番外編 -未知への訪問- 08 ミッシェル
番外編 -未知への訪問- 08 ミッシェル
前回の中性子関係の記述を一部修正しました。
亜光速まで加速させた中性子を磁気で屈折させるのは、不可能だったみたいです。
指摘して下さった方、どうもありがとうございました!
ミッシェルの姿を目にした途端、カルマン達は一斉に敬礼し、頭を垂れた。
それに答礼するミッシェル。
その場に緊張が走り、それはヴェルドラの高笑いで掻き消された。
「クアーーーハッハッハ! ミッシェルと言ったな? 中々の大物っぽいのが出向いてくれたではないか! どうだ? 我の計算通り、 その者 ( カルマン ) 達は釣り餌となってくれたようだぞ!! 我が名はヴェルドラ! 丁度いい。貴様に――」
その緊張感のない傲岸不遜な物言いに、ザザ達は一瞬にして青褪めた。
ザザ達だけではなくカルマン達までも、目をむいて驚いている。
「ば、バカな事を言うな!! 黙ってて。アンタは役に立たないんだから、黙ってて下さい!!」
大慌てでザザがヴェルドラの口を塞ぐ。
ラミリスは楽しそうに、あーあとばかりに肩を竦めるのみ。
そしてヒッソリと、ベレッタが溜息を吐いたのだった。
ミッシェルの名は、レジスタンスでも知らぬ者はない。
最強と謳われる 四甲機将 ( マシーナリーフォー ) にして、戦場の閃光。
爆閃姫という二つ名は伊達ではないのだ。
その戦闘能力は、個人で軍団を相手取れると言われていた。
故に、ミッシェルに護衛などいない。
必要ないという以前に、かえって邪魔になるからだ。
そんな相手を怒らせてしまっては、こんな隠れ家など一瞬にして灰燼と化してしまうだろう。
ザザ達が恐れるのも無理からぬ話なのである。
「我、ショック。まだ会って二日目なのに、だんだん扱いが酷くなっている気がする……」
ヴェルドラが拗ねたが、ザザは取り合わない。
「アンタが人の話を聞かないからだろうが!!」
と一喝して、ヴェルドラを黙らせたのだった。
ザザはたった一日の付き合いで、ヴェルドラの扱い方を心得てしまっていた。
この人には、優しく言っても通用しない。
いやそれ以前に、ハッキリと伝えないと勝手な解釈や拡大解釈をして、自分に都合よく物事を理解する節がある。
ザザはそれを体験とともに理解していたのだ。
そして遂に、ただでさえ雑になっていたザザのヴェルドラへの対応が、ついに問題児に対するそれへと成り果ててしまった。
「ええい、我の邪魔をするでない!」
「バカヤロウ! アンタに任せると、事態が碌でもない結果になってしまうだろうぜ!」
「ぬう、この我に対してなんたる言い草……」
とまあ、そんなやり取りへと発展する。
(くそう、くそう! 我が大人じゃなかったら、今頃貴様は血の海に沈んでおるぞ!)
