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番外編 -未知への訪問- 07 反撃と邂逅

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番外編 -未知への訪問- 07 反撃と邂逅

それは一瞬の出来事だった。

カルマンは、決して油断などしていない。

それなのに……。

「リムル様より賜ったこの貌に傷をつけた罪、償ってもらうぞ」

冷たい声が届いたと同時、五体の 強化外装 ( パワードスーツ ) が捕捉していたはずのベレッタが消失したのだ。

「何ッ!?」

慌ててセンサーを確認するも、ベレッタの反応はなく……いや、あった。

「――ッ!!」

声なき叫びを上げ、仲間の一人が崩れ落ちる。

それは、信じ難い光景だった。

だが次の瞬間、カルマンは自分の常識を疑う事になる。

空間が揺らぎ、そこからベレッタが出現したのだ。

その前方には、仲間が一人――

「ジョグ、後ろだっ!!」

「――えっ?」

カルマンの絶叫は届かない。

音よりも速く、ベレッタの細腕がジョグを貫き 強化外装 ( パワードスーツ ) を引き千切った。

複数の触手がジョグを引き摺り出して、主を失った 強化外装 ( パワードスーツ ) はその場に崩れ落ちる。

最初の仲間に何が起きたのか?

その答えが今、目の前で実演されたのだ。

「ば、馬鹿な……」

「なんてヤツだ、一瞬で二人もやられるなんて……」

残った二人が呻くように洩らす言葉を、カルマンも同じ気持ちで聞いていた。

だが、カルマンが部下達と違うのは、驚愕するだけではなく対策に頭を巡らせていたという点である。

(コイツは今、どうやって移動した? 空間が揺らいだように見えたが、まさか――空間転移、じゃねーだろうな!?)

超速移動なら、それこそ衝撃波が発生するはずだった。

しかし、そんな痕跡はまるでない。

音よりも速く移動して、大気に影響を与えない――カルマンはそんな技術など、噂でさえも聞いた事がなかったのだ。

あるとすれば――移動ではなく、転移。

カルマンの考えは、かなり正解に近かった。

ベレッタは、 究極贈与 ( アルティメットギフト ) 『 機人形之王 《 デウス・エクス・マキナ 》 』の『空間操作』にて、自分の位置を敵の背後と入れ替えていたのである。

