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585話 おとり捜査へ③

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585話 おとり捜査へ③

聖女に変装中のベルが護衛を引き連れて店を出たあと――

「次はどこへ行くの?」

「そうですね……次は、魔石類を見に行きましょうか」

「魔石、かぁ」

そう言って、ベルは軽く頷き、歩き始めた

すると、数分も経たないうちに――

「聖女様!!」

「ん?」

ベルは背後から聞こえた子供の声に足を止め、振り返った

「聖女様!」

今度は真正面から。手に小さな花束を抱えた男の子が、真っ直ぐにこちらへと駆け寄ってくる

「どうしたの?」

ベルは優しく問いかけながら、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ

「あのね……聖女様って、いつも魔物が強くならないようにしてくれてるんだよね?」

「うん、そうだよ?」

「えっと……いつも、ありがとう!」

男の子は少し恥ずかしそうにしながらも、しっかりと言葉を届けた

「いいのいいの。私は、みんなが怖い思いをしないようにしてるだけ。だから――君の元気な姿を見られて、私のほうこそ嬉しいな」

そう言って、ベルはそっと微笑みかけた

「これ! 聖女様にあげる!」

男の子は両手で花束を差し出した

「くれるの?」

「うん! あげる!」

「ありがとう。とっても嬉しいわ」

ベルはそう言いながら、男の子の差し出した花束を両手で大事そうに受け取った

バン!

――その瞬間、爆発音のような破裂音が辺りに響き渡った

「君、大丈夫……?」

「う、うん……でも、聖女様……血が……!」

ベルの左肩あたりから、赤い血がじわりと滲み出し、ゆっくりと服を染めていく

「私は大丈夫。聖女だもの――このくらい、平気よ」

バン!

バン!

子供を安心させようとしたベルの言葉を打ち消すように、さらに2発の炸裂音が続けて響いた

「せ、聖女様……!」

「大丈夫……君は絶対に守るからね」

『結界』

ベルは自分の体を盾にしながら、男の子をしっかりと抱きしめ、その周囲に薄く輝く結界を展開した

「みんな、この子をお願い」

「聖女様!……ですが……」

左肩に1発、背中に2発――合計3発の弾を受けているベルの姿を見て、アルヒは戸惑いを隠せずにいた

「私は大丈夫よ」

「……ですが……いえ、あなたは止めても行くのですよね」

「ええ。聖女を狙い、しかも子供を巻き込もうとした……そんな卑劣な奴、絶対に許さないわ」

そう言ったベルの瞳は、先ほどまでの柔らかさを失い、鋭い光を宿していた

「その格好では……こちらを」

そう言って、アルヒは自分の上着を脱ぎ、ベルに差し出した

「今のままだと血が付いちゃうけど……いいの?」

「構いません。大丈夫だとおっしゃっても、見ていられませんから」

「……そう、ならありがたく借りるわね」

ベルは上着を受け取り、傷口を隠すように羽織った

「くれぐれも、お気をつけて」

「うん。――その子、お願いね」

「お任せください」

ベルは一度だけ頷き、敵のいる方向へとゆっくり視線を向けた

背中に2発も撃ち込まれたはずの聖女が、血を流しながらも平然と立ち上がり、静かに笑みさえ浮かべる――

その異様な光景に、遠くから狙っていた相手は一瞬、手を止めた

(なんだあれは……化け物か……?)

ベルはその戸惑いを逃さず、一気に距離を詰めた

「子供を囮に使うなんて……よくもまあ、そんな真似を」

(敵のところに来たはいいけど、攻撃しづらい……)

