571話 魔道具の授業
571話 魔道具の授業
カールンへの出発が決まってから4日が経ち、今日は光の29日
ベルは、訓練所の一角に整然と並べられた椅子に腰掛けた4年生たちをゆるい笑顔で見渡しながら、その前に立って口を開いた
「それじゃあ授業を始めるよ〜。よろしく〜」
「ゆるいゆるい!」
ベルの気の抜けた挨拶に、ハンクがすかさず鋭くツッコミを入れた
「いいのいいの。今日はそんなにハードじゃないから」
「で、何するんだ?」
「前回の授業のときに、クランくんが“魔道具の授業も受けてみたい”って言ってたでしょ? その要望にお応えします。良かったね、クランくん」
「あ、はい」
クランは表情ひとつ変えず、淡々と答えた
「反応うっすいな〜。準備するの、結構大変だったんだからね?」
「あ、すみません。嬉しいです」
そう言いながらも、その顔は相変わらず変化はなかった
「まぁいいや。それじゃあ早速、何個か用意しているから、順番に説明していくね」
「よろしくお願いします」
生徒たちは一斉に礼をし、緊張感が漂い始めた
「それじゃあ、まずはこれ」
『付与 浮遊』
『全員の目の前へ 転移』
パチンッ!
ベルの指パッチンと同時に、魔道具が生徒たちの目の前にふわりと現れた
「ベルくん! いきなり知らないもの出さないでよ!」
「……いや、どう見てもハンカチなんだけど? 本当に魔道具なのか?」
ベルが最初に取り出した魔道具は、どう見てもただのハンカチのような布だった。
普段からすごいことやヤバいことばかりしているベルが魔道具の授業をするということで、生徒たちはとんでもない魔道具が見られると大いに期待していた。
しかし、出てきたのは“ただの布”にしか見えないもの。
そのギャップに、多くの生徒が戸惑いや落胆を隠せず、微妙な反応を示していた。
「これを持ち手に置いて、その上から掴んで、魔力を少し流しながら持ち上げると軽くなる魔道具だよ」
簡単に説明したが、この魔道具はベルの完全オリジナル。生徒たちは見たことも聞いたこともないそれに、一斉に首を傾げていた
「実演した方が早いか……じゃあ、ミナミちゃん、お手伝いをお願い」
「私ですか?」
「うん」
「テレスさんたちの方がいいんじゃないですか?」
「テレスたち3人はダメだね、あの子たちにこの魔道具は必要ない」
「そうでs—」
「ちょっと! 私たちがバカ力だって言いたいの!?」
ミナミの話をさえぎり、テレスが怒りの声を上げた
「え? 事実でしょ?」
ベルはその怒りにさも当然のように笑いながら答えていた
「そんなことないもん! 私たちだって女の子だよ?」
「じゃあミナミちゃんとテレスもお手伝いね」
「……いいけど」
「わかりました」
「じゃあ……これ、持ち上げてみて。まずはテレスから」
そう言いながら、ベルは空間収納から丸い重りに持ち手がついた特徴的な形のケトルベルを取り出し、それを地面に置いた
「いいけど」
テレスはケトルベルを片手で軽々と持ち上げ、少し驚きながら言った
「意外と重いわね、これは?」
「ただの重りだよ。じゃあテレスはそれ、いったん下ろして」
「わかったわ」
そう言ってテレスは足元へケトルベルを下ろした。
重りを簡単に持ち上げたテレスを見て、周囲の生徒たちは「当然だよね」や「そうなるよね」というような表情を浮かべていた
「じゃあ今度はミナミちゃんが持ち上げてみて」
「わかりました」
今度はミナミがそれを持ち上げようとした
「……あれ? フッ! 持ち上がらない」
持ち上げようと試し、持ち上がらなかったため、小さな声で呟いていた
「片手で無理なら、両手でもいいよ」
「あ、わかりました」
先程はテレスの真似をして片手で持ち上げようとしていたが、持ち上がらなかった。そのため、今度はベルの助言通りに両手で持ち上げようとした
「フッ……! やっぱり無理です、ごめんなさい」
テレスは簡単に持ち上げた重りを、ミナミは両手でも持ち上げられなかった。そのため、テレスはベルの横でモジモジと恥ずかしそうにしていた
ミナミの様子を見ていた生徒たちは「やっぱそうだよな」や「そんなに重いんだ」というような表情を浮かべていた。
