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093話 vs聖騎士 その4

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093話 vs聖騎士 その4

天高く上空まで飛び上がってから、シオンは眼下を睥睨する。

その眼差しは、獲物を狙う猛禽類の王者の如き光を煌めかせる。

キリリと凛々しく美しい顔を引き立てて、禍々しい程の 覇気 ( オーラ ) を放っていた。

難なく獲物の一団を視界に収め、シオンは勢いを付けて聖騎士の小隊へ向けて下降を開始した。

レナードは本来は聖騎士では無い。

魔導を極めた天才、聖魔導師であった。

聖魔導師とは、神聖魔法と元素魔法を極めた者が名乗る事を許される称号である。

この世の法則を知り得る者、それが聖魔導師なのだ。

しかしレナードは、聖剣を振るう剣士として、幾つもの作戦に従事している。

聖魔導師の顔を隠しつつ、それでも尚、聖騎士の隊長としての名声の方が高まっていたのだ。

そして、何時しか聖騎士団副団長の肩書きを持つに到る。

それはひとえに彼の実力によるもの。

美しい剣技。アルノーが剛の剣とするならば、レナードは柔の剣。

二人の実力は伯仲していたが、アルノーがやや上回っていた。何よりも、本番での粘り強さがアルノーの本領である。

最強の聖騎士としての評価は、その粘り強さを評価して捧げられたものであった。

だが、魔導師としても天才的な才能を有する魔剣士。それが本来のレナードの戦い方。

剣の実力ではアルノーに及ばぬものの、本来の魔剣士としての戦い方であれば決して遅れは取らないだろう。

いや、遅れをとらぬどころか、強さでは上回るとレナードは考えている。

しかし、聖騎士にとって、〈元素魔法〉の実力は評価の外である。

中には、自分の属性の精霊と元素魔法を融合し、無詠唱で即座に高威力魔法を発動出来る者も存在するのだが。

それでもやはり、真なる強さとは聖属性の攻撃を極める事にある、レナードはそう考えていた。

そして、極めた剣術はいつしか聖なる高みへと上り詰め、何者をも切り裂く力を得る。

それは、幼き日に"勇者"に直接助けられた事のある、彼の幻想。

勇者は強かった。

ただひたすら強かった。

襲い来る魔物の群れを、剣のひと薙ぎで消滅させる。

人の数倍の大きさの悪鬼すらも、その剣の前では一撃の下に倒されていくのだ。

絶望に包まれていた彼の住む隠れ里は、勇者の来訪により救われたのだ。

その日から、レナードは剣の魅力に取り付かれたのだ。

魔導を極める傍ら、毎日勇者の剣を思いだし、木刀で素振りを行う毎日。

さっさと魔導を極めた彼は、隠れ里を出てイングラシア王国を目指した。

そこで神聖魔法を習得しつつ、神聖法皇国ルベリオスへと移住出来る機会を待ったのである。

神聖魔法をある一定以上のレベルで習得する事が、外部の人間の神聖法皇国ルベリオスへの移住許可に必要であったのだ。

その結果、高いレベルでの神聖魔法の習得を成し遂げ、聖騎士見習いになる事が出来たのだった。

後は、聖騎士として必須の精霊との契約だが、彼が契約出来た精霊は"光"と"闇"。

レナードは何食わぬ顔で、光の精霊と契約出来たとだけ報告した。闇などいう、勇者から程遠い属性になど、興味無かったのだ。

こうして、光の聖騎士レナードは誕生したのである。

その悪夢のような存在は、空から落ちてきた。

地面が軽く抉れて、辺りに土煙が舞い上がる。

レナードは焦る事なく、既に対処を終えて隊員達に指示を下していた。

対象を中心に四方を2名づつで囲む。

簡易型の 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) を展開させるのだ。

さっさと終わらせて、ヒナタの命令を遂行させる方が良いと判断したのである。

感知出来た存在感は、異常に高かった。Aランクの魔物でも、上位存在であるようだ。

恐らく、あの魔物の国に存在する者の中でも上位の存在だろう。もしかしたら、魔王その者が襲撃して来たのかも知れない。

