も髭もないが、白い眉だけがフッサフサだ。身に着けている白い作務衣風の服と草履のせいで、まるで仙人のようだった。
腰も曲がっており、一見すると戦闘力なんぞなさそうに見える。だが、その動きは淀みがなかった。
そもそも、話す前からお爺さんの元気過ぎる姿が見えていたしね。
この港にやってくるためには、岸壁に彫られた長い階段を降りてこなくてはならないのだが、このお爺さんはそこを10段抜かしくらいでピョンピョンと跳躍しながら一気に下ってきたのである。
最初は魔獣かと思って、警戒しちゃったよね。動きがちょっと人離れしてたもん。
お爺さんの視線がフランを向く。というか、フランをガン見しているな。睨んでいるわけじゃないんだが、その真っ直ぐな視線からはかなりの圧力を感じる。
フランはその視線にたじろぐことなく、見つめ返した。互いに不敵な笑みを浮かべながら、視線をぶつけ合う二人。
フランとしては、この爺さんのような実力者がいるなら武芸者集団についても期待できそうだと考えたのだろう。
レンギルがフランたちを見て苦笑いだ。
「ゲッコー殿、ご紹介いたしますよ。あなた方がお待ちかねの新たなランクS冒険者。黒雷姫のフラン殿です」
「ん。私はフラン。こっちがウルシで、こっちが師匠!」
「オン!」
『よろしくな』
「おおおおお! やはり! 恐ろしく強い黒猫族の姫! 凄まじく強い魔獣殿! そして、新たなる神剣殿! 噂に違わぬ……! 素晴らしい!」
「ふふん」
ゲッコー爺さんが全身をプルプルと震わせながら、歓声を上げる。それを見たフランがいつも通りのドヤ顔だ。そして、徐に俺を抜き放つと、切っ先を高々と掲げた。
「師匠はすーぱー凄い神剣!」
「然り! さすが神剣殿! 身に纏うオーラからして違いますな!」
え? オーラ? ホント? 分かっちゃう? 参ったなぁ。
「はっ! 勝手に興奮してしまい、失礼仕った。儂はゲッコーと申す者。此度は依頼に応じていただき、感謝いたしますぞ!」
ゲッコーのテンションがレンギルと話してた時とは全然違うね! 満面の笑みだし、身振りもデカいし!
レンギルは器がデカいから苦笑いだけど、人によっては怒られちゃうからな?
まあ、武芸者なら、フランや俺に出会えて興奮しちゃうのも仕方ないけどさ。
「ゲッコーと模擬戦するの?」
「ふはははは! 儂も是非と言いたいところなのですが、お相手をしていただきたい者たちは他におります」
「ゲッコーよりも強い?」
「遥かに」
「ほほー」
フランの顔が期待に輝く。この爺さん結構強いんだが、それよりも強いやつがごまんといるってことなのかね?
「ゲッコー殿は、政治を担当する大人衆の一員なのですよ」
「武芸も修めておりますが、文官のようなものだと考えていただければ」
え? これで文官? じゃあ、戦士たちはどれくらい強いんだ?
「お客人をいつまでも立たせておくのもなんなので、こちらへどうぞ」
「ん」
港にやってきた時のような常人離れした動きではなく、普通に歩いて階段を上り始めるゲッコー。レンギルがいるからだろう。
その道中にも、色々話を聞かせてくれた。主に、この港がどうやって作られたかという話だ。なんと、土魔術だけではなく、武芸者たちが鍛錬も兼ねて岩を砕き、削って、造成を行ったそうだ。
一部に粗削りな部分が存在するのも、その痕跡であるらしい。
「粗末なところですが、そちらへお掛けくだされ」
粗末というか、質素? 案内されたのは、装飾などが最低限の木造家屋だった。雰囲気的には、日本の古民家に似ているかもしれない。まあ、ここは板間に土足OKだけどね。
あと、出されたのは緑茶じゃなかった。なんか、木の根を煮出したこげ茶色の飲み物だ。非常に素朴そうだが、爽やかな香りがして意外と美味しいらしい。フランはぐびぐびと飲んでいる。
「まずは、黒雷姫殿と模擬戦をしていただく相手なのですが……。その、どの程度の人数であれば、お許しいただけますかな?」
「? 決まってないの?」
「上限を設けなければ、それこそ島の人間全てが名乗りを上げてもおかしくないのです。ですが、何千人もの人間と模擬戦などしていられぬでしょう? そもそも、未熟者が黒雷姫殿に挑んだとて、互いに得るものなどありませぬ」
武芸者の島って言うのは伊達ではなく、全島民が戦闘訓練を受けているようだ。ゲッコーの強さを見れば、その訓練が生半可なものではないことがよく分かる。
専業じゃなくても、心根は武芸者ってことなのかもな。
『さすがに全員は無理だ』
「はい。そこで、こちらとしては20人程度ではいかがかと思っております。どうでしょうか?」
「ん? もっと多くてもいい」
フラン的には島の全員とだっていいと考えているだろうが、それはさすがに時間がかかり過ぎる。
『あー、とは言え増やし過ぎてもあれだから、最大でも50人くらいにしておいてもらえるか?』
「おお! 50人も! それはありがたい! 正直言いますと、模擬戦の権利を賭けて上位者同士が揉めそうでしてな!」
ゲッコーの言葉に、フランはうんうんと頷いている。模擬戦大好きなフランとしては、選ばれたい者たちの気持ちが分かるんだろう。
「それでは、明日までに参加者を――」
「ゲッコー爺! 大変だ! オウリがゲンバに入れ替え戦を申し入れて、ゲンバが受けた! これからすぐ戦うって、修練場に……!」
またしばらく、お付き合いください。
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