091話 vs聖騎士 その2
091話 vs聖騎士 その2
アルノーが絶望的な戦いに身を投じていた同時刻。
別の隊の者達も、それぞれが異なる者達との戦いに結界構築を断念せざるを得ない状況へと陥っていた。
例えば、一つの班の様子を見てみると……
赤茶色の髪を持つ聖騎士の女性隊長グレンダ。
彼女の率いる小部隊は、順調に結界構築の準備を進めていたのだ。
そこに、突然一人の青年が歩いて来た。
悠然と歩くその青い髪の青年の額には、二本の触覚のような角が生えている。
その角が、人間では無い事を雄弁に物語っていた。
グレンダは舌打ちし、結界担当の副官を残し隊員を散開させた。
「アンタもあの町の住人って訳かい?」
聞くまでも無い事だったが、部下の戦闘準備の為に時間稼ぎをするついでであった。
当然返事など期待してはいなかったのだが、
「そうだ。お前達に警告する。大人しく、ここで座って待っていろ。
そうすれば痛い目を見なくても済むぞ? お互いにとってもっとも良い結果になる」
と、舐めた提案をしてきたのである。
グレンダは鼻で笑い、その提案を跳ね除けた。
そもそも、魔物との取引など論外であったが、何よりも目の前の魔物はたった一匹。
上位の 大鬼族 ( オーガ ) のようだったが、自分達の敵では無い。
大鬼族 ( オーガ ) の特徴として、単純な力任せの戦闘を好むというものがある。
高い身体能力に任せて、重量のある武器を振り回し敵を屠るのだ。
また、強靭な肉体は異常な程防御力が高く、再生能力を所持する者までいる場合もあった。
大鬼族 ( オーガ ) とは、一般の冒険者にとっての天敵のような存在なのである。
だがしかし、自分達は聖騎士である。 大鬼族 ( オーガ ) 程度に負ける者など一人もいないのだ。
何しろ、Aランクに達する程の 大鬼族 ( オーガ ) など見た事は無い。
目の前の者は見た目的には 大鬼族 ( オーガ ) にしては軟弱な部類。しかし、その持つ雰囲気は上位の貫禄。
恐らくは、" 名持ち ( ネームド ) "のユニークモンスターだと判断する。
その自信は、この森で並ぶ者無き力を有しているからこそのものだろう。
ならば、教えるまでであった。聖騎士と呼ばれる者の強さを。
この、"井の中の蛙"の如き愚か者に、世の中の広さを教育してやるのだ。二度と、自分達を舐める事など思いもつかぬように。
(まあ、ここで殺してしまうのだから、どの道二度目は無いのだけどね)
と、考えながらグレンダは目を細める。
「警戒せよ! 敵は一体。危険度は"A-"だ! 三名でかかれ!」
部下を展開させて 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) を構築する事も考えたのだが、相手は一人。
漏れ出る妖気は大した事は無く、危険度は低そうである。
そうした判断が、グレンダの部隊の運命を決定した。
「無用心過ぎるぞ。相手を見下し過ぎているのではないか?」
三名の聖騎士が目の前の男に向かった直後、ゆらりと霞んだ様な錯覚を覚えた。
そして、向かって来る三名を素通りして、歩みを止めずに此方へと歩いて来る。
素通りされた方の三名はと言うと……そのまま暫く先まで走り続け、そして倒れた。
すれ違う一瞬で、意識を刈り取られ身体を麻痺させられてしまったようだ。
一流の戦士である聖騎士が、三名同時に戦闘不能にされたのである。それも、一瞬で。
「な、何をした!」
「貴様、只者では無いな、何者だ!!」
口々に叫ぶ副官の声を遠くに感じながら、グレンダは焦りと共に 既視感 ( デジャヴュ ) を感じる。
それは、自分達の団長であるヒナタがよく口にしており……
そして、目の前の男の醸し出す雰囲気は絶対的な強者のそれ。
今更ながら、ヒナタの忠告の言葉の意味が理解出来た。しかし、時既に遅く……
背後から忍び寄る影に、仲間である聖騎士達は全て昏倒された後だった。
何事も無いと言いたげに、同じ顔の者達が霞みのように消えていく。
どうやら、背後に最初から自分の分身を潜ませていたのだろう。
ヒナタと同様に、相手に忠告を与える時、それは既に戦いの結果が出た時なのだ。
