627話 逃げ場のないお茶会②
627話 逃げ場のないお茶会②
アリアが紅茶に口をつけたことで、ベルにとっては憂鬱でしかない――けれど、少しだけ楽しみでもあるお茶会が幕を開けた
(この紅茶、昨日のとは違うやつだ。でも、これもいい……なんていうか、フルーティー?)
アリアの動きを確認してから、ベルもカップを手に取り、そっと一口含む。
ドレスに身を包まされていることも、アマリアの視線も気になるけれど――お茶会そのものは、内心ちょっと楽しみにしていた
「今日はただ、友達と集まって美味しいケーキとかお菓子を食べようの会だから、何も気にせず楽しんでね」
「わかりました」
「楽しませてもらいますね」
「やったね! じゃあこれ、もーらいっ!」
誰も手をつけようとしなかったテーブルの上のティースタンドから、ニャルナが勢いよく目当ての一品を取ったことで、静かだった空気がふっと動く。
それを合図にしたように、他の子たちも自然と手を伸ばし、それぞれ好きな物を取り始めた
「ベルも、好きなの取りなさいね」
「はい」
そう促されて、ベルも少し迷いながら、自分の好きなものを手に取った
「一応、みんなの好みに合わせて色々用意したけど……ベルの好みだけは分からなかったから、ケーキはいろんな種類を揃えておいたの。好きなのを食べてね」
「はい」
そう返事をし、ベルは最初に選んだケーキを嬉しそうに口へ運びはじめた
(あの子って、こんな美味しそうにケーキ食べる子だったっけ……?)
ふとした視線に気づく。
アマリアが、じっとこちらを見つめていた
「美味しい?」
「? はい」
ベルが口にケーキを入れたまま、素っ気なくも簡潔に答えると、アマリアは小さく笑った
「そっか……可愛いわね」
アマリアがぽつりと呟くのを、ベルは聞こえていながらも気に留めず、マイペースにケーキを食べ続けていた――
それからしばらくの間、ベルを除く参加者4人は世間話を楽しみながら、穏やかにお茶会の時間を過ごしていた。
一方でベルだけは会話に加わることなく、静かにケーキを食べ続けていた
「そういえば、どうして急にお茶会をしようってなったの?」
アマリアがふと問いかけると、アリアは少しだけいたずらっぽく笑いながら言った
「これ話したら、ちょっと楽しめなくなるかもしれないけど……いい?」
「そんなの言われたら、逆に気になるわよ?」
「そんなことないと思うけど……ミルディとニャルナも聞きたい?」
「私も気になります。今までアリアさんが事前に予定を聞かずに、“今日お茶会をするから来る?”なんて言ってきたこと、1度もなかったですもの」
「そうそう、私も同じ!」
ミルディもニャルナも、理由が気になっていたようだった
「なら話すわね。聞いてから文句を言っても、私は知らないから」
アリアはそう前置きしてから、ゆっくりと理由を語り始めた
「昨日ね、私があそこでティータイムを楽しんでいたら、ベルに出会ったの……ね?」
「あ、はい」
(昨日のこと話すんだよね、ほんとに話していいものなのか?)
