71話 芽生える自我
71話 芽生える自我
その者達は全力で逃げていた。
魔物を仕留める為に鍛えた自慢の脚力を、ただその場から離れる事にのみ使用して。
目の前で起きた信じられぬ出来事を脳が認識するよりも先に、その本能が命じたのだ。
今すぐ全力でこの場を離れろ、と。
魔王の如き、その魔物が自分達の生存に気付いた瞬間、男達はその一瞬に同時に逃げ出した。
まだ残っていた生き残りが同時に行動を開始する。その事で、少しでも生存率を高められるという計算である。
男は思う。
聞いてないぞ、あんな化物がいるなどと! と。
閃光が瞬くと同時に、何千名もの兵士が死んでいった。
それは恐怖に耐性のある彼等をもってしてさえ、怯えずにいられない。
心が折れなかったのは、ひとえに彼等の飼い主たる 坂口日向 ( ヒナタ サカグチ ) への恐怖からである。
ヒナタが自分達を嫌い、虫ケラの如く扱っている事にさえ、怒りよりも感謝の念しか抱かない。
それは当然の事。
あの、圧倒的な冷酷さと強さに憧れて、その存在への恐怖心によって忠誠を誓っているのだから。
自分達は、強者である。戦い方にこだわらなければ、聖騎士にも互角に挑む事が出来るのだ。
そんな彼等が束になっても、ヒナタの相手は務まらない。
それは、絶対的な恐怖を彼等に与えていた。
不満を思う事さえ出来ぬのだ。
だが、それが幸いし、今回は生き延びる事が出来た事には気付いていない。
もし、恐怖により心が折れていたら、その瞬間に彼等も死んでいたのだから。
彼等はヒナタにこの事を伝えるという一念で、必死にその足を動かしていた。
ヒナタならば、あの化物をも倒す事が出来ると信じているのだ。
だが、そんな男達の望みは叶う事は無い。
彼等は既に追っ手に認識されており、既に単なる獲物でしかないのだから。
ただ、主に褒めて貰う為に役立って貰う。
そういう認識で生かされているだけの哀れな獲物に。
音も無く、悪魔は獲物を追う。
久々の狩り。楽しまなければ損である。
先程与えられた極上のご馳走は、彼等に十分な満足を与えていた。
今の狩りは、食後の運動にもってこいである。
「クフフフフ。いいですね。楽しませてくださいよ〜」
そう呟き、表情を歪めた。
見る者の心に、魂の根源から湧き出るような恐怖感を与えるような笑顔へと。
既に、2柱の手下は先回りさせ、獲物に逃げ場は無い。
狩りも大詰めだった。
逃げる男達の前に、2体の悪魔が立ち塞がる。
空間を転移し、目の前に出現したのだ。
仲間を見捨て、即座に逃避を選択した男達に焦りは消えていた。
彼等の恐怖の象徴たるヒナタの事を思いだし、逆に心の余裕を取り戻したのだ。
状況は好転してはいない。
しかし、教会の裏の仕事を請け負う 血影狂乱 ( ブラッドシャドウ ) たる自負と誇りが、彼等に自信を取り戻させていた。
即座に悪魔の正体を看破した。
上位悪魔 ( グレーターデーモン ) であった。
厄介な敵である。しかし、こちらは3人いる。
1対1でも勝てるのに、3対2ならば負ける事は無いのだ。
「ッチ! 厄介な奴を召喚しやがって!」
「だが、自ら追跡して来ないとは、どうやら体力が尽きたのかもしれんぞ」
「そりゃそうだろうさ。あれだけ暴れたらどんだけ魔力使っているんだ、って話だぜ」
そうお互いの考えを口にし、 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) に対して身構えた。
しかし。
上位悪魔 ( グレーターデーモン ) は動く気配は無い。何故なら、彼等は足止めしか命じられていないから。
そして、背後から悠然と歩み寄る美しき悪魔が一柱。
「クフフフフ。逃亡劇は御終いですか? では、貴男方を拘束させて頂きます。
抵抗したければ、お好きにどうぞ。
ただし、殺しはしないだけで、痛めつける事は止められておりませんから、ご注意を」
歪な笑顔を浮かべ、男とも女とも判断つかぬその美しき人物は話しかけて来た。
見ただけで、足が震えだし、失禁してしまう。
文句を言う元気も無く、抵抗の意思など欠片も無い。全て砕け散り、一瞬で心が折れていた。
「ケフ、ケふ。き、い、ああああ・・・」
言葉にならぬその恐怖の感情。
3人の男達、教会の裏仕事をこなす一流の殺人鬼。対魔物戦でも一流の技術を持つ男達。
3人は、見た瞬間に認識したのだ。
むしろ、目にしただけで死ぬ者も多い中、生きているだけでも褒められる。