あくまでもベレッタが認識出来る範囲の空間限定ではあったが、それは現象として 空間転移 ( テレポート ) と違いはない。

「うぉっ!? やめ、止めろ!!」

三人目がベレッタに捕まった。

それを見てカルマンが動く。

「ちきしょうが、舐めるな!!」

二人目がやられた時点で準備していた 中性子収束砲 ( ニュートロンランチャー ) を構え、迷う事なく発射する。

下手をすれば仲間も巻き込んでしまうが、化け物のようなベレッタを倒す為には止むを得ない、と判断したのだ。

発射された中性子線は塊となって、亜光速でベレッタに迫る。

それは対象と衝突して膨大な運動エネルギーを伝達し反応する事で、対象の物質を超高温のプラズマと化す。

――そのはずだった。

「ば、馬鹿な……そんな馬鹿なぁあああああ!!」

カルマンの目の前で、非現実的な現象が起きていた。

ベレッタの直前で中性子線が屈折し、天空に消えたのだ。

カルマンの機械的な視野には、大気中の原子核と反応しプラズマと化しながら天空へと消え去る中性子線の残光が、ハッキリと映っていた。

あらゆる情報が、それが決して観測エラーではないと示している。

ベレッタは無防備に立ったままだ。

しかし、何もしていない訳ではない。

ボキリ、バキリ、グシャ――という不気味な音を立てながら、ベレッタの触手の先端部分が、最初に引き剥がした 強化外装 ( パワードスーツ ) を破壊していた。

その淡々とした作業がベレッタの深い怒りを表しているようで、カルマンに底知れぬ恐怖を思い起こさせる。

「き、貴様……今、何をした?」

そんな不気味な光景に耐えられず、思わず問うカルマン。

答えなど期待していなかったのだが、意外にも返答があった。

「簡単だ。その攻撃の性質を見極め、対処したのだ。極小でありながら質量を持つ粒子を収束させ、超高速の塊として対象にぶつける兵器か。恐るべき威力、しかし――」

しかし、とベレッタは続ける。

空間の角度を歪めてビームを屈折させれば問題ない、と。

極小の粒子は、対象物質の原子核と反応しなければ脅威ではないのだから。

「さ、最初の攻撃で見切ったと言うのか? だが、何故無事なのだ!? 貴様は確かに直撃を……」

「無事、だと? リムル様より頂いたこの 仮面 ( マスク ) を台無しにしてしまったというのに、何が無事なものか!! しかも、秘匿すべきこの素顔まで――」

怒りを抑えるようにベレッタが言う。

腹に空いた穴の方が問題だろうに、その手に握り締める仮面を気にしている様子。

そんなベレッタは酷く歪で、カルマンから正常な判断力を奪っていく。

しかしその時、密やかにベレッタの隙を窺っていたカルマンの四人目の部下が、ベレッタの背後から攻撃を仕掛けた。

強化外装 ( パワードスーツ ) の手の平には、小さな射出口が幾つかある。その一つから、鮮やかに虹色の輝きが迸った。

熱プラズマだ。

熱核融合炉で生じたそれを、そのまま武器として噴出したのである。

「殺った!!」

その叫びと当時に、ベレッタが超高温で熱せられ――それなのに、美しい銀髪の一本さえも焦げ付きもしない。

色鮮やかなプラズマの中、無傷で佇むベレッタ。

その幻想的な光景にカルマンは思わず現実を忘れて、つい見蕩れてしまう。

そして――

ベレッタが小さく嗤った。

ベレッタが最初に 中性子収束砲 ( ニュートロンランチャー ) によってダメージを受けたのは、それが未知なる攻撃だったからだ。

中性子線は、滅多な事では自然界に存在しない。

故にベレッタの知識にはない性質だった為に、『多重結界』を通過し反応を許す結果となってしまった。

身体を流体化させていたお陰で致命傷を避けえたのは、ベレッタにとっては幸運だったのだ。

知識を得た今ならば『多重結界』での防御も可能だったのだが、この場で大爆発が生じる可能性を考えて、敢えて『空間操作』で屈折させたのである。

カルマンの腕の角度から中性子線の収束点を予測するなど、ベレッタには造作もない事なのだった。

仮定の話をしても意味はないが――もしもカルマンが、初撃で 熱圧縮剛拳 ( ハイパーインパクト ) ではなく 中性子収束砲 ( ニュートロンランチャー ) を使用していたならば、ベレッタの身体はプラズマとなって消滅していた事だろう。

それで死ぬ事はないにしても、完全再生には時間がかかったはずである。

頭部が吹き飛ばなかったのは、その材質が 究極の金属 ( ヒヒイロカネ ) に進化していたからだ。

究極の金属 ( ヒヒイロカネ ) は不変の性質を持つが故に、外部からの生半可な影響では破壊される事はないのである。

ましてその性質を変化させるなど、それこそ不可能な話であった。

だが今や、その対策も万全だ。

そして今回の熱プラズマだが、これはベレッタにとっても十分に馴染みのある法則だった。

ならば問題はない。

単純な超高熱による攻撃ならば、保有する 魔素 ( エネルギー ) 量によって限度はあるものの、ベレッタに備わる『自然影響無効』によって無効化出来るのだから。

とは言え、この世界には魔素がないので、万全ではない。

つい先程までならば、ベレッタと言えども多少はダメージを負うはずであった。

そう、つい先程まで だった ( ・・・ ) ならば。

今のベレッタには、彼等の武器であるプラズマ熱など通用しない。

何故ならば――

「貴様……さっきから何を……? 何故プラズマが通用しないんだ――ッ!?」

ありったけのプラズマを浴びせかけ、それでも無傷のベレッタを見て、カルマンの四人目――最後の部下が恐慌状態に陥った。

そんな部下の様子に、思わず我に返るカルマン。

彼が混乱するのも無理はない、とカルマンは思った。

その余りにも常識からかけ離れた光景を見て、正気を保つのは困難だ、と。

攻撃者が巻き込まれないように指向性を持たせた超高温のプラズマは、ベレッタの周囲に張り巡らされた 障壁 ( バリア ) によって完全に遮断され、天井に空いた大穴へと流されている。

