617話 裏庭の出会い
617話 裏庭の出会い
ベルは用意された部屋から出て、城の外側へと移動してきた
(さて、どこから見て回ろうかな)
《一応見たところ、騎士団の詰所や研究塔、それから馬小屋などがありますが……そこは国王の許可をもらってから入った方がいいでしょう》
《確かに、それもそうだよね。誰か分からない人を簡単に入れるわけにはいかないもんね》
《はい。なので今行けるのは庭園くらいですかね》
《じゃあ目的地は庭園だね……歩いて回るにはちょっと大変な場所だけど……》
《その分、美しい情景が見られるでしょう》
ベルはピクシーの言葉を聞き、のんびりと歩いて庭園のある城の裏手へ向かった
「これは……すごいや」
城の後方全体を使って広がる庭園を目にし、ベルは思わず息を飲んだ
そこは、王城の裏手一帯を丸ごと使った壮麗で広大な庭園だった。
敷地は城壁の内側いっぱいに広がっており、まるで城がこの庭園のために建てられたかのように、細部まで手間と魔法の技術が注ぎ込まれている
季節ごとの花々が咲くように魔法で管理されており、今は色とりどりの草花が、自然でありながら計算された美しさで配置されていた。
中心には大きな噴水があり、白く輝く水が空へと舞い、日差しを受けて七色の光を放っている。
散歩道の脇には石造りのベンチや小さな東屋が点在し、歩くだけでも心が満たされていく。
また一角には王族専用の温室や薬草園、小さな迷路のような植え込みもあり、訪れる者を飽きさせない工夫が凝らされていた
「これは目で見ないと分からない美しさだね」
《はい。マスターは桜がお好きなので、花全体がマスターの好みに刺さるのでしょう》
《……作ろうかな。子供たちも喜ぶだろうし》
《いいですね。今のドルナードの城を囲む外壁の内側には、まだたくさんの空き地がありますから、とても良いものが作れるでしょう》
《戻ったら作ろ》
そんな話をしながら、ベルは庭園をゆっくりと歩き続けていた
そして、東屋の横を通りかかったとき――
「あら? 見ない顔ね。あなた、誰?」
声をかけられた
(名前でバレたら面倒だから、偽名もどきでいいか)
「ベルです」
「ベル……そんな名前の貴族の令嬢なんて、この国にいたかしら?」
「いえ、私は隣国から来ました」
「あら、そうなの? なら知らなくても不思議じゃないわね。どうだった? この国自慢の庭園は」
「とても素晴らしいものでした。それはもう、この庭園をそのままお家に持って帰りたいと思えるほどに」
「満足できたなら良かったわ。ちょうどいいところに来たわね。ひとりで退屈していたから、あなたをお茶会に招待するわ」
「まだ見て回りたいんですけど……」
「そんなの後だっていいじゃない。先に、私の相手をしてちょうだい?」
「……わかりました」
渋々ながら返事をして、ベルは東屋へ足を踏み入れた
「そこへ座るといいわ」
微笑んだ女性は、どこか品のある佇まいで、ふとした仕草に洗練がにじむ。
控えているメイドたちが女性の指示ひとつで動く様子を見るに、相当高い身分の人物なのだとわかった
女性が向かいの席を優雅に指し示すと、すぐ近くにいたメイドが音もなく椅子を引き、ベルに座るよう促した
「ありがとうございます」
「お気になさらず」
ベルが礼を言うと、メイドは静かに一礼し、後ろでお茶の準備に取りかかった
「そこにあるものなら好きに食べてちょうだい。全部私好みのものばかりだから、ほかが良ければ用意させるわ」
女性が示した先には、美しいスイーツが並ぶティースタンド。
甘い香りがほのかに漂い、それだけで心がくすぐられる
「ありがとうございます」
ベルは礼を言い、手をつけずに静かに座っていた
「前を失礼します」
さきほどのメイドがベルの前に紅茶のカップを置く。
湯気とともに、優しい香りがふわりと広がった
「いただきます」
ベルはゆっくりと香りを楽しんでから、女性の様子を見つつ口をつけた
(この紅茶、初めて飲んだけど……美味しいね)
ふと表情が柔らかくなっていた
「どうかしら?」
「初めて飲みましたが、とても美味しいです」
「なら良かったわ。その紅茶は私の一番好きなものなの」
「そうなんですね。突然お招きいただいたうえに、こんなに素敵なものまで……ありがとうございます。もしよろしければ、この紅茶はどこで手に入るのか教えていただけますか? とても美味しかったので、帰ってからお友達にも飲ませてあげたくて」
(テレスたちへのちょっとしたお土産にいいね)
「いいわよ。ミャーナ、シャームにこの紅茶がどこで買ったものか聞いてきてちょうだい。それから新しいものを一缶持ってきて」
「かしこまりました」
女性が耳打ちすると、ミャーナは一礼して静かに歩き去る
「少し待っていてちょうだいね。今、聞きに行かせたところだから」
「わざわざ申し訳ありません」
「いいのよ。私がこの紅茶をあなたに勧めたのだから、教える責任くらい果たさなくちゃね」
「ありがとうございます」
その後、女性とベルは二人で静かに紅茶を楽しみながら、傍付きのメイドが戻るのを待っていた