この戦場のあちらこちらに、レナードの感知魔法に警鐘を鳴らす程の魔物が点在している事に気付いている。

他の聖騎士は気付いていないようだが、ここら一帯は魔力の流れがおかしく、魔素の濃度は異常な数値になっているのだ。

目の前の敵もその一人。

油断は命取りになる。即座に処分してしまったほうが良いだろう。

「目標に対し、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) を発動せよ!」

対象を確認する迄もない、そう思い、命令を下した。

即座に四方へ散った聖騎士が反応し、聖なる結界が展開される。

結界の発動は完璧であり、内側からこの結界を破る事は出来ないだろう。

ただし、それは完全では無い。簡易型は所詮、簡易型なのだ。

範囲が狭く、中からの攻撃を全て防げるかというと疑問が残る。

一辺が20m程度の正方形で発動しているが、結界内で魔素が全て消え去る前に極大魔法を発動されれば破られる可能性もあった。

本来の結界の範囲が広大な理由はそこにあったのである。

もっとも、魔素の通過を防ぐという点では、同等の性能を誇るのでこの際文句を言ってはいられなかった。

レナードは油断無く、二人組の相方に防御結界の展開を指示する。

この浄化結界で敵を殺す事は出来ない。

結界外から内側に攻撃を仕掛ける事も可能だが、それは相手を確認してから行う事にする。

反射属性を持つ 希少 ( レア ) な魔物であった場合、迂闊な攻撃は被害を拡大させるのだ。そんな失態を犯す訳にはいかないのである。

煙が収まり、そこに佇む一体の魔物。

スラリとした細身の、紫がかった黒髪の長身の女性。

長髪が背中に流れているのがよく似合う、美しい顔をしていた。ただし、その額には二本の角。

白い肌が着流しの着物から見えている。

漆黒の鎧を身に纏ったその姿は、見る者の目を惹きつけた。

その紫の瞳をレナードに向けて、その女性が口を開く。

「我が名はシオン。リムル様の第一の下僕。

さて、お前達。我が主君はこう仰っている。

"服従か、死か"と。

賢明な諸君は、この意味が理解出来る事と思う。

さっさと武装を解き、私の軍門に下るがいい!」

何故か誇らしげに第一の部分を強調し、そう宣言してのけた。

レナードは相手を観察し、そのシオンと名乗る魔物の実力を推し量る。

明らかに異質。敵は、 妖鬼 ( オニ ) だと判断を下す。

妖鬼 ( オニ ) とは、 大鬼族 ( オーガ ) の中でも力ある個体が、長き年月を生き延びて進化する者。

神通力と呼ばれる、天変地異をも操る程の高等能力を有する個体も存在したようだ。

" 名持ち ( ネームド ) "で、 妖鬼 ( オニ ) の力を持つ魔物。

最早、魔物というよりも土地神と言えるレベルの存在であった。

だが、神聖法皇国ルベリオスの認める神は、唯一神ルミナスのみ。

勇者に祝福の口付けを授け、聖なる加護を与えると言われる聖霊の申し子。

土地神であれ、地方の守護神であれ、その存在を認める事は断じて出来ない相談である。

「黙れ! 邪悪なる魔物め。汚らわしいその存在を、この世から抹消してやる!」

レナードはそう叫び、聖騎士に 霊子砲 ( ホーリーカノン ) の一斉射撃を命令した。

相手が聖なる属性であればまったく通用しない攻撃であるが、魔物であるならば無効化は不可能。

自然属性の地・水・火・風と違って、聖と闇の属性に無効化は出来ない。

天使系の聖属性の魔物以外、 霊子砲 ( ホーリーカノン ) を防ぐ事は不可能なのだ。

レナードの命令を受けて、一斉に攻撃に移る聖騎士達。

四方から降り注ぐ聖なるエネルギー弾が、シオンに襲いかかった。

「それが答えか? 殺すぞ?」

と、どうしてコイツら言う事聞かないの? という感じで再度問うてくるシオン。

その質問を投げかけながらも、その手にいつの間にか出現した大太刀にて、全てのエネルギー弾を受け止めている。

だが、そんな脅しに屈する筈も無い。

いくら土地神クラスの化け物だと言っても、既に敵は 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) に捉えられているのだ。