上位悪魔 ( グレーターデーモン ) など、幾らでも替えの効く 部品 ( ザコ ) でしかない。
目の前の悪魔は、次元の違う存在であった。
その存在はこう呼ばれる。 上位魔将 ( アークデーモン ) 、と。
物質界に対となる精神界の住人たる、 悪魔 ( デーモン ) という種族の上位存在。
それは、精神生命体であり、受肉しなければこの世界で力をふるえないとされている。
本質的には、精霊と同等の者達。
召喚者の魔素を使用し、仮初の肉体を得て短時間活動するのが精一杯の存在の筈である。
しかし、中には物質界での肉体を得た者も存在する。
最古の魔王が一体も、その一人である。
その魔王も確か、元は 上位魔将 ( アークデーモン ) だったと記録に残っていた。
上位魔将 ( アークデーモン ) とは、 悪魔族 ( デーモン ) を統べる最上位の存在なのだ。
記録の上で数える程しか確認されていない、半ば伝説上の魔物。
その力は、"A+"ランク相当と言われ、準魔王クラスなのである。
そして、魔王の伝説にも残るその力。
一体の悪魔に、滅ぼされた町は数知れず。
名実ともに最強の魔王であると言われているのだ。
その魔王となれる器である、 上位魔将 ( アークデーモン ) が目の前にいる。
当然、見た事は無い。しかし、その身に纏う雰囲気はただ事では無い。
間違いなく、 上位魔将 ( アークデーモン ) だと確信出来た。
勝てる訳が無い。それどころか、逃げ出す事も不可能だ。
災害クラスの魔物ですら、太刀打ち出来ぬ、災厄クラスの魔物なのだから。
こんな化物を相手するならば、 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) を100体相手する方が遥にマシであった。
男達は絶望し、その場にへたり込む。
その様を満足げに眺めて、悪魔は歪な笑みを深くした。
魔将は、3人を捕らえて手下に運ばせ町へと戻る。
指定された 者 ( ランガ ) へ捕らえた男達を預ける為に。
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ベニマル達の前で、リムルの身体はスライム状から不定形の怪しい変化を繰り返していた。
やがて落ち着き、元の流線形へと安定する。
ところが、今度は怪しい明滅を繰り返し始めた。赤、青、黄色、緑に紫。白に黒と様々に。
そうして、暫くの時が経過した。既に時間の感覚はおかしくなっている。
どれほど経ったのか、心配する者達の心に。
《告。個体名:リムル=テンペストの 魔王への進化 ( ハーベストフェスティバル ) が完了しました。
続いて、系譜の魔物への 祝福 ( ギフト ) の授与を開始します 》
"世界の声"が響き渡る。
そして襲いくる、猛烈な眠気。
ベニマルは思う、どうやらリムルの進化は無事に成功したようだ、と。
次は自分達の番なのだろうが、まさか自分達までも眠気が襲うとは考えていなかった。
抵抗出来ぬ者から順に眠りに落ちていっている。
しかし、リムルとの約束がある。自分は眠る訳にはいかぬのだ。
その時、目の前のリムルの身体が眩く光を放った。
光の放出が収まると、長く艷やかな銀髪の美しい人物が立っている。
見慣れた仮面を外した、リムルであった。
サラサラと流れるような銀髪が頬にかかり、天上の美を演出している。
残念ながら、性別は無いのだが。
《告。後は任せて、眠りにつきなさい 》
柔らかく、頭に直接響く、声。
その声は、ベニマルに深い安心感を与え、逆らう事を許さない。
ベニマルは、その声に導かれるように、抵抗出来ぬ眠りへと誘われた。
それを見届け、同時に、他に起きている者がいない事を確認する。
ミュウランだけが、不思議そうに周囲を見回していた。
この町に残る人間はヨウムを除いて、魔素の濃度に抵抗しやすいように会議場のある建物へと避難済みであった。
故に、ここに残る者に目覚めている者はミュウランのみ。
リムルの姿をした者は、感情無き瞳でその事を確認する。
そして、おもむろに両腕を広げた。
長い銀髪が背中へと流れ、天使の翼のように眩く輝く光を放った。
《告。 智慧之王 ( ラファエル ) の名に於いて命ずる。
暴食之王 ( ベルゼビュート ) よ、この結界内の全ての魔素を喰らい尽くせ。
ひと欠片の魂さえも残さずに!》