悔し泣きするヴェルドラ。
結局ザザに言い負かされて、今回もまた出番を奪われると思われたのだが……。
「フフッ、ゴミ虫どもが。地中に潜む虫に相応しく、ゴミのようなエサに群がっているのね」
というミッシェルの言葉で状況が変わった。
ミッシェルの冷たい言葉に、子供達の中に泣き出す者まで出始める。
そんな子供達を守るように、大人達が慌てて前に進み出た。
無駄であると理解しつつも、それでも時間を稼ごうとしたのである。
しかしミッシェルはそんな大人達を無視し、カルマン達に視線を向けた。
そして、人差し指を唇に当てて――
「――ッ!?」
「フンッ、裏切り者共め。帝国の臣民として、生かしておく価値もない。ここで死ね!!」
と、感情の感じられない声で言い放った。
そして、片目を閉じてカルマンに合図する。
「――ッ!! く、クソったれえっ!! お、俺達は裏切ってなんて……!!」
焦ったような感じで叫ぶカルマン。
それに対し、ミッシェルは小さく頷いた。
そして、しなやかな指を交差させ、パチンと鳴らす。
その瞬間、指の間から紫電が走り、カルマン達の直近で閃光を放って爆発した。
「「「グワーーーッ!!」」」
と叫びながら、吹き飛ばされてというより自分で飛んで地面を転がるカルマン一行。
声だけは威勢がいいが、どことなくわざとらしい動きだった。
「フフッ、これで帝国の恥さらしの始末は終わったわ。邪魔者は片付いたし、次は脅威を排除しておくとしましょう。ベレッタとはどなたですか?」
転がるカルマン達を一瞥するなり、ミッシェルはそう口にした。
どう見ても無事なのだが、ミッシェルは問題にしていない。
その様子を見て、シャルマやリンドウ達もそれがミッシェルの演技なのでは? と思い始める。
もしかして――そう思いつつ、ゴクリと唾を飲み込んで、一同は状況を見守る事にした。
「ワレがベレッタだが……」
チラリと、ミッシェルとヴェルドラを交互に見てから、ベレッタがそう告げた。
流石のベレッタも、これ以上ヴェルドラを我慢させるのは不味いのでは、と思ったのだ。
しかし相手は、自分を上回る覚醒魔王級の存在である。
強さはエネルギー量では決まらないので、戦ってみなければどちらが上かはわからない。だからこそ、ここで自分から退いたのでは、負けを認めてしまうようで不本意だった。
それ以前にベレッタは空気が読めるので、どう見ても相手が演技をしていると理解出来ている。
(ワレならば上手く話を合わせられるだろうが、果たしてヴェルドラ様では……)
そこはかとなく不安を感じるベレッタ。
何しろ、空気を読めない男と言えばヴェルドラ――と言われる程、ヴェルドラは天然なのだ。
ここでヴェルドラに任せてしまっては、下手をすると相手を本気にさせてしまう恐れがあった。
だがしかし、ヴェルドラの不満は極限まで達していそうで……。
どっちにしろ、危険な賭けである。
(思わぬ所で困った状況になったものだ。やはりもっと、ヴェルドラ様を煽てておくべきであった)
と、ベレッタは人知れず反省した。
しかしここで、思わぬ人物からの救済の手が入った。
「フフッ。だとしたら、無視出来ない人物がもう一人いたという事ですね。いえ寧ろ、本当に危険なのは貴方ね。名前を聞いてもいいかしら?」
ナイスだ! と、ベレッタは思った。
そんなミッシェルの対応で、一気にヴェルドラの機嫌が回復する。
「ククク。クハハ。クァーッハッハッハッ!! 流石だな、お前はわかっておる。一目見て我が只者ではないと気付くとは、なかなかの女のようだ。良かろう、教えてやる。我が名はヴェルドラ! 大魔王リムルの 盟友 ( しんゆう ) にして、最強の竜種。"暴風竜"ヴェルドラ=テンペストとは、我の事であるっ!!」
ババーーーン! と、ヴェルドラは大音声で名乗りを上げた。
そして姉達がいないのをいい事に、勝手に最強であると名乗る始末。
決まった、とヴェルドラは思った。
ヴェルドラは嬉しかった。
嬉しすぎて、少し涙目になっている程である。
(クックック、これで我の格好良さが更に知れ渡り、大人も子供も、我の魅力にひれ伏すに違いない!)
