628話 お茶会に一筋の波乱?
628話 お茶会に一筋の波乱?
ティースタンドのスイーツが、いつの間にかほとんどなくなっていた頃。
ベルは変わらず静かに、淡々とケーキを口に運んでいた
その時
「……なにこれ」
食べる手は止めることなく、ベルは頭の左側へ飛んできた“何か”を、無意識に伸ばした左手の人差し指と中指で止めていた
意識は完全にケーキに向いていたためか、指にはほとんど力が入っていない。
結果として、その“何か”をへし折ってしまうこともなかった
それでも、細長く硬質な感触だけは、指の間に確かに残っている
「それ、どうしたの?」
左斜め前に座っていたミルディが、驚いたように声を上げる
「矢……? 矢なんて持って、今度は何を始める気?」
続いてアマリアが、少し身を引きながら警戒の声を上げる
「私は見てたわ。ベルを目がけて飛んできたの。それを、受け止めたのよ」
アリアはすぐに立ち上がり、メイドたちへ鋭く指示を出す
「捕まえる?」
「もちろんよ。私が主催してるお茶会を邪魔するなんて、許さないわ。あなたたち、今すぐ――」
「……危ないから、みんな止まって」
アリアが動かそうとしたメイドたちを、ベルの静かな声が制した。
不思議とその一言には逆らえない力があり、メイドたちは一斉に動きを止める
ベルは皿に残っていたケーキを一口で食べきり、ゆっくりと立ち上がった
「血が苦手なお嬢様方は、目を瞑っていてください」
そう前置きしてから、ベルは手にしていた矢に目を落とす
矢は、ごく普通のものだった。
先端には鉄の三角刃が取り付けられ、棒は軽い木製、後ろには白い羽が3枚
けれど次の瞬間
その“普通の矢”は、ベルの手の中で静かに変化する
ギリ……ッ
鉄の先端ごと、木の棒も羽も含めて、ベルは矢を縦に3つに裂いた。
まるで紙を破るように、何の抵抗もない自然な動作だった
「そこ」
ベルは裂いた1本を軽く持ち直すと、ダーツのように正確に放った
「それから、そこ……そして、そこ」
残りの2本も、同じように手早く投げられる。
その軌道には一切の無駄がなく、まるで最初から敵の居場所が見えていたかのようだった
静かな空気の中、甘い香りに混じって、異質な気配が一気に立ち込めていく
「探すなら、私が矢を投げた方向を探してみて」
その一言を残して、ベルは再びティースタンドのケーキへと手を伸ばす。
まるで、何事もなかったかのように
「よく分からないけど……みんな、この子が今矢を投げた方向を探してみて」
アリアがそう告げると、メイドたちはすぐに動き出し、矢の飛んだ方向へと散っていく
しばらくの静寂の後、アリアがベルに目を向けて言った
「正直に話して。あなた、今……何をしたの?」
「敵の居場所が分かったので、矢を投げました」
「……1本だったわよね? でも、あなたは3回投げた。その矢は?」
「1本を、3つに分けました」
「どうやって?」
「手で、こう……スッて」
そう言いながら、ベルは手で物を裂くような仕草をしてみせた
「見てたからわかるけど……先端、鉄だったよね?」
「そうですね。ただの木より、鉄があった方が刺さりやすいと思って残しました」
「……そういうことじゃなくて。鉄を、素手で裂いたの?」
アリアは半ば呆れたように問いかけた
「ですね。特に道具は使ってないので」
「はぁ……もう、なんなのあなたは」
深いため息をつきながらも、アリアはベルのもとへ歩み寄った
「矢を受け止めたり、素手で裂いたりしてたけど……手は大丈夫?」
そう言って、アリアはベルの両手をそっと手繰り寄せ、じっと見つめる。
その目には、驚きよりも心配の色が濃く滲んでいた
そんな様子をよそに、メイドが1人、足早に戻ってきた
「お嬢様。矢が飛んできた方向で、不審な人物を発見いたしました。足に矢を受けて蹲っており、すでに拘束しております。いかがいたしましょうか?」
戻ってきたメイドは、アリアの耳元で小声で報告する
「……本当にいたのね。捉えた3人は牢に入れておいて。後で尋問してもらって、昨日の件と関係があるか調べさせるわ」
「かしこまりました」
短くそう答えると、メイドはすぐに動き出した
アリアはその背を見送りながら、ふいにベルを振り返った。
その瞳には、これまでに見せたことのない真剣な光が宿っていた