そして上空で拡散し、消滅する。

それは紛れもなく、 強化外装 ( パワードスーツ ) に備わる 電磁障壁 ( ビームバリア ) の機能であり……。

そして、カルマンは知る。

ベレッタの触手で分解されていた 強化外装 ( パワードスーツ ) を見て。

「まさか、取り込んだのか……?」

――そう。

ベレッタは 強化外装 ( パワードスーツ ) を分解し、その機能を完全に解析していた。

そして自分の力として取り込み、その能力を十全に扱えるようになっていたのである。

それだけではなく、その力はより最適化され、強化されていた。

究極贈与 ( アルティメットギフト ) 『 機人形之王 《 デウス・エクス・マキナ 》 』の新たなる権能、『機械支配』として――

「え、隊長? 今、なんて――」

その言葉を最後に、四人目が倒れた。

ベレッタの触手に殴打され、意識を刈り取られたのだ。

残るは、カルマンただ一人。

カルマンはその時初めて、ベレッタの素顔を――見た。

切れ長の目に、薄い唇。

スッと通った鼻筋が、その表情を引き締めて美しさを際立たせている。

その貌は白磁のように白くありながら、激しい怒りによって薄っすらと桃色に色付いていて――とても作り物だとは思えない。

だが、紛れもなく――

(――ああ、こいつは……間違いなく、人じゃあないな。しかし、なんと……)

「美しい」

思わずカルマンの口からこぼれたのは、この一言だった。

明らかに人工的でありながら、不気味の谷を超克した美しさ。

どのような材質をもってすればこのように精緻なる表情を再現出来るのか、カルマンには想像もつかない。

その素顔に、心からの賞賛を送り――

意識の外から放たれたベレッタの触手による殴打の雨を浴びて、カルマンの意識は闇に飲まれる……。

◇◇◇

カルマンは、今は滅びた"都市"の生き残りだった。

あの日、都市に受け入れた難民が蜂起したという知らせと共に、士官学校を卒業したばかりのカルマンは上官からの命令を受けたのだ。

『――他の都市に救援を求める事にした。君に我等が命運を託す。頼んだぞ』

父のように慕っていた上官は、穏やかな眼差しでそう言った。

カルマンには今でもハッキリと思い出せる。

そして今ならば、その時の彼の心情を、痛いほどに理解出来るのだ。

都市の技術力を以ってすれば、他の都市との通信は可能だったのである。

高密度の電磁嵐の中であっても可能な通信設備は、当時から存在したのだから。

それなのに、敢えてカルマン達に命じた理由は幾つかあった。

電磁嵐の中でも飛行可能な万能型戦略偵察機だったが、大戦によってその数を大きく減らしていた。そんな希少な万能型戦略偵察機を、ここで失う訳にはいかないという本部からの命令があった事。