こちらは結界を維持しつつ、敵の弱体化を待ち止めを刺すだけである。

ただ……弱体化している上で尚、その振るわれる剣速が達人クラスの自分と同等である事は賞賛に値するとレナードは驚嘆していた。

聖属性エネルギーを何発も受けても壊れる素振りも見せない剣も、異常と言えば異常だったのだが。

その時、聖騎士の一人が呻き声を上げた。

四方の一角、その防衛と攻撃を担当していた聖騎士に、 霊子砲 ( ホーリーカノン ) の弾を打ち返したようであった。

聖なる属性を剣で受け、そのエネルギーを纏った状態で次弾を打ち返し攻撃に転じたのだ。

有り得ぬ事をする。

それは、一瞬のタイミングでしか行えぬ神技のような高等技術。

レナードは慌てて攻撃中止を命令した。

攻撃を受けた聖騎士も、不意を討たれて動揺しただけで怪我は大した事が無さそうだった。

しかし、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) 内から、聖属性の攻撃を打ち返して来るとは予想外である。

聖騎士達も驚きを隠せぬ様子だった。

レナードは驚愕の思いを飲み込み、舌打ちを我慢して次策を考える。

シオンはシオンで、狙い通りに弾けなかった事に腹を立てていた。

そもそも、一方通行で外からは攻撃出来るが、内からは攻撃出来ないのである。

この結界、聖属性は素通り出来るがそれ以外の一切の攻撃を通過させないのだ。先程こっそり試した結果、『空間移動』すらも封じられている事が判明している。

シオンのイライラは限界に達しそうなほど高まっていた。もともと我慢の限界値が低いのだが、本人はかなり我慢しているつもりになっている。

暴れだすのは時間の問題だった。

「おい……。おい、お前ら。私が優しく言っているうちに、さっさと軍門に降れ、な?

今なら殺さずにおいてやるし、何なら特別に私の手料理も食わせてやるぞ?

どうだ? 素晴らしい提案だろ? これが最後の警告だぞ、どうする?」

ぐっと怒りを我慢して、必死に笑顔を浮かべてシオンは問いかけた。

完全に上から目線で、聖騎士を歯牙にもかけぬ物言いなのだが、本人は至って真面目である。

だが当然、聖騎士にそのような事情が伝わるハズも無く……

「馬鹿め! 結界に囚われて何も出来ない状態で、偉そうにほざくな!」

と、一人の聖騎士が答えたのだ。

確かに、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) は捕らえた魔物を弱体化させる。

その原理は単純で、結界内の魔素を浄化し無くす事にあった。

魔素の塊である魔物は、その存在を維持する為に能力を用いる必要がある。だからこそ、十分の一程度の能力しか出せなくなるのだ。

そして魔素が無くなるという事は、魔法や妖力による術や神通力、魔力操作その他一切の法則への影響を及ぼす特殊能力が使用出来なくなるという事。

仮に発動出来たとしても、聖結界は魔素の通過を阻止する為に、一切の攻撃を通さないのである。

内側からの攻撃はほぼ防いだも同然。聖騎士達は、自分達の優位性を信じて疑わない。

だが……。

魔素の通行を阻止する結界だが、純粋な物理エネルギーは通過させてしまう。

その事を熟知しているレナード等は、その事を十分に警戒していた。

例えば、結界内で爆発を生じさせたとしたら。爆風と破片は、結界を素通りして聖騎士達を襲うのである。

故に、物理的な攻撃への対処結界は徹底して構築させていた。攻撃の種類を特定し、対策を立てるのは当然の事だからである。

それでも、そこまでした上で尚、レナードの不安は拭えない。

見ると、シオンと名乗った 妖鬼 ( オニ ) は、足元に転がる拳大の石を拾っている。

何をするつもりか、即座に検討がついた。

聖騎士達、特に正面に立つ者達は緊張し、その攻撃に備える。

轟音が響き、シオンの正面に立つ聖騎士の前で小爆発が生じた。

シオンが力を込め、その石を聖騎士達に投擲したのだ。その投擲された石が、聖騎士の張る対物理結界に衝突し、弾け飛んだのである。

凄まじい威力であった。

能力制限を受け、弱体化していてこれなのだ。

もしも 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) の展開が間に合わなかったらと思うとゾッとする。

