66話 邂逅
66話 邂逅
グルーシスと別れ、テンペストへと転移を試みたのだが、何故か魔法が発動しない。
どういう事だ?
確かに目の前でグルーシスは転移していったというのに…。
そう訝しむ俺に、
《告。広範囲結界に囚われました。結界外への空間干渉系の能力は封じられました》
と、『大賢者』が回答してくる。
何だと?
危険な予感がする。
嘗て感じた事も無い、窮地に陥った感覚。
ミリムが来襲した際には殺意が無かった。だからそれほど危機感を感じなかったのだが、今は俺の危険予知が最大限に警報を鳴らしている。
これは、何かの罠にでも嵌ったのか?
影の中に潜むランガを呼ぶが返事は無かった。
どうやら、この結界内を完全に外界と隔絶する空間断絶系の結界のようである。
応援を呼ぶ事も、逃げる事さえ出来なくなってしまったようだ。
嫌な感覚に焦りを覚え、念の為に保険を掛けた。幸いにも結界内部での能力使用には問題無い様子だったのだが……
《告。広範囲結界に囚われました。結界内部での能力使用を封じられました
魔素操作系の能力は全て制限を受けます》
何だと!?
魔素を操作する系統の能力と言えば、ほぼ全ての魔法を封じられ、炎や雷といった能力も使用出来ない事になる。
更に、『粘鋼糸』等の操作系も使用を封じられた。
これは、誰かを狙った結界に巻き込まれたと考えるよりも、俺を狙い撃ちにして来たと考えるべきか?
グルーシスの転移を許したのは、同時に相手にするのを防ぐ為。俺が先に転移しようとしたなら、その発動を待たずに結界を張っていたのだろう。
という事は、俺の魔力の流れは感知されている恐れがある。
さて、何が目的なのやら。
ビシビシと感じる殺気に身構えながら、相手の出方を待つ。結界の解除を試みるにも、『大賢者』の解析を待つ必要がある。
取り込めたら直ぐにでも解析出来るのだが、広範囲結界は設定範囲が広すぎて解析に時間が掛かりそうだ。
非常に不味い。
初めて、不安による心の動揺を感じていた。
この世界に来て、あまり感じる事の無い不安という感情。
俺が 魔物 ( スライム ) となった事による心の変化も理由の一つだろうが、最大の理由は『大賢者』による結果の予測によるものだと考えている。
俺がしようと考える事を、実行する前に成否をある程度予測して教えてくれる。
だからこそ、強そうな相手でも恐れずに向かっていく事も可能だった。強そうなだけで、結果は予想がついていたからだ。
逆に、絶対に勝てないという予測も不安を感じる要素では無い。
勝てないなら、逃げればいい。逃げられない理由があれば、せめて相手に一矢報いて倒れるだけの話だったから。
だが、今回の事態。これは、相手の戦力が未知数で、予測がつかない状態。
しかし、俺に対する殺意はある。
勝てるかどうか判らない相手で、逃げる事も出来ない状況。相手の人数も不明であった。
この広範囲結界を張っているのは、複数の人間であるようだ。
だが、『熱源感知』の反応では、近付いてくる人間は一人である。『魔力感知』は機能していない。
スライムの形態になったら、目も見えない状況になるという事だ。
今まであった、万能の視覚も無くなり、一気に周囲の状況が掴み難くなってしまったのだ。
この結界に囚われた時点で、俺の勝率が大幅に低下したという事になる。
しかし、わざわざ相手の能力を封じ込めるとは……
こういう戦い方もあるのか。しかも、気付かれないように広範囲の結界を相手から距離を取り確実に仕掛ける。
魔物と戦い慣れたプロの仕事のようだ。
恐らく、この結界の範囲は、半径2km以上に及ぶと思われた。完全に、認識外からの不意打ちである。
恐れ入る程の念の入れようであった。
(一体誰だ、というか何の目的で俺を狙う?)