その都市では特殊な研究が行われており、膨大な研究データを失う訳にいかなかった事。

貴重物資を、暴徒に奪われる訳にはいかないという判断があった事。

等々、だ。

その当時、万能型戦略偵察機を操作可能な最年少の尉官が、カルマンだったというのも理由だろう。

だが何よりも――

戦争で我が子を失ったその上官にとってカルマンは、息子同然であった。

上官は、カルマンを逃がしてくれたのだ。

まだ若い四人の仲間達とともに……。

都市上部の飛行場から、積めるだけの資材と資料を詰め込んで、万能型戦略偵察機は発信準備が整えられていた。

まだ若かったカルマンは、上官の意図を悟る事など出来ず、言われるがままに受け取っていた。

この任務は救援依頼なのだと信じて、再び皆を助けに戻るのだ、と。

そう、疑いもせずに。

その結果、愛する家族だった母と妹、そして父のように慕っていた上官を、永遠に失う事になってしまったのである。

当時付き合っていた恋人のシャルルも、また……。

後悔、悲哀、憤怒。

そうした様々な激情を経て、許せるものか、とカルマンは魂に誓った。

それが、理由。

カルマンがレジスタンス達を憎悪し、一切の容赦をしなくなった理由であった。

その後、カルマンと部下四名は、 南部都市 ( サウスシティ ) に引き取られた。

当時、軍部で台頭していた若き将官であるミッシェルの下で、レジスタンスと戦う事になったのである。

そうして時は移り、帝国の樹立と同時に、自ら志願して機械化手術を受けた。

前線で働く兵士として。

南部の支配者となったミッシェルは何も言わず、それを許した。

そして、現在に至る。

………

……

…

昔を思い出し、カルマンは憂鬱な気持ちで目覚めた。

一瞬何をしていたのか思い出せずに戸惑ったが、周囲の様子を見て青褪める。

自分達がベレッタに敗北し、捕まったのだと悟ったのだ。

「よう、目が覚めたか?」

その言葉に顔を上げると、カルマンにも見覚えのある男が部屋の入り口に立っていた。

ザザである。

五名を監禁している部屋で、見張りについていたのだ。

体内時計を確認すると、ベレッタとの戦闘から半日ほど経過しているようだ。

まだ生かされていた事に戸惑いながらも、カルマンはザザに質問した。

「……アンタは?」

「ザザだ。カルマンだな? 有名人に会えて嬉しいよ」

「ハッ、こっちは最悪の気分だぜ。てっきり殺されたものと思ったが、まだ生かされていたとはね。俺達を拷問するつもりか? だとしたら――」

「いや、 機械化兵 ( サイボーグ ) に拷問なんて意味はないさ。そんな事は 俺は ( ・・ ) 百も承知よ。お前達を生かしている理由だがな……」

ザザはそこで一旦言葉を区切り、溜息を吐いた。

そして叫ぶように言い放つ。

「ヴェルドラって人が、反対したんだよ。理由? そんなの知るかよ! あの人は言い出したら聞かないし、何故かその言葉にラミリスさんやベレッタさんが従うもんだから、俺達にはどうしようもなかったんだ。あの人が何を考えているのか、こっちが聞きたいね!」

と。

その憤懣やるかたないといった様子には、レジスタンスが嫌いなカルマンでさえ、少し同情してしまう程であった。

不満をぶちまけた事で、ザザは少し落ち着いたようだ。

「だがまあ、帝国と交渉しようと話をしていた矢先の出来事だし、お前らを殺さなかったのは正解なのかもな。お前らにとっては勿論、俺達にとっても……」

「おいおい、俺達は単なる末端の兵士だぜ? 人質としての価値はない」

「フフッ。いやいや、それもわかってるさ。ただな、俺としても戦い続けるのに疲れちまったのかな、って思ってさ。あんな出鱈目で能天気な人が、まだ生き残っていたんだと思うとよ、なんだか笑えてきてな。ずっと張り詰めて生きて来たのが、馬鹿馬鹿しく思えたのさ。おっと、そうそう。そろそろ他の皆も起き出す頃だし、俺達も行くぞ!」

ザザはそう言って、カルマン達に立つようにと促した。

黙って会話を聞いていたカルマンの部下達も、言われるがままに従っている。

機械化兵 ( サイボーグ ) とは言え、カルマン達の本体は環境適応型なのだ。

脳以外を全て機械化する事で、どの様な状況下でも活動を可能としている。

故に、外部武装となる 強化外装 ( パワードスーツ ) がなくなれば、その戦闘能力は人より多少強いという程度なのだった。

ザザはそれを熟知しているように、なんの警戒も見せずにカルマン達を誘う。

「早くしろよ? さっき言ったヴェルドラって人は、目を離すと何を仕出かすかわからんからな。シャルマさんやリンドウが付いているだろうが、安心は出来んのだ」

そう言って、急き立てられるように広場まで連行されるカルマン達。

そこで、カルマンは見た!

