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239話 聳え立つ壁

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239話 聳え立つ壁

ミリムは激怒した。

必ず、かの諸悪の根源たるヴェルダを除かなければならぬと決意した。

扉を開け放ち、ヴェルダの座す王の間へと進む。

壁には透明なカプセルが規則正しく並び設えられており、その中には透明な液体が満ちていた。

一つ一つのカプセルに浮かぶのは、未だ生まれ出ぬ天使達である。

虚ろなる器に、魂のエネルギーが注入されている最中なのだ。

肉体を有さぬ故に、天上でしか存在を維持出来ぬ存在。

ある程度の自我が確立したならば、地上でも短時間ならば活動出来るようになるだろうが……。

そうなるには、今暫くの時間を必要とする。

ミリムはそうした天使達に目もくれず、真っ直ぐに玉座を目指す。

この天界の中心部。

全ての中枢にして、天帝の座す場所である。

ヴェルダは今、名実共にこの城の支配者であったのだ。

天空城の自動防衛システムがミリムの殺意に反応し、ミリムを敵だと判断した。

警報が鳴り響き、 守護機神 ( ガーディアンドール ) が出現する。

しかし、ミリムの持つ首飾りを見て、その動きを止めた。

「コレヨリ先ニハ、オ通シ出来マセン。引キ返シテ下サイ」

ミリムに警告する人形達。

だが、ミリムは完全に無視していた。

「どくのだ」

そう言うなり、無造作に拳を振るい、人形の一体を破壊する。

人形達はミリムに攻撃出来ない。

それは、ヴェルダの身内である事を示す首飾りがあるせいであった。

ミリムを止める事が出来る者はいない。

そんなミリムの前に、一人の女性が立ち塞がった。

「ミリム様、ご立派になられて……」

涙ぐみつつ、ミリムに近寄ろうとする女性。

黒一色のドレスを着た、穏やかな感じの美女であった。

「サロメか……久しいな……」

ミリムの表情が一瞬喜びに輝き、そして――

「違う、な。お前は、サロメではないのだな……」

悲しそうに表情を曇らせつつも、一閃。

ミリムを抱きしめようとした女性を真っ二つにする。

その傷口から滴るのは血液ではなく、成分不明の透明な液体であり――その千切れた胴体から毀れ出るのは、贓物ではなく精密な機械であった。

「……ああ……ミ、リム……様……。ご、立派……に……ピッ――――」

伸ばされた手がミリムの頬に触れ、そこを伝う雫を拭う。

そのまま地面に崩れ落ちるサロメを模した人形。

幼きミリムを育て、教育した女性。

古き日、ミリムに看取られてこの世を去った女性。

生きている筈がないのだ。

永劫の時を生きるミリムと違い、彼女はルシアに仕える侍女の一人でしかなかったのだから。

人間であったサロメが、生きている道理はない。

だが……どうしても考えてしまう。

その魂を呼び寄せて、人形に宿したのではないのか、と。

そんな事は不可能である。

それがミリムの出した結論であり、正しい真理であった。

ミリムは迷わず人形を破壊し、未練を断ち切った。

それは正しい事である筈なのに、人形の満足そうな笑みと何故か溢れた涙が、ミリムを惑わせるのだ。

そう――

もしかして、本当は彼女は――

「酷い事をするね。せっかく君の為に、死者の魂を呼び寄せたというのに。喜んで貰おうと思って、こっそり用意したプレゼントだったんだけど……気に入らなかったかな?」

涼やかな声がミリムの耳に届いた。

振り向くまでもない。

その声の主は――

「ヴェルダか。貴様、覚悟は出来ているのだろうな?」

「覚悟……何の事かな?」

怒りの表情のミリムに対し、ヴェルダはあくまでも、涼しげな笑顔のままだ。

対照的な感情をぶつけ合い、二人は対峙する。

リムルへの連絡もまだだが、それに関してはミリムは心配していなかった。

先程、ルシアを葬る際、勇者クロエの残滓を感じたからだ。

あまりにも見事な剣の軌跡が、『多重存在』すらも超えてルシアの本体へ届いていた。

ほんの一瞬の出来事ではあったが、それを見逃すミリムではない。