などと、かなり自分に酔って都合のいい妄想に浸っている。
御満悦となったヴェルドラは、上機嫌でミッシェルに話しかけた。
「それで、ミッシェルとやら。用事はなんだ? 我は気分がいいから、大抵の事ならば相談に応じてやるぞ!」
と。
周囲で見守る者達は、そんなヴェルドラの対応に青褪めている。
相手が本気ではなさそうだと安堵したのもつかの間、いきなり相手を怒らせそうな展開となっているのだから当然だ。
まさかのヴェルドラの対応に、咄嗟に反応出来る者などいなかった。
四甲機将 ( マシーナリーフォー ) を相手に、ここまで傲岸不遜な物言いが出来る者などいない、と思っていたのだから仕方ない。
まさかこちらから全力で挑発して相手を怒らせる可能性など、誰もが想像もしていなかったのだ。
いや、普通ならばそこまでの挑発ではないのかも知れない。
しかし相手は帝国のトップの一人。
どこの誰とも知れぬ者の無礼な物言いに、どういう反応を示すかわかったものではなかった。
緊迫の中、成り行きを見守る者達。
「大した用事ではない。帝国の災いとなりそうな芽を、今の内に摘み取っておこうと思っただけ」
「クックック。それはつまり、我を倒す、と?」
「どのように受け取ってもらっても結構よ」
ミッシェルとヴェルドラは、周囲の者の様子にお構いなく、二人で会話を進めていく。
両者共に気負う事なく、世間話をするような気安さで。
そのやり取りを、既に存在しない胃が痛くなるような気持ちでザザは見守っていた。
どこかで会話に割り込んで主導権を奪おうと、慎重にタイミングを見計らっていたのだ。
「ちょ、ちょっと――」
ザザが二人の会話に割って入ろうとしたその時、まだ必死にヴェルドラを止めようとしていたザザの肩を、チョンチョンとラミリスがつついた。
そしてコッソリと言う。
「あのねアタシ思うんだけど、そろそろ師匠に活躍させてあげないと、本気で拗ねて大変な事になると思うんだ……。どうもあの人も本気じゃないみたいだし、ここは一つ、師匠に任せてあげてもいいんじゃない?」
その言葉に、不承不承ザザも押し黙る。
納得は出来ないが、一度痛い目を見ればヴェルドラも諦めるのでは、と考えたのだ。
というかそれ以前に、目に見えてミッシェルの放つ雰囲気が変わった。
その威圧感を前に、ザザは口を開く事さえ出来なくなる。
「うわっ!?」
ラミリスも驚き、目を丸くして……。
「これは――!?」
慌ててベレッタがラミリスを保護した。
ヴェルドラの周囲でも空気が変わったのを感じ取り、大人達がジリジリと子供達を後ろに避難させていく……。
それらが完了すると同時に――
「さて、準備は整ったようだぞ? 本気で来い。我が"格の違い"を教えてやる!」
と、ヴェルドラが言い放ったのだ。
◆◆◆
ミッシェルは、とある目的を持って自ら出向いた。
グラサム大佐からの報告を受けた後、ジリジリとするような気持ちで報告を待っていた。
レジスタンスの技術力で新型の兵器を開発するなど、まずあり得ない可能性である。
考えられるとすれば、二つ。
一つ目は、滅びた都市の生き残りが秘密裏に開発していた可能性。
二つ目は、別の"都市"が開発した新型兵器の試運転である可能性。
レジスタンスの技術力では、帝国の一線級の兵器に並ぶ性能など、造れるはずがなかった。
その理由は明白で、人材、設備、資材、その三つ全てが揃わないからだ。
なので、一つ目の滅びた都市の生き残りがいるのではという推論も、ミッシェルとしては疑わしいと思っていた。
どちらにせよカルマン達との戦闘結果を見れば、そうした疑問にも答えが出る――ミッシェルはそう考えていたのだが……。
派兵されたカルマン少尉は、気性に問題があるもののその強さは本物だ。なので、どちらの場合でも敗北する事はないだろうと考えていた。
ところが、もたらされたのは驚愕の報告であった。
『た、大変であります! 敵性体と交戦状態に突入したカルマン達ですが、どうやら敗北した模様……』
昨晩、慌てたようにヒイラギ中尉が報告してきたのである。
ミッシェルは副官のジギルと顔を見合わせた。
ヒイラギ中尉には監視の続行を命じ、その信じられない報告について話し合った。