「クアーーーッハッハッハ! 並べ並べ、並ぶがよい! 皆が満足するまで振る舞ってやろうぞ!!」

嬉しそうに高笑いする、褐色の美男子。

それは言うまでもなく、ヴェルドラだった。

ヴェルドラが見慣れない鉄板の上で、何かを焼いていたのだ。

辺りにたちこめる甘く芳しい香り。

ジュウジュウという、心くすぐる食べ物が焼ける音。

プラスチックの皿を持って子供達が並び、大人達も苦笑してそれを眺めている。

そして、皿で受け取ったソレを食べた子供達は、輝くような満面の笑顔になっていた。

「わかっておるな? 一番珍しい部品を我に差し出すのだぞ?」

「うん!」

「大丈夫!!」

「ならばよい! クアーーーッハッハッハ!!」

そんな会話が漏れ聞こえ、昨日の戦闘など夢だったのかと思わせるような平和な空気が満ちている。

意外過ぎる光景に、言葉もなく立ち尽くすカルマン達。

だがそんなカルマン達よりも、唖然となったのはザザである。

何しろその直後――

「一体何をやってるんですか、アンタはーーーーー!!」

――というザザの絶叫が、広場に響き渡ったのだから。

◇◇◇

子供達に配られていたのは、ホットケーキだった。

ラミリスが飛び回り、蜂蜜、メープルシロップ、各種果物のジャム、と 部品 ( パーツ ) を交換して回っている。

ヴェルドラに便乗し、キッチリ自分も部品集めに邁進していたのだ。

「――ラミリス様、貴方もですか……」

「え、アハハハ……」

疲れたように呟くザザ。

ラミリスは笑って誤魔化す。

「そう怒るなザザよ。お前も一つどうだ?」

サービスだぞ? とホットケーキを差し出すヴェルドラに、「俺は食べられないって知ってるでしょうが!!」と、半ばマジ切れしつつザザが皿をつき返す。

「そうであったな。我、うっかり。クアッハッハッハ!」

陽気に笑うヴェルドラにイラッとしながら、ザザは何故こうなっているのか説明を求めた。

そんなザザに答えたのは、ヴェルドラではなくリンドウだ。

「まあまあ、ザザさん。ヴェルドラさんにも考えがあるんだ、そう文句を言わなくてもいいでしょう?」

リンドウはその手にしっかりと皿を握り締め、そう言ったのである。

「おいおいリンドウ君? 君、まさか……そのホットケーキで買収されたりしてないだろうね?」

ピクピクと額に青筋を浮かべながら、ザザは問い詰める。

するとリンドウは視線を逸らし、

「う、うむ。ちょっと高度な政治的取引はあったが、それだけです。買収など、そんなマサカ……」

と答えた。

何をやっているんだ、と怒りを噛み殺すザザだったが、そこで更に驚くべき人物を発見してしまう。

「あら? まあ、オホホホホ――」

皿を手に、誤魔化し笑いながら去ろうとするシャルマ。

「待って。ちょっと待って下さい。まさかシャルマさんまで、篭絡されたんじゃないでしょうね!?」

「あらまあ嫌だわ。そんなまさか! 篭絡だなんて人聞きが悪いですこと。でもね、ザザ。時には柔軟な思考も大事だと、私はそう考えたのです!」

どう聞いても言い訳だった。

まったく本当に、とザザは思う。

これだからバカバカしくなるのだ、と。

「ですが――」

「ザザ」

しばし悩んだ末にザザがシャルマに意見を言おうとした時、シャルマも同時に口を開いた。

真っ直ぐに見つめられ、ザザが譲る。

シャルマは頷き、真面目な表情で話し始めた。

「いいですか、ザザ。私はね、決めたのです。全てを諦めるのではなく、帝国と語らってみよう、と。"黎明の光"の皆とも相談しなければなりませんが、武力で対決するだけが帝国との付き合い方ではないのではないか、と。そう思ったのです」

「話し合い、ですか。ですが、帝国が聞く耳を持ってくれるかどうか……」

「そうね、そんな機会は与えられないかも知れないわね。ですがその時は、そこのヴェルドラさんが仰った通り、必要なものを戦って奪い取ればいいのではないかしら?」

「戦って奪い取る? そりゃあ無茶ってもんだぜ!」

シャルマとザザの会話に割って入ったのは、カルマンだった。

肩で笑いながら、シャルマの言葉を真っ向から否定する。

「いいか? 俺達に勝てたのは凄いさ。正直、驚いてる。だがな、帝国最先端の 戦闘型機械化人間 ( サイボーグソルジャー ) はな、本当の意味で人間を止めたような化け物達なんだよ。お前達なんて、皆殺しにされるだけだぜ」