目の前の 妖鬼 ( オニ ) は、余程悔しいのか地団太を踏んでいる。

地に地割れが生じるあたり、どんな力が込められているのやら……

見た目が理知的で美しい女性なのだが、そのギャップも酷いものだ。

「結界を維持している者は命がけで維持せよ! 手の空いた者は、私に霊力を同調させよ。

" 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "を仕掛ける。

四方より中央へ収束させ、逃げ場を封じるぞ! ヤツを生かしてはおけない!!」

完全なる" 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "は、対象を捕捉し決して逃がさない。

直撃すればいかなる存在をも崩壊せしめる威力である。ただ、今回のように範囲が広い場合は威力の拡散は防げない。

まして、聖騎士とは言え、全員が発動出来る魔法では無いのだ。

今回の場合、聖騎士はエネルギーの供給を行い発射台の役目を担うのみ。自分が四方を同時に起爆を行う事により、広範囲の" 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "を可能とするのである。

この場に居たのが自分で良かった、そうレナードは安堵した。

そもそも、" 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "を使用出来るのは自分とヒナタのみ。まして、広範囲型はヒナタにも発動出来ない高難易度の禁呪であった。

霊力使用量が莫大になりすぎて、使用者の命すらも脅かすのである。

それでも、だ。

目の前で暴れて、石を投擲してくる化物を見やり、思う。

こんな危険な魔物は、世に解き放ってはならない、と。

そう決心し、レナードは命令を下した。

聖騎士達もレナードの意思を読み取り、即座に行動に移す。

聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) 内でさえこれだけ暴れまわる化物なのだ、もしも結界が壊れたらその先を想像するのも恐ろしい。

連携は完璧に行われ、20m四方の正方形を光の帯が覆い尽くす。

連結されると同時に四方から同辺の長さで天頂へと光が走り、ピラミッドのような形をした光の檻が完成した。

シオンは暴れるのを止めて、鋭い視線で光の檻を眺める。

どうやらあの光は危険だ、そうシオンは判断を下した。だが、結界を張る事も出来ず身を守る術は無い。

人間どもを見下しすぎていた、そうシオンが思った時、

「滅びよ! お前の様な危険な魔物は存在してはならない!

神は、一人で十分なのだ! " 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "!!」

聖騎士達の中で、一際力有る者が叫んだ。

その声と同時に、四方と天頂を基点として、光の奔流がシオンを襲う。

「舐めるなよ、人間ども! リムル様、私をお守り下さい!!」

シオンは内在する魔力で全身を覆い、衝撃に対し身構えた。

それは一瞬。

周囲に光の爆発が起こり、熱も衝撃も伴わぬその光で辺りは何も見えなくなる。

慣れている聖騎士にとっても、その光は強烈だった。だが、自分達の役目である結界の維持を怠る者はいない。

魔物の死は確実であろうが、命令あるまで結界の維持を行うのは鉄則なのだ。

レナードに霊力を同調させた者達は、皆一様に力を使い果たしその場に崩れ落ちる。変則的な魔術の行使で、心身ともに疲労したのだ。

鍛えている聖騎士とは言え、これは仕方無い事であった。寧ろ、死ぬ者が出なかった事を評価すべきなのである。

レナードも肩で息をしながら、全員の無事を確認し安堵した。

だが、一息つくにはまだ早い。目的の魔物の生死の確認が先である。

対個体専用魔法を範囲で使用したのだ、無理が祟ってレナードの足も覚束ない。

それでも何とか気力で顔を上げ、対象を確認する。

中央付近に、 妖鬼 ( オニ ) の残骸のようなグズグズになったナニカが転がっている。

全てを消滅させる事が出来なくて、一部が残ってしまったようだ。

だが、アレで生存は不可能であろう。いくら魔物とは言え、四肢も無く胴体部分に大穴が開きまくった状態では死を待つ以外に出来る事は無い。

レナードは溜息をつき、対象の撃破を確信した。

恐るべき魔物だったが、何とか倒せたのだ。

犠牲者を出す事無く倒せたのは僥倖だった。初動を間違えていれば、全員殺されていた可能性もあったのだ。

だが、目的はあの魔物ではない。その事を思い出し、気持ちを切り替える。

そして、任務続行について考え始めた。

本来の任務はここの地点での大規模な 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) の一角を維持する事であった。

