599話 斬撃の違い
599話 斬撃の違い
マグメルが温度計の試作品を見せに来た翌日――
5年生の授業の時間になり、ベルが訓練所へ向かうと、生徒たちはすでに全員集まっていた
「おや、もう全員そろってるの? 早いね〜」
緩やかな口調でそう言いながら、ベルは集まった生徒たちの前へと歩み出る
「それじゃ、みんなそろってるみたいだし、授業を始めるよ」
「よろしくお願いします!」
ベルがそう言い終えると、生徒たちは元気よく声をそろえて挨拶を返した
「さて、今日は何がやりたい?」
「剣の訓練をして、もっと強くなりたいです!」
一番に手を挙げて答えたのはエクリストだった
「エクリストくん、君は相変わらず剣ばっかりだね?」
「はいっ!」
元気よく返事をするその姿に、ベルは苦笑を浮かべた
「しょうがないな〜。もともと前半の1時間は剣の訓練の予定だったし、ちょうどいいね。じゃあ、後半の1時間はどうしようか? 特に希望がなければ、魔法の授業にするけど……」
すると、別の生徒が手を挙げた
「先生、剣とか武器に魔法をまとわせて戦う“ 魔法付与 エンチャント ”について、もっと詳しく知りたいです」
「なるほど、武器への魔法付与か……いいね。じゃあ、今日はその2本立てにしよう」
ベルは小さく頷いて、内容を整理するように言葉を続けた
「前半は“魔法付与を使った武器の扱い方”と、“どんな魔法付与があるのか”を実演付きでやる。後半は魔法は使わずに、基礎の武器訓練。今日はこの内容で行こうか」
「はいっ!」
生徒たちの表情が引き締まるのを見て、ベルは小さく笑った
「それじゃ、まずは復習から。みんな、 魔法付与 エンチャント についてどのくらい知ってる?」
そう問いかけると、すぐに一人の生徒が手を挙げ、はきはきと答えた
「魔法付与とは、武器に魔力をまとわせて、近接攻撃の威力を上げたり、攻撃に属性を付与したりする支援系の魔法です!」
「そうだね、よくできました」
ベルはにこやかに頷くと、手をひと振りして空間収納を開き、そこから2本の剣を取り出した
「今、手元に普通の剣が2本ある。このうちの片方に――」
そう言いながら、右手に持った剣を軽く構える
『我が魔力よ、炎となりて、剣へと宿れ。フレイム・エンチャント』
詠唱の言葉が空気を震わせた次の瞬間、右手の剣の刃が赤々とした炎に包まれた
生徒たちから、思わず小さな歓声が上がる
「これが、一般的な魔法付与だね。属性を武器に纏わせて、威力や効果を上げる」
ベルがにこやかにそう言いながら、炎の剣はそのままに左手の剣へと視線を移した
「じゃあ……こっちは、なんだと思う?」
今度は左手の剣を構えると、その刃がうっすらと淡いピンク色の膜に包まれた
「なにそれ……?」
「ピンク色? 炎でも氷でもないよね?」
生徒たちは、興味と戸惑いが混じった表情で剣を見つめる
「これはね、ただ“魔力を纏わせただけ”の状態だよ。属性も効果も、一切付与されてない純粋な魔力だけ」
ベルは剣を軽くひと振りして、続けた
「魔力そのものの色は人によって違うんだけど、俺の場合はこういうピンク色なんだよね」
「へえ……魔力って、肉眼で見えるし、色まであるんですね」
「うん、こうやって剣に集中して流すと、うっすら視認できるようになる。まぁ、見る角度や光の加減とか、込める魔力の量とかでも変わるけどね」
そう言うベルの持つ剣は、誰が見てもわかるほどにピンク色の膜で包まれていた
「さて、ここで問題。こっちのフレイム・エンチャント、炎属性を付与した剣と、本体の魔力だけを纏わせた剣、何が違う?」
ニコッと微笑み、ベルは両方の剣を持ち上げ、生徒たちが見比べられるように左右に広げて見せた
「右は火属性だから燃えてて、左は魔力だけだから何も無い?」
「燃えてるのと、ただ魔力を纏った普通の剣だろ?」
それぞれが自分の考えを呟いた
「じゃあ答えね。正解は、威力の違い」
「威力? 威力なら燃えてるほうが強そうですけど」
「まぁ見てて」
そう微笑み、地面から岩の塊を出現させた
「まずは魔法付与をした剣から」
ベルは右手の剣を振りかぶると、岩の塊に勢いよく斬りかかった。
ゴッ、と鈍い音を立てて剣が弾かれ、岩には焦げたような黒い跡だけが残る
「これはこれでダメージにはなるけど、物理的な“斬撃力”はそんなに高くないんだよね」
続けて、左手のピンク色に光る剣を構え、今度は軽く振り下ろすと――
シュンッ
鋭い音とともに、岩がまるで豆腐のようにスパッと割れた
「な……なんで魔法がついてない方が切れるの……?」
「すっご……」
「それ、どうなってるんですか先生!?」
興味津々の視線がベルに集中する
「じゃあ、説明するね。まずこっち――」
そう言って、右手の炎の剣を軽く掲げた
「これは“フレイム・エンチャント”っていうただ炎属性を纏わせてるだけの魔法。確かに燃えてるし、火傷や炎による追加ダメージはある。でも、剣そのものの斬る力は変わってないんだ」
次に、左手のピンク色の剣を持ち上げて見せる
「こっちは“属性”は無いけど、剣に魔力を綺麗に纏わせてる。この状態だと、剣の強度と斬撃の通りやすさが大きく上がる。だからさっきの岩も、抵抗なくスパッと切れたってわけ」
さらに説明を続ける
「簡単そうに見えるけど、魔力の流し方が均等じゃないと、切れ味が落ちたりして無意味になるから気をつけて。もちろん、たとえ未熟でも纏わせるだけで多少の威力アップは見込めるけどね」
「先生、それ……俺たちにもできますか?」
一人の生徒が、期待と不安の入り混じった声で言った
「うーん、魔力量と魔力制御の精度によるけど、試してみるのはアリだね。ただ、いきなり金属の武器に魔力を流すのはちょっと危ないから、まずは――」
そう言いながら、ベルは空間収納から訓練用の木剣を人数分取り出し、軽く手を振ると、それぞれの生徒の前へ宙を滑るように投げ渡された
「これを使おう。まずはこの木剣に、魔力を均等な濃さで全体に纏わせる練習。うまくいけば、さっきの斬撃も夢じゃないよ」
「頑張ります!」
そうして、魔法付与よりも生徒たちの興味を引いた“魔力付与”の実習が、静かに始まった