閑章四 絶海の孤島 08
閑章四 絶海の孤島 08
「しぃ!」
藪医者のコクトーとの模擬戦。立ち上がりは静かであった。
音もなく移動してきたコクトーが、その手に持つ妖刀・藪医者を突き出してくる。
フランは難なく躱したが、ちょっと驚いたぞ。上半身が一切ブレることなく、まるで地面を滑るようにスーッと移動してきたのだ。
繰り出した突きも、前兆のほとんどない無拍子のような攻撃であった。威力のない牽制のようなものだったが、かなり速い一撃である。
コクトーの無拍子は、本来使う筋肉の動きを最小限にすることで、相手に動きの起こりを察知されないようにする技術だ。
コルベルトが、自身の奥義として練習していた技術でもある。まあ、あっちは魔力放出を使ったものだったから、コクトーの無拍子とは厳密には違うけどね。どちらも高度であることは間違いない。
コクトーの無拍子はあまりにも滑らかで、普通の人間なら気づかずに斬られていただろう。
そこからコクトーは休むことなく、攻撃を繰り出し続けた。威力よりも速さ。速さよりも虚をつくことを優先した、軽くとも一撃を当てようという攻めだ。
勝つことを諦めて、一発当てることを目的としている? いや、この島の武芸者が、そんな後ろ向きな戦い方をするわけがない。
コクトーは一見すると優男だが、その攻撃にはしっかりと殺気が乗っている。つまり、当てればそれだけで有利になる、何かがあるのだ。
例えば毒。これなら、コクトーの戦い方にも説明が付く。かすり傷を狙い、そこから毒を送り込むことが目的なのではなかろうか?
フランも気づいているのか、しっかりと守って僅かな傷も負わない。
「……はっ!」
「!」
だが、コクトーもさすが序列6位。まだまだ本気ではなかった。突如として、動きの質を変えたのだ。
今までも速かったが、この男にとっては準備運動にすぎなかったのだろう。緩から急へ。
コクトーが神速の踏み込みから、突きを見舞う。フランは咄嗟に回避しつつ、カウンターを繰り出したが――。
「くはっ! 凄まじい威力ですね……」
「む?」
コクトーは左腕に装着していた小型のアームシールドで、フランの攻撃を逸らしていた。それでもシールドがベコリと凹み、腕にダメージが入っているだろうが。
対するフランは、二の腕にコクトーの攻撃が掠っていた。赤い線が刻まれ、タラリと血が流れだす。
いつもなら無視するはずの傷だが、フランは軽く眉をしかめた。対するコクトーは細い目を更に細め、ニヤリと笑う。
「……毒? それに、再生しない」
「ようやく一撃入りましたか。手前が藪医者と呼ばれる前は何と名乗っていたか、教えて差し上げましょう。かつての二つ名は、『毒刃』でございます」
どうやら、刃に無味無臭の毒が塗ってあったらしい。多分、麻痺毒だろう。魔術ではなく、自身で調合した毒であるようだ。
「この島では珍しいですがねぇ。ダンジョンのゴーレムに毒は効きませんし」
そりゃそうだ。多くの人間はダンジョンで修練するみたいだし、そこの敵に全く通用しない攻撃を磨く者は少ないだろう。
さらにコクトーは語る。
「そして、この藪医者の能力ですが……。ズバリ、再生の阻害。再生スキルや治癒魔術を乱し、回復を遅らせる効果があるのです。毒とは非常に相性がいいでございましょ?」
「なるほど」
地味だが、非常に強力な効果だ。それに、回復魔術を阻害するということは――。
「む?」
「解毒の術はしばらく効きませんよ?」
アンチドートもアンチパラライズも無効化された。さすが魔刀の能力なだけあり、かなり強力なのだ。
このコクトーは対人戦に特化した戦い方を極めているのかもしれない。今こうやって話をしているのも、ただ承認欲求を満たすためのお喋りではない。時間を稼いでいる。
麻痺毒がより回るのを待っているのだ。何から何まで、計算されている。
「では……いきます! 異常強化!」
「!」
コクトーの動きが急激に速くなった! 藪医者から魔力が流れ込んでいるのが分かる。
相手の再生を阻害するだけではなく、装備者を強化する能力もあるのだろう。多分、生命魔術を再現しているのだ。
ただ、コクトーの生命力と魔力が、グングン減っていくのが分かる。強化率が高い代わりに、反動や代償が大きいのだ。
麻痺毒で相手を鈍らせ、デメリットのある強化で一気呵成に勝負を決める。それが、藪医者のコクトーの戦い方であるらしい。
だが、フランは笑っている。心底楽し気に。
「すごい!」
「くふ! この状況で笑いますか! さすがでございますね!」
「そっちも!」
「ふはははは!」
互いに笑いながら、激しく斬り合う。コクトーの繰り出す攻撃は、今までのような当てる目的の攻撃ではなく、倒すための一撃に変わっていた。
急所を狙い、鋭い突きを連発してくる。そして、フランが放つカウンターを紙一重で回避し続けている。毒や魔刀を使わずとも、この男は強かった。
だが、フランは直撃を避け続ける。麻痺毒で動きが鈍っても、フランの方がまだ速いのだ。基礎的なステータスが違い過ぎた。
とは言え、すでに何度か攻撃がかすっているので、これ以上戦うなら俺が介入せねばなるまい。そう思ったんだが、フランは戦いながらも成長していた。
「ふん!」
「なんと! 解毒を?」
「魔術に魔力たくさん籠めたら、なんとかなった」
「ははは! 魔術も一流でございますか! さすがのお手前で!」
なんと、俺の力を借りずに自力で解毒を行ったのだ。フランは魔力を込めただけだと言っているが、当然それだけではない。藪医者の効果を上回るだけの魔力を込めたうえで、体内で魔術を循環させて全身の毒を効率的に消し去ったのである。魔力量と制御、そろっていなくてはできない芸当だった。
普段俺がやっていることを、自力で真似たのだろう。魔術師としても、一段上に上ったことは間違いなかった。
「くふふ! これは、なんとも……!」
「はぁぁぁ!」
結局、毒の影響から抜け出したフランがコクトーを押し切り、最後はその首に俺を突き付けて勝利をもぎ取っていた。
だが、フランがこれだけ消耗しているのは、今回の模擬戦では初めてである。さすが序列6位であった。
「……お見事でした」
「ふぅ。コクトーも強かった」
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