643話 魔法の威力調節
643話 魔法の威力調節
魔法の威力テストを終えたあと、ベルはひとり、少し離れた的の前へと歩いていった
そこは、ベルのためだけに用意された“特別な場所”だった
(やるしかないよね……)
《いい機会なので、ぜひやってください》
ピクシーが即座に同意してきた
《やっぱりそう思う?》
《はい。純粋な身体能力ならいくらでも私が制限できますが、魔法の出力はマスターの“感覚”で生まれてしまいます。だからこそ、早めに加減の方法を覚えるべきです》
ピクシーの冷静な助言に、ベルは苦笑する
《これでも制御してるつもりなんだけど……?》
《では聞きますが、今まで何度制御に失敗しましたか?》
《うーん……いっぱい?》
《それで“制御してるつもり”とは、片腹痛いですね》
辛辣ながらも、正論をぶつけていた
《だってさ、このくらいかな〜って調節したらああなったんだもん》
《では普段から、マスターの“このくらいかな〜”の10分の1の威力を目指してください》
《でもさ、弱すぎたら逆に困るから良くない?》
《そのくらいが、ちょうどいい調節です》
《ほんとに?》
《……聞きますが。テレス様方の誰かが捕まりました。魔法を撃てば助けられるが、威力を間違えれば怪我をさせてしまう。この時、どうしますか?》
《魔法を使うよりも、体を動かした方が何倍も早いから殴る》
ベルの回答に、ピクシーは若干呆れていた
《……はい、いつものマスターですね》
苦笑交じりに、どこか慣れたような声でそう返した
《とにかく、時間も限られていますし、威力調節の練習をするなら早めに取りかかりましょう。その間、私は心を鬼にして指導致します》
《はーい》
《ではまず、先生が言っていた“さっきの半分の威力”を目指してください》
《さっきのは、一応アリアさんと同じくらいを狙ったつもりだったんだけどな〜》
《ふふっ……あれで、ですか? 正直、100倍くらい威力が違ってましたけど》
《言い訳させて。一応ね、アリアさんの魔法の数値を見てたんだよ。あれで10000くらいだったから、俺もそれくらいに合わせたの。そしたら――なぜか桁が増えた。不思議〜》
《それを世間では“調節ミス”って言うんですよ、マスター》
《合わせたつもりなんだよ? 謎に増えるの》
《……よく考えてください。マスターの魔力は圧縮されているんです。同じように10000の魔力を込めても、圧縮されているぶん、同じ威力にはなりません》
《やっぱ圧縮されてたら威力上がっちゃう?》
《当然です。マスターの魔力は“1”でも“100”相当あります。極端な話、初級魔法のファイヤーボールでも、魔力1で倍の火力になります》
《やっぱそうなんだ。不便……》
《以前は体から溢れないように圧縮していましたが、今は髪飾りがあるので必要ありません。ただ、本当に不便なら――体内の魔力を全部抜く手もあります》
《……一応聞くけど、それ安全?》
《いいえ全く。マスターの魔力量は本来なら存在し得ないほど莫大です。それを一気に放出すれば、いくら硬く閉じた空間でも世界ごと一瞬で消し飛びます》
《硬く閉じたってどのくらい?》
《そうですね……マスターの体をもう1つ作って、その中で放出するくらいです》
《じゃあ分身は?》
《分身スキルで同じ存在を作っても、本体には劣りますから結局弾け飛びます》
《実質不可能ってことね》
《なら、その髪飾りと同じものを世界を隙間なく覆えるくらい用意して、全て均等に魔力を込める作業を……そうですね、数億回くらい繰り返せば解決しますよ》
《それを実質不可能って呼ぶんだよ》
《では、諦めて制御を覚えてください》
《……はい》
諦めたように短く返し、軽く魔力を込めてファイヤーボールを的へと放った
――ドカーン!
さきほどより威力は落ちていたが、それでもアリアが放った魔法の数倍はある威力だった
《もっと抑えてください。今のままでは初級魔法で超級魔法を使っているようなものです》
《もっと弱く……か》
そう言って、もう一度魔法を放った
――ドカーン!!
