LNCrawler

629話 お茶会の影で

転生して進化したら最強になって無双します — novelba.com · All chapters

629話 お茶会の影で

ベルは、拘束していた敵が逃げたと聞いて、すぐに立ち上がった

(……綺麗に腱を撃ち抜いたはずなんだけど。よく逃げられたね)

心の中でそうつぶやき、ベルは静かに歩き出す。

やがて足取りは小さく加速し、音もなく庭園を駆けていった

逃げた敵の気配を、まるで楽しむように――

「そこで、何してるの」

ベルは、一見何もない空間に向かって声をかけた

「……バレてないよな? じゃないよ、何してるの」

「お嬢さん、いきなりどうしたの?」

「私に向かって矢を撃ったくせに、よくそんな平然と話せるね」

「バレてんのか……まぁ、そうだよな。見事に受け止めた上に、返してきやがって」

先ほどまで誰もいなかった木の陰から、1人の若い男が姿を現す

「“撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけ”――っていう有名なセリフがあってね。それに習って、打ち返してあげただけだよ」

「そんなの聞いたことねぇよ……で、どうすんだ? 俺を捕まえるか?」

「どうしよっかな。私なら今ここであなたを消すこともできる。でも、もし“今後一生王族には手を出さない”って誓ってくれるなら……逃がしてあげてもいいよ」

「知るかよ、ばーか。俺らはな、今の王族の考えを正すために動いてんだ。意見が変わるまで、俺たちはやめねぇよ」

男は余裕たっぷりに言い放った

「……君がそんなに余裕そうなのって、これがあるから?」

そう言ってベルは、片手に大きめのガラス玉のような物を見せつける

「っ!? てめぇ、いつ盗みやがった!」

男は一気に顔色を変え、慌ててズボンのポケットを探る。

だが、そこに目的のものはもうなかった

「見た感じ、簡易回復魔法と隠密、それから……ちょっとした攻撃魔法ってとこかな?」

ベルは玉を軽く弄びながら、おもちゃを品定めするような目で言った

「返せ……」

低く、押し殺したような声が漏れる

「ほい」

ベルはあっさりと応じ、手にしていた玉を軽く放り投げて返してやった

男はすぐに手を伸ばしてキャッチする

……が、その手はわずかに震えていた

「……なんのつもりだ」

警戒と困惑が入り混じった視線を向けてくる

「お前じゃ、私には勝てない。だから――せめてもの情け、ってやつ」

ベルは微笑み、軽く肩をすくめた

「だってさ。お前が逃げるには、私を倒すしかないでしょ? その希望ぐらいは持たせてあげなきゃ」

「舐めやがって!」

男が声を荒げ、手を横に振る。

巻き起こった風の魔力が鋭い刃となり、ベルへ飛んでくる

「おっと」

ベルは軽くジャンプし、その風の刃をひらりとかわした。

足元の草が切り裂かれ、風に舞う

「使い方までは確認してなかったけど、そうやるんだね。お返し」

同じように手を横に振ると、今度はベルの風の刃が男へと放たれる

「ふっ……俺には効かねぇぜ?」

男がニヤリと笑った瞬間、風の刃が体に届く。

だが触れた途端、霧のように消滅した

「へぇ……魔法無効まで持ってるんだ。珍しいね」

「神が俺に与えてくれた最強の力だ! 魔法使い連中は俺には勝てねぇよ、オラァ!」

叫びながら、男は次々と風の刃を放ち、連続攻撃を仕掛ける

(この程度の攻撃……少しくらいなら受けても平気かな)

《借り物なので、ドレスだけは守ってくださいね》

《あ、確かに……じゃあ、ドレスに向かうやつだけ消して、あとは――わざと当てとこっか》

風の刃がベルの腕や肩をかすめ、血がにじむ……ように見えるだけだった

男の顔に、手応えと勝利の色が浮かぶ

(……その顔、待ってたよ)

ベルは口元に薄く笑みを浮かべ、静かに告げる

「ひとつ、いいことを教えてあげる」

「あ? 負けを認めるか?」

「お前の攻撃は精度が悪い。それから――魔法道具に頼りすぎ。無効化するね」

そう言って、ベルはチョキの形にした指で、空中を切る仕草を見せた

「……は? ……魔法が出ねぇ!? てめぇ、何をした!」

何かを感じたのか、男は手を横に振ったが、風の刃が出ることは無かった

「お前と魔法道具の接続を切断したの。魔法で体と魔道具を繋いでたみたいだから、それを少し切っただけ」

「なんだよそれ、俺は知らねぇぞ!」

「その魔法道具を渡した人が勝手に繋げたんじゃない? そうじゃなきゃ、本来は接続なんてなくても発動できるんだから」

諭すように、ベルは魔法道具の仕組みを簡単に説明する

「まぁ、接続を切ったついでに、壊しておいたけどね?」

小さく、えへっと笑いながら付け加えた

男はポケットにしまっていた玉を取り出す。

次の瞬間――

ぽろり

音もなく、手の中で2つに割れた

「……まじかよ」

断面まで綺麗に、最初からそうだったかのように真っ二つだった

「お前の攻撃手段は、もうなくなっちゃったけど――どうするの?」

「ふっ、それはそっちも同じだろ? 見た感じ魔法使いだ。だが俺には魔法無効がある……どうする?」

ニヤリと笑いながら問いかける

「――一体誰が、私を魔法使いだと言った?」

その言葉と同時に、ベルの姿がふっと消える。

次の瞬間、男の横に現れ、右手の拳を静かに握りしめていた

「は……?!」

気配に気づき、飛び退こうとした男だったが――

「遅いよ」

可憐な見た目からは想像もできない、教本のように完璧なフォームで繰り出された拳が真っ直ぐ、男の腹を捉えた

「ぐはっ……!」

男は腹を押さえ、その場に崩れ落ちる

「やりすぎて殺したらアリアさんに怒られちゃうからね。今はこの程度で許してあげる……次にお前の仲間が私たちを狙ったら、その時はタダじゃ済まないと思え」

遠くから、メイドの走る足音が聞こえてきた。

ベルは男の前にしゃがみ込み、膝に肘をつき、顎を両手に乗せる。

小首をかしげ、退屈そうに――けれど楽しげに見下ろして微笑んだ

「この後、お前は捕まって、牢屋で尋問されると思う。そこで仲間の情報をちゃんと話せば、私がみんな生かして捕まえてあげるよ。もちろん、お前もね」

優しげな口調、けれど目だけが笑っていない

「……でも、話さなくてもいいよ? その時は――お前も、仲間も、全員死ぬだけ」

甘くささやくように告げ、ベルは男の耳元に顔を寄せる

「選んでいいよ。どうせ答えを聞くのは、私じゃないけどね」

すっと立ち上がったベルは、駆け寄ってきたメイドへ視線を向ける

「お願い、捕まえて。壊れ物だから、優しくね?」

その場に集まった使用人たちは、行方の分からない犯人を捜すため、何が起こるか分からない状況を想定して複数人ずつに分かれ、庭園内を走って探索していた

そんな彼らがベルに呼び止められ、向かった先で目にしたのは、お茶会に参加していた可憐な少女1人のすぐ傍で、すでに倒れている人物だった

誰もが状況を飲み込めず、ここで一体何が起きたのか、理解できない様子で立ち尽くしていた

ベルはそれだけ言い残すと、何事もなかったかのように踵を返す。

軽やかな足取りのまま、お茶会の席へと戻っていった