624話 地獄の着替え時間
624話 地獄の着替え時間
アリアがベルの手を引っ張って、無理やりドレスルームへと連れてきた
「どうして私がこんな目に……」
ドレスルームに入ってしまったベルは、すべてを諦めたように小さく呟く
「ベルがもう少しマシな服を着ていたら、こんなことにはならなかったのよ?」
「……これが私の正装です」
ベルは控えめに、しかしはっきりと抗議した
「それ、女の子用じゃなくて男の子用の服でしょ? それよりも、あなたにはこういう可愛いドレスの方が似合うのよ」
「これでいいんです……」
「ダメよ。私はあなたのためにドレスを選んであげるから、ベルはそこから動いちゃダメ。逃げようとしたら、怒るからね?」
「……はい」
ベルは少ししゅんとした様子で返事をした
「あなたにピッタリのを選んであげるわ」
そう言いながら、アリアは並べられた色とりどりのドレスの中から、ベルに一番似合うものを探し始めた
それから数分後――アリアは一着のドレスを手にして戻ってきた
「お待たせ。ベルに一番似合いそうなドレスを選んできてあげたわよ! はい、これ」
そう言って、ベルに手渡そうとする
「いりません」
「着替えないなら、この部屋から出さないわよ?」
アリアはにこっと可愛らしい笑顔を浮かべながら、やんわりと脅迫してきた
「逃げられる方法はありますか?」
「あると思う? あなたがここから出るには、このドレスを着ることだけ。諦めなさい」
(この人……テレスたちと同レベルで厄介だぞ!)
「……はい」
「どうぞ。私は外で待ってるから、早く着替えなさいね。時間が経っても出てこなかったら、私が入って着替えさせるわよ?」
そう言い残して、アリアは部屋を出ていった
扉が閉まった音を聞いて、ベルは小さく息を吐く
「どうしよう……」
ベルは渡されたドレスを広げ、眉をひそめながら困ったように眺めていた
《マスターの選択肢は2つですね。1つは、このまま大人しくドレスを着ること。もう1つは、このまま何もせずに時間が経ち、アリアが入ってきて無理やり着替えさせられること。私的には前者の方がオススメですけどね》
《いや、誰でも前者を選ぶでしょ。この歳になって着替えさせられるのは恥ずかしいよ》
《10歳ですからもう大人ですもんね〜》
ピクシーは小馬鹿にするようにそう言った
「……俺、そろそろ怒っていいと思うんだけど、どう思う?」
ベルはどこか天に向かって問いかけるように呟いた
「はぁ……なんで一ヶ月も経ってないのに、またドレスを着る羽目になるんだよ……」
前回ドレスを着たのは、23日――職業体験5日目の夜、テレスたちの即着の効果を確認した時だった
今日は月が変わって10日
つまり、あれからまだ16日しか経っていない
《諦めてください。マスターが本気で抵抗しなかった時点で、こうなることは確定していたのですから》
「それは……相手が普通の女の子で、しかも王女様だから。本気で抵抗して怪我でもさせたら困るし」
《なら諦めてください。あ、それか私が着替えさせましょうか?》
《遠慮します!》
ベルはピクシーの申し出を全力で拒否した
「着ればいいんでしょ、着れば……。着るから、着方教えて」
《そこからですか》
「当たり前でしょ? ドレスなんてまともに着たことないんだから」
《即着を使えばいいじゃないですか》
「それはそうだけど、一応借り物だから……ね」
《分かりました。私が教えたとおりに着替えてくださいね》
そうして、ピクシーの指示のもと、ようやくベルはドレスに手をかけ始めた
《まずは何が用意されているのかまとめましょう。1つずつ分解してみてください》
「分けたらいいの?」
《はい。スカートの中とか、特に確認してくださいね》
「了解」
そう言ってアリアに手渡されたドレスを広げて確認していくと、それはひとつの衣装ではなく、七つのパーツで構成されていることが分かった
