579話 拾った子犬のその後③
579話 拾った子犬のその後③
エイルの部屋から転移してやってきたのは、子供たち専用に作られた訓練所だった
「はい。ここで思いっきり遊んでいいよ」
目の前に広がるのは、どこまでも続くような広大な芝生の空間。
かつては訓練用の硬い地面と無機質な設備だけが並んでいた場所とは思えないほど、今は風が心地よく通り抜ける、開放的で気持ちのいい空間が広がっていた
「よし、好きなだけ走ってこい!」
そう言って、ベルはリリィをそっと地面へと下ろしてあげた
ワウ!ワウ!
リリィは元気よく鳴きながら、小さな体で勢いよく走り出した
「これだけ嬉しそうに遊んでくれると、改造した甲斐があるよね」
元々この空間は、子供たち専用の訓練所兼遊び場だった。
訓練をするには最適だったが、遊ぶには何もなく、面白みに欠けていた。
そのためベルはこの空間にさまざまなモードを追加し、今のような草原モードや砂浜モード、さらには公園モードなど、自由に切り替えられるように改造していた
――理由はただひとつ。子供たちのため。それ以外にない
モードの変更は、全員がこの空間の外に出た状態でのみ可能。
入口横にあるパネルから好きなモードを選択するだけで切り替えられる。
もちろん安全装置付きで、内部に1人でも残っていればパネルの操作自体が不可能になるようになっている
また、高さのあるモードでは、万が一の落下に備えて反重力魔法が自動で発動する。
砂浜モードなど水のある空間では、溺れかけた場合に即座に救出される仕組みだ。
ほかにもさまざまな安全装置が組み込まれているが――数え出したらキリがない
さらに、この空間の時間は外部と完全にリンクしており、中と外で時間のズレは一切発生しない。
もちろん昼に固定、夜に固定といった設定も可能で、場面や気分に応じて雰囲気を変えることもできる。
天候までも自由自在。無風・微風・強風に加え、晴れ・曇り・雨・雪など、あらゆる天候を操作できる仕様となっている
変更方法は至って単純。
「モード:草原モード」「時間:昼固定」「天気:晴れ」「風:微風」といった具合に、直感的にタップするだけで反映されるようになっている。
誰でも迷わず扱える簡単さと、細かく調整できる自由度の両立――それもまた、子供たちのことを第一に考えた結果だった
ベルの信念はひとつ。“子供たちには、最大限楽しんでもらう”。その結果、生まれたのがこの空間だ。
――本人曰く、“子供たちのためなら、やりすぎくらいがちょうどいい”らしい
「ボールとか作ってあげるか」
走り回るリリィをゆるゆると目で追いかけながら、ベルは手をかざして小さなボールをいくつか作り出していく
「小さめ5個と……ちょっと大きいのと、さらに大きいの1個ぐらい作っとくか」
手のひらでふわりと輝いた魔力が形を変え、手に収まるサイズの柔らかそうなボールが次々と生まれる。
さらに、サッカーボールほどの大きさのものを1つと、バランスボールほどもある大きなボールも追加で浮かび上がった。
どれも転がりやすいように作られていて、リリィが遊びやすいように工夫されている
「大きいのとは言ったけど……これ、さすがにデカすぎたかも」
作られたバランスボールサイズのボールは、直径75cm。
それに対しベルの身長は約150cm、リリィは体長30cm・体高はわずか15cmほどしかない
「俺でもこれはでかく感じるのに、リリィにはデカすぎるね」
そんなことを考えながら、ベルは楽しそうに走り回るリリィを眺めていた
ワウ!
「遊んでいいのかって? いいよ、それは全部リリィのためのやつだから、好きに遊んでね」
ワウワウ!
そう言われたリリィは飛び跳ねて喜び、並べられたボールを鼻で押したり、前足で転がして遊び始めた
(投げて遊ぶことになると思うし、練習しておこ)
《それがいいですね。マスターの場合、力を入れすぎて壁をぶち抜く可能性がありますから》
《そこまでやらないよ。遠くに投げすぎたらリリィが大変だから、軽く投げて、投げすぎないようにね》
《とか言って、どうせ壁をぶち抜くんですね。分かります》
《何がわかってるんだよ》
「とりあえず行け!」
ベルはピクシーにツッコミを入れつつ、ボールを1つ拾って軽く投げてみた
「あっ」
《ほら、言ったじゃないですか》
「いや、壁に穴が開いてないからセーフ」
ベルの投げたボールは、ものすごい勢いで一直線に飛び、壁にぶつかってから離れた場所でころころと転がっていた
「うーん……できる限り弱く投げたつもりなんだけどな」
《それの100分の1くらいにしてください》
「もっと弱くか……」
そう呟きながら、ベルは遠くまで転がっていったボールを念力で回収した
「ほい」
さっきは腕全体で投げていたが、今度は手首だけで投げてみた。
次は壁までは届かなかったものの、ボールは地面で跳ねて、結局また壁に当たってしまうくらい遠くに飛んでいった
――今さらだが、この空間の広さは650メートル×650メートルの正方形。
その面積は東京ドーム約9個分に相当するほどで、かなりの広さを誇る。
端から端までは見通せるものの、人影がかすかに見える程度で、誰かまでは判別できないくらいだ。
ちなみに、現在ベルは入口すぐの場所にいるため、ボールが650メートル先の壁まで届いたことになる
「これでもダメか……」
《約1080キロの速度で投げてるんですから、全然ダメですよ》
「うーん……なら今度はこうだ!」
ベルは再び念力でボールを回収すると、親指と中指でそっと支え、人差し指で軽く押し出すように投げてみた
「これなら……どう?」
まるで転がすように投げたつもりだったが、ボールはビューンと一直線に飛び出し、100メートルほど先まで飛んで行った
《……マスター、それでも人間から見れば全力投球レベルですよ》
「嘘だ……これでも限界まで弱くしたのに……これじゃリリィと遊べないよ」
そう呟いて、ベルは肩を落とした
《マスターは手加減が本当にド下手なんですから、いっそ魔法で飛ばしてみてはどうです? たとえば、さっきから使っている念力でそっと押し出すとか、風魔法でやさしく打ち出すとか》
「……手で投げるのは完全に無理だね。じゃあ、それを試してみよう」
念力で飛んで行ったボールをサッと回収して
「よし、まずは念力から……えい!」
そう言って、念力でボールをゆっくりふんわりと投げた。
ボールは5メートルほど先にふわりと着地し、コロコロと少し転がった
「お! これなら完璧!」
《これならリリィと遊べるレベルですね》
「良かった良かった、これでリリィと遊んであげられる」
そう思いながらリリィの方を見ると、リリィはベルの投げたボールを目指して楽しそうに駆け出していた
リリィはボールに辿り着くと、くわえて誇らしげな顔でベルの元へと嬉しそうに走り戻ってきた
「何も言ってないのに、持ってくるなんてすごいね!」
ベルはリリィが持ってきたボールを受け取り、わしゃわしゃと優しく撫でてあげた
ワウワウ!
「投げろって? 分かった、行くよ?」
そう言うと、リリィは今走ってきた方を振り返り、いつでも飛び出せるような構えを取った
「それ!」
ベルが念力でボールをふんわりと投げると、リリィは元気よく走り出し、楽しそうにボールを追いかけていった
その後もリリィが満足するまで、何度もボールを投げて遊んでいた