そんな事を考えていると、
「初めまして、かしら? もうすぐサヨウナラだけど」
そんな言葉を俺に投げかけつつ、正面から一人の人物が歩いてやってきた。
当然、先程から視界には捕えていたのだが、その人物に見覚えは無い。
だが、どこかしら懐かしい感じのするヤツだった。
艶のある美しい黒髪を肩口に届かぬ程度に切りそろえ、左側を後ろに撫でつけ、右側は目を隠さぬ程度に流している。
鼻の上に小さな丸眼鏡を載せているのが特徴的だ。
単なるファッションなのか、目が悪そうには見えない。
動きやすそうな黒系統の服装。作りは 礼服 ( スーツ ) を連想させる。スカートでは無く、ズボンを履いている。
その身体を覆うように、聖職者が着る純白のローブを黒く染めたものを纏っていた。
俺も黒色が好きだが、異常なくらい黒に拘っているようだ。
ぞっとするほど冷酷そうな冷たい瞳の中に、理性の輝きが瞬いている。
瞳の冷たさをより際立てるほど、麗しい美貌であった。
「初めましてだと思うけど、何か用事でも?
俺の名前はリムルと言うのですが、どなたかとお間違えでは?」
無駄だろうが、確認をする。
明らかに俺を 目標 ( ターゲット ) にしている。人違いである筈は無かった。
しかし、人違いで殺し合いになるのはまっぴらである。
「そうね、間違ってはいないわね。
魔物の町の主さん。あなたの町がね、邪魔なのよ。
だから、潰す事にしたの。
そういう 理由 ( ワケ ) で、今貴方に帰られるのは都合が悪いというわけ。
理解して頂けたかしら?」
悪びれもせず、淡々と、彼女にとっての理由を説明してきた。
はいそーですか! と納得出来るものではないのだが。
というか、俺がテンペストの主という事もバレている。どういう事だ?
「何故、俺が魔物で、しかも魔物の町の主だと?
見ての通り、普通の冒険者なんですけど?」
「あら? とぼけるのかしら?
まあ、無駄だけど。密告があったのよ。
誰からかは教えないけど、そういう話が流れて来たの。
王都には、色々な"目"があるものね。監視は常に警戒しておいた方が良いわね」
密告、だと?
心当たりが無さ過ぎる。尾行には気をつけていたし、接触にも最大限に注意した。
わからん。しかし、こいつが確信を持って俺を殺す気だというのは理解できる。
非常に、不味い。
彼女の武装は、腰に帯びた 細剣 ( レイピア ) のみ。
鎧すら着けておらず、気楽な佇まいである。
周囲に人影は無く、結界を張っている者が助太刀に来る気配は無い。
俺を確実に殺す為に罠を張ったのに、人員は一人なのか?
それとも、この人物にそれだけの実力があると?
しかし、考えている時間は無い。今現在、テンペストへの攻撃が始まっているかも知れないのだ。
挙兵の事実を掴んでから、テンペストに辿り着くまで1週間かかるかどうか。
グルーシスの移動速度で、ファルムス王国からイングラシア王国まで何日かかるだろう?