ストッキング、ドロワーズ、ペチコート、コルセット、パニエ、ドレス本体、そして靴
どれも普段ベルが着るような服とはまるで別物だった
「なんかいっぱい出てきたんだけど」
《ドレスを綺麗に着こなすには、全部ちゃんと必要なんですよ》
「めんどくさい……」
《そんなこと言ってないで着替えますよ。先に全体の流れを説明します。まずストッキング、次にドロワーズ。続いてペチコートを履いたら、コルセットで体を締めて……その上からパニエを装着。ドレス本体を着て、最後に靴ですね》
「……聞いたら余計にめんどくさくなってきた……」
《女性の正装とは本来そういうものです》
「これが即着の偉大さか……」
ベルは改めて、即着の存在に心から感謝した
《では順番にいきます。まずは下着を除く服を全て脱いでください》
「はい……」
ピクシーの指示に従い、ベルは服に手をかざしてなぞるように空間収納へとしまっていった
《では続いて、ストッキングを履いてください》
「……はい」
ベルは明らかにテンションが低く、肩を落としながらも渋々ストッキングに手を伸ばす
《続いて、ドロワーズを履いてください》
「……ズボン? 見た感じふわふわしてて動きにくそうなんだけど」
《会場は屋外ですからね。風でスカートがめくれて、アリア様や他の方に下着が丸見えになっても構わないというのなら、履かなくてもいいですよ?》
「やだ……履く」
先程まで渋っていたとは思えない速さでドロワーズを履いた
《続いて、ペチコートを履いてください》
「スカートみたいだけど、これはなんの役割?」
《スカートのふわふわ感を整える役割ですね。他にも、見えたら困る部分を目立たなくする効果もありますよ?》
「ふーん……」
それだけ聞いて、すっとペチコートを履いた
《次はコルセットですね》
「……いる?」
《マスターの体型的には必要ありませんが、ドレスのラインを綺麗にするためには必要です》
「1人じゃ無理です」
《なら分身でもどうぞ》
『分身』
「つけて」
ベルはすぐに分身を出し、背を向けた
分身は無言で手際よくコルセットの紐を引き、ギュッと締める
「……うぅ、ちょっと苦しい」
「はいはい、動くなよ」
分身はあっという間にコルセットを締め終えた
「ありがとう」
そう伝えて、分身を解除する
「すんごいふわふわ……なにこれ?」
《それはドレスのスカートをふんわりさせる役割を持つものですね。ワイヤー入りが主流ですが、今回は長時間座ることを考えて、ワイヤーなしが選ばれているようです》
「ありと変わるの?」
《ワイヤーありだと、その倍はふわふわしますよ》
「まじか……」
そう呟きながらも、ベルはパニエをそっと履いた
《次はドレス本体ですね。これは上からではなく、下からです》
「え……下?」
《はい。オフショルダードレスなので、上からだと肩で詰まってしまいます》
「ふわふわいっぱい付いてるんだけど、下から?」
《大丈夫です。ドレス本体を広げて床に置き、その上に立って、スカート部分を一度まとめて足の間に挟み、そのまま引き上げてください》
「……広げて……立って……まとめて挟んで……引き上げる……」
指示通りに動くと、見事にドレスを着ることができた
《あとは背中にあるボタンを留めるだけです》
「ドレス押さえてるから無理なんだけど」
《分身をどうぞ》
『分身』
「後ろ、留めて」
「高さはこの位置でいいの?」
「ピクシー、どう?」
《問題ありません。そのまま留めてください》
「お願い」
「じゃあ、このまま留めるぞ」
こうしてピクシーと分身の協力により、無事にドレス本体を着ることができた
《最後は靴ですね。普通に履いてください》
「俺、ヒール履いたことないけど……大丈夫?」
《大丈夫ですよ。最悪、足が折れるだけです》
「やめていい?」
《冗談です。このヒールは3cmなので、履き慣れていなくても問題ありません》
「……ならいいけど」
そう言って最後の靴を履き、ついにベルのドレス姿が完成した