地上では、ルシアに支配されていた者が解放された頃合である。とはいえ、リムルが何やら影に潜んで画策していたようだし、既にある程度の対策は講じられていただろうけど。

そういう意味で考えるなら、わざわざ連絡しなくても、彼女が此処にいるだけでリムルには全て伝わるだろうとミリムは信じていた。

ヴェガという愚か者は、真っ先にリムルの部下に滅ぼされている。

カザリームという小者も、レオンを倒しきれずに倒れたようだ。

ダグリュールの敗北も、ルシアが騒いでいたので把握している。

ディーノが何処で何をやっているかは不明だが、あの抜け目のない男の事は、心配するだけ無駄であった。どうせその内ひょっこりと現れるに決まっているのだから。

つまり、ヴェルダの配下は全て倒れたと言っていい。

「お前の自慢の四凶天将とやらは、全員敗北したようだな。後はお前だけだぞ、ヴェルダよ。ワタシを怒らせた報い、きっちりと受けるがいい」

ミリムはそう言うなり、その手に魔剣"天魔"を抜いて構えた。

肩を竦めるような仕草をしつつ、ヴェルダは笑顔のままにミリムを見つめる。

「遊んであげるよ、ミリム」

その言葉が開始の合図となった。

天性の動きで、ミリムが連続剣技を披露する。

だがしかし、ヴェルダはそれを紙一重にて回避してみせた。

未だ無手のままであり、ミリムに対して余裕の態度を崩さない。

それはミリムの怒りに火をつけ、魔剣"天魔"がそれに呼応したかのように脈動を始めた。

剣表面の錆が落ち、蒼白い刀身がその姿を現す。怒りの波動を吸収し、刃を強化しているようだった。

「死ね! 天魔竜星斬 ( ドラゴ・ブレイク ) !!」

ミリムの怒りを具現化したような苛烈な斬撃が、無防備なヴェルダへと吸い込まれる。

しかし――

「残念。少し遅いね」

ヴェルダは余裕の動きでほんの少し後方へと下がり、ミリムの剣を回避して見せる。

だが、それはミリムの思惑通り。

「滅びの時は、今!」

ミリムの剣を回避したその時、立ち位置が逆転した。

ミリムが王の座の前に立ち、ヴェルダが下座に立ったのだ。

そして、ヴェルダの立つ位置の後ろには――地上と天界を繋ぐ唯一の出入り口である、天空門が聳えていた。

ミリムは最初から、ヴェルダと天空門を同時に攻撃する機会を狙っていたのである。

右手に持つは、魔剣"天魔"。

左手に込めるは、破壊の意志。

ミリムは今、ヴェルダに向けて全力全開で 竜星爆炎覇 ( ドラゴ・ノヴァ ) を解き放つ。

煌くような星の光に似た蒼白い光芒が、幾重にも重なりヴェルダを貫いた。

それは膨れ上がるように周囲を圧し、ミリムが入ってきた入り口へと向けて全てを貫くように拡大していく。

光の洪水が生まれ、立ち並ぶ柱を全て吹き飛ばした。

そしてその先には、壁のように聳え立つ天空門。

全てはミリムの狙い通り。

ヴェルダを貫いた蒼白い光芒は、その勢いを増して天空門へと突き刺さった。

◇◇◇

光が収まった時、天空城の半分が綺麗に吹き飛ばされ、消滅していた。

残ったのは城の後半分、ミリムの立つ位置から後ろに向けてのみである。

だが、天空門だけは存在したままであった。

無数のヒビが入り、無傷という訳ではなかったものの、ミリムの最大最強の攻撃に耐えて見せたのだ。

いや、違う。

(直前で光の屈折を確認出来たが、まさか――)

ミリムは油断なく構えを解かない。

そして、それは正解であった。

「うん、流石はボクの娘だね。まさか、流しきれずに門にも影響が出るとは思わなかったよ」

楽しそうな響きを声に滲ませ、ミリムに話しかける者がいる。

言うまでもなく、ヴェルダであった。

無傷のままのヴェルダが、いつの間にかミリムの後の椅子に座っていたのだ。

驚愕を押し殺しつつ、ミリムは平然とした態度でヴェルダに向き直る。

「ほう……? 竜星爆炎覇 ( ドラゴ・ノヴァ ) を受けて無傷とは……」

「ああ、超高密圧縮による超新星爆発を起こす究極魔法だったね。核撃魔法" 重力崩壊 ( グラビティーコラプス ) "の究極完成形だけど、 星粒子 ( スターダスト ) を自在に操れないと行使不可能。まさに、君に相応しい究極魔法だよ。でもね――」