休み無く移動したとしても3日はかかりそうだ。
今すぐ戻る予定だったので、何日前に挙兵したのか聞かなかったのが悔やまれる。
だが、余裕が無いのは間違いない。
「どうやら、人違いと言っても信じて貰えないようだな」
「そうね。だって、その魔物の主の名前は、"リムル"だと聞いているもの」
「あ、そう」
参ったね。名前まで知られていたとは。
「そろそろ、いいかしら?」
「良くは無いけど、せめて名前くらい名乗って欲しいんだけど?」
細剣 ( レイピア ) に手を掛けて抜こうとする相手に問いかけた。
その美貌の女性は、首をかしげ、
「言って無かったわね。どうでも良いから忘れていたわ。
では改めて。
私は、"法皇直属近衛師団筆頭騎士"であり、聖騎士団長。
坂口日向 ( ヒナタ サカグチ ) と言う。
短い付き合いになると思うけど、宜しくね」
そう言って、 細剣 ( レイピア ) を抜いた。
7つの小ぶりの宝石を散りばめた柄に、白い銀色の刀身。
薄っすらと紅色に刀身を覆う魔力が見える。 魔法剣 ( マジックソード ) のようだった。
というか、コイツが 坂口日向 ( ヒナタ サカグチ ) か…。
極度の合理主義者と聞いていたが、詰めが甘いような。
しかし、その情報収集能力は侮れない。俺の正体や、町の事は調べ上げているようだ。
だが、何よりも。
コイツには子供達に仕出かしてくれた事について、お礼せねばならないと思っていたのだ。
相手がやる気なら丁度いい。俺も本気で潰してやる。
だがあくまでも、交渉で何とか出来るならばそれに越した事はない。
俺も刀を抜いて身構えつつ、
「ヒナタだと? ちょっと待てよ、お前には言いたい事と話したい事があったんだよ!」
「魔物が何を言いたいのか知らないけれど、聞く耳は持たないから言っても無駄よ?」
「待てって。お前、日本人だろ、俺もなんだよ。シズさんにお前の事も頼まれたし…」
「知ってるわ。貴方がシズ先生を殺した事は。仇は討たせて貰うわね
それに、魔物が日本人? 可笑しな事を言うものね、笑わせないで」
信じる気が無さそうだ。
そうだ、と思いつき、
「だから本当に日本人だって! 向こうで死んで、こっちで 魔物 ( スライム ) に生まれ変わったんだよ!」
と、日本語で話しかける。
これにはヒナタも戸惑いの表情を浮かべて、
「器用な事をするのね…。どこでその言語を学んだのかしら?
でも、その設定は厳しいわよ。そんな事が起きる確率は、極分の一以下の在り得ない程低い数字。
そして、その対象が今ここで私と出会う確率はお話にならないほど。
つまり、考えるだけ無駄って事ね」
全く信じようとしなかった。
日本語を話す魔物がいたら、少しはその可能性を疑えってものだが…。
「どうしても遣り合うつもりか?
こっちも、お前が子供達に仕出かした事に文句があるんだよ!
それに、俺の相手するには、お前一人じゃ役不足だぞ?」
そう宣言する。
いくら相手が"異世界人"であると言っても、今の俺は魔王クラスの戦闘力はある。
いくら能力に制限を受けたとしても、人間であるヒナタに負ける筈が無い。
そう考えていたのだが、
「あら? 子供達って、何の事かしら?
それにしても、驚いた。この結界内で私に勝てるつもりなの?」
薄っすらと見蕩れるような微笑を浮かべて、囁くように返事してくる。
そして次の瞬間、レイピアの先端から7色の虹が放たれる。
それは、超高速の刺突技。宝石の残像が虹色に見えるのか?
回避行動を取るが、身体が重い。
マジかよ! 肉体能力への制限までかかっていた。
回避し損ねて、3撃程食らってしまう。
焼け付くような痛み。痛み? 痛覚無効の俺に、痛みが走る。
「あら? 全部受けなかったようね。
少しでも回避出来るのは凄いわよ。でも、どこまで頑張れるかしら?」
俺を休ませる気は無いようで、一気に攻めて来る。
刀を正面に構え、刀による受け流しを試みた。なのに、まるで刀をすり抜けるように攻撃が俺の身体に吸い込まれる。
何だか判らぬが、ヤバイという直感に従い後方へと逃げた。
これで4撃食らった。何だか、これ以上食らうのは危険な感じである。
「おや、この技の危険性に気付いたのかしら?
