630話 静かな約束
630話 静かな約束
逃げ出した敵を無力化してメイドに引き渡したあと、ベルはまるで何事もなかったかのようにお茶会の場へと戻ってきた
「何、何事もなかったかのように席に戻ろうとしてるのかな?」
「……あ〜……ただいま?」
「そういうことじゃないわよ。戻ってきたってことは、逃げた敵は捕まえたのね?」
「……なんのことでしょう? 私はちょっとお花摘みに向かっただけですよ」
ベルは無邪気に笑いながら、こともなげに誤魔化そうとする
「……まぁいいわ」
「はいっ」
素直に返事をしながら、ベルは元の席へと腰を下ろした
そしてふと、アマリアの方を向くと、さらりと告げる
「あ、アマリアさんは後で私の部屋に来てください。お話があります」
「え?」
「急に?」
「さっきのホントなの?」
「もし来なければ、明日、学園まで迎えに行きますからね」
ベルの何気ないその一言に、アマリアは一瞬だけ目を見開き、ふっと力を抜いたように笑った
「……うん。みんな、ごめんね、私……ほんとに、さよならかもしれない」
周囲の子たちは、哀れみの顔でアマリアを見つめる
「ほらね、言ったでしょ? ベルって、こういうところがあるのよ」
「いない間に話してたこと、気づかれてたのね……全部、私のせいだわ。私が無理に追求したから……ごめんなさい」
「いいのよ……頑張って説得するから、この子は話だけはちゃんと聞いてくれる……はず」
ベルは、アリアとアマリアがそんなことを話しているのを気にも留めず、紅茶を口に運んでいた
その後は何事も起こらず、穏やかな時間だけが静かに過ぎていき――お茶会は、幕を下ろした
「みんな、今日はありがとね」
「私は今日が命日になるかもしれないけど……楽しかったわ」
「いえいえ、私も楽しかったので構いません」
「楽しかったからいいよ! また誘ってね!」
「ありがとうございます、楽しかったです」
それぞれがアリアにお礼を伝えていた
「この後ベルに色々聞きたいことはあるけど、私はさっきの連中の処理をしないといけないから、好きにしてちょうだい」
「はい」
「アマリアは……頑張って」
「……わかってる」
わずかに唇を噛みしめながら、アマリアは小さく頷いた
「2人はまた明日、学園でね」
「はい、また明日お会いしましょう」
「またね!」
そう言って、2人はそれぞれの方法で帰って行った
アリアは捕えた相手の処理へと足を運び、ベルは何事もなかったかのように自室へと戻っていく
そしてアマリアだけが――静まり返った庭のテーブルに、ぽつんと1人残っていた
目の前には先程まで誰かと囲んでいた席、カップに残った紅茶も、すっかり冷めている
ゆっくりと風が吹き抜ける中、アマリアは小さく息をつきながら、黄昏れていた――
……日はゆっくりと傾き、庭の影が少しずつ伸びていく
「そろそろ行きましょうか」
アマリアは椅子から立ち上がると、意を決したように歩き出した
そして今、ベルの部屋の前に立っている。
アマリアの胸には、妙な緊張と不安が残っていた。
さっきのベルの目が、あまりにも優しくて、あまりにも冷たかったから――
ベルの部屋の扉をノックする手が、わずかに震える。
それでも逃げずに、扉を叩いた
「……入っていいよ」
中から聞こえたのは、いつものように柔らかい、けれどどこか淡々とした声だった
「失礼します」
そう言って、アマリアはベルの部屋へと入った
「呼び出した理由は分かる?」
「はい……私が、みんなにベルド君の話をしたことですよね」
部屋に入ると、ベルは椅子に座っていた。
その声は、いつもの優しさを感じさせない、どこか冷たい響きで――アマリアは思わず敬語になっていた
「そうだね。私……ううん、俺がここにいる理由は分かるかな?」
「いえ……ドルナードとマーベルド以外に行かれたって話は聞いていませんし、正直、検討もつきません」
「だよね。俺がここにいるのはアリアさんの護衛をするためなの。それも極秘でね」
「アリアの護衛……ですか」
「そう。この国の国王のルーカスさんの依頼でね、アリアさんが護衛を嫌がるから、俺は極秘で護衛を任されているの」
「そうだったんですね」