「信じられない。カルマン達の 強化外装 ( パワードスーツ ) は最新式で、 戦闘型機械化人間 ( サイボーグソルジャー ) にもそんなに劣らないのに……」
「そうですね。カタログスペックでは見劣りしますが、搭載された兵装だけを見れば互角です。火力勝負になる前に敗北した、と見るべきでしょう」
ジギルの返答に、ミッシェルも同意する。
しかしそれにしても、五名の連携を以ってしても火器を使用出来なかったのか、という疑問は拭えないのだが……。
「ともかく、カルマン達を撃破しうる戦力となると、流石に放置は出来ませんね」
「はい。特殊強襲部隊を召集し、謎の敵性体を始末させましょう。同時に、他の都市に連絡を取り、秘密兵器の試験を行っていないか探ってみます」
「そうね、それがいいわね。お願いするわ、ジギル」
「ハッ! お任せを、ミッシェル」
そう結論を出し、一晩で準備を整えた。
ジギルが各都市と連絡を取り合った結果、謎の敵性体に関する情報は何も掴めなかった。
となると、本当に滅んだ都市の残党か――或いは……。
本当に秘密裏に実験をしていたのならば、事実関係を認めない可能性はあった。
そこでジギルが謎の敵性体に関する破壊承諾を要求した所、中央及び他の三都市から応諾が返ってきたのである。
緊急時における略式書であったが、後から問題にしないという一文が添えられていたので問題はなかった。
(――となると本当に、他の都市の関与はない……?)
ミッシェルは疑問を残しつつも、そう判断した。
であれば、本当に脅威となる可能性がある以上、破壊は止むなしであった。
「カルマン少尉率いる機甲化分隊を単体で撃破する相手だ。捕獲など考えず、速やかに破壊せよ。あらゆる制限の解除を――」
ミッシェルが特殊強襲部隊を出撃させようとしたまさにその時、ヒイラギ中尉から緊急連絡が入った。
『カルマン少尉達の生存を確認! ただし……信じられないのですが、どうやら裏切った模様――』
と。
音波を測定して会話を傍聴していたらしいヒイラギ中尉が、そんな報告を寄越したのである。
これには、その場にいた全員が絶句した。
だが、詳しい報告を聞けばなんの事はない。
裏切りというから驚いたが、聞けば少しレジスタンスに肩入れするような発言をしただけだった。
それを大袈裟に、帝国への裏切りだと騒ぎ立てていたのだ。
ヒイラギ中尉は帝国に絶対の忠誠を誓っていると有名であり、その忠誠心からすれば、カルマンとの親交も秤にかけるものではないらしい。
――それが良い事なのか悪い事なのかは別にして、ミッシェルはそれを寂しく思った。
それとは別に、ミッシェルはこの状況を利用出来ないかと、全力で思考を巡らせる。
カルマン達の裏切り?
それは大袈裟で、未だにカルマンの忠誠は帝国にある。
帝国というよりは、カルマン達を拾った南部都市に。
その上、レジスタンスの内情を知って、心が動揺している様子。
だとすれば、カルマンもミッシェル個人の協力者になってくれる可能性は高い。
今までの内部情報を教えれば、まず間違いなく協力を得られるだろう。
謎の敵性体は、どうしてカルマン達を生かしているのだ?
他の都市の新型兵器ではない。もしそうであれば、目撃者は始末するのが鉄則だからだ。
では、本当に滅んだ都市の生き残り……?
それは不明だが、少なくとも帝国に与する者ではない。
ならばもしかすると、事情を話せば……。
最悪は自分の手で始末する事になるかも知れないが、腹を割って話をしてみるのもいいかもしれない。
そこまで思考し、ミッシェルは決意した。
実はミッシェル、支配者の一人ではあるが信用の置ける配下は少ない。
副官にして親友であるジギルと、その他数名のみ。
誰もがミッシェルに従うが、それは帝国という後ろ盾があるからこそだ。
もしもミッシェルがレジスタンス達を許すと宣言しても、皆が皆従う事はないのである。
それどころか、下手をすれば新たなる騒乱の元になったり、ミッシェルが粛清される可能性すら否定は出来なかった。
それに……。
(私が内密に調べていた内容からして、帝国内部に不穏分子がいる事は明白――)
そう、ミッシェルは帝国のトップの一人でありながら、帝国そのものを信用してはいなかったのだ。
ならば、完全に帝国と関係がないと思われる敵性体ならば、ミッシェルの貴重な協力者となってくれる可能性が高いのではないか?