今までも、余裕かまして技を受けて、抵抗出来ずに死んだお馬鹿さんもいたのだけど…。
貴方は少しは知恵があるようね」
小首を傾げながら、俺に賞賛の言葉をくれた。
嬉しくは無いけどね。
このスキルは、神経への伝達では無く、精神に直接痛みを与えてきているのだろう。防ぎようが無い。
その証明として、俺の肉体に傷跡は残っていなかった。
俺の直感には、『大賢者』の予測も含まれる。恐らく、後3撃食らうと絶命する。
それは、肉体的では無く、精神の死。
信じられない技だ。技なのか、 魔法剣 ( マジックソード ) の能力なのかは定かでは無いけれども。
正直、相手を舐めていたのは俺の方だったようだ。
ヒナタ=サカグチ。こいつは、ユニークスキルを持っている筈。
こいつの持つ能力も不明なままで、俺の能力だけ封じられるとなると圧倒的に不利な立場であると思われた。
実際、能力制限を受ける結界に囚われた時点で、逃げに徹するのが正解だっただろう。まあ、逃げ切れたかどうかは不明なのだが…。
完全に後手に回っている。
先程から試してみたが、『黒炎』『黒雷』『結界』は発動出来なかった。
更に、『分身化』『魔人化』『炎化』も魔素の操作が出来ない現状、変身する事が出来ない。
いつもの必勝スキルが使えないのは痛い上に、切り札まで切らずに封じられた事になる。
だが、手が無い訳では無いのだ。
「ふむ。何か企んでいるようだね。
だけど、無駄だと思うよ?
この" 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) "内では、Aランク未満の魔物は活動すら出来なくなる。
Cランク未満の魔物だと、存在すら許されず浄化してしまうのだ。
理解出来るかな? この結界内では魔素が浄化されるのだよ。
故に、君達みたいな上位の魔物でさえ、存在維持に能力の大半を奪われて本来の力を発揮出来ない。
聖教会の誇る究極の対魔結界なのよ。
本来は、災害指定されたAランク以上の魔物を狩る為の結界なのだけれど……
君は、私が一人だった事を役不足と言ったけど、本来私が出る迄も無い仕事。
過剰戦力と言える。
でもね、一度会って話しておきたかったから来ただけの話。
先生 ( シズさん ) を殺したそうだね。
敵討ちって訳でもないけど、私の手で君を殺しておきたかったのかな?」
「シズさんの敵討ちって、確かに俺が殺したようなものだが、あれは…」
「あれは? どうでも良いわよ。この世界で、私に優しかったたった一人の人。
でも、もう居ないのね……」
これは、自分でも良く判らない感情だね。そう呟き、彼女は俺を見る。
その目に浮かぶのは、俺を単なる獲物とさえ認識していない無感情。
圧倒的余裕感を見せて、彼女はただそこにいた。
それは、彼女の自信に裏付けられたその戦闘力から来ているのか。
そして、彼女の言葉を信じるならば、この結界内での俺の勝率は限りなく低い。
この結界を解除出来ない限り、俺の負けは確実だ。
しかし、この女がシズさんの敵討ちだと? 意味が判らん。
どうもさっきから、話が噛み合わない感じがする。
だが、今はそれどころでは無かった。
何より心配なのは、
「この結界を張れるのは、聖騎士のみ。安心していい。
君の町に出向いた者で、この結界を張れる者は居ない。
ただ、弱体化させてから叩くのは戦術の基本だから、何らかの弱化結界は張ってるだろうね。
悠長にしてたら、君、帰る場所が無くなるよ?