カルマンはそう言って、周囲を見回した。

そこには、笑いながらホットケーキを食べる子供達がいる。

「チッ!」

と、カルマンは舌打ちを一つした。

「止めとけよ。俺が言う事じゃないだろうが、今まで通りヒッソリと隠れ住んでいるなら、早々発見されたりしないだろうぜ。今回は運良く、まあお前達にとっちゃ運悪く、俺達が発見した訳だが……それも、そこのザザって野郎が、無茶な作戦で大規模な略奪に乗り出したのが原因だぜ? だからよ――」

「ですが!」

カルマンの言葉を、シャルマが遮った。

そして、覚悟を決めた表情で、言う。

「子供達に、希望を与えてあげたいのです。私達は昨日まで、こんな素晴らしい食べ物がある事さえ知らなかったのですよ? ねえ、それって私達の責任なのかしら? 世界をこんなに汚して、自分達はぬくぬくと暮らしている……。どうして大戦が起きたのかなんて、今の子供達には関係のない話でしょう!? だからね、私は決めたのです。毎日じゃなくてもいい。一年に一度でもいい。少しだけでも原料を貰って、私達で育てるの。そして、皆でお祝いしたいのよ。それくらい、許されると思わない?」

真っ直ぐな視線で射抜かれて、カルマンは言葉に詰まった。

反論など出来はしない。

カルマンがどれだけレジスタンスを憎んでいたとしても、それは本当の相手を知らなかったからこそ、持続可能な怒りだったのだ。

今現実として、目の前にいる子供達を前にすると、それまでの自分の信念が揺らいでしまっていた。

(――そりゃあ、よう。今のガキに、なんの責任があるのかって言われちまうと……)

それは今までカルマンが考えないようにして、目を逸らしていた問題だった。

カルマンが今まで相手にしてきたのは、戦闘訓練を受けた戦士達だけである。相手が悪いと思い込めていたからこそ、どれだけでも残酷になれたのだ。

今回、ヒイラギ中尉が"核"を使用した際も、一切の忌避感を感じなかった。レジスタンスは敵であり、そこに所属する個々人にまで、カルマンの想像力が及ばなかったからである。

知ってしまった今、カルマンの心に去来するのは、葛藤だ。

葉巻――凝縮された感情抑制剤――を咥えなくても、カルマンの心に怒りが湧いてこない程に、カルマンは混乱していたのである。

(チッ、クソがっ!!)

答えの出ない問題を突きつけられ、カルマンは内心で毒づいた。

「――都市に頼らずに済むのなら、言われずともそうしていますよ。ですが残念な事に。実際にこのホットケーキとやらを成分分析した結果、小麦粉がメインとなっていました。鶏の卵や牛の乳から取れる乳酸品などを混ぜ込んでいるようですが、そうした貴重な食糧など入手手段がありません。小麦だけならば、遺伝情報を読み取り再現した上で、シェルター内で栽培するのも可能でしょうが、家畜となるとそうはいきません。我々だけでは、やはりお手上げなのです」

そう言ったのはリンドウだ。

シャルマに命じられ、自分達だけで再現可能かどうか調べていたのだ。

その結果は、残念ながら再現不可能というものだった。

「……確かに、都市ならば旧世紀の動物達の遺伝情報や、食糧として飼育している動物もいる。畜産品だってあるにはあるさ。だがな、それは都市住民が飢えない程度の最低限度しかないんだぜ? 欲しいと言われても、ハイそうですかと譲る訳がないだろうが!」

「だからこそ、先ずは交渉を行いたい。私共が役立てるならば、労力で。今後の不戦協定を約束し、協力関係を築きたいというのが本音ですわ。ですが――」

「どうあっても我々を認めないというのならば、生存をかけて争うしかないでしょうな。希望のない世の中で、少しでも生きる目的を持てるのならば、我等は喜んでこの身を戦いに捧げる覚悟なのですよ」

