618話 紅茶とケーキ
618話 紅茶とケーキ
ミャーナと呼ばれる傍付きのメイドが離れてから、十分も経たないうちに戻ってきた
「お待たせいたしました」
「大丈夫よ。わかったかしら?」
「はい。こちらの紅茶を購入したお店は、“セレスティーチャー”という名前だそうです。お店の場所と紅茶の名前を記した紙を、こちらに」
そう言って、彼女は新しい紅茶の缶と、丁寧に書かれた紙を机の上に置いた
「ありがとう」
メイドは静かに一礼すると、新たな紅茶の用意を始める
「……この紙に、お店の場所と紅茶の名前が書かれているわ」
女性はちらりと紙の内容を確認すると、それをベルへと差し出した
「ありがとうございます」
「ええ。それから、これがその紅茶の茶葉よ。あなたに差し上げるわ」
「いいんですか?」
「もちろん。貰ってもらわないと、わざわざ用意させた甲斐がないもの」
「では、有難くいただきます」
「それでいいわ」
紅茶の缶と紙を受け取ったベルは、向かいに座る女性に見えないよう、机の下で素早く空間収納へとしまい込んだ
「……アイテムボックス?」
「あ、はい。そうですよ?」
(見えてないのになんで分かったの?)
「珍しいわね。私の知る限り、貴族令嬢でアイテムボックスを持っているのは、あなたくらいよ」
「ありがとうございます」
「羨ましい限りね……それより、食べなくていいの?」
そう言って、女性はティースタンドを指さした
「えっと……」
「何を遠慮してるのよ……これと、これに……そうね、これとこれもいいわね……はい、どうぞ」
ベルの遠慮に気づいた女性は、小皿を手に取ると、ティースタンドに並べられたスイーツを手早く選んで盛りつけ、にこやかにベルの前へ差し出した
「こんなにいいんですか?」
「もちろん。遠慮なく食べてちょうだい」
「それなら……ありがたくいただきます」
そうお礼を言った直後、横から声がかかる
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
メイドが差し出したケーキフォークを受け取り、ベルは静かにスイーツを口に運び始めた
(やっぱりデザートはいいよ、幸せの味だね)
ケーキを食べて自然と表情が緩むベルの様子を見て、女性は満足そうに微笑み、紅茶をひと口すする
「やっぱり、あなたはそっちの方が似合ってるわよ?」
「?」
ベルはケーキを口に運んだまま声をかけられ、フォークを咥えた状態で首をかしげた
「緊張してたのかもしれないけど……さっきまで、表情がちょっと硬かったわ。今の方が、ずっとあなたらしい」
「えっと……ありがとうございます」
(なんか複雑なんだけど……)
けれど、甘くて優しい味がそんな気持ちも和らげてくれる。
そのままベルは、女性に穏やかに見つめられながら、美味しそうにケーキを口に運んでいた
「んっ、これ……」
先ほどまでニコニコとケーキを食べていたベルの表情が、ぴたりと止まる
「どうかしたの?」
「あっ……えっと」
(言っていいのかな?)
「苦手な味だった?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
「なら、どうしたの?」
「……これ、毒です」
「え!? 大丈夫なの!?」
「すぐに解毒剤を用意いたします!!」
1人のメイドが慌てて駆け出した
「私は大丈夫ですよ。それよりも、あなたは大丈夫ですか? これに毒が入っていたということは、間違いなくあなたが狙われたということになるんですが……」
「私はなんともないわ。それより、食べたあなたの方が心配よ!」
「大丈夫ですよ。私は毒が効かない体質なので」
そう言いながら、ベルは残っていた毒入りケーキを、何事もなかったように一口で頬張った
「ちょっと、何してるのよ!! 今すぐ吐き出しなさい!」
「だいじょぶれすよ。わらひ、どくがきかないのに、たべないのはもったいないので……んぐっ、ごくん」
口にケーキを詰め込んだまま答えるベルの肩を、女性が焦った様子で揺さぶる
「ちょっと! そういう問題じゃないのよ!」
「むぅ……だから、ほんとに大丈夫なんですってば」
「だからって食べるのはおかしいでしょ!」
「ちょ、ちょっと、何するんですか! 下ろしてください!」
「毒食べてるんだから大人しくしてなさい! すぐに治療院に運んであげるからね!」
そう言いながら、女性はベルをひょいとお姫様抱っこし、そのまま勢いよく走り出した