「単刀直入に聞くわ。どうして敵の位置が分かったの?」
ベルは特に表情を変えることなく答える
「ただの魔力感知です」
「それにしては、全員、見事に足に矢が刺さってるようだけど?」
「狙いましたから」
アリアはしばし沈黙し、そして静かに問いかけた
「……まあいいわ。ただ一つだけ。あなたは、私たちの味方よね?」
「それはもちろんです」
「じゃあ、あなたの正体も教えて」
「それはできません」
「どうして? 味方なら、隠す必要はないと思うけど」
「どうしてもというなら、アリアさんのお父様、国王陛下にお聞きください。私は陛下にだけは、しっかり名乗ってあります。それ以外の方には、陛下のご許可のもと、名乗らなくてもいいとされていますので」
「……お父様がそう許可したということは、信頼に値する人ってことね。現に2度も、あなたに命を救われてるし……信頼してるわ」
アリアはそう言って、ふっと微笑みを浮かべた
その穏やかな空気を破るように、先ほどのメイドが足音荒く戻ってくる
「お嬢様! 捉えていた3人のうち1人が、逃走しました!」
「え!? どういうことなの?」
「拘束していたメイドを振りほどき、現在逃走中です。周囲の者が捜索に向かっていますが……」
「こちらに怪我人は?」
「いません。ただ、逃げた敵の姿を見失ってしまったようで、捜索に難航しています」
「なぜ見失ったの?」
「目撃したメイド曰く、“目の前から突然消えた”と。おそらく、この場に張られている結界の効果をすり抜ける魔道具か、何かしらの特殊な手段が使われたのではと……」
「そう。見つけ次第、拘束して。けれど、相手が何を持ってるか分からない以上、身の安全を最優先に」
「かしこまりました!」
メイドは一礼し、そのまま駆け戻っていった
アリアは小さく息を吐き、ベルの方へと視線を向けた
「ベル。さっき敵の居場所が分かったあなたなら、また見つけられるんじゃない? ……って、あれ? ベルは?」
驚いたように目を見開きながら、辺りを見回す
けれど、さっきまでベルが座っていた場所には、もう誰の姿もなかった
「ベルなら、さっきのメイドが“敵が逃げた”って報告した時に、すぐどこか行ったよ?」
アマリアが落ち着いた声で言った
「いつの間に……」
アリアがぽつりと呟き、わずかに眉を寄せる。
その横で、アマリアは腕を組みながら静かに言葉を継いだ
「あと、あの子は絶対に敵に回さない方がいいよ。あくまで私の勘だから、話半分で聞いてもいいけど……あの子、ほんとにダメ。たとえばクラーケンとかリヴァイアサンとか連れてきても、多分意味ないわ」
「……アマリアは、知ってるの? あの子の正体」
アリアが少し身を乗り出し、探るような視線を向ける
「知ってるっていうか、会ったことがあるの」
アマリアは少しだけ視線を逸らし、どこか曖昧に笑った
「何者なの?」
「う〜ん……あの子自身が隠してるみたいだから、教えない」
「今いないんだから、教えてよ」
アリアは軽く口を尖らせて抗議するように言う
「今日別れたあと、私に一生会えなくなってもいいなら、教えるけど?」
アマリアはわざとらしく肩をすくめ、悪戯っぽく微笑んだ
「……アマリアって、マーベルドの第1王女だったわよね?」
「そうよ? だけどそんなの、ベルには関係ないわ」
アマリアはさらりと答えながらも、わずかに視線を鋭くする
「正体とかがダメなら……どんな人かくらいは教えてもいいんじゃない?」
アリアが少し諦め気味に尋ねると、アマリアはふっと息をついて応じた
「正体が分からないってだけなら……そうね、とにかく“強い”ってこと。それから、“何をしでかすか分からない”って感じ」
「……それ、ちょっと怖いわね」
アリアが眉を下げ、小さく呟く
「強さだけで言えば、ね。味方でいてくれる限りは、何が来ても大丈夫って思えるぐらいの安心感はあるわ。敵が現れたら、さっきみたいにちゃんと守ってくれる……安心してていいと思う」
(テレスが手紙でそう言ってたから、間違いないでしょ)
「……そうね」
アリアはわずかに目を伏せてから、微笑んだ。
気づけば周囲の空気も、少しだけ柔らかくなっていた
それでも正体をめぐる探り合いは、ベルが戻ってくるまで 、静かに続いていた