思わず毀れ出たミリムの疑問の声に、ヴェルダは事も無げに説明を始めた。

手に薄い光の膜を創り出し、それをミリムに見せ付けながら続ける。

「ボクも操れるんだよ、 星粒子 ( スターダスト ) を。破壊に指向性を与えて、限定空間のみに影響を与えるようにしている以上、影響を逸らすのは簡単さ」

そう説明してのける。

ヴェルダとしては、威力を流しきれずに門に影響が出た事に驚いているようだが、ミリムにとってはそれどころではなかった。

ヴェルダは簡単に言っているが、ミリムの思考を読み解き、その狙いを全て把握していなければ出来ない芸当なのだ。

何よりも、 星粒子 ( スターダスト ) を操れる者など、ミリム以外には存在していなかった。

本来、解析すらも不可能な魔法であった筈なのだ。ギィでさえも、核撃魔法の重複相殺という荒業でしか防ぐ事が出来なかった究極魔法であったというのに……。

それが今、ヴェルダが簡単に操ってみせた。

それはつまり、ヴェルダにとっては容易く封じる事の出来る魔法でしかないという事であり、ミリムの切り札が一つ失われた事を意味する。

(化け物め……)

今初めて、ミリムは本当の意味で、ヴェルダの実力の一端に触れたのである。

「さあ、気は済んだかい? 君にはボクと子供を作って貰わないといけないからね。ケガをさせたくないんだよ。そろそろ遊びにも満足しただろ? 大人しくしておくれ」

優しい笑顔で、子供に言い聞かせるようにヴェルダが言う。

ミリムは必死に思考する。

打つ手はないか、可能な限りの演算予測を駆使し、ヴェルダへの有効打を模索した。

しかし、ミリムの高すぎる能力が、その全てが通用しないという無慈悲な結果を指し示すのだ。

(クッ、やはりリムル達が来るのを待つべきだったか……)

