587話 おとり捜査、決着
587話 おとり捜査、決着
「……これならどうだ?」
男はそう言い、自分の頭に銃口を向けて引き金を引いた
カン――
倒れるどころか、一滴の血も出ない
「何がしたいの?」
「まぁ見てろよ。面白いもんを見せてやるから。拡散モードだ、避けろ!」
バンッ!
バンッ!
バンッ!
男はベルに避けるよう忠告したが、ベルを狙うつもりはないようで、関係ない地面へ向けて引き金を引いた
拡散して広がった何十もの弾丸が、周囲の地面に次々と着弾する
すると、そのすべての着弾点に魔法陣が浮かび上がり――
そこから、男と瓜二つの姿をした銃を持つ者たちが、次々と現れ始めた
「「「「「さぁ……これならどうする?」」」」」
ベルを取り囲んでいる同じ風貌の男たちが、まったく同時に話していた
「分身か……まぁこの程度で勝ったと思わないことね」
その瞬間、ベルの体が一瞬消えたかと思うと、またすぐに戻ってきた。
その直後、男の出した分身が爆発するように一斉に消滅した
「は? ……マジかよ……俺の……俺の切り札だぞ?」
男は抑揚のない声で呟きながら、絶望感に打ちのめされたような表情で膝から崩れ落ちた
「相手が悪かったね。もしもう私と戦う気がないなら、余すことなくすべてを話して。聖女を狙った理由とか……ついでに、お前の目的とかね」
「……わかった」
ベルの圧倒的な強さを前に、完全に戦意を失った男が話し始めた
「聖女を狙ったのは、ただ依頼を受けただけだ」
「誰に?」
「知らない。白いローブに身を包んでいて、顔も隠していた」
「白いローブね。男? それとも女?」
「分からない。なんかこもったような、もやのかかったような変な声だった。男か女かも分からない」
「性別不明……どこで依頼を受けた?」
さらに質問を続けた
「この王都の中だ。ダウンが依頼でここへ来た時に、話しかけられたから俺が代わりに話した」
「ダウン? それは君の名前?」
「違う……いや、違わない。でも、違うんだよ」
「……ごめん、余計に分からなくなったんだけど」
「俺はこの体の別の人格なんだよ」
「多重人格ってことか。じゃあ、別の人格はこのこと知ってるの?」
「知らない……と、思う。記憶が共有されてるのは俺だけで、そいつは俺のことも知らない……はずだ」
「じゃあ、本来の人格っていうのかな? それはどっち?」
「俺だ。別のやつは、俺の代わりに表に出てくれている」
「どうして?」
「俺が望んだことだ。日本にいた頃の俺が、子供の時にな」
「辛い経験をした感じ?」
「そうだ。毎日のように親に殴られ蹴られ、罵声を浴びせられる。そんな環境で育って、いつの間にか俺の中にこいつがいたんだ」
「生まれたんだね」
「俺がそいつに気づいたとき、 親 あいつら にもう会いたくなくてさ。“代わって”って頼んだんだ。そしたら……本当に代わってくれた。 俺の過去も、親のことも、全部知ってるのに……慰めてくれるように“いいよ”って。出たらどうなるか分かってたはずなのにな」
「それで?」
「それから俺は多分眠ってた。それこそ、この世界に来るまでな」
「転生したってことは、神に会ったんでしょ?」
「うん。その時に俺はこの魔銃生成と短距離転移を貰って、こいつは魔力無限と空間収納を貰ってた」
「それまたすごいの貰ったね」
「本当は俺の魔銃生成と、こいつの魔力無限だったんだけど、なんかおまけでくれたんだ」
「気前良かったんだ」
「うん。転生したあともこいつが表、俺が裏って感じで生活して、ある日、俺が表に出る方法を見つけたんだ」
「そうなんだ」
「その時に貰った魔銃生成で遊んでたら、殺し屋のやつにスカウトされて、お金のために俺は殺し屋になった」
「なぜ? お金なら冒険者とかでも良かったと思うけど」
「それはもうこいつがやってたから、別の方法にしたんだ。それに、俺はこいつと関わりを持ったやつとあまり接したくなかったからな。変に関係を壊したくないし」
「なるほどね」
「それで俺は裏で殺し屋、こいつは表で潔白な冒険者をやってた」
「仮面は迷惑をかけないため?」
「そうだ。同じ体なんだから顔を見られたら困るだろ? だから仮面をしているんだ」
男はただただ白く、目の部分だけ穴の空いた仮面をつけていた
「で、どうするの? 私に捕まったわけだけど」
「俺はどうなったっていい。だから……こいつだけは、こいつだけは助けてくれ……こいつは本当に何もしてないし知らないから、助けてやってくれ……」
(さすがに殺すつもりはなかったけどさ)
「そう……なら、君という人格を破壊して消滅させていいの?」
「こいつが残るならそれでもいい。俺がいなくなったところで、こいつは気付かないし困らない」