アリアは指をさして場所を示しながら、ケーキに集中しているベルに問いかけた
「ベルに出会って、見たことない子だったからティータイムに招待したの。それで、今みたいに紅茶を出して、ケーキもあげて――楽しんでもらってたの」
「今のベルちゃんを見ていると、なんとなく想像できる光景ね」
「確かに」
アマリアとミルディはベルを見ながら、同じことを思ったように頷いた
「でしょ? 可愛かったからどんどんケーキを食べさせてたら、事件が起きたの」
アリアはそう言って、少し意味深に間を置いた
「事件……ですか?」
「そう。なんだと思う?」
ミルディがそう聞くと、アリアは問題を出すような口ぶりで問い返した
「ティータイムってことは……紅茶をこぼしちゃったとか?」
「残念。そのレベルなら全然マシね。もっとすごい事件よ」
「じゃあ、突風とかでめちゃめちゃになったとか?」
「それも残念。確かに大変だけど、違うわね」
「じゃあ、何が起きたの?」
アマリアは自分の答えが違うと分かると、すぐに答えを知りたがった
「じゃあ答えね。正解は……ベルにあげたケーキに毒が入ってたみたいなの」
「ほんとに!?」
「えっ!?」
「思ったよりすごい事件だった!!」
3人は、想像していたよりもはるかに大きな事件に、かなり驚いた様子だった
「食べちゃったの?」
「うん。ベルは一口で毒に気付いたのに、そのあとに残ってたケーキを、パクッて一口で全部食べちゃったのよ。変でしょ?」
「それ、大丈夫なの? 食べたなら命が危ないかもしれないじゃない!」
「まぁ、見ての通り元気だから安心して」
「私、毒効かないので」
「だからって食べちゃダメでしょ……」
ベルのあっさりした一言に、アマリアは力なくツッコんでいた
「昨日のティータイムが、毒のせいで中断しちゃったから……今日はレベルを上げて、ティータイムから“お茶会”に昇格! ってわけ」
「そういう理由だったのね。だから事前に予定も聞かずに、突然今日だったのね」
「そういうこと。ベルがいつ帰るのかも分からなかったから、早めにやろうって思ってね」
「なるほどね」
「一応聞くけど、ベルっていつ帰っちゃうの?」
「私ですか?」
「ベルって名前の子、今この場にあなたしかいないわよ」
「予定が狂わなければ……21日の朝ですかね」
「意外と長くいるのね。なら、こんなに急いで準備する必要なかったじゃない」
アリアは1人で肩を落として、呆れたように答えていた
「その話聞いたら、食べづらくなったじゃん!」
事件の話を聞き終えて、ニャルナが文句を言ってきた
「あら? 聞きたいって言ったのはそっちでしょ?」
「ぶ〜」
ニャルナの文句を聞き、ベルは落ち着いた様子で口を開いた
「毒なら気にせず食べて大丈夫ですよ。私が確認してますから」
「……どうしてそう思うの?」
ニャルナがむくれながらも、少しだけ警戒してそう尋ねた
「私が全部確認して、大丈夫なものしか残してませんよ」
「えっ……?」
「ベル、ちょっと待って……毒、入ってたの?」
「さぁ、どうでしょう。真相は――食べてる私にしか分かりません」
ニャルナとアリアの反応を横目に、ベルは特に気にする様子もなく、にこにこと笑っていた
「そんなこと言ってると、そのお皿のケーキ、全部没収するけどいいの?」
「それはダメです。これはもう、私のですから」
ベルはそう言いながら、ケーキの乗った自分のお皿を両手で大事そうに隠した
「なら、教えなさい」
「……じゃあ、アリアさんに特別にこれをプレゼントします」
そう言って何も気にする様子もなく、ベルは空間収納に手を入れ、1つのメガネを取り出した
「メガネ?」
「耳を貸してください」
「……?」
アリアはベルの言葉に首をかしげながらも、素直に耳を近づけた
「今から言うことは、私とアリアさんだけの秘密です。誰にも話しちゃダメですよ」
「わかったわ」
ベルはアリアの耳元で小さな声でそう告げ、アリアも同じように小さく返事をした
「このメガネは、かけると毒物が見えるようになります。毒が入っている食べ物は、そのものが赤く見えるようになります。物に塗られている場合は、塗られている部分だけ赤く光って見えるようになるので、それで毒を見分けてください」
ベルは周囲に聞こえないよう、さらに声を潜めて続けた
「少し前に入っていて、昨日も入っていたということで……これ、プレゼントします。ただ、今は“毒を入れられている”だけで済んでいますが、このメガネのことがバレたら、アリアさん自身が直接狙われるかもしれません。だから、くれぐれも気をつけてくださいね」
「わかったわ」
「一応いろいろと偽装はかけてますが、念のため“最近ちょっと目が悪くなってきた”っていう体で、常にかけておくことをおすすめします」
「常にって……お風呂とか寝るときも?」
「……じゃあ、外すときは“戻れ”、かけるときは“出て来い”って念じてください。そうすれば肌身離さずに済みますし、誰かに調べられてバレることもありません」