「それなのにアマリアさんが俺のことを話すと、アリアさんに気づかれる可能性があるの……分かる?」
「はい」
「だからやめてね」
「すいません」
「あと、俺がここで何をしたのかは誰にも話さないで」
「……“何をしたのか”とは、具体的にどのようなことを?」
「……俺がドレスを着てたこととか、可愛く振舞ってるところとか、そういうの全部」
「もし話した場合は?」
「お望み通り、消してあげましょうか? 先程、俺の事を散々悪いように言ってましたよね? 全部、知ってますよ?」
ニコッと笑ったベル。
しかし、その目は一切、笑っていなかった
「すいません、私はまだ死にたくありません」
そう言いながら、アマリアは深く頭を下げていた
「じゃあ、ここで話した内容……」
「はい」
「アリアさんに、俺に関する情報を伝えるのも含めて、護衛が終わる21日までは、絶対に口外しないでください……21日を過ぎたら、アリアさんに話す分には構いません」
「わかりました」
「伝える内容自体に、特に制限はありません。日付さえ守ってくれればね」
ベルは淡々と続ける
「ただし、ここで見た俺の姿……ドレスを着ていたことや、可愛く振舞っていたこと。そういう話は、アリアさんにも、誰にも話さないように言っておいてください。必ずです」
一瞬、部屋の空気が冷える
「もちろん、アマリアさん自身も含めて、です」
「……はい」
「改めて言いますが、ここでの俺の姿や振る舞いについては、絶対に他の誰にも話さないでください。これは期間とかなく、一生です」
「はい」
「もしテレスたちに知られるようなことがあれば――アマリアという存在自体を、この世から消し去ります。そのつもりでいてください」
「……はい」
アマリアは内心で息を呑みながら、ベルの「存在を消す」という言葉の重さを噛みしめていた
「この2つを守ってくれるのでしたら、もう大丈夫です」
「……それじゃあ、私は消されずに済みますか?」
「はい」
「……はぁ、良かった……」
アマリアは心から安堵したように息をつき、張り詰めていた緊張がほどけたせいか、目元にうっすらと涙がにじんでいた
「それと、ずっと気になってること、聞いてもいいですか?」
「ん、いいよ。何?」
「なんで……俺、そんなに“心無い人”だと思われてたんでしょうか?」
「ベルド君は、力も権力も知識も……全部持ってるから。やろうと思えば、王女の1人くらい……なかったことにできるんじゃないかって」
「……あのねぇ。そもそもアマリアさんは、テレスの大事なお姉さんなんだよ? そんな人を手にかけるなんて、絶対にありえないでしょ」
「でも……やろうと思えば、その力はあるでしょ?」
「確かに、簡単にできる。でも、そんなこと“する理由”が俺にはない。だから安心して」
「圧倒的に強い者は、弱者をどうにでもできる。だから……そう言われても、やっぱり怖いのよ」
「俺は――犯罪を犯した人以外には、できるだけ優しく接してるつもりですよ」
「前にテレスから聞いたんだけど、ベルド君は成人前の子には特に優しいって……ねぇ、私はどう?」
「何歳ですか?」
「あら、女性に年齢を聞くなんて?」
「……」
ベルは無言のまま、ジト目でじーっとアマリアを見つめていた
言葉がないぶん、その視線だけが静かに突き刺さる
「ごめんって! 怖いからあんまり見つめないで。今年で18よ」
「18……?」
まさかの数字に、ベルは小さく首を傾げた
「アリアさんって15歳ですよね。なんで同じ学年なんですか」
「私の入学が色々あって遅れたの。だから18歳だけど、私も3年生」
「そんなことあるんですね」
「色々あったのよ……」
アマリアはそれ以上踏み込まれたくないのか、軽く笑って話を流す
「ここの学園自体、12歳以降なら何歳でも入学していいって感じだからね。私もそれで許されてるの。それに、年齢と学年が合わない人なんて結構普通にいるわよ?」
「そうなんですね」
ベルは一度納得したように頷き、少し間を置いてから続けた
「アマリアさんは18歳……ですか。それなら判定外にはなりますが……」
一瞬だけ、意味ありげに視線を細める
「特別に含めてあげてもいいですよ?」
「あら、いいのね」