帰してあげるつもりも無いけどね」
やはり、これと同系統の結界を張ってから攻め込まれたら、町の仲間も危ない。
悠長にコイツの相手をしている場合では無い。しかし、思いの外、コイツは厄介だった。
俺に残された手は、魔素に頼らぬ攻撃しかない。
それは、剣術か自前のユニークスキル。
剣術は、相手の方が上である。肉体能力が低下したというだけではなく、剣を交えた感触からいって、相手はまだ本気を出していなかった。
信じられない事だが、ハクロウに近い威圧を感じたのだ。
となると、ユニークスキルで何とか倒すしか無い。
さっき考えていた奥の手。使うのを躊躇われたが、しょうがない。
俺は、〈気闘法〉にて身体能力の向上を行う。更に、『剛力』も発動させた。
思った通り、魔素と関係ないスキルや魔法は発動可能である。
「勝ち誇るのは、早いと思うけどな!」
刀を正眼に構え、向上した能力で打ち込む。
ハクロウとの実戦訓練で、俺の剣術の腕もかなりのモノになっていた。
ヒナタは驚いたのか、攻勢だったのに受身にまわった。
いや…、慎重なだけだったようだ。
その目。冷酷な、まな板の上の魚を料理する準備をしているかのような、目。
そこに驚きは無く、俺の動きを観察し、冷静に弱点を探っている。そこに慢心は無く、淡々と作業をこなすだけ。
先程の言葉も、慢心によるものではなく、彼女の計算されつくした予測から言っていたのだ。
彼女一人で俺に対しては過剰戦力というのは、彼女にとっては当然の事実なのだろう。
俺を舐めていた訳では無かったのか…。
今も、俺の動きを観察し、その動きを予測する。俺の向上した速度を割り出し、適切な速度で対応する。
まるで、俺の持つユニークスキル『大賢者』を相手にしているかのような……
『剛力』により強化された刀の一撃を、細身のレイピアで受け流された時、理解させられた。
彼女と俺の、圧倒的な力量差を。
先端速度が音速に届こうかという速さの剣撃を柔らかく、自分の剣にダメージを残さぬように受け流す。
こちらの動きから力量を完璧に読みきられていた。
こんな事を可能にするならば、ハクロウクラスの技量が必要である。
そして、俺のバランスを崩すと同時に、きっちりと反撃による2撃を加えられたのだ。
「あら? もうお終い?
でも、そうね。この結界内で、それだけ動けるなんて大したものよ。
正直、見縊ってた。でもね、貴方では私に勝てないわ。
それに、良く頑張ったけど、これまでね。貴方は今まで6回攻撃を受けている。
この剣の特殊能力を用いた必殺技、"デッド・エンド・レインボー"は、7回目の攻撃で相手を死に至らしめる。
わざわざ教えてあげる必要は無いのだけど、自分が何故死ぬのか知らぬままでは成仏出来ないでしょう?」
そう告げられた。
彼女にとっての事実を。そしてそれは、紛れも無く俺にとっても事実となる。
だが、親切めかしてそう言っているが、本音では俺の恐怖の感情を誘いミスを誘発する作戦だろう。
抜け目が無さ過ぎる。でなければ、わざわざ効果を教える理由が無い。
能力を封じらてもどうにかなると思っていたが、相手が悪すぎた。
油断も慢心も無い相手。勝つ為の最善手を用いてくる。
そして、俺の事を観察し、分析する能力の高さ。確実に勝てると確信しつつも、尚、分析を怠らない。
どうしようも無い状況だった。ここまで勝ち目が無い状況になるとは思わなかった。
まだミリム相手に無制限で戦う方が勝ち目がありそうだ。無理だろうけど…。
「せいぜい、悪あがきさせて貰うよ。
素直に死んでやるほど、俺もお人好しじゃないんでね!」
そう答え、試していなかった事を実行した。
それは、精霊召喚。精霊は魔素とは異なるエネルギー。
契約もせずに精霊を呼び出す事は出来ないが、俺の中には変質した精霊が取り込まれている。
《告。『変質者』の能力で、上位精霊"炎の 巨人 ( イフリート ) "を純粋な精霊として分離しました》
成功のようだ。
この精霊の能力を変異させ、精霊魔法を用いる事も可能だが、今回は止めておいた。