「……は?」

敵は声のした方へ、反射的に勢いよく振り返った。

そこには――さっきまで何百メートルも先にいたはずの標的が、信じられないほどの至近距離で立っていた

「お前……本当にあの聖女か?」

「どうだろうね?」

2人は、平然と民家の屋根の上で話していた

「声も見た目も、たしかに聖女そっくりだが……俺は騙されねぇ。お前、絶対に別人だ」

「どうしてそう思うの?」

ベルは余裕の表情で、にこりと笑いかけた

「三日前、撃ち殺したやつは、1発かすっただけで膝をついて、2発目で倒れた……でもお前は、まともに2発くらってもピンピンしてやがる。どう考えても別のやつだ」

「ふふっ、いい勘してるね……本物はね、あんたのせいで今も寝たきりだよ。だから、私が本物じゃないってのは正解」

「……誰だよ、お前」

「それは内緒。でもまあ、この国にいれば、誰かはわかるかもね?」

「俺は聖女を殺すために来た。国のことなんざ知るか。いいから本物を出せ」

「やだね。……でも、もし私を倒せるのなら――本物がどこにいるか、教えてあげてもいいよ?」

ベルは挑発するように、静かに笑みを浮かべた

「痛い思いをしたくなければ、今すぐに話せ……話さなければ、一生後悔するぞ?」

「……どうして?」

「俺のこの銃はな、俺の魔力で弾を作れる。だから、弾に“特殊効果”をつけることもできる。もちろん――当たっただけで即死する弾だって、作れるんだぜ?」

「ふぅん? じゃあ……どうして聖女を殺すために、その“即死弾”を使わなかったの?」

その問いかけに、男は口元を歪めた

「そんなもん、面白くねぇからに決まってんだろ。俺が見たいのは、苦しみながら顔を歪める姿なんだよ。あの絶望に染まった顔……最高に興奮するじゃねぇか!」

男は、それをまるで当然のことのように言い放った

「……なるほどね、一発目はわざと肩を狙って楽しんでたわけだ。それで背中を向けたから腹いせに、背中に何発も撃ち込んでくれたわけね」

「そうさ。顔を見れないなら、わざわざ腕とか足を狙う必要ねぇからな。顔を見せないならさっさと殺す」

「そう……今、撃てば私の顔、見れるわよ? どうして撃たないの?」

「……お望み通り撃ってやろうか?」

そう言って、男はゆっくりと銃口をベルへ向けた

「いいわよ、撃っても。でも――もし私以外の誰かに当たったら、その瞬間、あなたの死は確定するわ。覚悟はできてる?」

「……そうか。お前を苦しめるには、他のやつを狙えばいいのかもな」

バン!

乾いた音が響いた

その瞬間、男の銃口が向いていたのは――通りを歩く、無防備な一般人だった

「っと……危ないなぁ〜。やっぱり、そう来ると思った」

「……は? 何をした……?」

男が振り返ると、そこには――さっきまで10メートルは離れていたはずの“聖女”がいた

ベルはいつの間にか、男の銃口の延長線上に移動していた。

撃たれた弾丸は空中をわずか2メートル進んだところで、ベルの指先に挟まれてピタリと止まっている

「別に? お前が街の人を撃とうとしたから、その弾を止めてあげただけよ」

そう言いながら、ベルは手の中の弾丸を軽く転がすようにして見せた。

まだ熱を帯びたそれは、金属音をかすかに響かせながら、無力に光を反射していた

「おかしいだろ……! なんでこんな速いもんが止められるんだよ!?」

「んー……だって、普通に見えてたからね?」

「見えてたってだけで済むか! 手ぇ吹っ飛ぶのが普通なんだぞ!」

「ちゃんと力を込めれば、この程度の弾丸くらい簡単に止められるよ」

(……こいつの相手をするには、俺じゃ力不足かもな)

「……そうかよ」

男はふっと何処か遠くを見ると、次の瞬間、パッとその場から姿を消した

「あらら、逃げちゃった」

逃げられたというのに、ベルは特に慌てる様子もなく、余裕の笑みを浮かべていた

《ピクシー、一応聞いておくけど――あいつ、転生者?》

《そのようですね。あの特異なスキルは、まず間違いなく“転生特典”で与えられたものかと》

《……やっぱり。ま、転生者だろうと――人殺しに手を染めたのなら、容赦はしないよ》

そう言い残すと、ベルの姿もまた、風のようにその場から消えていた