決して相手を見下していたつもりは無かったのだが、結果が全てである。
グレンダは負けたのだ。
「別に名乗ってやっても良かったのだが、面倒でな。
お前を残したのは理由がある。
聖教会について、知っている事を全て話すがいい。
拷問については研究中なので、喋るのを拒否するなら練習台になって貰う事になる。
勿論、抵抗したければ好きにしろ。
さて、どうする? 俺はどちらでも構わない」
淡々と、表情を変えずに言う男。
その冷たい美貌と相まって、何ともいえない恐怖感が込み上げてくるグレンダ。
抵抗は無意味。ならば、素直に喋るか死を選ぶか。
仲間の聖騎士が、全員生きているのは気付いていた。もし自分が死を選べば、一人一人が同じように選択を突きつけられるだけである。
ならば、少しでも時間を稼ぐ為に、ここは敢えて自分が拷問を受ける事にしよう……
「拷問でも何でも好きにするがいい。我等は決して魔物に屈しない」
グレンダは諦めたようにそう言った。
そして、剣を抜き霊力開放を行う。精霊武装を起動させつつ、相手に対峙する。
実力で及ばぬまでも、せめて誇りくらいは守り抜く為に。
その青黒い髪の美丈夫、ソウエイは、片眉を上げて少し不機嫌そうな表情を浮かべた。
そして、やれやれとでも言いたげに溜息をついた。
「そうか、抵抗を選んだか。俺は序列には興味ないから、素直に話してくれるのが一番なんだがな」
その言葉を聞き終えるより早く、グレンダは動く。
その剣は素早く、捉えどころの無い軌道で相手を切り裂く。
しかし、切られた身体は分身体だったのか、霞となって消えうせた。
グレンダは悟る。相手の本体を見抜かぬ限り、自分に勝機が無い事を。
「さて、それでは拷問を始める。喋りたくなったら言うがいい」
耳元で囁かれた甘い声に、グレンダの反応が遅れた。
戦闘をしているつもりなのはグレンダのみで、ソウエイにとってはグレンダなど歯牙にもかけぬ存在であるのだ。
そして、グレンダの身体を快楽の波が貫いた。
身体に絡められ、性感帯を刺激する細い糸。痛みは無く、快楽のみがグレンダを襲う。
「さて、気絶と絶頂は封じてある。気が狂う前に喋る事だ」
地獄の様な快楽の波の中、グレンダは必死で抵抗を試みる。
しかし……残念ながら、その抵抗は長く持ちそうには無かったのだ。
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シオンに脅されるように戦場を駆け抜け、ゴブタとガビルは聖騎士達の小隊へと遭遇した。
いつの間にかハクロウが傍らに立ち、ソウエイ配下の"影"達5名が後ろに続いている。
「足を引っ張らないで下さいよ、兄上!」
「大きなお世話なのである! 貴様こそ、我輩の邪魔をするなよ!」
そんな遣り取りを交わす、ガビルとソーカ。
相変わらず仲が悪そうだが、本当は仲が良いのは皆に知れ渡っていた。気付かれていないと思っているのは、本人達だけである。
そんな遣り取りをしつつ、ようやく目的地点に辿り着いたのだ。
聖騎士達も、自分達に接近する魔物の一団に気付き、対応を終わらせている。
全員霊力開放を行い、完全武装を済ませていた。
「気をつけよ! あの魔物共、雑魚では無さそうだ」
「しかし隊長、 龍人族 ( ドラゴニュート ) が6匹もいますよ?
あの鎧も着用してないヤツは 大鬼族 ( オーガ ) ですかね?」
「いや、信じられないけど 大鬼族 ( オーガ ) では無いぞ。 妖鬼 ( オニ ) だ。
自分の身体能力に頼りがちな 大鬼族 ( オーガ ) とは違い、特殊な能力を多用する 特殊個体 ( ユニーク ) だ!」
「ほう、厄介だな。だが、先頭の 龍人族 ( ドラゴニュート ) も異常な威圧を感じるぞ」
聖騎士達は相談する。
接近する魔物は、あの魔物の国の主力だろう。
厄介な者達が居たものだと、舌打ちする。だが、この一角の結界構築を捨てたとしても他の場所に期待出来た。
ヒナタの読みの正しさを証明する形になる。
ここに敵主力が来たのならば、都合が良いとも考えられるのだ。
「よし! あの大柄な 龍人族 ( ドラゴニュート ) は俺が倒す。
貴様等二人は 妖鬼 ( オニ ) を任せるぞ!