まだレジスタンス内部での意思統一も出来ていませんがね、とリンドウが締めくくった。

だが、話し合わずとも答えは予想出来る。

各支部も限界間近であり、都市の協力が得られないのならば、遅かれ早かれ各種装置の寿命が訪れるのだから。

電力供給装置が生きている遺跡を発見し、生き残った装置を再利用してなんとか今までやってきた。

だがそれは根本的な解決とはならず、機械の寿命が尽きる前に代用品を発掘するという、生死のかかった自転車操業でやってきたのである。

もしもスペアが見つかる前に装置が停止してしまったならば、生きる為の最低限度の食糧の供給さえも停止してしまう事になる。

そうした不安と恐怖に、レジスタンスの大人達はずっと耐えてきたのであった。

もしも都市の協力が得られるならば、そうした装置の修復も可能となるだろう。

このまま座して死を待つよりも、無理とわかっていても行動すべきなのではないか?

そうした意見は、レジスタンスの同志達の間でも、根深く息づいていた。

今回の都市側との交渉が実現するならば、結果がどちらに転ぶにせよ、そうした議論に終止符を打つ事になる。

そして言うまでもなく――

都市側が少しの譲歩もする気がないのならば、奪うしかない――やはり結論としては、そこに落ち着くのだった。

「クアーーーッハッハッハ! よく言った! そうそう、やはり何事も、先ずは行動してみなければな」

満足そうに頷くヴェルドラに、ザザが冷たい視線を向ける。

そもそもの原因はアンタだろう! と、その目が雄弁に語っている。

「都市を襲撃する時は、ワレも参戦しよう。それが、ラミリス様(と、ついでにヴェルドラ様)の望みだからな」

そう言いながら姿を現したベレッタに、カルマンが思わず身構えた。

「べ、ベレッタ――!?」

「カルマンだったな、安心しろ。ワレの怒りは、既にない。ラミリス様が 仮面 ( マスク ) を修復して下さったからな」

そう言って、カルマン達を見回すベレッタ。

そしてカルマンに視線を固定し、近付くなり耳元に囁くように言う。

「――だが、あの"一言"がなければ、お前達を皆殺しにするつもりだった。運が良かったな」

ああとも、うんとも言えず、カルマンは頷くしか出来なかった。

そう、カルマンは幸運だった。

リムルの造った貌を褒めた事で、ベレッタが冷静さを取り戻したのだから。

自分ではなくリムルが褒められたように感じて、嬉しかったのである。

あの一言がなければ、ベレッタは暴走したままカルマン達にトドメを刺していただろう。

ベレッタはカルマンにそう告げるなり、ヴェルドラとラミリスに向き直る。

「御命令通り、天井部の穴以外は修復しておきました」

「うんうん、ご苦労様! ところで師匠、なんで穴は塞がなかったの?」

「む? それはな、間もなく客が来るだろうと思ったからだ」

「客、ですか?」

戸惑いの表情を浮かべるラミリスとベレッタ。

そして、シャルマ達一同。

カルマンだけが、まさかという思いを胸に驚愕の表情でヴェルドラを見た。

「上空に飛空船がいるだろう? ずっとこちらを観察しておるようだが、そろそろ動きがありそうだったのでな。また核撃魔法を使われては面倒なので、入り口を開けたままにしておこうと思ったのだ」

「飛空船? まさか、情報偵察機ですか!?」

「誰かが俺達を観察していただと?」

「うむ。ザザよ、お主が犬と戦っていた時から、ずっと上空に潜んでおったぞ」

「えっ!?」

ヴェルドラに指摘され、驚愕するザザ。

それを見て、ヴェルドラは得意そうに笑う。

どうやらやっと、自分が見直されそうだと思ったのだ。

「その、魔法と言われても意味がわかりませんが、一体……?」

驚くザザを放置して、シャルマが質問した。

「む? 天井を突き破ったのは魔法だろう? " 破滅の炎 ( ニュークリアフレイム ) "を貫通力に変化させるなど、思っていた以上に芸が細かい。なかなか強力な威力だったし、この世界にも強力な魔法使いがいるのではないのか?」

