593話 新しい名前
593話 新しい名前
ベルが机などを用意してから、およそ1時間ほど経った頃、ようやく2人とも名前を決めたようだった
「君の名前は“カナエ”にしたよ。俺が辛いとき、“代わって”ってお願いしたら、それを叶えてくれたでしょ? あれは、俺にとって本当に一番嬉しかったことだったんだ」
「ありがとう……影を助けたい一心で代わってあげたけど、影がそんなに喜んでたとは思わなかったよ。私は今日からカナエだね、よろしく」
「よろしく……」
「次は私の番だね。影の新しい名前は―― 凪 ナギ 。もともと“影”って漢字で、“エイ”って読んでたでしょ? だから今度も“漢字一文字で、読みは二文字”にしたかったの。影くんって、優しくて、どんなことも受け入れてくれるから……“凪”っていう、静かで穏やかな名前がぴったりだなって思ったんだ」
「凪……ありがとう」
「気に入らなかった……?」
女の子は間が気になったようで、不安そうにそう聞いた
「違うよ、嬉しかったから……」
「ほんとに……?」
「ホントだよ、嬉しい」
影くん――改め凪くんは、照れながらも嬉しそうに笑ってみせた
「俺は凪、よろしく」
「私はカナエ、よろしくね」
名前が決まったところで、2人は改めて簡単に自己紹介をしていた
「ねぇ、私の名前にも漢字ってあるの?」
「……ごめんね、俺は漢字分からないからカタカナだけ」
「謝らないで。そもそもこの世界じゃ漢字なんて誰も読めないし、どうせカタカナになるんだから。気にしなくていいよ、ただの興味だからさ」
「俺だけごめんね」
「大丈夫だって」
笑顔で、気にしない気にしないと、手をひらひらと振ってみせた
「ねぇ、名前が決まったから書き換えてくれる?」
「もういい?」
待っている間、ベルは芝生に大の字で寝転んでいたが、声をかけられてスッと起き上がった
「うん。それと、その服で大の字に寝ないほうがいいよ?」
「そう?」
ベルは見た目だけは戻していたが、服装は変装中のままだった
「長いワンピースだからって、気をつけないと見えちゃうよ?」
「おっと、そりゃ失礼」
そう言いながら、ベルはワンピースのスカート部分を手で軽く払って整えた
「2人とも、名前はカタカナ表記になるけど、それでいい?」
「大丈夫」
「いいよ」
「わかった」
『ステータス操作 個体名 ダウトの名前をナギに 変更』
『ステータス操作 個体名 なしの名前をカナエに 設定』
ベルは返事を聞くとすぐにスキルを発動し、2人のステータスが表示されると同時に、名前欄が更新された
「確認してみて」
「わかった」
「もうできたの?」
そう言って2人はそれぞれのステータスを開いて確認する
「できてる」
「すごいね!」
「まぁね。それと、ステータスに関しては――ナギのステータスをちょうど半分にして、カナエに付与してるから。簡単に言うと、2人が分かれたことで半分になったと思ってくれればいいよ」
「はい」
「わかった」
「それから次に……スキルについて。カナエに付与してある魔力無限と空間収納はそのまま。その他のスキルは全部ナギに残ってる。でも、これから2人の魂を繋ぐから、スキルは共有されるようになる。だから、あまり気にしなくて大丈夫」
「どうやって繋ぐの?」
「繋ぐってお願いしたけど、どうやって?」
「2人の魂と魂を、魔力の糸で繋ぐ。ただそれだけだよ」
(……まぁ、実際はそんな簡単なもんじゃないけど)
「それが分からないんだけど?」
ベルは簡単に説明していたつもりだったが、2人には伝わらなかったようで、カナエが素直に問いかけた
「んー……魂と魂を、魂に似た力で繋ぐんだよ。その間に“リンク”ができて、お互いの魂が繋がる。そうなると、魂に付与されてるスキルや魔法の力も、共有できるようになるってわけ。繋ぐことで、二つの魂を実質“ひとつ”に近い状態にする感じかな」
「……それ、私とナギが別れた意味なくない?」
「でも、別れてなかったら、君はいまだにナギくんの中だよ?」
「それはそうだけど……」
「それでも、これは君が望んだことだよ。だから――そんなに悩まなくて大丈夫」
言い聞かせるように、けれど優しくそう伝えた
「そもそも、俺が今からやることを、普通の人間に理解できるわけないもん。悲しいけどね」
そう言って、肩をすくめるように呟いた
「確かにそうかもね。魂に干渉するなんて、普通の人間にできることじゃないよね?」
「さっき俺の正体、ちょっと話したでしょ? まぁ気にしなくていいよ」
(帝王とか、SSSランクとか、元神の使徒……神ってのは……さすがに、ないよね)
「……うん、深く考えないことにする。あなたがすごい人って、それだけ覚えておくよ」
「それじゃ、2人の魂を繋ぐから――眠ってもらうよ」
「寝るの?」
「そう。魂ってね、起きてる間は常に動いてるんだけど、眠ってるとスリープ状態になるんだ。むしろその状態じゃないと、上手く繋げられなくて、逆に大変なことになっちゃうからね」
「そうなんだ……でも、眠くないから、すぐには寝られないよ?」
「大丈夫……ちょっとだけ、おやすみ」
『睡眠魔法』
「ど……う……い……う……」
ベルの魔法がかかった直後、カナエはその場でコトンと眠り、ナギも無抵抗のまま静かに眠りについた
《ピクシー、頼むよ》
《お任せ下さい》
ピクシーがそう返事をすると、すぐにナギとカナエの胸元から淡い光が立ちのぼった
それぞれの魂の光が、まるで手を伸ばすようにふわりと近づき、ピクシーを通じて放たれたベルの魔力によって優しくひとつの糸で繋がれていく
その瞬間、空気が震えるような感覚とともに――
2人の魂の間に“リンク”が結ばれ、いつでもスキルや魔法を共有できる状態となった