「あっそ、じゃあバイバイ」
そう言って男の頭に手を当てた
「でも、本当に……それでいいの?」
ベルの声には、わずかに迷いが混じっていた
「……ああ。俺はいても意味ないからな。それに……もう何十人も殺した。そんな俺に、生きる資格なんてないよ」
「もし、君が今後一切、殺しをしないって誓うなら――見逃してあげてもいいよ?」
「いや……いい。俺がいなくなれば、すべて解決するからな」
そう言って、男はどこか覚悟を決めたように目を閉じた
「はぁ……ダメか」
ベルは静かにため息をつくと、男の頭から手を離した
「……どうした? 消すんじゃないのか?」
「消していいなら、消すよ? ただし――君を消したら、君の大事な“もうひとり”も一緒に消えることになるけどね?」
「……それはダメだ!」
男は目を見開き、心の底から叫んだ
「嫌なんだな? だったら、自分が消えていいなんて言っちゃダメだよ。もうひとりの人格が、可哀想じゃん」
「人格も何も……あいつは俺のことを認識してない。だから問題ないんだよ」
「……あのねぇ」
ベルは少し呆れたようにため息をつき、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた
「人格って、簡単に言えば“魂の中にある1つの意志”なの。魂がその人の人格の器って感じ。君みたいな多重人格っていうのは、その魂の中に、もう1つの意志が生まれたことで起こる現象。魂が2つあるわけじゃないの。ここまでは大丈夫?」
「……はい」
「人格は魂という器に収まった、たった1つの存在。増えることもなければ、減ることもない。でも、多重人格はその人格の一部を借りて、新しく“形”を与えられたもの。言ってしまえば――居候みたいなものね」
「居候……?」
「そう。あなたの部屋に友達が泊まりに来てるようなもので、その友達は人の家だから遠慮しながら過ごしてるの。勝手に家を壊したり、占領したりはしない。それが――多重人格ってこと」
「……つまり?」
「つまり、あなたの人格を消しちゃえば、それに依存して生きているもう1人も消えちゃうってこと。さっきの例えで言えばね――あなたが死ねば、その“家”の持ち主がいなくなる。だから泊まっていた友達も、家がなくなって行き場を失って、結局一緒に消えることになるの……そんな感じ」
「……じゃあ俺は、どうしたらいいんだ?」
「前みたいに、心の中に戻って眠りにつく。それなら私が、お願いされればやってあげるよ」
「じゃあ――」
「まだ早い。もうひとつの選択肢がある。今まで通り生活していくこと。ただし、殺し屋稼業はやめてもらうよ?」
「……でもそれじゃ、こいつに迷惑が……」
「そこは簡単。君が、殺しの依頼を出してくる相手を私に教えてくれればいい。教えてくれれば、私がその“依頼の元”を断って、平穏を取り戻してあげる」
「……でも、さっきも言っただろ。白いローブの、顔も分からないやつが依頼してくるんだよ」
「だったら、その時に私を呼んで。私は転移が使えるから――でもその代わり、君には今後一生“位置を常に把握できる魔道具”を身に着けてもらうよ?」
「……それくらいなら、別にいい」
「最後にもうひとつ。見た目を変えて、まったくの別人として生きるって方法もある。これには、もう一つの人格にも協力してもらわないとだけど……でもね、これなら確実に、平穏な生活が送れるよ」
「協力なんていらない……それこそ、迷惑だ」
「……もし、見た目を変えるなら……性別だって、変えてあげられるよ?」
「……どうして、それを……聞くんだよ……」
「だって、もうひとつの人格――女の子、でしょ?」
「……なんで、知ってる……!?」
男は思わず声を上げ、警戒するようにベルを見つめた
「私には見えてるからね……君を守ろうとしてる、もうひとつの人格が」
ベルの視線の先には、男の背後から、そっとその頭を抱きしめるように寄り添う――
ひとりの女の子の姿が、はっきりと見えていた
「どうして……」
「私は……まぁ色々と特殊なの。だから普通じゃできないこともできる……聞きたいなら、その子の声を聞かせてあげようか?」
「え……っと………」
男は戸惑い、言葉に詰まって黙り込んだ
「……これで聴こえるよ。話してみて」
「《え? ほんとに?》」
「っ!?」
ベルにしか見えていない、男の中に存在するもうひとつの人格――
その“女の子”が発した声が、はっきりと男の耳に届いた
「《 影 エイ ……今まで影が、私の声を聞かないようにしてたから、話せなかったけど……この世界に来た時から、私はずっと気づいてたんだよ。影がずっとそばにいるって。それに――影が、私のために犯罪に手を染めたことも、全部知ってる》」