「いいのいいの、この魔道具を試したいのに、持ち上げられたら逆に困っちゃうからね。だからミナミちゃんが適任だったの」
「なら良かったです」
「じゃあ今度は、この魔道具を持ち手に置いて、その上から掴んで魔力を少し流してみて、魔力を流したらそのまま持ち上げてみて」
「わかりました」
ミナミはベルに言われた通りにケトルベルの持つ所へ魔道具を乗せ、そのまま掴んで軽く魔力を流した
「えぇ!? 簡単に持ち上がりました!」
「これがこの魔道具の機能だよ」
先ほどは両手でも持ち上げられなかった重りを、魔道具を使うだけで片手で軽々と持ち上げられるようになったのを見て、生徒たちは驚きを隠せずにいた
「じゃあ、試してみたい人!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
ベルの問いかけに、この魔道具に興味を引かれた生徒たちが一斉に手を挙げた
「ふふ、それじゃあ――」
『複製』
『全員の前に 転移』
パチンッ
ベルが指を鳴らすと、全員の足元へケトルベルが現れた
「全員の足元へ用意したから、好きに試してみて。魔力はほんとに少しでいいから、流しすぎないように注意ね」
「はい!」
「はい!」
そう返事をし、生徒たちはそれぞれ魔道具を試し始めた
「テレスとミーファとレミアの3人は、こっちおいで」
「どうしたの?」
「何かあった?」
「なになに?」
「みんなと同じものだと、3人が試せないから特別製のを用意したんだ。試してみて」
そう言いながら、ベルは先程まで使っていたものと見た目は同じだが、重さがまったく異なる魔道具を3人の前へと並べた。
「さっきのって、どのくらいの重さだったの?」
先程の重りを使っていないレミアが問いかけた
「さっきのは50kg。こっちは500kgだよ」
「10倍だ……。10倍なのに、ベルくんは軽々と……」
「まぁ、ベルくんはベルくんだもの。比較しない方がいいわよ」
「それもそっか!」
そんな風に話しながら、ミーファとレミアは魔道具を試し始めた
「私は50kgを軽々あげちゃったのね……」
「そうなるね」
「みんなの前で、恥ずかしかったんだからね……」
そう言いながらテレスは上目遣いで、頬をぷくっと膨らませていた
「テレスが割って入ったんでしょ? だからテレスが悪いんだよ?」
「そ、それは……」
テレスはそのまま何も言わずにミーファとレミアのいる場所へと移動した
それから数分のあいだ、生徒たちは不思議そうに、物を軽くする魔道具を思い思いに試していた
「そろそろその魔道具の仕組みの話をしようか。じゃあまず、この魔道具はとある魔法1つでできています。さて、その魔法はなんでしょう」
そう問いかけてすぐ、数人の生徒が手を挙げた
「じゃあミミロナちゃん」
「はい。重力魔法ですか?」
「その理由は?」
「えっと……重力魔法は物にかかる、重力を重くしたり軽くしたりできるって聞いたので、これの場合は軽くする魔法を組み込んでるんだと思います」
「うん、正解。よく勉強してるね」
ベルはにっこりと微笑みながら頷いた
「この魔道具は、物に触れて魔力を流すことで、対象にかかる重力を一時的に小さくするっていう単純な仕組みだよ。だから、元の重さは変わらないけど、持ち上げる時だけ軽くなるってわけ」
そう言ってベルは、改めて手に持って見せながら説明していた
「簡単だけど応用のきく魔法だから、覚えておくといいよ」
「いや使えねーよ!」
勢いよくハンクがツッコんだ。
「あ、バレた?」
「当たり前だろ。重力魔法なんて適性あるやつ少ないし、使うのもめっちゃ難しいって聞いたぞ。覚えても意味ないだろ」
「でもね、魔法に適性がなくても、重力に関係する“魔術”って形で応用はできるから。覚えておいて損はないよ」
「……それなら、まあ、覚えといてやるよ」
ハンクがぼそっと言うと、周囲から小さな笑いが起こった
ベルはにこっと笑い、手をパンッと叩いて、空気を切り替えるように言った
「じゃあ、次は──見たことある人はいるんじゃないかな」
そう言って、次の魔道具を取り出した