理由は、通用しないと思われたからである。
恐らく、そういう小手先の技が通用する甘い相手では無い。
相手の意表を突き、一気に攻めないと勝てないだろう。
「役に立て、炎の上位精霊イフリート!!!」
俺は叫び、イフリートを開放した。
俺と、イフリートの間に魔力回路が形成され、俺の魔素が精霊力へと変換されイフリートに流れ込む。
これで、俺の持つ 魔素量 ( エネルギー ) を有効的に活用出来る。
しかし、これは見せかけで本命は別にある。
イフリートがヒナタへ攻撃を開始した。これで、俺へ攻撃する余裕は無くなった筈。
案の定、ヒナタはイフリートの相手に手一杯になる。
そのヒナタの背後に回り込み、本命の攻撃を加えようとし、
「あら? 上位精霊まで使役するとは予想外だったけど、私の相手には役不足ね」
そう告げて、振り向いたヒナタに動きを遮られた。
イフリートは、上位精霊である。
聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) 内であっても、自然エネルギーである精霊の能力低下は生じない。
聖なる力を守護する結界なのだから。
だとすれば、Aランクを超えるイフリートをそんなに簡単に倒せる筈が無い。
それなのに……
見れば、イフリートは頭を抑え、蹲っていた。まるで、相反する命令を受けて戸惑うように。
「お前、何をした?」
「貴方が今、何をしようとしたのか教えてくれるなら、答えてもいいわよ?」
俺達は見詰めあい、二人の間に緊張が走る。
「戻れ、イフリート!」
その言葉で、イフリートが消失し、俺の中へと戻って来た。
《解。イフリートは強制支配能力の影響を受けた模様です
イフリートがマスターと同化していた為、奪われなかったのでしょう》
強制支配能力だと? 相手の能力を奪うってのか……
コイツは、 坂口日向 ( ヒナタ サカグチ ) という"異世界人"は、俺の予想を上回る化物だ。
結界に目を奪われ、そのせいで苦戦していると考えていたが、それは間違いだった。
むしろ、結界はそう俺に思わせて油断を誘う為の小細工に過ぎない。
本当に、コイツ一人で俺に勝てる自信があったのだ!
ヒナタを見ると、その美しい顔に慈愛の微笑を浮かべている。
恐ろしいヤツだ。
まだ本気を出していないのが理解出来た。
「お前…、イフリートを奪おうとしたのか……」
「あら? どうして判ったのかしら?
バレたのならば教えてあげる。
正解よ。私の持つユニークスキル『簒奪者』でね」
ユニークスキル『簒奪者』だと…。
敵の能力や使役する魔物や精霊を奪えるのか! 俺の『暴食者』に似ている。
解析せず、その効果を得る点で、より実戦向きと言えるのか。
そうか、"異世界人"を相手にするならば、ユニークスキルの使い所が勝敗を左右する鍵となるのか…。
召喚者なら100%だが、異世界人でも持つ者は当然いるだろう。
いや、この世界の上位者ならば、誰しもユニークスキルを獲得していても不思議では無い。
あらゆる可能性を考えなかった俺の失態だった。
成る程、それでヒナタは慢心もせず、常に観察を怠らない。手本のような戦い方。
この世界での、実戦経験の差という事だ。
ユニークスキル自体の能力差は定かでは無いが、それを使う者の力量差がはっきりしすぎている。
死ぬ気にならねば勝てない相手のようだ。
しかし、後1撃食らうと俺の負けが確定する。
呪いなのか、精神へのダメージは確実に蓄積していた。
奥の手だったイフリートの開放まであっさりと潰された訳だが、最後の手段が一つだけあった。
使いたくは無いが、そうも言っていられない。
どうなるか不明だし、結果を見届けられないかもしれないが…。
やるしかないだろう。
「ヒナタ、どうも色々話の食い違いが気になるが、俺にも時間が無い。
悪いが、次で決めさせて貰うぞ」
「まだ諦めていなかったの? まあ、いいけれど…。
安心していいわよ。
最後の一撃は今までの比較にならない程の激痛を与えてくれるから」
俺達は再び見詰めあい、
(おい、『大賢者』よ! 後は任せる!)