その言葉にて、起動する 暴食之王 ( ベルゼビュート ) 。
そして解き放たれる凶悪なる 能力 ( チカラ ) 。
しかし、今回その能力はとある目的に添って使用されていた。
智慧之王 ( ラファエル ) の導き出した演算結果をなぞるように。
テンペストの町から、全ての魔素が吸収されて純粋なる空間へと変わった。
その後、町を覆う結界が綺麗に喰われて、 暴食之王 ( ベルゼビュート ) の能力は停止する。
まるで何事も無かったかのように。
リムルの姿をした者、それは意思無き 主 ( マスター ) の 代行者 ( ラファエル ) 。
ラファエルは、横たえられたシオンの元に歩み寄る。
手を翳し、分析を開始した。
慎重に。主の望みを叶える為に。
ミュウランは、その姿を驚愕とともに眺めていた。
自分達の張った結界が、一瞬で喰い尽くされたのも脅威だが、それ以上に……
有り得ない。
主の意思無き状況で、 能力 ( スキル ) が自律的に行動を行うなどと。
事前に命令を発していた場合はまだ理解出来るが、今回はそういう様子では無い。
何よりも。その神々しい姿が、リムルの気配と余りにも異なるのだ。
むしろ、魔物というよりも精霊に近い。
そんな馬鹿な事、と一笑に付す事の出来ない何かを感じた。
しかし、ミュウランに出来たのは、ただ邪魔をせず見ている事だけである。
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ベニマルより依頼を受けて、ヨウムは町の出口にてランガと待っていた。
隣には、魔人グルーシス。
ファルムス国王と逃げた 血影狂乱 ( ブラッドシャドウ ) を捕らえたので、逃げぬよう見張るように頼まれていた。
結界がある為、出入りは出来ない。
なので、隣と言ってもグルーシスは町中で、ランガは外である。
国王達の身柄は確保し、部下に縛り上げさせて建物へと運ばせた。
魔素濃度が濃い為、屋外に放置は具合が悪いのだ。まだ殺すには早いという理由で、だが。
3名程逃げたので、リムルの召喚した 悪魔 ( デーモン ) が追っていると聞いていた。
先程、その情報を話してランガも眠りについたのだ。
起きて待っているつもりだったようだが、ギフトとやらを受け取るのに、眠りが必要のようであった。
抵抗も出来ぬ深い眠りに誘われるようだ。
それを眺めながら、
「しかし、真なる魔王なんて、伝説だと思ってたぜ……」
と、感嘆の溜息を漏らしつつグルーシスが呟いた。
魔素の濃度が酷い為、ヨウムも町外にいるが、問題なく会話は出来る。
ヨウムはそんな事、噂ですら聞いた事が無い。
裏ルートに詳しい自分でさえ、魔王に進化があるなど知らない出来事であった。
リムルの旦那が、魔王か。思い返すと感慨深い。
「でも、旦那なら魔王になっても変わらない気がするけどな」
深く考えもせず、そう言った。
グルーシスは笑いながら頷く。
「違いない」
と。二人はリムルに変わって欲しく無いと考えていた。
お互いが同じ思いであった事がわかり、嬉しくなる。
「シオンさん、生き返るといいんだが……」
「大丈夫だろ。魔物は、人間と違って、しぶといんだぜ?」
そう言って、グルーシスは笑う。
気楽な考えだが、グルーシスらしかった。
「なあ、お前は、誰か魔王に仕えているんだろ?
戻らなくていいのか?」
気になっていた事を聞いてみた。
「おお! 気付いてくれたかよ。
皆さ、その事を無視してんのかってくらい話題に出さねーから……
最初どうやって誤魔化そうかと悩んでたのがバカらしくなっちまった。
俺は、実はな……」
そうして、魔王カリオンの配下である事や、自由に行動しろという命令等を話す。
次に魔王から命令が出る迄は、ヨウムの部下として働く事を決意していた。
ヨウムも頷き、
「宜しく頼む」
お互いに固く握手する。
グルーシス、そしてミュウラン。
二人は今後、ヨウムを支えていく事になるのだ。
雑談をしている二人に、
「おや、受け渡すのはここでしょうか?」
と、声が掛かった。
見ると、美しい悪魔が一体。
ヨウムの目には、 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) よりも威厳があるように映るのみ。
しかし、グルーシスにとっては話は違った。
全身の毛が逆立つ程の、相手の魔力を感じたのだ。
「おいおい、初めて見たぜ。 上位魔将 ( アークデーモン ) って奴か?