ヒナタのサポートを行う為の重要な任務である。しかし、今回の 妖鬼 ( オニ ) の襲撃により全員精魂尽き果てた状態になっている。

任務の続行は難しいかも知れない。そう思った時、違和感に気付いた。

どの区画の結界も発動している気配が無いのである。

自分の所に襲撃があったように、他の区画にも襲撃があったのだろうか? だとしても、これほどの強力な魔物が襲った訳でも無いだろうに、対応が遅すぎるようである。

(弛んでいるようだな、いい機会だ。この任務が終わったら、全員鍛えなおしだな)

レナードはそう考え、ともかくアルノーに連絡を取ろうとし……

「ぎ、ぎざま、貴様ら……。ゆ、ゆるさん。絶対に許さんぞ、 人間 ( ゴミ ) どもが!!」

邪悪な気配を感じ、振り向いた。

そこに見たのは、信じたくない現実。

未だ効果を発揮する 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) の中央で、ゾンビか幽鬼の如く、ボロボロのナニカが立ち上がろうとしていた。

結界を維持している聖騎士も青褪めて、レナードを振り向いてくる。

「ば、馬鹿な! " 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "を受けて生き残った、だと!?」

思わず声が漏れ出ていた。

常に冷静沈着なレナードらしからぬ失態である。

だが、無理も無い。何しろ、" 霊子崩壊 ( ディスインティグレーション ) "を受けて生き残った者など、過去に例が無いのである。

レナードの見ている前で、ゾンビの様になったその 妖鬼 ( オニ ) は、元の美しい肉体へと修復を開始している。それも恐ろしい速度で。

一分も掛からずに元通りに修復を終えて、その 妖鬼 ( オニ ) はこう言った。

「同じ痛み、同じ苦しみ、そして倍する恐怖を与えてやるぞ、人間!!」

瞳を妖しい真紅に染めて、シオンはそう叫ぶ。

そして一気に走り抜け、大太刀で結界に斬り付けた。

その衝撃の影響はまるで無い。その事に安心しかけた聖騎士達を恐怖が襲った。

結界に亀裂が走ったのだ。そして……

「フン、やはりな。高密度の結界という訳ではなく、純粋に法則を弄った特殊結界だったか。

私の『料理人』のスキル効果で、結果を弄ればどうという事も無かったな」

そう言いつつ、レナードの前で驚く聖騎士を切り捨てた。

首が刎ねられたハズなのに、結果は異なる。聖騎士の四肢のみが転がっているのだ。

レナードの目でも追えぬ程の速度? どうにも違和感を感じながらも、まだ生きている聖騎士に 瞬間回復魔法 ( フルリカバリー ) をかけた。

だが……

魔法が発動する気配は無い。

その事に動揺するレナードに対し、

「ククク、愚か者め。その人間は、四肢を無くした状態が正常になったのだ。

回復魔法などで治癒出来る訳が無かろう? 既に何の問題も無い状態なのだから」

シオンが愉しそうにネタバラシをした。

その言葉の意味を理解し、心の奥底から恐怖が込み上げてくるレナード。

そもそも、 聖浄化結界 ( ホーリーフィールド ) の効果を書き換えた時点で認めたくは無いがその可能性に気付いていたのだ。

そして、今目の前で見せられた事象が、その考えを裏付ける証拠となった。

事象、法則の書き換え。自分の望む結果を得るというその能力。

確定された自分の望む結果を出すというその能力の前には、如何なる防御も意味を為さないかも知れない。

対抗するには、より強き想いにて結果を上書きするしか無いのだ。同系統の能力を持たぬ者に、対抗する手段は無い。

天才であるが故に、レナードはその意味を悟り、絶望する。

自分達に対抗する手段が無い事を悟ったのだ。

そして思い至る。世に悪魔が解き放たれた事に。

「ありえん……。そんな馬鹿な……。こんな、こんな化物が、なんで……」

恐怖。

シオンの宣言した通り、レナードの心に恐怖が込み上げて来た。

そんなレナードを後回しにし、気絶する聖騎士や、霊力を使い果たし逃げる事も出来ない者達の四肢を奪っていくシオン。

レナードの眼前に、四肢の無くなった仲間達が並べられるまで然程の時間を要さなかった。

恐怖で気が狂いそうなレナード。

そんな彼の耳元で、

「さあ、お前の番だぞ?」

と、優しい声で囁かれる。

レナードの本当の恐怖の時間は、今始まったのだ。