「はい。テレスのお姉さんなので、特別扱いです」
「ありがと。でも……その“判定されたら”って、どうなるの?」
アマリアは、ベルが「成人前の子には特に優しい」という意味を、改めて確かめるように尋ねた
「その子たちの望むことなら、なんでもやってあげる……みたいな感じですね」
「例えば?」
「例えば……そうですね。頭を撫でてあげたり、欲しいものをあげたり……この前は子供たちのために魔道具も作りましたよ」
「欲しいものって、何をあげたりするの?」
「基本はおもちゃですね。あとはぬいぐるみなんかも渡したりします」
「じゃあもし、“ドラゴンちょうだい”とか言われたら?」
「ありますよ?」
「うわっ!!」
ベルの隣に空間収納の穴が開き、そこから――つやのある鱗をまとった巨大なドラゴンの頭が、静かに顔を覗かせた
圧倒的な存在感に、アマリアは思わず椅子から飛び上がるようにのけぞった
「いきなり出さないでよ!!」
アマリアが叫ぶと、ベルはくすっと笑い――やがて、楽しそうに声を上げた
「あはは、いい反応だったね」
そう言って、頭だけ出していたドラゴンを、すっと収納へ戻した
「いい反応だったねって……誰でもそうなるでしょ! 死んでたとしても怖いものは怖いのよ!」
「ふふっ……さっきの悪口、これでチャラにしてあげる。だからもう言わないでよね?」
(それ言われたら、何も言い返せないじゃない……)
「……わかったわ、そういうことにしておいてあげる」
そんな会話をしている最中――コンコンコン、と扉が3度ノックされた
「お嬢様。ご夕食のご用意が出来ました」
「入っていいよー」
「……かしこまりました。それでは失礼致します」
そう言って、ワゴンを押したメイドが部屋に入ってきた
それを見て、アマリアは「えっ……」と目を丸くする。
今この場に他人を入れるとは思っておらず、思わずベルを見返した
「失礼しました。お取り込み中でしたか?」
「全然大丈夫だよ、気にしないで」
「わかりました。お食事は、こちらにお並べしてよろしいですか?」
そう言って、昨日と同じ机に手を向けた
「うん、お願い」
「わかりました」
そう返事をすると、メイドは夕食を素早く、そして丁寧に並べていった
「それでは、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
深く一礼し、静かにワゴンを引いて部屋を後にする
「……普通に入れるのね」
アマリアは、拍子抜けしたように呟いた
「せっかく持ってきてくれたのに、待たせるのも悪いからね」
「そっか。夕食の邪魔をするのも悪いし、私は帰るわ」
「わかりました。遅くまですいません」
「全然いいのよ、またね」
そう言って、手を振りながら部屋を出ようとした
「あ、待ってください」
「ん? 何かあった?」
「アマリアさんって、確か寮でしたよね?」
「そうよ? 学園の寮に帰るの」
「なら、送ってきますよ」
「別にいいわよ。せっかくの料理が冷めちゃうじゃない」
「構いません。俺の手、掴んでください」
「? 手を繋いで帰るの?」
「いいから」
「わかったわ」
アマリアは「仕方ないわね」とでも言うように、ベルの手を掴んだ
「じゃあ行きます」
『転移』
ベルの声と同時に、視界が一瞬にして切り替わった
「到着」
「……え? ちょっと待って、もう着いたの? これって……転移魔法?」
「はい。寮の正面入口です。夜道は危ないですから」
アマリアは、呆れたようにため息をついた
「……そういう問題なの?」
(なんなのよこの子……やっぱり底が知れないわ)
「さっき話した俺との約束、守ってくださいね」
「……あ、うん」
「それじゃ」
『転移』
ベルは、アマリアの前から音もなく姿を消した
その後、ベルは部屋に戻り、用意された夕食を静かに食べ終えた
窓の外には、いつもの夜が広がっている。
今日もまた、誰にも気づかれぬまま任務は続いていた――
今日で毎日投稿は終わります
ここまで付き合ってくれた方、本当にありがとうございました
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