そう期待した。
だからこそ――
「ふざけるな! 私を裏切ったというのかっ!! 許さんぞ、カルマン!!」
烈火の如く怒って見せる。
そして、誰もがミッシェルの怒りを恐れて近寄れない事をいい事に、そのまま皆には待機を命じて単独で出陣して来たのである。
………
……
…
――そして今。
ミッシェルは驚愕する気持ちを押し隠し、ヴェルドラ達と対峙していた。
褐色の肌で金髪の大男。
仮面を被った戦闘人形。
詳細不明の小さな少女。
報告にあった仮面から判断し、ベレッタを特定した。
しかし――
(ベレッタという者は、確かに大な力を有している。でも、あのヴェルドラという男は――)
――ベレッタの比ではなく、強大な力を秘めていた。
ミッシェルの固有測定法により探索すれば、どの様な対象の底でも見通せた。
それがどれだけ巨大なエネルギーを秘めているか、凡その概算がわかるのだ。
ベレッタもしかり。
信じられぬ程の容量だが、理解出来ない程ではなかった。
だがしかし、ヴェルドラという男は――
挑発してみたが、相手が本気になっては不味い。
ミッシェルはそう思いつつも、演技を続行する。
この機会に、 相手 ( ヴェルドラ ) を試しておこうと考えた。
その本質を見極め、信用が置けるかどうかを確かめる為に。
◆◆◆
戦いが始まった。
「さて、準備は整ったようだぞ? 本気で来い。我が"格の違い"を教えてやる!」
というヴェルドラの宣言と同時に、ミッシェルが動いたのだ。
空を裂くのは閃光。
ミッシェルの金髪が眩い光の残滓を発し、閃光の如くヴェルドラに迫る。
力を込めて放たれたのは、ミッシェルの右拳だ。
機導術式――振動拳波。
対象に接触せずとも波長としての超振動エネルギーを与える事で、分子を高振動励起状態へと内部変化させる。
見た目には単なるパンチ――とは言え、超高速なので視認は困難――でしかないが、それは必殺の一撃として十分な威力を持っていた。
この世界特有の武術―― 機導術式 ( マシーナリーアーツ ) の為せる技である。
関節の駆動域すら自由自在な 機械化兵 ( サイボーグ ) には、既存の格闘技では通用しない。
また、超合金製の身体を拳で殴ったりすると、殴った方が壊れる場合が多かった。
それでは意味がなく、自身の安全を確保した上で相手にダメージを与える技術の研究が為されたのである。
そうした背景の中で編み出されたのが、直接打撃に頼らぬ機導術式だったのだ。
ヴェルドラは、ミッシェルのパンチを真正面から受けた。
ミッシェルの右拳の側面を左の掌で押し流すようにして、そのまま半身を左前方へと移したのだ。
ミッシェルの主観ならば、この時点でヴェルドラの腕は吹き飛び、その身体にまで影響が出ていても不思議ではなかった。
殺すつもりはなかったが、ある程度のダメージを与えるつもりだったのだから。
だがしかし、ヴェルドラは無傷。
魔素という謎物質で身体を構成しているので、伝わる振動を自由自在に受け流せるのだ。
これがベレッタだったならば、未知なる技でダメージを受けていただろう。
しかし――ヴェルドラには物理的なダメージなど通用しないのである。
魔素という謎物質の存在しない世界にて、ヴェルドラの存在は異質。
法則がどうのと、面倒な事を考えるまでもない。
ベレッタが未知なる法則に戸惑ったように、ミッシェルもまたヴェルドラの不条理さに戸惑う羽目になったのだった。
そのままミッシェルの背後に回り込もうとしたヴェルドラだったが、そう上手くはいかなかった。
ヴェルドラの反応に戸惑いながらも、ミッシェルは本能に刷り込まれた動きにて対処する。
流された勢いを殺す事なく、そのまま踏み込んだ右足を軸として左回し蹴りへと移行したのだ。