《了。命令を確認致しました。状況の確認を行い、実行に移します》
俺は最後の攻撃に移る。
「死になさい! デッド・エンド・レインボー!」
「目覚めろ、『 暴食者 ( グラトニー ) 』よ!!!」
この命令を下すと同時に、俺の意識は闇の中へと沈むように消えていくのを感じた。
眠りに就くが如く、俺は意識はそこで途絶える。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
レイピアによる最後の刺突技が華麗にリムルへと突き刺さるのと同時に、リムルの命令を受けた『 暴食者 ( グラトニー ) 』が目を覚ます。
開放された悪魔は、己へと突き刺さるレイピアを見詰め、肉体を変化させる。
ヒナタは、リムルの様子が変わった事にいち早く察知し身構えた。
己の持つレイピアの感触が重い。
どうやら抜く事は出来ない、そう判断を下し、速やかにレイピアを手放した。
それがヒナタの命を救う事になる。
レイピアの柄の部分まで、薄蒼色の物体が迫っていた。
目の前のリムルの姿が変形を始め、形を成そうとするが叶わずに崩れ落ちる。
結界の内部では魔素で身体を形成する事すら阻害されるのだ。変身もままならないのは当然であった。
だが、その生物の形を成さぬモノへと変異したリムルは、お構いなしの様子でこちらに移動を開始する。
周囲の草、土、空気を吸収しながら。
危険だ、ヒナタはそう直感する。
信じられない事だが、周囲の物質を喰っているようだ。
剣を手放すのが遅れたら、自分も喰われていた可能性があった。
音と熱、そして匂いを頼りにヒナタの位置を特定しているようであった。
信じられない。そうヒナタは呟く。
そもそも、"デッド・エンド・レインボー"は文字通り、必殺なのだ。相手の精神を切り刻み、7つの攻撃で死に至らしめる。
それなのに…。
これで死なないという事は、リムルいや、この生物には、精神が無いという事。
この世界に来て判明した事だが、魂を守るべき肉体は3層に分別される。
人や魔物の根幹であり力の源たる、魂。
魂を覆う最も脆弱な体である、 星幽体 ( アストラル・ボディー )
力を蓄える基盤となりうる、 精神体 ( スピリチュアル・ボディー )
この世界との繋がりを持つ、 肉体 ( マテリアル・ボディー )
魂とは意思そのものであるが、それのみでは意思を表現し得ない。
思考するための演算装置たる霊体= 星幽体 ( アストラル・ボディー ) が必要となる。
また、 星幽体 ( アストラル・ボディー ) だけでは、意思は空に拡散されて消えてしまう。
記憶を留める為の記録装置たる 精神体 ( スピリチュアル・ボディー ) が必要なのだ。
ただし、 精神体 ( スピリチュアル・ボディー ) とは、云わば仮想メモリのようなもので、確かな記録媒体とはなり得ない。
その為の肉体なのだ。
精神を鍛えている者ならば、脳の損傷からでも記憶の復元が可能な程であった。
そして、魔物は精神生命体のような存在も多い。その場その場の快楽に基づき行動する、下等な者共。
だが、精神のみであってさえ、高度な知能と理性を持ちえた魔物も確認されている。
それこそが、この世界での最強種たる4体の"竜種"であり、上位精霊達なのだ。
だが、そういった特殊種族であっても、精神は必要である。異常な事態が起きているとしか考えられないのだ。
ヒナタに初めて焦りの感情が芽生えた。
考えられる可能性は……
最早、生命体では無くなった、という事か?
もっとも、この場合の生命の定義があやふやではあると自覚しつつ、更に考察する。
目の前で、姿を変えつつ迫り来る物体。それは、 粘性生物 ( スライム ) の如き姿。
いや、とヒナタは考える。元々、スライムだったな、と。
本来の姿を凶悪にし、全ての物質を捕食しつつ迫り来る。
速度は対処出来ぬ程では無い。ならば、対処出来ぬ訳では無い。
自らの武器である 細剣 ( レイピア ) が、砕かれて喰われるのを眺めつつ、
「 星幽束縛術 ( アストラルバインド ) !」
懐から呪符を取り出し、放ちつつ束縛結界を発動させる。
肉体ではなく、魂の器たる 星幽体 ( アストラル・ボディー ) を縛る技。
しかし、スライムの動きは止まらない。
やはりな…。
ヒナタはこの事により、目の前のスライムがリムルの抜け殻である事を確信する。
最後に叫んでいた言葉、" 暴食者 ( グラトニー ) "と言ったか。
恐らくは、自分が精神を崩壊させられても自動で敵を倒すように命令された 擬似人格 ( プログラム ) …。
ならば話は簡単だ。
精神も魂すらも無い存在など、敵では無い。肉体そのものを止めれば良いのだから。
問題は、生半可な物では喰われるだけで足止めにも為らないという点だが。