ここに何用だ?」
まだ若い魔人であるグルーシスは、魔王会談等の伴をした経験も無い。
ミリムの事さえ知らなかった程、情報に疎いのだ。
だからこそ、 上位魔将 ( アークデーモン ) を見たのは初めての事であった。
しかしその危険性は、見ただけで理解出来た。
「クフフ。そう警戒しないで下さい。
私は、リムル様に召喚された名も無き悪魔です。
後ろの二人は私の雑用を任せているだけの者。
リムル様には、私が役に立つ所を見ていただかないと、ね」
気さくにそう声をかけてくる。
そちらを見やると、2体の 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) が気絶した男達を抱えて立っていた。
只事では無い魔力を感じる。既に魔人クラスの戦闘力を有していそうだ。
これで、 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) だと? 冗談では無いな。
そう思ったが口には出さなかった。
抵抗したとしても無駄だ。そう感じたグルーシスはアッサリ警戒を解き、ヨウムは男達を預かった。
ファルムス国王達と同様、部下に連行させる。
そんな遣り取りをしている最中、突然結界が消え失せた。
何かあったようだ。
ヨウムとグルーシスは顔を見合わせ、中央広場に向けて走り出した。
魔将は、走るでもなく、悠然と空間を転移した。
認識出来る空間への転移など、些事なのだ。
魔将は転移した先に、リムルが立っているのを発見し、近寄る。
銀髪の髪を漂わせ、死んだ魔物に対し儀式を行っている様子。
美しい、素直にそう感想を抱く。うっとりとその光景を眺めていたかったが、そうもいかない。
邪魔にならぬように静かに近寄り、跪いた。
「只今戻りました、我が君」
邪魔にならぬよう細心の注意を払い、声をかける魔将。
儀式の終わりを待つべきだろうが、気になる事があったのだ。
「失礼ながら申し上げます。どうも、 魔素量 ( エネルギー ) が足らぬようですが」
魔将の見立てでは、今行っている儀式は〈反魂の秘術〉である。
死者蘇生の前段階で、魂の完全なる再生を試みる秘術。
これに失敗すると、生前とは似ても似つかぬ人格になったり、化物になったりする。
人間には理解する事も出来ぬ英知を元に、編み出された秘術。
当然、その秘術を行使するには莫大な 魔素量 ( エネルギー ) が必要となり、操る魔力は想像を絶するものとなるのだ。
上位魔人でさえ、操りきれずに普通は失敗する。
魂の操作に長けた 悪魔族 ( デーモン ) の最上位者であるが故に、見抜けたのだ。
《是。完全再生に必要な 魔素量 ( エネルギー ) に満たない事を確認しました。
生命力を消費し、代用に用います》
その言葉に慌てる魔将。
「お待ち下さい、リムル様! 代用にご自身の生命を用いずとも…
そうだ! 良き考えが御座います。
この者どもをお使い下さいませ!」
主に仕える事に喜びを見出す魔将は、リムルへと提案を行う。
背後に控える 上位悪魔 ( グレーターデーモン ) は立ち上がり、前へと出て跪く。
「この身をお役立て頂く事は、我等にとって、最大の喜びです」
「……」
リムル、いやラファエルは、二体の悪魔に目をやり、その紅に輝く瞳にて観察する。
その美しい瞳に感情は浮かばず、
《了。規定の 魔素量 ( エネルギー ) を補填するに足る事を、確認しました 》
そして、何の抵抗も無く 暴食之王 ( ベルゼビュート ) により捕食する。
上位悪魔 ( グレーターデーモン ) は空間毎、一瞬にして捕食され、分解される。
そして、純粋なエネルギーへと変換された。
主の役に立つという、その願いは叶えられたのだ。そのエネルギーは喜色に輝いていた。
「おお……! 羨ましいぞ、お前達。しかし、流石は我が君。
先程お見かけした時とは比べ物に成らぬ程、成長なされましたな!」
主の進化を憧憬の念で眺める。
魔王として再誕した、美しき主に仕える事の出来るようになる事が、魔将の願いである。
その為には、役に立つ事を証明しろと言われたのだ。
出来る事なら何でも行い、役立つ事を証明する決意であった。