ヴェルドラはそれを見切り、顎を引いて仰け反る事で回避。
そのまま後方宙返りを極めて、ミッシェルから一旦距離を取った。
形だけを見れば、ミッシェルの二度の攻撃を見事に回避して見せた事になる。
「驚いた。私の攻撃を捌いてみせるとは思わなかったわ」
「クハハハ! やるではないか。想像以上に面白い! ベレッタよ、この女は本当に、貴様より強いかも知れぬぞ」
そんな感想を述べながら、ヴェルドラは上機嫌に笑う。
ここ最近では珍しい程に、大物感たっぷりのヴェルドラである。
だが思い出してもらいたいのは、ヴェルドラはゼギオンの師匠である、という点だ。
実はヴェルドラ、普段の言動から大した事がないように思われがちだが、格闘技術も超一流なのである。
今の一撃でミッシェルの技の本質を見抜き、それを習得までしてのけたのだった。
そして、覚えた技は試したいと思うのがヴェルドラである。
「こうか?」
と言いながら、ミッシェルへと拳を放った。
素人同然のテレフォンパンチに見える。
しかしそうではなく、ヴェルドラのエネルギーの一部を振動エネルギーに変換した振動拳波だ。
これにはミッシェルも驚いたが、自分の技でやられる程の間抜けではない。
軽々と受け流し、呆れたように呟いた。
「本当に非常識なのね。カルマン達との交戦記録に 中性子収束砲 ( ニュートロンランチャー ) を屈折させたらしいとあったけど、あれも冗談じゃなかったみたいね。どうやら、本気を出さなければ勝てないみたい……」
そう言いつつ、右手に暗黒の球体を生み出した。
同時に左手の人差し指を唇に当てて、ヴェルドラに視線で合図を送る。
今の言葉とは裏腹に、ミッシェルからは既にヴェルドラと戦う気持ちは消えていた。
もう十分に観察を終え、この謎の男が帝国の人間ではないと確信を持ったのだ。
信用出来るか出来ないか、それはまた別問題であった。
これで意味が通じてくれればいいのだけど――と願いつつ、ミッシェルは背後を振り返りヴェルドラに完全に背中を見せた。
ここで攻撃されるようならそれはそれで仕方ない、とミッシェルは割り切っている。
その思い切りの良さこそが、彼女を頂点に至らしめた原動力なのだ。
ミッシェルは自分が降りて来た階段目掛けて、暗黒の球体を放り投げた。
暗黒の球体はミッシェルの意思に操られるように、階上へと昇って行き……。
上層階を煉獄の炎に包み込む。
しかし、その影響は下層階には及ばない。
重力場――空間の歪み――を発生させて、特定の位相空間を隔絶させているのだ。
ミッシェルの力の一端が窺える、超常攻撃の応用だった。
その目的は言うまでもなく、盗聴防止。
上空でヒイラギ中尉が監視しているので、上手く演技して監視の目を潰しても不自然ではない状況を作り出したのである。
「ほほう……?」
と感心しつつも、ヴェルドラは動かなかった。
動けない訳ではなく、動かなかったのだ。
その攻撃が自分に向けられなかった事を、少し残念に思っただけである。
ヴェルドラは鈍感なので、ミッシェルの 合図 ( サイン ) の意味に気付く事もなかった。
隙だらけのミッシェルを攻撃しないのは、そんな小者がするような真似をする必要がなかったからだ。
正々堂々と戦い、勝利する。
それがヴェルドラの美学。
敵を殺すつもりもないヴェルドラは、圧倒的な実力で全ての攻撃を捻じ伏せて、相手が降参するのを待つつもりだったのである。
そうする事でこの場にいる者達の賞賛を一身に浴びれる、ヴェルドラはそう考えていたのだった。
ところが、ミッシェルが予想外の行動に出た事で計画が狂った。
余裕の態度でミッシェルの攻撃を待ち受けていたヴェルドラだが、その態度は単に反応出来なかっただけだろうと受け取られてしまったのだ。
