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612話 優雅な歓迎と、不穏な1滴

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612話 優雅な歓迎と、不穏な1滴

カールン王国王都の外壁門で用意されていた馬車に乗り、ベルは王城へと移動してきた

「到着しました」

その声と同時に馬車が止まり、すぐに扉が開かれた

「どうぞ」

案内役の男性は、まるで舞踏会に招かれた貴婦人を迎えるかのように、優雅な所作で手を差し出してきた

「……ありがと」

戸惑いながらもそっと手を取り、ベルはゆっくりと馬車を降りた。

その口元からは、小さな呟きがこぼれる

「それでは応接間へご案内いたします」

「はい」

ベルは案内役の後をついていった

《マスターが他国へ来ると、やっぱりお姫様扱いされますね》

《……され慣れてないから、逆に落ち着かないんだけど》

《マーベルドやドルナードじゃ、こんな扱いまずされませんからね。みんな、遠慮なく接してきますし》

《それが普通だよ。こういうの、慣れてる人ならいいんだろうけど……》

《でも、それだけマスターの立場が認められてるってことですよ》

《うーん……立場よりも、子ども扱いじゃなくて変な方向に丁寧なのが気になる。これならまだ子供扱いされた方がマシ》

《それはマスターの見た目の可愛さが原因ですから》

《否定してよ》

《否定材料がありませんので》

《もういい……ピクシーは敵だ》

《敵にされるのは心外ですね、可愛いものは可愛いので仕方ありません》

《はぁ……昔はあんなに頼もしかったのに、どうしてこうも変な方に染まったんだ》

《マスター色に染められてしまいました》

甘えるような、ふざけ半分の声が返ってきた

《はぁ……ダメだこりゃ》

そんなやりとりをしながら歩いているうちに、気がつくと応接間へと到着していた

「ここが応接間です。どうぞ」

スッと扉が開き、するりと招き入れられた

「どうぞ、こちらへお掛けください」

流れるようにソファーへと促され、ベルは素直に座った

「紅茶はお好きですか?」

「それなりには」

(テレスたちとの付き合いくらいでしか飲まないけど)

「かしこまりました。ご用意いたします」

そう言うと、慣れた手つきで紅茶を淹れ始め、あっという間に目の前へと差し出された

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「それでは、ごゆっくりお楽しみください。国王様はまもなく到着されます」

そう言って、案内役は静かに部屋を後にした

それから数分――

コンコンコン

「入っても大丈夫かな?」

中からは何も返事がなかった

コンコンコン

「入ってもいいかな?」

再度問いかけたが、中からの返事はなかった

コンコンコン

「入らせてもらうよ」

返事がなかったため、国王は扉を開けて入ってきた

「っ!? おい! 大丈夫か!」

応接間に入った国王の目に飛び込んできたのは、ソファーにぐったりと横たわり、胸元から赤い液体を滴らせていた少女の姿だった。

意識を失っているような様子に、国王は息を呑み、顔が青ざめた

「おい! しっかりしろ!」

震える手で肩を揺らし、必死に呼びかける。声がわずかに上ずっていた

「ラルド! こい!」

怒鳴るような声が響くと、扉が勢いよく開かれ、案内役の男が駆け込んできた

「はい、なんでしょう……って、えっ!? ど、どうしてこんな……!」

ラルドは顔を真っ青にして、少女の姿に目を見開いた

「おい! これはどういうことだ!」

国王は少女を指差しながら怒鳴り、声を荒げる。焦りと怒りが混じった叫びだった

「こ、これは……! ちょっと試すつもりで、紅茶に少量なら薬になる毒を混ぜましたが……こ、こんな反応になるなんて……!」

ラルドの額には冷や汗が滲み、言葉もどもりながら説明を続けた

「どうすればいい!」

「と、とりあえず吐かせてください! それで少しは……私は治療師を呼んでまいりますっ!」

パニックに近い様子で、ラルドはその場から駆け出していった

「吐かせるんだな……!」

国王は必死な形相で少女の体勢を変え、震える手で口へ指を伸ばす――

「それはさすがにやめて」

スッと細い手が伸び、国王の手を制した。

その動きは迷いがなく、まるで最初から目を覚ますタイミングを見計らっていたかのようだった

少女――ベルはゆっくりと瞼を開け、静かに国王を見上げる。

その声は、つい先ほどまで意識を失っていたとは思えないほど冷静で、透き通るように澄んでいた

「だ、大丈夫なのか……」

「当たり前でしょ、そもそも薬1滴で倒れる方がおかしいから」

(1滴じゃほぼ効果もないし)

「か、体は……大丈夫なのか?」

「至って健康……とりあえず離れて、近い」

顔を寄せて心配していた国王を軽く押しのけ、ベルは何事もなかったかのように上体を起こした

「……すまない、本当に……」

国王は気まずそうに一歩下がる

「とりあえず、案内してくれた人が戻ったら、ちゃんと説明してもらえる?」

「……はい」

ベルの鋭い視線に、国王はすっかり気圧され、しおらしくうなずいた

――その直後

扉が勢いよく開かれ、案内人とともに治療師が駆け込んでくる

「お待たせしました! 大丈夫ですか!?」

応接間へ飛び込むように入ってきた案内人は、ベルがすでに起き上がっているのを見て、ほっとした表情を浮かべた

同時に、治療師が素早くベルの傍にしゃがみ込み、慣れた手つきで容態を確認し始める

「……脈も瞳も異常なし。すでに回復しています」

「このようなことになってしまい、本当に申し訳ございません……」

案内人は深々と頭を下げ、治療師もそれに倣って小さく頭を下げた。

ベルは二人をじっと見下ろすようにしながら、静かに口を開いた

「なぜこんなことをしたの?」

「無礼を承知で……護衛として、些細な異変にも気づけるかを試させていただきました。その結果、このようなことになってしまいました」

案内人は頭を下げたまま、小さく震える声で答えた。

「ふーん、それで?」

「まさかこんなことになるとは思わず……国王様の処置が遅れていれば、もっと大変なことになっていたかもしれません」

「いや、俺は何もしてない」

唐突な否定に、案内人が戸惑ったように顔を上げた。

「え? でも、こうして起き上がってるってことは……毒を吐かせたんじゃ……」

「吐かせようとはしたが、止められた。結局、何もしていない」

「……どういうことですか?」

困惑の表情を浮かべていた