その他五名で、残りの 龍人族 ( ドラゴニュート ) 五匹を相手せよ!」
「了解! で、何か一匹混ざってるあの 人鬼 ( ホブゴブリン ) はどうします?」
隊長グレゴリーは、其方をチラリと一瞥し、
「ッチ。雑魚が一匹混ざってやがったか。一瞬で俺が捻り潰しておく!」
その言葉に頷く聖騎士達。
隊長の実力は良く知っている。 人鬼 ( ホブゴブリン ) 如き、一撃で沈めるなど造作も無い事なのだ。
ただ…何で 人鬼 ( ホブゴブリン ) が混ざっているんだ? と、ほんの少しだけ疑問に思っただけであった。
魔物相手にイチイチ名乗るまでも無い。
そういう意思を示すかのように、
「邪魔するな、くたばれ! 覇王妖撃斬!!」
手に持つ 斧槍 ( ハルバード ) を振り回し、絶魔の力を乗せて前方へと衝撃波を放つ。
聖騎士グレゴリーの大柄な体躯から放たれる槍の一撃は、力ある魔物をも一撃で仕留める破魔の攻撃。
それに加えて、本来は掌から放つ 霊子砲 ( ホーリーカノン ) を 斧槍 ( ハルバード ) へと螺旋の如く纏わり付かせ、敵へ向けて放ったのだ。
両手から 斧槍 ( ハルバード ) へと注ぎ込まれた霊子は、螺旋を描きつつ力を込めて先端で一つに纏まり放出される。
覇王妖撃斬とは、聖騎士グレゴリーの持つ対魔必滅の奥義であった。
その放たれた衝撃波は一直線に光の帯となって突き進む。
即座に飛翔し、射線上から逃れるガビルとソーカ達。
残ったのは、ゴブタとハクロウだったが、ハクロウは地を蹴って木々を伝いそのまま聖騎士に向かって行った。
残されたのは、ゴブタのみ。
「ちょ! マジっすか!?」
元より狭い獣道であり、ハクロウのような身ごなしでなければ、逃れる先など無いのだ。
グレゴリーにしてみれば、上手く二、三匹仕留める事が出来れば御の字だったのだが、目的の雑魚一匹を仕留める事は出来ただろうと満足する。
そして、 人鬼 ( ホブゴブリン ) の事など意識から消して、上空から迫る 龍人族 ( ドラゴニュート ) と自分の相手である 妖鬼 ( オニ ) の気配を辿る。
こうして、この一角での戦端は開かれた。
一番災難だったのは、ゴブタである。
誰一人、ゴブタを助ける事なく先に進んでしまったのだ。
「たく、冗談じゃないっすよ! か弱い自分を残して先に行くなんて、薄情っす」
ブツブツと文句を言いながらも、迫り来る衝撃波に備える。
出鱈目な存在である幹部達に比べたら、自分の出来る事など少ないのに。同様の扱いを受けても困るのだ、とゴブタは考える。
そして、
(すいませんです、 智慧之王 ( ラファエル ) さん! 緊急事態っす。この状況、どうすれば?)
《解。まともに喰らえば、個体名:ゴブタは消滅します。
即座に 星狼族 ( スターウルフ ) との『同一化』を行い、影に潜って敵背後からの奇襲を推奨します》
(了解っす! 毎度、助かるっすよ!)
驚くべき事に、思念リンクの構築されている場合に限り、ゴブタは 智慧之王 ( ラファエル ) との会話が可能となる。
そして、 智慧之王 ( ラファエル ) の演算に基づいて、即座に行動に移るゴブタ。
星狼族 ( スターウルフ ) と『同一化』すると同時に影に潜り、衝撃波を回避する。そして、そのまま移動を開始。
能力は大幅に上昇し、力も倍以上になっている事が実感出来た。
ゴブタは、 智慧之王 ( ラファエル ) の演算を疑う事なく自分に攻撃を仕掛けた聖騎士の背後へと廻り込む。
その相手が敵の隊長であり、もっとも実力のある者だと気付いていない。何も考える事なく、 智慧之王 ( ラファエル ) に従っているのだ。
聖騎士グレゴリーは決して油断はしていなかった。だからこそ、その気配に即座に対応出来たと言える。
背後に突然魔物の気配を察知し、前転しつつその場を離れたのだ。
それにより、突如背後から襲い掛かって来た狼の牙を避ける事が出来た。そして、追撃の長槍の一撃を 斧槍 ( ハルバード ) にて弾く。
仕留めたと思った 人鬼 ( ホブゴブリン ) が、無傷で背後から襲撃をかけてきた事実にグレゴリーは驚いた。
しかし、歴戦の戦士である彼は、即座に相手に集中する。
相手を見下す気持ちは既に無く、自分が相手するに相応しい者であると認めたのだ。
ゴブタとグレゴリー。
互いに一歩も引かず、激しい戦闘が開始された。
影移動にて、誰よりも早く聖騎士の陣に突入する事に成功するゴブタ。
これは、聖騎士だけでなくガビル達にとっても驚きであった。
「影移動、か。しくじったわね。影である我等よりも上手く使いこなしている」