ヴェルドラの思惑が皆に理解出来るはずもなく……。
「ありがとう、私の 合図 ( サイン ) に気付いてくれたのね。これで監視の目は誤魔化せたし、もう本音で話しても大丈夫かな」
というミッシェルの言葉で、皆の勘違いが加速する。
あれえ? とヴェルドラは思ったが、後の祭りだ。
つまりは――ヴェルドラが凄かったのではなく、上手くミッシェルが手加減していたのだ、と皆は思った。
その上ミッシェルが上層階で爆発を起こした事で、どうやらミッシェルには戦う意思がなかったのだと気付き始めて、その場から張り詰めた空気が薄れていった。
完全にヴェルドラの計算違いであった。
そんな中、最初に動いたのはザザだ。
「良かったなアンタ! ミッシェル 様 ( ・ ) が手加減していなきゃ、今頃消し炭だったぞ」
と笑いながら、ヴェルドラの背をバシバシと叩いたのだ。
「――えっ?」
「なんとっ!?」
驚いたのはヴェルドラだけではなく、ミッシェルもだ。
二人してザザ達の勘違いに気付いたが、最早どうする事も出来ない。
ザザの言葉に悪気はなく、まさに皆の心境を代弁するものだったからである。
「道理でな。ただの 機械化兵 ( サイボーグ ) に、 四甲機将 ( マシーナリーフォー ) を相手に出来る訳がないもんな!」
「いやホント、ヴェルドラ殿が前に出た時はどうなる事かと思ったが、無事で良かったよ!」
などと、周囲の大人達も状況を都合良く解釈している。
「いやいや、確かにその女は本気ではなかったようだが……」
「だろう? だが、見直したぜ。最強と名高い爆閃姫の前に立っただけでも、アンタの勇気は本物さ!」
「そうだとも。流石はラミリスさんやベレッタさんの仲間だ。アンタは機導術式の伝道者なんだな? それで師匠と呼ばれていたんだろ?」
大人達は完全に勘違いして、ヴェルドラの無事を喜ぶのだった。
たった一日の付き合いで、皆はヴェルドラを好ましく思っていた。その底抜けに明るい態度を、好意的に受け止めていたのである。
性能ではベレッタに及ばないものの、ラミリスやベレッタに機導術式を教える伝道者だったのだろう、と。
大人達はそう解釈した。
そう考えれば、ヴェルドラの態度の大きさも頷けるというもの。
ラミリスがヴェルドラを師匠と呼んでいる事からも、それが正しいものとして納得したのである。
(えーーー!? せっかく我が活躍したというのに、この反応は予想外である。もっとこう、チヤホヤと持て 囃 ( はや ) してくれると思っていたのだが……)
困惑するヴェルドラ。
しかしミッシェルには戦う意思はなさそうだし、既に見せ場は終わっている。
仕方がないかと諦めかけたヴェルドラだったが、そこで自分をキラキラとした眼差しで見つめてくる者達の存在に気付いた。
子供達だ。
子供達は輝くような尊敬の眼差しで、ヴェルドラを見上げていたのである。
「かっけーーー!」
「僕も機械化手術を受けるから、機導術式を教えて欲しい!」
「私達の前に出て庇ってくれたんですよね? 格好良かったです!!」
とまあ、熱い感謝の気持ちを乗せた言葉がヴェルドラに降り注いだ。
(これよ! 我はこうした賞賛を待っておったのだ!!)
ヴェルドラは感激した。
大人達に自分の凄さが伝わらなかったのは残念だが、まあいいかと思いを改める。
人気者になれるのならば、相手が子供であろうが関係ないのだ。
「クアーーーッハッハッハ! お前達はなかなかに見どころがある。腐った目しか持たぬ大人共とは大違いだ。良し! 気分がいいので大奮発してやるぞ! さあ、ホットケーキパーティーを再開しようではないか!!」
とヴェルドラの気分は最高潮に回復し、再び鉄板を準備するのだった。