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588話 痴話喧嘩?

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588話 痴話喧嘩?

聖女を襲った男と、別人格である女の子がベルにお礼を言ったあと

「《そんなことより……なんで私を差し置いて、自分だけ消えようとしたの?》」

「……俺が残って、君がいなくなるよりマシだと思った。君が残った方が、幸せになれるだろ」

「《勝手に決めないでよ……! 私がいつ、そんなの望んだって言うの?!》」

「……だって、俺は……辛いこと、全部君に押し付けた。だからせめて――幸せになってほしかっただけなんだよ」

「《そんなの、関係ないよ!! 私は……私はね、また影に会うためにずっと生きてきたのに……影がいなくなったら、私が今まで生きてきた意味が無くなっちゃうじゃん!》」

「でも……俺がいると、きっと迷惑ばかりかけるし……」

「《関係ないってば! 私は……あの時みたいに、最初に気づき合ったあの頃みたいに、影と――また仲良くしたいの!》」

「辛いことから逃げて、全部……君に押し付けた俺に……君と仲良くする資格なんて、ないよ……」

俯いたまま、男はかすれる声でつぶやいた

「《あるよ! 私が“いい”って言ってるんだから、いいの!! ……どうして影は、私から距離を取ろうとするの……私は……私はね、影とまた、仲良くお話したいだけなのに……》」

別人格の女の子は、涙をこぼしながら叫ぶように訴えていた。 しかし男にはその姿が見えていない。けれど、その声の震えだけで、泣いているのが痛いほど伝わっていた

「だって……前の世界で15年、こっちでも15年……30年も、君と一言も言葉を交わせなかった……俺が、君と関わることもなかった……なのに、どうして……」

「《そんなの……そんなの決まってるじゃん!》」

涙を拭うこともせずに、彼女はまっすぐに言った

「《私は、影のことが――大好きなの。好きだから、なんでも許せる。たとえ30年も直接関われなかったとしても……私はずっと、また一緒に話したいって思ってたんだよ》」

「……でも……」

「《もう! ねぇ、あなた! この聞き分けの悪い影を、1発殴ってやって!》」

そう言って、ベルに助けを求めるように訴えた

「いいの?」

「《うん。こうでもしないと、影は素直にならないから》」

「そう。じゃあ――遠慮なく」

バチン!

鋭い音が響いた。 ベルの手が男の右頬を正確にとらえた瞬間――強烈な衝撃と共に、影は5メートルほど吹き飛ばされた

「っ……!!」

地面に叩きつけられながらも、男はすぐには立ち上がれず、右頬と首筋を同時に押さえた。 皮膚が焼けるように痛み、首には鈍い衝撃が残っている。 まるで雷にでも打たれたかのように、全身がしびれていた。

目を見開いたまま、男はただ呆然とベルを見つめていた。

「《なんでビンタなの!? 殴ってって言ったじゃん! もう1回――》」

「いや、それはさすがに可哀想でしょ」

「《影にはもっと強い衝撃が必要なの!》」

「もう十分な衝撃が入ったんじゃない? けっこう力入れたつもりだけど」

《やりすぎです。もう少し強かったら首が折れていましたよ》

《おっと、危ない危ない……》

女の子の文句は軽く受け流しつつ、ピクシーの冷静な指摘にベルはちょっとだけ焦っていた

「《影、これで素直になった?》」

「……この人が、もし戦闘中に俺に攻撃してたら、今頃死んでた……」

「それは、その子に感謝しなよ」

呟いた男に、ベルは静かにそう返した

「え?」

「私が君に出会った――屋根の上ね。あの時から、君はずっとその子に守られてたんだよ。だから私は、一度も君に攻撃しなかったの」

「……どうして……」

「だって、君の中にいるもう1人の子に、“傷付けるな!”って、すっごい目で睨まれてたからさ。……そりゃ、攻撃しづらいでしょ?」

「そうだったんだ……ありがとう」

「《? なにが?》」

当の本人は、きょとんとした顔で首をかしげていた

「……俺を、守ってくれてたんじゃ……」

「《え? 知らないよ? 私が目を覚ましたのは、あの人が話しかけてくれた時。それより前はちょっと記憶にあるだけで、完全に眠ってたから》」

「無意識に、君を守ろうとしてくれてたんじゃないかな。人格が、勝手に動いて」

ベルが軽く説明した

「《そうなのかな……? うーん、私は何も覚えてないけど……》」

「眠ってたのに、それでも体が勝手に影を守ろうとしてた……本当に大切に思ってる証拠だね」

「《うん……影は、私の大事な人だから》」

少し恥ずかしそうにしながらも、女の子は笑ってそう答えた。 その笑顔を見たベルは、少しだけ間を置いてから、ゆっくりと口を開いた

「《ねぇ……私たち、また前みたいに一緒にいられる方法って、ないのかな……?》」

それは、彼女がずっと心の奥にしまっていた――小さなけれど、切実な願いだった