「やれやれ。死んでも面倒な相手って、嫌いだわ。
でも、貴方の成れの果ては、ここで消滅させないと世界の危機になりそうね…」
愚痴を零し、策を練った。
要は、足止め出来ればそれでいい。そう考えたヒナタは、精霊召喚を行った。
召喚された無数の無属性精霊がスライムへと殺到する。
本来は、悪魔召喚でぶつけてやりたい所だったが、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) 内では自分も悪魔召喚が使えなくなる。
ここは精霊には悪いが、犠牲になって貰う事にしたのだ。
ヒナタは、精霊がスライムの足止めをしているのを確認し、大規模術式を展開させる。
ヒナタの能力、『数学者』による超高速演算により、大抵の魔法は無詠唱で行使出来るが、今回は別であった。
この 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) 内で行使可能な魔法は、〈呪符術〉や〈精霊魔法〉といった魔素に影響されない魔術のみ。
今回は、ヒナタの行使可能な魔術の内、最大浄化能力を持つ〈神聖魔法〉究極の一撃。
神を信じぬ自分が、神に祈る。
その事の滑稽さを意識させられるので、ヒナタはこの魔法は嫌っている。しかし、好き嫌いに関係なく、ヒナタの行使するその魔法は、聖教会で並ぶ者のいない威力を発揮するのだ。
ヒナタが前方に突き出した両手で複雑な印を結び、それに伴って前方の空間に複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
高速で織り成される呪文の展開により、積層型魔方陣が展開されているのだ。
鼻の上のお飾りのような丸眼鏡をきちんと掛け直し、そして、
「神へ祈りを捧げ給う。我は望み、聖霊の御力を欲する。
我が願い、聞き届けたまえ。
万物よ尽きよ! " 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "!!!」
神の如きその力。
広範囲魔法では無いが、物質はおろか魂さえも打ち砕く、究極の対人対物破壊魔法。
魔法陣内部に、ヒナタの両手から迸る白色の光が襲い掛かった。
それは閃光。
発動から対象へと到達する速度は、秒速30万km。光速に等しいのだ。
霊子が対象の細胞から魂までを、聖なる力で消滅させる。欠点は、発動までに時間が掛かる事。
魔法の撃ち合いならばともかく、1vs1の決闘で用いる事は出来ない。しかも、大量に体力を消耗する為、一日に一度しか撃てない。
だが、一度放たれれば、この魔法に耐えうる者は存在しないだろう。
事実、醜悪な姿へと変貌していたスライムは、周囲に被害を与える事も無く、その痕跡を残さずに消滅していた。
術者の望む対象のみを消滅させる魔法なのである。
「終わったか、思った以上に大物だったよ」
ヒナタは溜息と共に、呟いた。
聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) を張り続けている部下の聖騎士4名に、精霊通信で終了を告げる。
最初は、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) は大げさだと思ったものだが、情報を齎した者が確実に仕留めるには必要だと言い張ったのだ。
もし、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) が無ければ……
そこで、ヒナタは考えるのを止めた。IFを考えても仕方ない。
それよりも……
リムルというあのスライムが、言っていた事を思い出す。
子供達? 何の事だ?
まあいいか。考えても判らない。判らない事を考えても仕方ないのだ。
聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) の解除を確認し、ヒナタは今後について考える。
テンペストという魔物の町は、自分が出ずとも制圧可能かどうか。
まずは、情報収集である。
現状、討伐部隊の戦果を確認すべく、ヒナタは聖教会へと戻るのだった。
最早、ヒナタの頭の中にリムルという魔物の事は存在していない。
強かろうが弱かろうが、消滅してしまった者の事を考える事は、無駄だから。
万が一にも、その魔物が生きている等、思いもしない。
それがヒナタの強さの秘訣であり、大いなる弱点でもある事を、本人は気付いてはいなかった。
ヒナタが考えたのは、「新しい剣を用意しなくちゃね」という事。
そして、その場を後にする。
第一次遭遇は主人公の完敗でした。
構想は出来ているのに、筆が進まない…。
こ、これがスランプか! って事で、いい訳です。