女の子は落ち着いた、そしてどこか安心するような優しい声で語りかけた
「俺は……君に、たくさん辛いことを押しつけた。だから……君と話す資格なんて、ないよ」
「《確かに辛いことも、いっぱいあった。でもね、私は影を守れるなら全然平気だった。だけど影は、ずっと眠ったままで……私が表に出たせいで、消えたんじゃないかって、ずっと心配してたんだから》」
「ごめん……」
「《この世界に来る前――神界で神様に会った時、その時に、影の存在を感じられて……すごく嬉しかった。でもね、前みたいに心の中で話しかけても、影には私の声が届かなくて……影の声も聞こえなくて……それでも、中にちゃんといるって感じられたから、私は安心できたんだよ》」
「ごめん……」
「《いつも突然眠くなってたよね。あれって、影が表に出てたんでしょ? 曖昧だけど、その間の記憶は私の中にもちゃんと残ってるから、気づいてた……でも、それを言っちゃったら、影に嫌われちゃうと思って……必死に隠してたんだよ》」
「……なんで……なんで君は、許してくれるんだ。俺は……何人も、沢山の人を殺してるのに……」
「《君は知らないかもしれないけど――私もね、人を殺したことがあるんだよ……2人も》」
「……え?」
「《君を傷つけた、あの人たち。私が殺したの》」
「どうして……」
「《そんなの、決まってるでしょ。君を虐待して、最後は私まで殺そうとした……だから殺したの。――男の子の体って、力が強いからね》」
そういう声はどこか冷たい声になっていた
「そのあと……どうしたの?」
「《悪知恵だけはあったの。死人に口なしって言葉、知ってるでしょ? 手袋をつけた手で2人を殺して……家の中をぐちゃぐちゃに荒らして、包丁と手袋は山に埋めた。それから、スコップとバケツを持って、泣きながら隣の人に訴えたの。“帰ってきたら二人が倒れてる”って。本人は死んでて話せないから私が殺したとは誰も気付かない》」
「……」
「《そのとき私はまだ小さかったから、犯人だなんて疑われもしなかったよ。そのあと施設に入って……成人を迎える少し前に――事故で死んじゃったの》」
「……そうだったんだ……」
「《でも、後悔はしてないよ。君から預かった大事な体を壊そうとしたんだもん……自業自得でしょ?》」
「……ありがとう」
「《いいって。私は君のために頑張るしか知らないからさ。2人がいなくなれば影が目を覚ますかなって、ちょっと思ったこともあったけど――残念だったね》」
そう言いながら、女の子は小さく笑った
「《私も人を殺したことがあるから、影が誰かを殺しても、なんとも思わないよ……それに、影は悪い人しか殺してないでしょ? だから、大丈夫》」
「……でも、聖女を狙っちゃった」
「《聖女は……まあ、死んでないから大丈夫でしょ? 死んでないんでしょ?》」
そうベルに視線を向けながら問いかけた
「うん。私が保護してるよ」
「《ほら……それに、影は今まで殺す相手のこと、ちゃんと調べてたじゃない? でも今回はそれをしてなかった。なんでだと思う?》」
「……分からない」
「《殺したくなかったんでしょ? だから全く調べなかった。聖女のことを知っちゃうと命を狙えなくなってしまうから》」
「分からない……」
「《もし本気で殺しに行くつもりだったなら、私は全力で止めてたよ。だって私は影のこと、ちゃんと分かってるから。止めるために書き残すことだってできたし、手を打つ時間もあった。でも、それをしなかった。――この国には“あの人”がいるって、知ってたから》」
「あ、私のこと?」
女の子はベルを指さす
「《うん。神様がね、私にだけ言ったの。“この世界にはベルドっていう、とんでもない子がいる。もし何かあったら、その子に頼りなさい”って。だから止めなかったし、何もしなかった。私はこの人が絶対になんとかしてくれるって分かってたの……まあ、聖女には痛い思いさせちゃったけどね》」
「……君は、知ってたんだ。この人のこと」
「《うん。私、自分で冒険者ランクSSまで行ったんだよ? 凄いでしょ。それで、SSSランクって聞いた瞬間に確信したの。神の使徒って言ってたしさ……ああ、神様が言ってたのはこの人だって》」
「なるほど……」
「《それに、ドルナードにSSSランクの冒険者がいて、その人が王様をやってるって話も知ってたから。だから、間違いないって思ったんだ……まあ、助けてくれるかどうかは賭けだったんだけどね》」
「……良かった。俺、いい人を殺さずに済んだんだね」
「《そうよ。この人には感謝しなきゃ》」
「うん。ありがとう」
そう言って、別人格の女の子と一緒に、ベルに向かって丁寧に頭を下げた