603話 怪しい人
603話 怪しい人
カナエとナギを城へと送り届けた後、ベルは迷わず怪しい気配の元へと向かった。
狭い路地裏に入り、壁際で足を止める
「……こんにちは。こんな所で、何してるの?」
「きゃっ!」
不意に声をかけられた人物は、高く短い悲鳴を上げて振り返る。
驚きと警戒を宿した瞳が、じっとベルを凝視していた
「びっくりさせたかな、ごめんね」
「い、いや……大丈夫よ。急に声をかけられたから、ちょっとね」
「そっか……でも、こんな路地裏で何してるの?」
「ここって入り組んでるでしょ? 道を間違えちゃったのよ……お嬢ちゃんは道、わかるの?」
(お嬢ちゃん、ね……)
「女性がこんな道を歩くのは危ないから、気をつけたほうがいいよ」
「ふふ、君こそ。私よりも何倍も可愛いお嬢ちゃんのほうが、よっぽど危ないんじゃない?」
「私は平気。強いからね」
「そう……でも、危ないものは危ない。じゃあね」
女性は背を向け、表通りへ向かおうとした
「――お姉さん」
ベルの声が、ぴたりと女性の足を止めさせる
「少し前からずっと、私たちの後をつけてたよね。何が目的?」
「……な、なんのことかしら?」
「とぼけても無駄。最初から気づいてたんだから」
ベルは鋭く見据えたまま、少し間を置いてから続けた
「あなたは、あの白い依頼人?」
女性は一瞬、言葉に詰まるような表情を見せてから、小さく笑った
「そんな大それた者じゃないわ。ただの通りすがりよ」
「じゃあその鞄の中、見せてくれる?」
「ふふ、探偵みたいね。でも、私があなたに鞄を見せる理由がないわ」
「なら、教えて? あなたが私たちを尾行してた目的を」
女性は少しだけ視線を逸らし、警戒を崩さなかった
「あなたと一緒にいた女の子が可愛かったからね、可愛い子は見てるだけで癒されるものよ」
「じゃあどうして隠れてたの?」
「……ずーっとついて行ってたら怪しいじゃない、だから隠れてあなたたちにバレないように眺めてたの。単なる目の保養よ」
「そっか。最近人が襲われる事件とか起きてるから、気をつけてね」
「えぇ、私も聖女みたいにはなりたくないからね」
「……そう、それならいい」
ベルはそう言って背を向けたが、歩き出す足はわずかに緩んでいた
(今は捕まえない――今回は、あの子に任せる)
《ピクシー、あの人を監視しておいて》
《了解しました》
《あの人が誰かに依頼、もしくは誰かを殺そうとしているなら教えて》
《全ての行動を監視しておきます》
《お願いね》
そのままベルは城へと戻った。
そしてナギの部屋を訪ね、軽くノックして入る
「ねぇねぇ、そういえばさ」
椅子に腰かけたベルが、悪戯っぽく笑う
「ナギくんって殺し屋だったでしょ? 人を殺してるわけじゃん。どうやって検問とか突破してたの?」
純粋な疑問をぶつけられ、ナギは少し瞬きをした
「……僕はいつも裏側にいて、検問を通る時はカナエが表側を歩いてたからだと思う。多分、表の犯罪履歴しか見てないんだよ」
「なるほど。神がカナエちゃんとナギくんのステータスを分けていたからできる抜け道ってわけね」
「……多分?」
その口ぶりは、本人もあまり理解していない証拠だった
「そうだ、今カナエちゃんがいないから、ナギくんにだけ伝えるね」
「何を?」
「ナギくんに依頼を出してた“白い人”、見つけたよ」
「……え、本当に!?」
予想外の出来事にナギは目を丸くし、声が一段高くなっていた
「うん。でも、あえて見逃してきた」
「なんで? 捕まえたらすぐ解決じゃん」
「それもそうだけど、カナエちゃんが“自分の手で捕まえる”ってやる気満々だったから。だから、任せようと思って」
「……大丈夫なの?」
「もちろん。捕まえる時は、俺がサポートするし」
「ならいいけど……」
ナギは視線をそらし、少しだけ唇を噛んだ
「心配するのはいいけど、あんまり過保護すぎると嫌われちゃうから、程々にしときなよ」
そう言い残し、ベルはナギの部屋を後にした
その後はカナエの様子を見守ったり、子供たちと遊んだりしながら、夜ご飯の時間を待った。
そして、夜ご飯を食べてその日は静かに終わった