閑章四 絶海の孤島 03
閑章四 絶海の孤島 03
想像よりも遥かに広い修練場では、二人の男性が死闘を繰り広げていた。
桃色髪をチョンマゲポニテにした青年と、十手を両手に持つ黒髪の大柄な老人だ。
パッと見は、攻めている刀使いの青年が有利に思える。鋭い斬撃を無数に繰り出し、老人を防戦一方に追いつめているのだ。
だが、老人の動きをよく見れば、そうではないことが分かるだろう。老人は両手の十手を巧みに使い、青年の猛攻を捌いていた。
俺たちから見てもそれなりに強力だと思える斬撃を、時には受け止め、時には弾き、時には往なし、その場をほとんど動かず防ぎ続けている。
十手がオリハルコン製であるというのも大きいだろうが、それ以上に老人の技量が凄まじいのだ。
鬼気迫る表情で刀を振るう青年に対し、老人の表情には余裕すら感じられた。精神的な面でも、老人が一枚上手であるらしい。
「く、そ……!」
「どうしたどうした! 攻撃が雑になってきておるぞ! 一刀斬魔のオウカ流とは思えん腑抜けた攻撃じゃなぁ!」
「うる、せぇぇぇ!」
「未熟未熟! ほれ!」
「っ!」
焦りと疲労のせいで大振りになってしまった一撃を、老人は待っていたのだろう。左手の十手で刀を受け止めると、軽く捻る。
十手の鉤部分が刀をガッチリと咥え込み、ロックしていた。青年は不自然な角度で手首を極められてしまい、力を入れづらいのだろう。十手から逃れることができない。
さらに力を込めて無理やり振り払うか、何とか引き抜くか、刀を手放すか。青年の一瞬の迷いを、老人は見逃さなかった。
「ほりゃ!」
「ぐぁ!」
右手の十手で青年の肩を突く。
十手というのは、怪我をさせずに相手を取り押さえるための武器だ。老人の十手にも刃は取り付けられておらず、先端も尖ってはいない。
だが、この世界の達人が使えば、十手も十分に殺傷能力を発揮するだろう。
十手は青年の纏う魔力の層をぶち抜き、肩の骨が砕けるゴキャリという音が響き渡った。
相当な衝撃があったはずだが、青年の体が吹き飛ぶようなことはない。青年自身が踏ん張ったのもあるだろうが、老人の技術によって肩だけに力が集中したのだ。
利き腕である右肩を砕かれ、圧倒的な不利に陥る青年。だが、彼の顔に諦めの色はなかった。むしろ覚悟を決めたのか、さらに威圧感が高まる。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
「むぅ!」
次の青年の行動は、驚くべきものだった。なんと、口を大きく開くと、咆哮とともに魔力を吐き出したのだ。魔力の波が衝撃波となって、老人に襲い掛かる。
この技で老人の動揺を誘い、隙を作り出すつもりなんだろう。どう対処するのかと思ってみていたら、老人は回避行動を取ることもせず、そのまま魔力波を食らっていた。
意表を突かれ過ぎて動けなかった? 違う。魔力波が目くらまし以上の威力がないことを察して、あえて食らったのだ。
実際、魔力波は老人の纏う気の鎧を破ることはできず、その表面を撫でるだけに終わっていた。一般人が正面から強風を受ける程度の効果かな?
「ふん。浸撃」
「がっ……!」
最後は老人の十手が青年の顎を打ち抜き、その意識を刈り取るのであった。
「なんじゃ? 見学者が増えたのう」
「ゲンバ! 今週は入れ替え戦をするなと言っておったろうが! ええい! それよりもオウリの怪我じゃ! セン! 見てやれ! その後は適当な部屋に放り込んでおけばよい!」
「わ、わかりました」
ゲッコーに怒鳴られた少女が、泣きそうな顔でオウリと呼ばれた青年に駆け寄る。彼女が癒し手なのだろう。
「私が見なくていい?」
「あの様子なれば、センでも十分かと」
倒れ込んだ青年を観察するが、四肢が欠損してもいないし、脳の損傷もないだろう。確かに、ある程度の回復術士がいれば後遺症が残るほどのダメージではなさそうだった。
「俺だって少しは考えてるんだよ」
「本当に考えているなら、入れ替え戦自体受けんわ!」
「うるせぇな。最近のやつは見ていられなくてよ。ちょっと伸び悩んだだけで、自分の道を見失いやがって」
ゲンバが顔を顰めながら肩を竦める。どうやら、オウリ青年に何かを伝えるためにあえて入れ替え戦を受けたらしい。
「今回は俺が勝ったが、本来であればこれほど圧倒的な結果になる実力差じゃねぇ。デカかったのは心の有り様。つまり、やつは精神的に未熟だったってことだな。そこさえどうにかすれば、一皮むけるんだがなぁ」
「それを直接言ってやればよかろう」
「俺に言われただけで納得するタマかよ。だいたい、俺の弟子でもないんだ。教えてやる義理もねぇよ」
「今回の入れ替え戦を受けたのにか?」
「似合わない挑発かましてきやがったから、ちょいとお灸を据えてやったのさ!」
照れた様子でまくしたてるゲンバ。この爺さん、ツンデレか? まあ、オウリという青年に目をかけているということは分かった。
「オウリが焦っておったのは知っていたが、急に入れ替え戦をしようと考えたのは何でなんじゃ?」
「そりゃあ、そこのお嬢さんが島に来ると分かったからだな」
「ん? 私?」
「おう。見りゃ分かる。黒雷姫殿だろ? 強いなぁ!」
「ん」
「黒雷姫殿と模擬戦ができるのは序列上位者のみって話だったじゃねぇか? あいつ、ランクS冒険者と模擬戦をすれば自分の限界の壁を突破できるんじゃねぇかって考えたみたいでよ。焦って、すぐに序列を上げようって考えたらしい」
あー、そういうことね。確かに伸び悩んでいるのであれば、何が何でも上位者との模擬戦をしたいと考えるのかもしれない。武芸者ならなおさらだろう。
「あの男の人、序列低いの?」
「たしか、47位とかだったか? 因みに俺は20位だな」
あの若さでその順位は、悪くないんじゃないか? 47位ってことは、普通に模擬戦できる順位じゃん。
「まあ、オウカ様の血を引く者として、周りからの期待を敏感に感じちまっているんだろうよ」
「オウカ様?」
「この島の伝説的な武芸者にして、神に認められしオウカ流刀術の開祖ですじゃ」