586話 おとり捜査へ④
586話 おとり捜査へ④
ベルの目の前から、何らかの方法で逃げた男は、1人考えていた
(あのふざけたやつでも、目の前で消えてやれば追いつけないだろう)
「残念。私の前で魔力を見せたんだから――逃げられるわけないでしょ?」
その声に、男は驚きの表情で振り返った
「ハァ!? なんでいるんだよ!!」
「あんまり遠くに逃げてないってことは、見える範囲だけ転移できる短距離転移かな? ……まぁ、私に魔力を覚えられたんだから、逃げられると思わないほうがいいよ?」
「ふざけんな! なんなんだよ、お前は!!」
「私? この国の王様やってるんだよ〜」
「だから知らねえっての! この国の王様とか興味ねえから、もっと分かりやすく言え!」
緩く答えるベルに、男は半ギレで声を上げていた
「じゃあ、どう言えば分かるの?」
「知るか!」
「そうだな〜、冒険者的にいえばSSSランク、転生者的にいえば……元神の使徒ってとこかな」
「……は?」
何者なのかを聞いた瞬間、男は戸惑いの表情を浮かべる
「だから、冒険者ランクでいえばSSS。転生者基準なら“元・神の使徒”。そう言ったでしょ?」
「……」
男は驚きのあまり、言葉を失っていた
「どうした? ……逃げる? それとも戦う?」
「……お前、さっき“この国の王様”とか言ってたよな」
「そうだよ?」
「なら――まとめて吹き飛ばしてやる!!」
そう叫ぶと、男の持つ銃に膨大な魔力が流れ込み始めた。銃身が赤く脈打ち、まるで爆発寸前のような気配を放つ
「はぁ……」
パチンッ
ベルはため息をつくと、軽く指を鳴らした
男とベルの周囲から風景がすっと消え――
街中だったはずの場所は、何もない広大な平原へと変わっていた
「ここなら、どれだけ暴れてもいいよ?」
「どこだよここ!」
「ここ? ここはね、子供たちのために作った空間の“素体”。木の配置も地形も、全部いちから私が作ったの。すごいでしょ?」
「は?」
「つまり、さっきまでいた普通の場所とは違って、これは私が一から作り出した空間なの。だから、どれだけ暴れても平気なんだよ?」
「……誰も巻き込まずに、俺を捕まえるにはうってつけってわけか」
「うん、そうだね。街の人を巻き込むのは、さすがに嫌だからさ」
「これでも俺なりに、関係ない奴はなるべく殺さないよう気をつけてんだぜ?」
「えっ、そうなの? てっきり、人殺しに快楽を覚える変態さんかと思ってたわ」
ベルは口元に手を添え、わざとらしく驚いた仕草を見せていた
「……うざい」
バンッ!
苛立ちを隠そうともせず、男はベルめがけて引き金を引いた。
今回の弾丸は、先ほどまでの単発とは違い――空中で散らばるように弾ける拡散弾へと変わっていた
「おっと……危ないな〜。拡散弾なら、そう言ってくれなきゃ」
ベルは放たれた弾丸を視認してから、軽やかに横へジャンプし、ひらりと躱す
「そうか……なら次も、拡散弾だ」
バンッ!
「また? 芸がないね〜」
「それはどうかな」
男の口元がゆがんだその瞬間、放たれた複数の弾丸は――空中で軌道を変え、ベルを追尾し始めた
「……ホーミングね」
弾丸の速度を見て、ベルは“ほんの少しだけ速く”なるように、地面を蹴って走り出した。
身体強化もなにも使わず、ただ、普通に。――それだけで、十分なほど余裕があった
「どうするの? こんなんじゃ私には追いつかないよ?」
「なんで逃げれてんだよ、拡散+追尾+威力減衰なしだぞ……バケモノめ」
「あはは! お前はその化け物を敵に回したんだよ、今更気づいちゃった?」
そう言いながら、男の目の前へと足を止めた
カラカラカラン
立ち止まったということは追尾弾に追いつかれるということ、追尾弾はベルの背中を完全に捉えた。
だがしかし、当たった瞬間、まるで金属にでも当たったような音とともに、全ての弾丸が力なく地面へと転がった
「は? ……動きを止めることでしか使えない、絶対防御とかのスキルか?」
「スキル? 別に何も使ってないよ」
「……は?」
「この程度の弾なら、受け止めてもダメージにもならないし。豆鉄砲ってやつかな?」
「……じゃあ、なんで今まで避けてた?」
「だって――そのほうが面白いでしょ?」
ベルは笑いながら言った
「何発撃っても当たらなかったのに、やっと当たった――って思ったその瞬間、全然効いてないって気づいたときの、あの顔。ねぇ、最高だと思わない?」
ベルは満面の笑みを浮かべ、無邪気な声でそう言った
「……狂ってやがる」
男はベルの言葉に恐怖を滲ませながら、呟いた
「それ、あなたが言うの?」
先ほどまでの笑顔がすっと消え、ベルは一転、冷ややかな目で睨みつけた
「……これならどうだ?」
男は逃げ出したい衝動を無理やり押さえ込み、自分のこめかみに銃口を押し当てて、引き金を引いた