619話 小さな事件
619話 小さな事件
東屋で出会った女性にお姫様抱っこされたまま、ベルは城内の治療院へと運び込まれた
「神官長! この子を見てください!」
「アリア様!? 一体、何があったのですか! とりあえず、そこに寝かせてください!」
神官長はそう言いながら、隣のベッドを指さした
「はい!」
それを聞いて、アリアはベルをそっとベッドへと寝かせる
「さっき庭園でお茶会をしていたのだけれど、その時に毒入りのケーキをこの子が食べてしまったの。一口食べて毒だって分かったのに、残ってたケーキまで食べちゃって!」
「なんで毒だって分かってて食べたの!?」
アリアに続けて、神官長がベルに問いかける
「私、毒が効かない体質なので」
「だからって食べちゃダメでしょ? とりあえず、鑑定させてもらうわね」
そう言って、神官長はベルに鑑定魔法をかけた
「……あなた、もしかして相当強いわね?」
「一応、戦える程度には」
「本当は鑑定だけで済ませたかったんだけど……あなたが強すぎて、魔力に弾かれてうまくいかないわ。だから、こっちを使うわね」
そう言って、神官長は机の引き出しから魔石のような石を取り出した
「それは……?」
「ただの治療用の道具よ。これを手に持って、10秒くらい軽く握っていてちょうだい」
「はい」
ベルは神官長から石を受け取り、言われた通りに軽く握った
10秒後――
「白ね。本当に毒は効いていないみたい」
「本当ですか?」
「ええ。この診断石は、握った相手の症状をある程度教えてくれるの。鑑定ほど正確じゃないけど、それでも“白”が出たなら、毒は確実に効いていないってことよ」
「良かった……また私のせいで誰かが亡くなったらどうしようって……」
アリアは安心したように、その場に膝から崩れ落ちた
「アリア様、どうかご安心ください。この子には毒は効きませんでしたが、アリア様の迅速な対応があったからこそ、たとえ毒が効いていたとしても、すぐに対処できていたはずです」
「だといいけど……それより、誰が毒を入れたのか調べないと」
「そのことなんだけど」
ベルはそっと、アリアに声をかけた
「どうしたの?」
「あの毒、クリームに練り込まれてたから、怪しいのは作った人だよ」
「……わかったわ、作った人を調べてみる」
「それがいいね」
「あなたが全部食べちゃわなければ、もっと調べやすかったと思うんだけど?」
「あっ、えっと……ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。一応聞くけど、クリームに練り込まれてたって確かなの?」
「うん。私の味覚がそう言ってる」
「そう……じゃあ、とりあえずあなたの味覚を信じるわね。ちなみに、毒の種類とかってわかったりしない?」
「これは蛇の毒だね。名前は……シーヴァイパーっていうやつ」
「シーヴァイパー……確か神経毒ね。私を動けなくして殺すのが目的?……とりあえずありがとう、調べてみるわ。私が誘ったのにこんなことになってごめんね。犯人を探さないといけないから、私は先に行くわ。何かあったら呼んでちょうだい」
「はい。もし何かあれば、私もいつでも呼んでくださいね」
「ええ、またね」
そう言って、アリアは足早に治療院を後にした
(まさか、あの人が護衛対象のアリア第1王女だったんだね)
《気付いていなかったのですか?》
《可能性としては考えてたよ。だから俺もちゃんと名乗ってないし、性別も偽ってるからね。やっぱりそうなんだって感じ》
(偽ってる……一人称だけですけどね)
《犯人探し、手伝わなくていいのですか?》
《手伝ってもいいけど、それだと怪しまれちゃうからね。今回はアリア様にお任せかな。ヒントも出したし》
《そうですか》
ピクシーとそんな会話をしていると――
「アリア様が戻ったから一応聞くけど、あなた何が目的でここに来たの?」
「え?」
「え? じゃないよ。その石が白く光ってるんだから、何かあるんでしょ?」
一瞬の沈黙が落ちる
「白って健康って意味じゃないの?」
「白の本当の意味は“隠し事”。健康なら緑色になるよ」
「そんな意味が……」
「まぁ、無理には聞かないわ。白なら敵意がないってことでもあるしね。それと、一応、城内でも気をつけておきなさい。アリア様を狙った毒をあなたが食べて平然としてるってなれば、今度はあなたが狙われる可能性もあるから」
「邪魔者は先に消すってことね……それはある意味、好都合。ありがとうございました。一応、私のことはアリア様には内緒でお願いします」
「わかった。何をするのか知らないけど、うまくやりなさいね」
そう言って、ベルは治療院を後にし、自分に用意された部屋へと戻った
部屋に戻ると、そのままベッドに飛び込み、深く息を吐く
(ふぅ……さすがにさっきの毒が回り始めたかな? 視界がぼやけてる)
《そうですよね。今のマスターは完全無効を解除しているので、一定以上の毒ならある程度は効くはずです》
《だね。まぁこの毒くらいなら視界がぼやける程度だけど》
『浄化』
ベルは静かにそう唱え、毒の状態異常を解除した
《俺に効いてるってことは……その蛇の毒って、そんなに強いの?》
《シーヴァイパーですね。その毒は“中の上”といったところでしょうか。本来なら摂取すると手足が痺れたり、最悪の場合は動けなくなります。でもマスターの場合は視界が霞む程度ですね》
《直接的なダメージはないの?》
《はい。この毒はシーヴァイパーという蛇が狩りに使うものなので、殺すことよりも“動けなくする”ことに特化した毒です》
《ふーん。でもさ、動けなくする毒なのに、なんで視界が霞むの?》
《理由は簡単です。マスターの体は神力などで構成されているため、普通の人とは体の構造そのものが違うのです。この毒は本来、神経を麻痺させたり破壊して動けなくさせるものですが、マスターの場合は神経の代わりに神力が通っているため、その部分には作用しません》
《なるほどね》
《そして、唯一毒が作用できたのが“視覚”に関わる部分だったというわけです。だから視界が霞む程度で済んだのです》
《目には神力は流れてないの?》
《普通に流れてますよ?》
《ならどうして目に効くの?》
《私がそうなるように調節しているからです》
《なぜ?》
《マスターは味覚などで毒かどうか簡単に見抜けますが、もしそれで判別できなかった場合、なんの影響も出なくて毒だと気づけませんよね。だから、マスターの体の中でも症状が出ても問題のない部分――今回は視界にだけ、毒の影響が現れるように調節してあるんです》
《確かに、視界が霞んでも別に困らないしね。目で見なくても見えるから……でも、なんかめんどくさいことしてるね》
《マスターに呼ばれていない時の私は暇なので、勝手に色々と調整させてもらってます》
《まぁ、ピクシーがそれでいいなら別にいいけどさ》
そんな会話をしているうちに、気づけばすっかり時間が過ぎていた
──そしてその日の夕刻
カールン王国に来てから初めての夕食の時間がやってきた