607話 根城へ
607話 根城へ
白い依頼人がナギの前から姿を消したあと、ベルはすぐにナギに声をかけた
「あれがそうだね?」
「あ、はい」
(気づいてくれてた)
「オッケー……ナギくん、奴らの根城に行くよ」
「どうして? もう辞めることも伝えたし、あっちも受け入れてくれたよね?」
「それはどうかな……相手は犯罪者、どんな手を使ってくるかわからないよ」
そう言って、ベルはさっきまで座っていたベンチを指さした
「カナエ!? カナエがいないよ!」
「そう、あいつらが素直にナギくんを辞めさせるはずがない。カナエちゃんを人質に取ってでも、仕事を続けさせようとするんじゃないかな」
ベルは静かにどこか遠くの方を見つめた
《マスター、奴らの目的地はやはり隠れ家である、屋台街から東に三百メートルの古い倉庫の地下です》
《さっすがー!》
「……場所はわかってる、行こっか」
「そんな、もう見つけたの!?」
ナギが驚くより早く、ベルは指先を軽く鳴らした。
足元に魔法陣が展開し、風が巻き起こる
「先回りしよう。奴らがカナエちゃんを運び込む前に」
「うん!」
ベルとナギの姿が淡い光に包まれ、次の瞬間、静かにその場から消えた
「……ん?」
「到着」
転移した場所はまさに敵の根城のど真ん中、周囲には相手のメンバーが何人も立ち、警戒の眼差しを2人へ向けていた
場の空気が一瞬張り詰める
「どっから現れたとかはどうでもいい……カゲ、そいつは誰だ」
「僕は……」
「君はもうこいつらの仲間じゃないから、話さなくてもいいよ」
ベルは横目でナギを見て、人差し指を口の前に立て、笑って見せていた
「おい! お前は何もんだ!」
「俺はこの子たちの保護者みたいな者。君たちのメンバーがもう1人の子を攫っちゃったからね。捕まえることにしちゃった」
半分ふざけたように笑っていた
「おいお前ら! そいつを捕まえろ!」
「おうよ」
「こいつぁ言い値がつきそうだな」
その声とともに、相手のメンバーは一斉に飛びかかってきた。
短い突進音が屋内に鳴り響く
『落ちろ』
ベルの口からその一言が放たれると、足元の地面が一瞬にしてひび割れ、土の裂け目から冷たい風が吹き出した
――バキッ、ガラッ
衝撃が波のように広がり、相手のメンバーはまるで何か重い板に押しつぶされるかのように体勢を崩し、次々と地面へと叩きつけられた
土埃が舞い上がり、視界が一瞬白く霞む
「クソっ! 何しやがった!!」
「動けねぇ……」
「痛てぇな!」
突然の出来事に驚きや呻き声、割れた木箱や瓦礫が崩れる音だけが残る
「うるさいな〜……」
ベルは低く呟いた
「俺はお前らを殺す理由なんていくらでもあるよ、それなのに手加減して生かしてやってるんだ、ありがたく思え?」
冷ややかに笑いながら、ベルは周囲に散らばる倒れた者たちを一瞥した。
その笑みの奥に、どちらが悪いのか判別しづらい薄ら寒さが滲んでいた
「全員捕まえるけど、いい?」
「あ、うん、顔と名前くらいしか知らない人たちだし」
「そう」
『拘束』
ベルはナギに一応確認を取り、“拘束”と唱えると、前に差し出した手から縄が飛び、地面に倒れている相手をぐるぐる縛り始めた
「クソっ!」
「はいはーい、お前らのボスみたいなやつが帰ってくるまで大人しく待ってな」
縛られた相手たちはもがき、呻き声を漏らすが、縄の締め付けに抗うこともできず、半ば諦めたように地面に伏せていた
ナギはその様子を横目で見ながら、少しだけ安心した表情を浮かべた
(ベルさんが本気で相手したらこんなに圧倒的なんだ……)
まだ屋内の緊張感は残るものの、少なくとも今は敵の動きを封じられたと実感していた
――ガタッ
奥の通路の方から、複数人の足音と小さな叫び声が近づいてきた
「おい、どうなってる……?」
4人組のうちの1人が先頭で様子を窺い、他の3人も続く。
その視線は、地面に倒れ伏せる仲間たちと、そこに立つベルとナギに向けられていた
ベルは軽く笑みを浮かべ、ナギの横に立つ
「戻ってきたね……さあ、その子を返してもらおうか」
ナギは小さく息を整え、手に魔力を集めながら前を見据えた
(カナエを助けなきゃ……!)
(やる気だね)
「あの4人なら君でも対処できるよ、サポートはしてあげるからやっておいで」
「うん!」
ナギは手に集めた魔力を銃へと変換し、即座に4発連続で発射した
――バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
光弾が一瞬の閃光を伴って4人組へ直撃。片手や肩を押さえ、後退する相手たち
「うぐっ! 何だこれ……!」
「な、なんだ!? お前、こんなことまで……!」
衝撃波のような力で押しのけられ、瓦礫も飛び散る。倒れかけたところをナギは追撃せんと光弾を構えるが、ベルが静かに声をかけた
「ナギくん、焦らなくていい。まずは距離を保って……銃使いは近づかれたら終わりだよ」
ナギは深呼吸し、冷静に光弾を制御。相手の動揺を見極め、再度発射
――バンッ、バンッ
2人の肩や腕を直撃、体勢を崩したところにベルが前へ進む 指先から魔法陣が展開され、地面が微かに震えると、4人組は自然に距離を取りながら後退
「な、なんだ……!」
「地面が……!」
ナギは隙を逃さず、光弾を連続で3発放つ。残り2人もベルの制圧魔法で行動を封じられた
ベルは片手を上げて低く呟く
『拘束』
光の縄が瞬時に飛び、4人組は完全に制圧される
ナギは息を整え、倒れた相手を見回す
(ベルさんが横にいるから、安心して戦える……!)
「よし、これでカナエちゃんの安全は確保できたね」
ベルが肩に軽く手を置き、微かに笑む
ナギも小さく頷き、戦闘後の緊張を少し解きほぐす
(あとは……)
「カナエ!」
ナギはカナエの詰められた麻袋の口を急いで解くと、顔を出したカナエは満面の笑みでナギに抱きついた
「ナギ! ありがとう、信じてたよ!」
「無事でよかった……!」
2人はしばらくそのまま抱き合い、安堵の息を漏らした
「カナエちゃん、よくあの説明で行けたね」
「急に後ろから袋被せられてびっくりしたんだよ!! もっとちゃんと説明してよ!」
「ごめんね。ちゃんと結界で守ってあげてたから許して」
「それでも! 怖かったのは変わんないからね!!」
ベルはにやりと笑いながら、ぽつりと言った
「本当は金貨1枚追加のつもりだったけど、ちゃんと俺の伝えたこと守ってくれたから5枚に増やしちゃいます」
「やったね!!」
カナエはまるで攫われたことを忘れたかのように、素直に喜びを爆発させた
「2人に説明ね。この後、白い依頼人が帰ってくるから、そいつを捕まえたら終わりだよ」
「任せて! 絶対懲らしめてやるんだから!!」
「わかった」
ベルがそう言った瞬間
――ガチャ
と扉の開く音が静かな空間に響いた
次の瞬間、場の空気がわずかに張りつめる