604話 見送る背中、渡す剣
604話 見送る背中、渡す剣
カナエとナギの二人と初めて街歩きをしてから、2日が経過した12月5日の朝。
聖女からこう告げられた
「正式な場でお伝えしたいことがあります。帝王様と謁見させていただけますか?」
そう言われたため、ベルはミラくんとヘングルくんを学園に送り届けてから、謁見の準備を整え、すぐに臨むことにした
「私のわがままで準備していただき、ありがとうございます」
「全然大丈夫だよ。それで、要件は?」
「はい。帝王様、今日までお世話になりました。私たちは本日、ここを発つことにいたしました」
「それはまた急だね。もっとゆっくりしてもいいんだよ?」
「私たちは各国を巡り、瘴気を浄化する旅をしております。そのため、一つの場所に長く留まらずに回る予定でしたが、ドルナードにはかなり長く滞在させていただきました」
「いるのが普通ってくらい馴染んだよね」
硬い雰囲気をあえて崩すように、そう言った
「はい。ですが、これ以上滞在して旅立ちが遅れると瘴気が広がってしまい、大変ですので……」
「そうか。君たちがそう言うなら、俺は止めない。しっかり務めを果たしておいで」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
「最後に一つだけ。体の怪我は大丈夫そう?」
「はい。帝王様や使用人の方々のおかげで、後遺症もなく、傷跡すら残らず完治しました」
「それは良かった。もし困ったらいつでも頼っていいからね。俺たちはいつでも味方だよ」
「ありがとうございます。困難にぶつかったときは、ぜひ頼らせていただきます」
「うん、任せて」
聖女は深く一礼し、ゆっくりと顔を上げた。
その背後で護衛のメンバーも同じく頭を下げる
――こうして短い謁見は、温かな空気のまま幕を閉じた
ベルは聖女一行の背を目で追いながら玉座の間を後にした。
別れを惜しむ暇もなく、足は城門へと向かう。
そこにはすでに出発の準備を整えた聖女一行と、ひときわ目を引く豪奢な馬車が待っていた。
金と白を基調としたその車体は、旅立ちを祝福するようにまばゆい輝きを放っている
「……本当に、こんな立派な馬車を用意していただけるなんて」
聖女は感嘆の声を漏らしながら、そっとその装飾に触れる
「お願いされたものだからね。できるだけ安全で快適なものをと思って用意したんだ」
「ありがたい限りです……でも、こんなに豪奢でいいのでしょうか」
「見た目は立派でも、中身は実用的だよ。外部からの攻撃を一切通さないようにしてあるから、危なくなったら中に避難すればいい」
「それはまた……心強いですね」
「まぁ詳細は後で確認して。中に機能や使い方をまとめた説明書も置いてあるから」
「わかりました……無理なお願いを聞いていただいて、本当にありがとうございます」
「無理なお願いなんてことは無いよ。ナギくんとカナエちゃんのことを許してくれた感謝の気持ちだから、気にしないで」
ベルは笑って肩をすくめつつ、その胸の奥で聖女一行の無事を祈っていた
「それでは、出発したいと思います。ありがとうございました」
「はい。またいつでも来てくださいね。子供たちも喜びます」
「……はい。それでは」
聖女は深く一礼し、ゆっくりと馬車へ乗り込む
扉が閉まり、御者が手綱を引くと、馬車はきしむことなく滑らかに動き出した。
ベルの視線の先で、その豪奢な車体は次第に遠ざかり――やがて城門の向こうに消えていった
(ごめんね、子供たち。聖女の見送り、させてあげられなくて)
子供たちは聖女にすっかり懐いていた。見送りに立たせれば、泣きついてわがままを言い、出発を遅らせてしまったかもしれない。
だからこそ、あえて知らせなかった――そう自分に言い聞かせながらも、正面玄関にひとり立つベルの胸の奥には、小さな罪悪感が静かに広がっていた
深く息を吐き、気持ちを切り替えるように踵を返す。
今日はもう一つ、大事な用事がある。
学園の四年生が職業体験で鍛冶屋に作らせてもらった剣を、3日前に受け取っているため、それを届ける日だ。
ベルは正面玄関を後にし、子供たちやカナエの様子を確認してから学園へ向かった
学園に着き、少し時間が経つと、ベルの授業の時間がやってきた
「それじゃあ、授業を始めます……っと、その前に、今から名前を呼ばれた子は前に並んでね」
生徒たちは、何が起こるのか分からず、怒られるのではないかと少し不安そうな表情を浮かべた
「じゃあ、ルンカル、カミル」
名前を呼ばれた者たちは順番に前へ出てきた
「クルス、スルト」
次々と名前が呼ばれ、合計20人が前に並ぶことになった
「みんな、並んだね……順番に渡していくから、待ってて」
そう言いながらベルは空間収納に手を入れ、まずはルンカルの前で手を止めた
「はい」
「ありがとう、ございます……これは?」
ルンカルはベルから剣を受け取ったが、それが何なのか、なぜ渡されたのかもよく分かっていない様子だった
「もう忘れたの? 記憶力、大丈夫?」
茶化すように、少し煽るように笑いながらベルは言った
「えっ……と?」
「ほんとに忘れたのね……これは、君たちが職業体験で汗水流して叩いた鋼で作った剣だよ」
「えっ、あの時の!?」
「そう。帝王様のご好意で、君たちが作るのに携わった物は全て買い取られ、今先生が全て持っています。それを今から配ります」
「えっ……え? 本当にいいの?」
「もちろん。聞いた話によると、茎に君たちの名前が彫られてるらしいよ?」
「すご……」
思いがけないサプライズに、前に並んだ生徒は心を高ぶらせた。
鍛冶体験に行かなかった生徒たちは、悔しそうに言葉を漏らしていた
「はい、次はカミル、どうぞ」
「すげぇー! ……俺の名前だ!」
「そうそう。君が叩いた鋼だ、誇っていいよ」
カミルは受け取った剣を見て目を輝かせ、大事そうに剣を抱きしめた
「クルス、スルト……順番に渡すよ」
数人が手に取るたび、驚きと喜びの声が教室に広がる
「やばっ……!」
「すごく立派!」
職業体験に参加していなかった生徒は羨ましそうに見つめつつも、笑顔で称えていた
そしてルンカル、カミル、クルス、スルト……残りの生徒も順番に手渡され、最終的に20人全員が自分の剣を受け取った。
教室には誇らしさと楽しさが混ざった空気が満ち、ベルも満足げに微笑んだ
「その剣は、実戦でも使えるちゃんとした剣だよ。使ってもいいし、記念に飾るのも自由。どちらでも、自分の好きなようにしてね」
「ありがとうございます!」
声が重なり、教室に明るい響きが広がった、
剣を抱えた生徒たちは、嬉しそうに顔を見合わせている
「それじゃ、その剣は壁際にでも置いておいて、ここからはしっかり訓練を始めます」
受け取った生徒たちは、名残惜しそうにしながらも壁際に剣を置きに向かった。
その様子を眺めつつ、ベルは今日の訓練内容を頭の中で組み立てていく
「よし……前回、魔道具の授業をしたため戦闘系の訓練ができなかったので、今回は持続力の訓練をやります」
「うげ、キッついやつじゃん!」
「文句言わない、これを乗り越えた者こそ、さらなる強さを手に入れるんだから」
そうして、生徒たちにとって地獄の訓練が始まった。
重い剣を振り続ける音、走り込みで響く足音、魔法の炸裂音、そしてあちこちから上がる悲鳴と呻き声――
訓練所は瞬く間に、若き戦士たちの汗と叫びに包まれていった