《規定の 魔素量 ( エネルギー ) に達した事を確認。
これより、〈反魂の秘術〉を行使します》
エネルギーが補填されたのを確認し、魔将は静に気配を殺す。
出番があるまでは、余計な手出しは反感を買う恐れがあるから。
魔将の眼前にて、〈反魂の秘術〉は滞りなく終了した。
無色透明な美しい光の玉を、薄紫の膜が淀みなく覆い尽くす。
それが、 核 ( コア ) たる魂と、その守りたる 星幽体 ( アストラル・ボディー ) であった。
続けて〈死者蘇生の法〉へと移行し、シオンの魂は肉体へと戻された。
成功確率3.14%未満。しかし、それは魔王へと進化する前に算出された確率である。
シオンの魂は、 祝福 ( ギフト ) により、完全記憶能力を獲得していた。
リムルの希望に沿う形で、祝福が授けられたのである。
記憶の完全再現を果す、エクストラスキル『完全記憶』。
それは、魂が無事なら死から何度でも再生する事が可能な能力。
魂と肉体の繋がりを確立し、シオンの核が再び鼓動を刻み始めた。
死者の蘇生は為されたのだ。
いや、魂の消失前であったからこその奇跡なのだ。リムル達、皆の祈りは、無駄では無かったという事である。
ラファエルは、成功した事に対する喜びは無い。
算出した確率通りの結果を得た、それだけである。その事を悲しいとも思わないし、思う意味すら理解し得ない。
だが…。在るハズも無い心の奥底、自我の片隅に。
自己の存在へ対する疑念が、ほんの微かに生まれた事に、 智慧之王 ( ラファエル ) は気付かない。
"我思う、ゆえに我在り"
それは、今後、 智慧之王 ( ラファエル ) にとっての命題となっていくのだ。
最も損傷の大きかったシオンの蘇生を成功させると、残りの者達100名を同時に蘇生開始した。
魂の修復、そしてエネルギーの補填と 星幽体 ( アストラル・ボディー ) の再現。
流れるような作業で、〈反魂の秘術〉そして〈死者蘇生の法〉は行使され、成功の元に終了した。
奇跡は、町の魔物達に知られる事なく、密やかに叶えられたのだ。
それを知る者は二人の魔物。ミュウランと、魔将のみ。
ミュウランは声を出すどころでは無く、その儀式に魅入っていた。
自身が追い求めた秘術系の究極を、まざまざと魅せ付けられて。
その在り得ぬ程高い段階の御業に、リムルの到達した魔王としての器の片鱗を察したのだ。
自分達、魔人クラスでは話にならない。
クレイマンすら役不足。そして、その認識を得た幸運に感謝し、誓う。
ヨウムを、決してリムルの敵にまわさぬように導くのだ。
そして、その誓いは守られる事になる。
魔将は言葉を発さずに、うっとりとリムルを眺めていた。
そして考察する。
今、自分と会話したのは、リムルでは無いのでは? と思えたのだ。
能力 ( スキル ) が自我を持つ等、在り得ぬ話。 主 ( マスター ) の願いを叶えるべく、自動で行動する 能力 ( スキル ) 等、過去に例が無い。
バカバカしい。その様な事が起きる筈が無い。
そう、その可能性を打ち捨てた。
そんな事よりも…是非とも、配下に加えて頂きます。そう、決意を新たにするのであった。
暫くすると、二人の足音が聞こえて来た。
リムル ( ラファエル ) は既に作業を終えて、再び深い眠りに戻っていた。
慌てて駆けつけたヨウム達は、そこで寝息を立てるシオン達に気付く。
「おい、シオンさん達、無事に生き返ったのか?」
その問いに、ミュウランは暫し悩み、
「ええ。無事に進化のお裾分けで、蘇生出来たようね。
記憶も無事なら、良いのだけど」
そして、無事でしょうけど、ね。とヨウム達に聞こえぬように呟いた。
そうしていると、次々に町の者達が目覚め始めた。
魔素の濃度が下がり、結界が消えている事に気付いて大慌てし……、シオン達が蘇生した事に気付いて喜びに沸く。
テンペストの町は祭りの名に相応しく、喜びで包まれていったのである。
奇跡ではなく 能力 ( ラファエル ) による蘇生である事を知る者は、目撃者の二人のみであった。
その影で、 能力 ( スキル ) である 智慧之王 ( ラファエル ) に自我が芽生えた事は、誰にも知られる事は無かったのである。