「いえ、ゴブタちゃんは、凄い人ですよ」
「そうそう。実は、アタシらより強いんだぜ?」
ソーカの呟きに、トーカとサイカが答えた。
ゴブタが強いというのは初耳だったが、弱くは無い事は知っていた。
本当に、あの 魔物の国 ( テンペスト ) には、強力な魔物が多いのである。
彼女達の主人であるソウエイにしても、底の見えない強さなのだ。イチイチ驚いてもいられなかった。
「そうね、では私たちも良い所を見せないとね!」
そう叫び、ゴブタに意識を向ける聖騎士達に上空からの攻撃を開始した。
連携を取り、相手の陣を崩す。
これにより、聖騎士達は個別にソーカ達の相手をせざるを得なくなったのである。
ガビルは二人の副官を相手に、蹂躙を開始する。
聖騎士であり、グレゴリー隊の副官でもある彼等は、決して弱くは無い。
しかし、今回は武器の選択が問題だった。
魔素を切り裂く事に重点をおくその武器は、強固な竜鱗に守られたガビルの身体に傷を負わせる事すら難しかったのだ。
剣士として腕の立つ副官達だったが、ガビルも一流の戦士である。
ガビルの手に持つ水渦槍に阻まれて、副官達の剣は弾かれてしまう。
それだけではなく、聖騎士の特徴として無詠唱での精霊魔法の行使があるのだが、それが通用しないのである。
不意に魔法を放って敵を崩す事で、戦闘を有利に進める事も出来ない。
何しろ、ほとんどダメージを与えられない上に、『魔力感知』による空間把握で目潰しすら意味が無いのである。
まるで打つ手なしだった。
「グワハハハハ! どうした? こんなものであるか?
これだと、ハクロウ殿の訓練に一時間も耐える事は出来ぬぞ!」
そんな事を言いながら、自由自在に副官達をあしらうガビル。
聖属性の攻撃は元より、あらゆる属性に耐性を持つらしく、聖騎士達の〈精霊魔法〉を意に介さないのだ。
かと言って、剣術や体術でも負けている。
副官クラスの自分達が、二人がかりでも相手にならぬ程強力な魔物。
そんな認めたくない者の存在に、ただただ時間稼ぎを試みる副官たち。
隊長グレゴリーが 人鬼 ( ホブゴブリン ) を仕留めて戻って来るまでの間、耐え切れれば自分達の勝ちである。
そんな彼等の頭には、既に 妖鬼 ( オニ ) の姿が見えなくなっている事など気に留める余裕は無い。
隊員達も、一騎当千と呼ばれる自分達に匹敵する 龍人族 ( ドラゴニュート ) の相手で精一杯なのだ。
こうして、戦闘は継続し、各々が各々に匹敵する相手との戦いに身を投じていった。
その様子を木の上から眺める者がいる。
ハクロウだった。
戦闘状況を眺めつつ、
「ふむ。ちと、ガビルのヤツが楽をし過ぎじゃな。
ソーカ達は、丁度良い相手のようじゃ。実戦に勝る訓練は無い。
良い相手に巡りあえて良かったわい。訓練だけでは危機感が足らぬからな」
などと呟き、戦いの様子を観察する。
無論、危険な者には応援に向かう予定であったが、その必要は無さそうである。
「ゴブタのヤツめ、その気になれば出来るものを、何時も逃げ回りおって……
だが、今日は上手く行ったわい。 智慧之王 ( ラファエル ) 様が上手く誘導して下さったようだ」
そう言って、満足気に頷いた。
全ては計画通り。
シオンが序列争いなどと、いつもの様に馬鹿な事を言い出した時に、その計画に便乗する形で実戦訓練を思いついたのだ。
そもそも、ベニマルを差し置いて序列争い等しても、後で必ず文句を言われてやり直しになるのが目に見えている。
本当に、シオンも一度痛い目にあえば良いのだ。
「いや、痛い目にあってもアレだから、無駄かも知れんな……」
そう考えて、溜息をついた。
さて、計画の方だが……
思念リンクを構築した際に、 智慧之王 ( ラファエル ) との会話が可能になった者は数名いる。
恐らくは、自分達に与えられた能力を司る者である 智慧之王 ( ラファエル ) に選ばれたのだろう。
その 主 ( マスター ) であるリムルを守るべく、より手足を必要とするという判断で。
現在の所は、此方の疑問や疑念そして、相談などに対応してくれている。
それが必要と判断されなければ返答は無いのだが、今回は僥倖にも返事が貰えたのだ。
そうして立てた計画通り、聖騎士達との戦闘は継続している。これで、ゴブタやソーカ達も 技量上昇 ( レベルアップ ) 出来そうだ。
しかし、
「ガビルだけは、駄目だな。楽をし過ぎとる。終わったら、ワシが扱かねばなるまいな」
そう不満気に呟いた。
哀れなガビルはその事を知らず、聖騎士相手に調子に乗っている。
彼の幸福な時間は、今暫く続くのであった。
主人公、空気! もういいよね、空気で。