584話 おとり捜査へ②
584話 おとり捜査へ②
店員が2階へと上がっていき、五分と経たずに――その店員と、もう一人の男性が足早に降りてきた
「聖女様、お待たせいたしました。わし……いえ、私はこの武器屋ミレーユの工房長、バンカラと申します。武器の手入れをご所望と伺いましたが、どの程度まで仕上げればよろしいでしょうか?」
「できる限り、最高の仕上がりでお願いいたします」
ベルは柔らかに微笑みながら、落ち着いた声でそう伝える。その仕草も声色も、誰がどう見ても“本物の聖女”そのものだった
「たしか、四人分でしたな。剣が二本に盾、槍と杖。ひとつずつ職人をあてても、最高の仕上げとなると三日はかかる見込みです」
工房長は少し困ったような表情を浮かべながらも、丁寧に説明を続けた
「承知しました。それで結構です……ただ、私は皆様に守っていただいている身ですので、武器がない間に万が一のことがあっては困ってしまいます。もし可能であれば、代わりとなる装備をご用意いただけないでしょうか? もちろん、代用品にかかる費用もきちんとお支払いいたします」
「かしこまりました。護衛の皆様の武器を拝見してもよろしいでしょうか? できる限り、現在お使いのものに近い代替品をご用意いたします」
「だそうよ。皆さん、お願いね」
「かしこまりました」
「了解しました」
「はい」
「はいよ」
護衛たちは順に武器を取り出し、工房長に見せた。
工房長はそれぞれ丁寧に手に取って確認し、状態や形状を見極めてから武器を護衛たちへ返していく
「ありがとうございます。確認は以上です。万が一に備え、武器をお預かりするのは代替品の準備が整ってからといたしますので、ご安心ください」
工房長は軽く頭を下げると、店内の棚へと足を運び、護衛たちの武器に近い品を手際よく選び始めた
――そして数分後
選び終えた工房長は、数本の武器を抱えた店員を連れて戻ってきた
「こちらはいかがでしょう。ご確認ください」
そう言いながら、それぞれの護衛に合う武器を丁寧に手渡していった
「僕は使えればなんでも構わないので、大丈夫です」
「私も問題ありません」
「すみません、盾をもう少し重くできますか?」
「問題ない」
工房長は頷くと、まるで最初からわかっていたかのように、もう1枚――別の盾を手渡した
「お三方は大丈夫そうですね。では、こちらはどうでしょう?」
「……うん、これなら問題ありません」
「同じ重さのものはなかったので、念のため、軽いものと重めのものをご用意しておきました」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、それでは現在お使いのものをお預かりいたします」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
「はい」
「ほら」
代替品と交換する形で、それぞれ現在使っている武器を手渡していった
「お預かりいたします……それでは、四日後に再びこちらへお越しください」
「わかりました」
護衛メンバーを代表して、アルヒがそう返事をした
「もし護衛の任務などで離れられない場合は、現在ご滞在中の宿までお届けすることも可能ですが、いかがなさいますか?」
「では、お城まで届けてください」
アルヒとバンカラの話に割り込むように、声をかけた
「お城……ですか?」
「ええ。私たちは今、帝王様の許可をいただいてお城に滞在しております。ですので、お手数ですが、お城までお願いできますか?」
「かしこまりました。手入れが終わり次第、まとめてお城へとお届けいたします。」
「お願いね」
ベルがそう言うと、新たにもう1人、店員がやってきた
「お待たせしました。旅先でも使用可能な簡易研磨剤をお持ちしました」
「すまんな。……で、簡易研磨剤はいくつ必要ですか?」
「アルヒ、研磨剤は何個あれば足りる?」
「アスヒは木製の杖のため必要ありませんので、3つあれば大丈夫です」
「そう? じゃあ――6つください」
「聖女様!? 今、私の話を聞いていましたか? 3つで十分と申し上げたのですが……!」
「消耗品なんでしょ? なら、予備があってもいいじゃない」
「……とはいえ、1つで長くて二月はもちますので……」
「そうなの? でもまあ、いいじゃない。多めにあって困るものじゃないわ」
「ですが……」
「6つください」
ベルはアルヒの言葉を無視し、話を進めた
「6つですね?」
「えぇ」
「わかりました」
「……これで足りる?」
アルヒが袋からお金を出そうとしたのを見て、ベルがすかさず先にお金を出した
「いや、多すぎますよ!?」
ベルが差し出した白金貨を、そう驚きながら指さした
「あら、そうなの? 相場はいくらかしら?」
「剣2本に盾、杖と槍の最高のお手入れ。それから研磨剤6つですので――大金貨5枚と金貨3枚で大丈夫です」
工房長が提示した金額は日本円に直すと約28万円。それに対してベルが出した白金貨1枚は、約100万円の価値がある
「まぁいいじゃない。お城まで届けてもらう手間もかけるんだし――取っておいてちょうだい」
「……わかりました。ありがたくいただきます」
「それでいいの……こういうこと、やるのは今だけよ?」
「はい、わかりました」
ベルは言葉にはしなかったが、「しっかり仕事するんだよ」と言わんばかりの金額の圧を、工房長は感じ取ったようだった
「お願いね。それじゃあ、次へ行きましょうか」
そう言ってベルはゆっくりと椅子から立ち上がった
「かしこまりました」
護衛たちはベルに続き、店を後にした
――――
これは、聖女がミレーユへと入った少し後のこと
「ねぇ、君。あのお店に聖女様が入っていったの、知ってる?」
「え? そうなの?」
「見てなかったか。今、あのお店の中にいるんだよ」
「ほんと!? 会いたいなあ……」
「ふふ、じゃあこのお花を渡してごらん」
男はそう言って、小さな花束を子供に渡す
「でもね、お店の中で話しかけたら迷惑だから……聖女様が出てきた時に声をかけるんだ。わかった?」
「うん、わかった! このお花を渡したらいいんだね?」
「そう。きっと聖女様は喜んでくれるよ。優しい人だからね」
にこやかにそう告げると、黒服の男は通りの雑踏に紛れて姿を消した