ミリムが後悔しかけたその時――

――ピシリッ――

と、その場に小さな音が響いた。

視線を動かし、音の出所を見るミリム。

ヴェルダも釣られるように、音の出所へと視線を向ける。

「何ッ!?」

そして初めて、ヴェルダの表情に驚きが走る。

まさに今、全ての者を阻むように聳え立つ天空門に、大きな亀裂が入っていたのだ。

そして――

光が亀裂から差し込んで、直後に轟音を轟かせて門が崩れ落ちた。

「やれやれですわね。何て頑丈な門なのかしら?」

「本当だよね。ボク達が三人がかりで、何度も弾かれるとは思わなかったよね」

「そうだな。リムル様から命令を受けた時は、簡単な任務だと思ったのだがな」

そんな事を喋りながら、門を潜って侵入して来る三人の女性。

テスタロッサ、ウルティマ、カレラ。

リムルの命により、今ようやく天空門の破壊に成功したのだった。

「でも、最後に内側から衝撃が走ったようでしたが――」

「あれ、誰かいるね?」

「――なるほど、内側で取り込み中だった、という事だな」

三人はミリムとヴェルダに目を向けて、ある程度の事情を察したようだ。

テスタロッサが邪悪な笑みを浮かべて、ヴェルダを凍える視線で射抜く。

「ねえ、貴方達。あの方を殺せば、お手柄ではなくて?」

「だよね、だよね! どうやら、ボク達が一番乗りみたいだしね!」

「ミリム様も苦戦なさっているようだし、助太刀しても文句は言われないだろう」

テスタロッサの言葉に頷く二人。

そして三人は、それぞれの武器を手にヴェルダに相対する。

◇◇◇

ミリムは状況を分析し、勝率を考える。

リムルはミリムの予想した通り、絶妙なタイミングで手を回してくれた様だ。

ヴェルダに対抗するには心許ないが、一瞬でもヴェルダの気を逸らす事が出来れば、全力の 天魔竜星斬 ( ドラゴ・ブレイク ) を叩き込む事が出来るだろう。

竜星爆炎覇 ( ドラゴ・ノヴァ ) のエネルギーを凝縮させ体内から爆発させれば、 星粒子 ( スターダスト ) を操る事も出来ずにヴェルダは滅ぶしかない。

ミリムは一瞬でそう判断した。

「お前達、すまんが手を貸すのだ!」

ミリムの叫びに、嬉しそうに頷く悪魔三名。

ここに来て、閉ざされていた勝利への道筋が、ほんの小さなものとはいえ出来たのである。

そんなミリムを面白くなさそうに見るヴェルダ。

視線を動かし、三人の悪魔を見る。

そして、言う。

「ミリム以外と遊ぶのは面倒だな。お前達に適した相手を用意してやろう」

そう告げて、ヴェルダはその手に宝珠を取り出した。

ミリムと悪魔三名は、ヴェルダの行動に警戒する。

しかし、それは一瞬にして生み出されてしまった。

ヴェルダの前に立つ二人の人物。

豪華な黒い衣装に身を包んだ老齢の男。

旧帝国陸軍正式礼服を着こなす短髪の軍人。

二人は不思議そうに戸惑った表情のまま、周囲を見回していた。

「わ、私は確か少女に技を託して死んだ筈……」

「自分は何故ここにいる? 生きていた――いや、それは有り得ない」

ウルティマに技を託したダムラダと、カレラに意思を託した 近藤達也 ( タツヤ コンドウ ) だった。

だが、決して本人ではない。

それは二人の反応が証明している。

「やあ、目覚めたようだね。その身体の調子はどうかな?」

「これは、ヴェルダ様! すこぶる快調ですぞ」

「ヴェルダ様、お久しぶりで御座います。自分を呼ぶという事は、何か任務でしょうか?」

ヴェルダを前に、ダムラダと近藤は忠誠を示す姿勢を取る。

それは生前の彼等からは、決して想像出来ない姿であった。

その二人を見て戸惑うのはウルティマとカレラだ。

決して有り得ないが、その二人は余りにも本人としか見えなかったから。

「騙されるな! それは、記憶のみを宿した 偽者 ( コピー ) だ。しかも――ヴェルダに都合良いように、記憶の書き換えも行われている……。本人の魂は消滅したのだろう? 死者を蘇らせるなど、神にすら出来ぬ!」

ミリムの叫びに、ウルティマとカレラも真実に気付いた。

驚く者達に、ヴェルダの陽気な声が届く。

「正解。さっきミリムには侍女を作ってみせてあげたからね、原理はそれと一緒なんだよ。不思議な事に、生者の記憶は集められないし、一度しか利用出来ないんだけどね。この 記憶の宝珠 ( メモリーオーブ ) は、死者の記憶を再現出来るんだよ」

三つ目の宝珠を取り出して弄びつつ、ヴェルダはそう語った。

更に言葉を重ねる。

「その宝珠を核として、天使達のエネルギーを集めて仮初の肉体として生み出したんだ。地上では活動出来ないけど、ここなら関係ないしね。それに、技術のない人格を幾ら使っても、 神智核 ( マナス ) に進化させてみても、強くはなかったからね……。今度は強い意思を持つ者を再現してみたんだよ。覚醒魔王十体に匹敵するエネルギーと、強固な意志。どうかな、結構強そうだと思わないかい?」

ヴェルダは笑いつつ、説明した。

その言葉の意味を理解するにつれ、悪魔達の表情が怒りに染まる。

人の魂を弄るのは、悪魔の専売特許である。だから、その事に関して文句を言うつもりはない。

しかし、自分達が認めた人物の記憶を弄ぶ事は、自分達への冒涜である。

彼女達は基本的に我侭であり、自分の行為は許せても他人の行為は許容出来ないのだ。

「どうやら、本当に死にたいようですわね」

「ボク、カチンときちゃったよ」

「ワタシを怒らせるとは、中々出来る事ではないぞ」

客観的に自分を見る事の出来ない悪魔三名は、好き勝手に怒りを表明した。

そして、それはミリムも同様である。

「油断するなよ。ヴェルダの相手はワタシがするが、長くはもたない。さっさとあの偽者を始末するのだ」

そう三人に命令する。

そして、天上での戦いが始まったのだ。

冒頭は○○○のオマージュ!?

念の為、前書きに移しました。