591話 新しい身体
591話 新しい身体
影の中から女の子の人格を分離してから、およそ5分――
その作業は無事に完了した
「できたよ。女の子の方は、目を開けてみて」
「う、うん……」
ベルの声に応じて、彼女はそっとまぶたを開いた。
初めて見る“自分だけの視界”――その瞳が静かに光を映す
「ちゃんとできてる……?」
不安と期待の入り混じった声で、彼女は自分の体を見つめながら言った
「体がちゃんと動くか確認してね。指先まで、しっかりと」
「わかった!」
彼女は両手を開いたり握ったり、腕を伸ばしては曲げ、軽くジャンプしたり、その場で駆け足をしてみたり――
嬉しそうな顔で、彼女は全身を動かしながら、その感触を確かめていた
「体は、多分大丈夫そう」
「じゃあ次は五感の確認ね。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――全部」
「わかった!」
彼女は素直にうなずくと、順番に確認を始めた
「視覚は……うん、影の体の時と同じくらいかちょっとよく見えてるよ」
キョロキョロと周囲の森を見渡しながら、嬉しそうに微笑む
「次は聴覚。あなたの声、ちゃんと聞こえてるから大丈夫だよね?」
「聞こえるなら合格」
「うん。じゃあ、嗅覚……草の匂いがする。これも大丈夫そう」
鼻をくんくんと動かして、空気に漂う草の香りを確かめていた
「味覚は……」
彼女はしゃがみこみ、地面に生えていた草を一枚ちぎると、ためらうことなく口へ入れた
「ぺっ! に、苦っ……!」
思わず涙目になりながら口元を押さえる
「どうしたの? そんなに苦かった?」
「うん……なんか、すっごく苦く感じる……」
そう答える彼女の目には、ほんのり涙が浮かんでいた
「それは、多分 味蕾 みらい っていう舌の味を感じる部分がまだ新しいからだよ。できたての体は、五感が敏感すぎて苦味を強く感じたんだね」
「そっか……じゃあ、草が特別苦いわけじゃないんだね」
「そうそう。体が慣れてきたら、そこまで苦く感じなくなると思うよ」
(かなりかかると思うけど)
「……びっくりした~」
涙をぬぐいながら、ほっとしたように笑っていた
「最後は触覚だね。手や足にちゃんと感覚があるなら、それでOK」
「うん、大丈夫!」
「よし。これで五感も全部問題なしだね」
「もう確認することはない?」
「あるにはあるけど……やっとく?」
ベルが少し控えめに聞いた
「えっ……な、なにそれ? もしかして変な確認とか……?」
「いや、別に変なことじゃないよ。身体機能に関わる大事なこと」
「身体機能?」
「うん。例えば、食べたものを消化するとか、そういう無意識な働きは問題ないと思うんだけど……。意識して動かす系、特に“排泄”については一応確認しておきたくて」
「……はいせつ?」
「要するに、“お手洗い”だよ」
彼女は目をぱちぱちと瞬かせたあと、恥ずかしそうに口を開いた
「……えっ、それって……その……」
「うん。男の子の体から女の子に変わったんだから体内の構造が変わる、だから出し方も違う。ちゃんと出るかどうかを確認しておかないとね」
「ええぇぇ……!? そんなの、恥ずかしい……!」
「でも、大事なことだよ? もし機能してなかったら、体に毒素が溜まって大変なことになるんだから。確認だけでもしておいた方が安心だよ」
「うぅ……そ、それはそうだけど……」
頬を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむく彼女に、ベルは小さく笑いながら言った
「別に、俺の目の前でするってわけじゃないから安心して。お手洗いに行って、ちゃんと出せたかだけ教えてくれればいいよ」
「……うん」
目の前でするわけではないと知り、少しホッとしたように返事をした
「今のところ体に異常がなさそうなら、先に服を着ようか。……どんなのがいい?」
体に異常があった場合にすぐに対応できるよう、これまでは服を着せずにいたのだ
「……どんなの?」
「うん。影くんの体じゃ着れなかったワンピースとか、他にもドレスとか……君の好きな“可愛いお洋服”が着られるよ」
「え……じゃあ……ドレス……着てみたい」
自分に似合う服が選べると知って驚きつつも、前から憧れていたドレスを選んだ
(しっかり“女の子”してるね)
「わかった。まずは下着からね……袋を開けたら、上下セットの下着が入ってるから着て。サイズは自動で調整されるようになってるよ」
「……あ、ありがとう」
今の自分の姿を思い出し、思わず視線を落としながらも、彼女は恥ずかしそうにベルの差し出した袋を受け取った
そっと袋を開け、中から下着を取り出す。
今まで一切関わることのなかった“女性用の下着”を、彼女はまじまじと見つめ――そして、ほとんど躊躇うことなく、それらを身に着けた
「ねぇ……この上のって、これでいいの?」
「本当なら胸の形が崩れないように整えたりとか、他にも色んな理由があるんだけど、その下着なら自動で調整してくれるから、それで大丈夫だよ」
「そっか……これからはちゃんと女の子だから、いろいろ覚えないと……」
「経過観察が必要だから、少しの間はここに留まってもらうよ。その間に、女の子の“先輩”にも会わせてあげる」
「お願いします」
「ドレスなんだけど……種類がたくさんあるんだよね。どんなのがいい?」
「うーん……フリフリで、ふわふわの……可愛いのが着てみたい!」
「王女様が着るみたいなやつ?」
「そんな感じ!」
「了解。じゃあ――はい、これをどうぞ」
そう言ってベルは空間収納から、まるで王女様のようなフリフリふわふわのドレスを取り出し、彼女に手渡した
「こんなの……ほんとにいいの?」
「いいよ。君の可愛さなら、きっととっても似合うと思う」
手渡されたドレスを見つめながら、彼女はあまりの可愛さに戸惑いを隠せずにいた
「……ありがとう」
そう小さく呟いて、彼女はそっとドレスを受け取り、大切そうに眺めていた
「可愛いんだけど……どうやって着るの?」
「あ、そりゃそうか」
『即着 付与』
ベルは彼女に渡したドレスへと“即着”の魔法を付与した
「そのまま“即着”って唱えてみて」
「?……即着」
彼女がそう言った瞬間、ドレスは手の中からふっと消え、次の瞬間には可愛らしいドレス姿へと変わっていた
「うわっ! すごい!!」
即着の効果に驚きつつ、自分のドレス姿を見て、嬉しそうに何度もくるりと回って喜んでいた
「はい、姿見どうぞ」
ベルは気を利かせて、大きな姿見を目の前に出してあげた
「影! 見て見て!」
彼女は自分の姿を確認するよりも先に、目を閉じて背を向けていた影の元へと駆け寄り、嬉しそうに声をかけた
「もう見てもいいの?」
「いいよ!」
影はゆっくりと目を開ける
「っ……すごく可愛いよ……」
少し照れくさそうに、でも本心からそう言って微笑んだ
「でしょっ!」
そう言って、くるりと回りながらドレス姿を披露した。
その後もまだ落ち着かない様子で、今度はベルが用意してくれた姿見の前へと向かう。
そして――ゆるゆるとした笑顔を浮かべながら、自分の姿をうっとりと見つめていた