《……ふざけてますか?》
《いえ全く、ちゃんとやってるけど?》
《ならどうして威力が上がってるんですか? 強くするんじゃなくて弱くしてください》
今使った魔法は、さっき使った魔法よりも威力が約1.5倍に上がっていた
その後も何度も何度も魔法を放っては、ピクシーに指導されるのを繰り返す
だが威力は安定せず、上がったり下がったりを繰り返すばかりだった
「もうダメだ……私は調節下手くそのゴミです」
心がぽっきり折れ、その場に寝転がり、絶望の声を漏らした
《何してるんですか、落ち込んでないで早く再開しましょう。マスターなら練習すれば、きっと上手くできるようになりますから》
《できないよ……俺は高火力で吹き飛ばすのは得意だけど、細かな調節は苦手だもん》
(完全にやる気を失ってますね……)
《頑張ったら、私が後でよしよししてあげますからね〜》
《急に子供扱いされても困るけど……》
《横になって泣いてるのは誰ですか》
《泣いてないし》
そう言いながらも、袖で目元を拭っていた
《絶望しているようなので、マスターが魔法の威力調節を上手くできない理由を説明します》
《理由があるなら最初から教えて?》
《失礼しました。最初からマスターならできるだろうという考えは抹消します》
《抹消って……》
《では。まず、マスターの魔力は約100倍に圧縮されています。そのため魔法陣生成に使われる魔力も通常の100倍になります。その結果、素の状態でも魔法陣が通常より大きくなり、威力が増します》
《それ関係あるの?》
《あります。魔法ランクが上がると魔法陣の大きさが肥大化し、威力が上がるのも同じ理屈です。マスターの場合は、込めた魔力に見合った魔法陣が生成され、その後に余った魔力で魔法が発動します》
《なんで見合った魔法陣が生成されるの?》
《単純に分かりやすく伝えただけです。本来ならパッシブスキルのバフや加護の効果、さらに体から送られる魔力も加わり、魔法陣は強化されます。発動後の魔法にもバフがかかるため、感覚よりも強くなるのです》
《結論は?》
《スキルや加護の効果で、マスターの感覚よりも強化されて放たれています》
《じゃあ何、俺の感覚はあってたってこと?》
《感覚はズレまくってますけど、概ねそうですね》
《じゃあどうしたらいいの? 俺には制御できない感じ?》
《マスターの魔法は、マスターの魔力×パッシブスキルのバフ+加護の効果、という式で威力が決まります。合計倍率を意識して調整すれば、イメージ通りの威力が出せます》
《やろうと思えばできるけど、魔法を使う度にそんな計算したくないんだけど》
ベルは本音を漏らした
《なら簡単です。魔法陣を介さない魔法を使えばいいだけです》
《そんなのある?》
《神の能力……正確には神能を使えば可能です》
神能。
それは神が持つ権能を直接行使するスキルであり、魔法陣を介さず、使用者のイメージをそのまま現象として生み出す力
創造神なら“創造”が神能となり
破壊神なら“破壊”が神能となる
神が司る概念そのものが、神能と呼ばれる
《そもそも魔法陣は下界の者が魔法を扱うための仕組みです。なのでマスターの場合は、自然の神能や創造の神能を使って魔法のような現象を直接生み出せばいいのです》
《確かにそれはいい案だけど、詠唱が必要な場面はどうするの?》
《適当に口にしておけばいいんです。どうせ普通の人間には魔法陣の有無くらいでしか見分けられません》
《それでいいの?》
《むしろなぜダメだと思うのです? バレなければ問題ありません》
どこか危うい理屈を当然のように言い切った
《いやいや……それ完全にアウトな理屈だからね?》
《いえいえ、そんなことはありません》
《そんなことあるでしょ……まぁいいけどさ》
《はい。それと神能で魔法を偽装する場合、完全なるイメージで生み出すため、発動後の魔法の形を覚える必要があります。大丈夫ですか?》
《まぁなんとかなるでしょ。調節が必要な時は神能、特に必要ない時は魔法って使い分けたらいいし》
《それが一番楽な選択肢ですね。いい機会なので試してみましょう》
《だね》
ベルは小さく頷き、深呼吸を1つ置いた
次の瞬間、神能による“魔法の偽装”が始まろうとしていた