641話 魔力操作の実習
641話 魔力操作の実習
ベルとアリアは魔法実技の授業をする場所、魔法訓練所へと来ていた
「ここは、学園の訓練施設のひとつで、魔法の実技授業専用の訓練所よ」
「……なんというか普通ですね」
「そりゃそうよ。違いがあるとすれば地面ね。走ったり剣の訓練をする訓練所と違って、魔法は地面に着弾することもあるから、色んな先生が集まって強度を上げてるのよ」
「……確かに強度を上げる魔法が全体にかかってますね」
「あなたに何が見えてるのか、私には分からないわ」
地面を見て言うベルに、アリアはそう返した
その地面は、一見すると普通の土の地面にしか見えなかった
「3限目は魔力操作の授業って言ってましたけど、実際何をするんですか?」
「意外と単純よ。簡単な魔法を出して、それを先生が指定した形に変えるの。他には、先生があちこちに輪っかを置いて、決められた場所から魔力操作で魔法を通す練習とかね」
「思ってたより簡単……それ、本当に授業になりますか?」
ベルが小さくつぶやくと、アリアはすかさず言い返した
「言っとくけど、ぜんっぜん簡単じゃないからね?」
「どのくらいですか?」
「例えば、動物の形を真似たりね」
「結構面白いことしますね」
「まぁ、面白いとは思うよ? ただ――めっちゃムズい」
「それはちょっと楽しみですね」
そんなことを話していると、あっという間に授業の始まる時間になっていた
「それじゃあ、授業を始めるよ。今日の魔力操作の実習は――リング通し」
そう言いながら、教師は魔力で直径1メートルほどのリングを操作し、訓練所の5箇所に星形を描くように順にリングを配置していった
リングが置かれたのは、星の5つの外側の頂点と、5つの内側の凹み部分――合計で10か所だった
「今回は少し難易度を上げるよ。形を作って、それをこのリングに通していってもらう。もちろん、リングは全部通ってね」
その言葉に、生徒たちは驚いたようにざわついた
「形は完璧じゃなくてもいい。ただし、何の形かが見て分かるくらいには保ってね。それでいて、10のリングをすべて通すこと。これが今日の課題です」
そう説明しながらも、教師は最後の調整を終えたようで、一歩下がると手を軽く叩いて合図を送った
「よし、それじゃあ始めようか。自信のある人から順番に挑戦してみて。もちろん、まずはその辺で形を作って試してみてからでもいいからね」
そう言うと、生徒たちはそれぞれ準備を始め、思い思いに形作りを試し始めた
「いつも結構難しいのに、今回は格段に難しいみたいね」
「みたいですね。頑張ってください」
「何言ってるのよ。今は“生徒扱い”なんだから、あなたもやるのよ?」
「……形って、なんでもいいんですか?」
「いつもは指定があるけど、今日は何も言われてないわね。自由なのかな? ちょっと聞いてくる」
そう言って、アリアは先生のもとへ駆け寄っていった
「あ、ごめんねみんな! 言い忘れてたけど、今日の“形”は自由で大丈夫。好きな形で挑戦してみて!」
アリアが聞いたことで、教師は全体に向けてそう声を張り上げた
「やっぱり自由だったね」
「ですね」
「じゃあ、使う魔法に指定とかってありますか?」
「それもないわ。魔法の適性は人それぞれだから、使える魔法ならなんでもいいよ」
「わかりました」
そう言ってベルは、水魔法で水を出し、桜の形を作った
「もう出したの?」
「はい。可愛いでしょ?」
ベルはそう言って、丸っこくて可愛らしい桜の形の水を見せた
「あなた、どんな制御力してるのよ……」
水面のゆらぎが一切ない、その完璧な水の桜を見て、アリアは目を丸くして驚いた
「普通ですけど」
「それって嫌味? それとも天然?」
「普通です」
「……まぁいいわ。私がやるとこうなるんだけど、どうやったらそんなに綺麗になるの?」
そう言ってアリアが見せた水の塊は、かろうじてハートの形だと分かる程度で、水面はゆらぎ、今にも崩れそうだった
「制服が金でもこうなるんですね」
「制服のはただの魔力量だからね。制御力までは分からないわ」
「今までの授業、どうしてたんですか?」
「私は魔力量が多いから、魔法の威力を出すことはできるけど……操作は全然ダメなのよね。だから、いつもこんな感じよ?」
アリアは吹っ切れたような、諦めたような口ぶりでそう言った
「先生に聞いてもこれですか?」
「……気にしてるんだから、あんまり言わないでよ……」
少し恥ずかしそうに視線をそらしていた
「私の感覚でもいいですか?」
「うん、それでいいから教えて」
「わかりました。私が魔力操作をする時は、操作するというより――イメージをそのまま動かすって感じですね」
「イメージを、そのまま動かす……?」
「はい。操作しようって意識するんじゃなくて、“こう動いてほしいな”“こんな形になってほしいな”って思いを、魔力にそのまま伝えるんです」
「なんかよくわかんないけど……やってみる」
そう言ってアリアは、出していた水に両手を添え、目を閉じて想いを伝えようとしていた
(まぁ、俺の魔力って体の一部って言うくらい思い通りに動くんだよね。だから、普通の人の参考になるのか……?)