何か勘違いしたようなヴェルドラのセリフに、余計に混乱する一同。

そんな中、ラミリスとベレッタだけが平然としていた。

「そうか、そこのカルマン達がこの場所を突き止めたのは、この俺のせいだったって訳か。しかし知っていたのなら、もっと早く教えて下さいよ!?」

「なーに、これも全て計画通りである! こうやって交渉する為の人質も手に入れたし、全て順調順調!」

「やっぱり? 流石は師匠!」

「アホかーーー!! 帝国相手に人質なんて通用しませんよ!」

「ああ、それは俺も保証してやる。俺達に人質としての価値なんてないぜ?」

「なんと!?」

得意気なヴェルドラを、ザザが一喝した。

先程のザザとカルマンの会話ではないが、帝国に人質など通用しない。

それは常識だったのだ。

そんな事も知らない者がいたのかと、ザザ達だけでなく帝国の一員であるカルマン達までもが唖然となる。

沈黙する一同。

「どうすんのさ師匠? だからアタシは、こんな作戦は駄目だって言ったじゃん!?」

ラミリス――素早く状況を判断して、華麗なる裏切り。

ヴェルドラは動揺した。

「いや、だって……我、名案だと……」

必死に言い訳を捻り出そうとするヴェルドラを見て、ザザは溜息を吐いた。

せっかく高性能のセンサーを持っていたのかと見直しかけたのに、そんな気持ちは吹き飛んでしまっている。

ザザは考える。

カルマン率いる部隊を運用出来る人物で、情報収集に長けた者。

自分との戦闘中に躊躇いなく"核"を使用した事からも、相手は"狂犬使い"と恐れられる人物――ヒイラギ中尉だろう。

今捕らえているカルマンとは仲がいいという噂だし、間違いない。

「――ヒイラギ中尉か」

カルマンは沈黙を守ったままだ。

自分の生き方に疑問を感じるも、かと言って答える義理はないと思っている。

「危険なのですか、ザザ?」

「かなり……。ですが、ヒイラギ中尉なら 殺人機犬 ( マーダードッグ ) による殲滅を得意としていますので、ベレッタさんが居れば――」

シャルマの問いにザザが答えようとした時、劇的に状況が動いた。

「むっ!!」

「嘘っ!?」

「――信じられぬ。まさか、覚醒魔王級だと!? それも、ワレを上回る程のエネルギー量を保有するとは……」

ヴェルドラ、ラミリス、ベレッタが同時に反応し、上層階に至る出入り口を凝視した。

暫くすると、コツン、コツン、と足音が響いて聞こえた。

姿を現したのは、まだ十代と言っても通用しそうな美女だった。

碧い瞳に、肩口で切り揃えられた淡い色彩の金髪。

現れたのは意外なる人物、ミッシェル中将。

ミッシェルの冷たい視線に晒され、空間が歪むような圧力がその場に満ちる。

そんな中、ミッシェルの桜色の唇から美声が紡がれた。

「初めまして、皆さん。私の名はミッシェル。南部方面治安維持軍の最高司令官にして、 南部都市 ( サウスシティ ) の総督です」

沈黙。

そして――

「ば、爆閃姫ミッシェル――!!」

誰かが呟いた。

「――馬鹿な……そんな、どうして、 四甲機将 ( マシーナリーフォー ) がこんな場所まで――!?」

それが現実だと認識し、絶望と諦念がその場を支配する。

そうした状況の中で、交差する視線。

悠然と、笑みながら立つヴェルドラ。

不思議そうに、思案気に佇むミッシェル。

――こうしてヴェルドラは、この世界最強の存在と邂逅したのである。

5/13に内容修正を行いました。

・中性子線に関する記述。

指摘を受けて調べてみると、磁気で屈折させるのは確かに無茶だったみたいです。生半可な知識で書いて申し訳ありません。そして、指摘して下さった方、ありがとうございました!

・閃烈姫→爆閃姫 ついでに、一応変更しました。