「なにそれ……」
「あとで試してみてください。どうぞ」
アリアの疑問をあえて拾わず、ベルはそっとメガネを手渡し、耳元から静かに離れた
「かければいいのね?」
「はい」
そう確認してから、アリアは手にしたメガネをそっとかけた
「……かけたけど、特に何も変わら……って、ちょっと!!」
「何するんですか!」
アリアは、目の前のベルがフォークをケーキに刺した瞬間、その手をがしっと掴んで止めた
「何するって……そのケーキ、思いっきり赤いじゃない! なんで普通に食べてるのよ!」
「美味しいから?」
「……はぁ、没収」
「ああっ、私のケーキが……」
アリアはため息をつきながら、ベルの皿を容赦なく取り上げていた
「さっきから何を話してるの? コソコソし始めたと思ったら、今度はベルのケーキを没収したり……なんか赤いとかなんとか?」
様子を見ていたミルディが、首をかしげてそう尋ねてきた
「ここに居る子たちには話してもいい?」
「じゃあ、私が説明しますね」
(あ、ダメなんだ)
「ベルの方が詳しいと思うし、その方がいいわね」
「では、アマリアさんとミルディさんとニャルナさんにも、これをどうぞ」
そう言って、ベルは3人に小さなメガネを手渡した
「これは?」
「アリアさんのと同じものですね」
「なにこれ?」
不思議そうにメガネを受け取る3人
「それは、とある“もの”が見えるようになるメガネです。試しにかけてみてください」
促されるまま、3人は疑いもせずにメガネをかけた
「なにこれ?」
「モヤモヤ……?」
「不思議、何が見えてるの?」
3人は視界を泳がせながら、周囲を見回していた
その隙に、ベルはアリアにそっと近づき、小さく囁く
「――合わせてくださいね」
「えぇ」
短く言葉を交わすと、ベルはすぐに自分の席へと戻っていった
「これは、なんだと思います?」
「分からないわ」
「うん、分からない」
2人が首をかしげる中、アマリアだけが即座に答えを出した
「これは“魔力”ね。魔力眼を魔道具で再現したのかしら? よくこんなことできたわね」
「よく分かりましたね」
驚くベルに対し、アマリアは軽く頷く
「相変わらずアマリアさんはすごいですね。私たちは全然わからなかったのに」
「ほんとアマリアさんはすごいね。やっぱり頭の回転が早いからかな?」
「そうかな? そんなに頭が良いつもりはないけど……」
「……無自覚の天才ね」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それで、魔力が見えて……それをどう使うの?」
2人の称賛を軽く受け流しつつ、アマリアは核心へと切り込んだ
「魔力って、人それぞれ色が違うんです。たとえば、アリアさんなら水色。アマリアさんは薄い黄色、ミルディさんは黄緑色、ニャルナさんは……薄い紫色って感じですね」
「不思議ね、人によって色が違うなんて」
「魔法の適性――つまり得意な属性によって、色が変わるんです……まぁ、それは置いておいて」
ベルの表情が少し引き締まる
「魔力って、物に触れたときに少し残ることがあります。魔力を込めた時や、長時間触れていた時に、ですね。昨日、ケーキに毒が入っていたって話、覚えてますよね? その時に出されたケーキには、赤色の魔力が宿っていました。そして、さっき私が食べようとしたケーキにも――同じ赤い魔力が残っていたんです」
「つまり……同じ人が、触ったってこと?」
「はい。メガネを渡した時にそのことをアマリアさんに伝えたら、同じ魔力が付いていたなら毒の可能性もあるってことで、ケーキを没収された……というわけです。悲しいですね」
そう言ってベルは肩を落とした
「なるほど。毒の可能性があるものは、排除するべきよね」
アマリアは腕を組みながら、淡々と答えた。表情は冷静そのものだが、どこか呆れが滲んでいる
「私、毒が効かないのに……取り上げるなんて酷いですよね」
ベルは頬をぷくっと膨らませ、不満げに眉を寄せた
「毒が効かないからって、わざわざ口に運ぶ人は珍しいわ。でも……いたね、目の前に」
アマリアは小さくため息をつきながら、ほんのわずかに口角を上げた。呆れ半分、呆れた分だけ笑いが混じったような微妙な表情だった
「ほら、文句言ってないで普通の食べなさい。こっちならいくら食べてもいいから」
アリアは安全なケーキを皿に取り分け、そっとベルの前に差し出した。
その優しい仕草に、ベルはふっと笑って受け取り、ゆっくりと食べ始めた
それから少しして
「もしかして……さっきまで何も話さずにケーキばっかり食べてたのって、私たちが毒入りの可能性があるケーキを食べないようにするため?」
アマリアが静かに尋ねた
「どうでしょうね」
ベルは問いをはぐらかすように微笑み、軽く首をかしげた
ささやかな騒動のあとも、お茶会の時間は穏やかに流れていった。
笑い声が重なり合い、甘い香りと共に、心地よい午後のひとときが続いていく