ベルは静かにアリアの様子を見守っていた
「ちょっとあなた、なに見てばっかりいるの。自分もやらないとダメでしょ」
「あ……」
見回りをしていた教師に注意され、ベルは小さく声を漏らした
「あなた、初めて見る顔だけど、この学園の子?」
「一時的にそうです」
そう言いながら、学園長から渡されたメダルを見せる
「そう。見てるのもいいけど、授業を受けているのなら、しっかりやりなさいね」
「はい」
教師が離れていくのを見送りながら、ベルは小さく息をついた
(仕方ない、怒られちゃったし……ちょっと遊んでよ)
ベルは右手の中に土魔法で小さな木を形作り、そこに先ほど作った水の桜を小さくしたものをひとつずつ咲かせ始めた
その木は片手にすっぽり収まるほどのサイズで、枝先に花が一輪、また一輪と咲き――やがて小さいながらも見事な満開の桜の木が姿を現した
「……座り込んだと思ったら、何やってるのよ」
いつの間にか見られていたらしく、アリアにそうツッコまれてしまった
「アリアさんのを見てたら先生に怒られたので、仕方なく遊んでました」
ベルは右手の桜の木を差し出す
「遊ぶってレベルじゃないでしょ、これ……」
アリアは目を丸くして桜の木を見つめた
「そうですか? 私的には誤魔化し程度に遊んでたつもりですけど」
「……そう思うなら、先生に聞いてみなさい。先生ー!」
アリアは、ベルがいかにおかしいかを伝えるべく、手を振りながら教師を呼んだ
「はいはい、なんですか?」
「これ、見てください」
先生が来るなり、アリアはベルの手元を指さしてそう言った
「……これは?」
教師はベルの右手にあるものを見て、首をかしげた
「それ、この子が魔力操作で作り出した“木”みたいです」
「これが?」
それは、水で作られたとは思えないほど精巧で美しく、まるで本物の模型のようだった
「ベル、わかるようにしてあげて」
「はーい」
そう緩く返事をすると、木に咲いていた桜の花びらがふわりと舞い上がり、ゆるやかに宙へと散っていった。
花弁は一枚一枚、木から離れながらも形を保ち、小さな木の周囲を――まるで土星の輪のように、一定の距離を保ちながら、くるくると美しく回り始める
「なにこれ……一つ一つ操作してるの? 数え切れないほどの花びらを、全て形を保ったまま、寸分の狂いもなく同じ軌道で回してるなんて……」
その光景を見た教師は、目を見開きながらも、冷静に状況を分析するように言葉を重ねた
「……これ、どう思いますか?」
「そうね。これだけ小さいものを正確に形を保ったまま、全て同時に動かすなんて――私にも無理ね。たぶん、この学園にこのレベルの魔力操作ができる人、いないんじゃないかしら」
「やっぱりそうですよね……聞いてくださいよ。この子、これを“先生に怒られたから遊んでた”って言うんですよ? どう思います?」
「それはまた、規格外の“遊び”ね。でもこのレベルなら、遊んでたのも納得」
教師は感心したように、ぽつりとそう言った
「遊ぶなら、まずあの課題をクリアしておきなさい。クリアすれば、遊んでてもいいからね」
そう言って、最初に並べたリングを指さした
(簡単だからやるつもりなかったけど……やるしかないか)
「形はなんでもいいんですよね?」
「うん。好きな形でいいよ」
「じゃあ……これで」
そう言って、ベルは先ほどアリアに見せた大きい方の桜を出した
「……これもまたすごいわね」
「行きますよ」
そう言うとベルは、作り出した桜を早歩き程度の速さで動かし始めた。
一つ一つのリングを確実にくぐらせていき、途中で詰まることも、軌道がブレることもなく、すべてのリングを見事に通過させた
「これでいいですか?」
「課題ラインから10メートルくらい離れてたのに、この精度……文句のつけ所がないくらい完璧ね」
「じゃあ、もういいですか?」
「あなたの実力は十分わかったから、もう遊んでてもいいわよ」
「あ、はい」
そう返事をして、ベルは再びアリアの隣に座り込んだ
すると教師は、アリアの方を見て軽く笑いながら言った
「アリアさんも、この子を見習って、しっかり頑張ってくださいね」
「……はい」
アリアは少し悔しそうに唇を噛みながら、そう返事をしていた。
その返事を聞いた教師は、満足げにうなずき、再び見回りへと戻っていく
「ベルの実力が飛び抜けてるのは分かってたけど……あなたが先生に褒められて、年上の私が“頑張りなさい”って言われるのは、やっぱり悔しいわよね」
「なら、頑張ってください」
「……いつも頑張ってるわよ」
そう言い残すと、アリアは目を閉じて静かに集中し始めた
その後も彼女は、何度もベルに魔力操作のアドバイスを求めながら、少しずつ確実に上達していった。
悔しさをバネに、地道に努力を重ねる――それが、アリアという少女だった