646話 特殊魔法の授業
646話 特殊魔法の授業
女子更衣室へと連れ込まれ、ベルがまた暗闇を味わったあと、気づけば5限目の魔法陣の授業が始まっていた
魔法陣については何となく感覚で理解していたため、教師の言葉は右から左へと流れていく。ただ、自分の知識と食い違いがないかだけはしっかり確認していた
そうしているうちに、5限目もあっという間に終わり――次はいよいよ特殊適性魔法の6限目が始まろうとしていた
「特殊適性魔法の授業って具体的に何やるんですか?」
「気になる?」
「はい。初めて聞く授業内容だったので」
「まぁそうね、簡単に言えば――“世の中にはこんな変わった魔法があるんだよ”って紹介みたいな授業よ。それに対して“じゃあどう対処すればいいか”っていうのも一緒に学ぶの」
「ふーん」
「ふーんって、聞いておいて何よその反応は」
「聞いた感じ、なんか……思ってたより地味そうだったので」
「じゃあ楽しみに待ってたら良かったじゃない」
「気になったので……」
「まぁいいけど……6限目は30分で終わるから、つまんなくてもあっという間よ」
「なるほど……」
ベルが小さく頷いたその直後、教室の扉が開き、教師が入ってきた
「今日も好奇心旺盛なやつらが集まってんな〜、ほな授業始めるで〜」
緩い口調で言いながらも、魔法板に描かれる魔法陣の線は驚くほど正確で速い。その姿に、生徒たちは自然と背筋を伸ばした
「はいはい、これな〜……魔法陣見ただけでわかるやつおるか〜?」
魔法板には、赤色の光を帯びた魔法陣が浮かび上がっていた
「……まぁおらんわな」
気の抜けた半目で教室を見渡す教師。案の定、誰一人として手を挙げる者はいなかった
「ベルは分かる?」
「はい」
教師にバレないよう、小声で答えた
「わかるの?」
「はい」
「じゃああれは?」
「血液魔法です」
「ほんとに? 先生、それって血液魔法ですか?」
アリアは疑いながらも確認するように尋ねた
「ん……わかるやつおるやん。そうやで、この魔法陣は吸血鬼とかが使う血液魔法の基本形や」
予想外だな、とでも言うように口角を少し上げていた
「なんでわかったん?」
教師がアリアに尋ねると
「博識な友達ができたので」
アリアは前に立つ教師にもわかるように、ベルを指さした
「博識か〜……なら、この魔法陣、何の魔法かわかるか?」
教師は魔法板に新たな魔法陣を描きながら、ベルに尋ねた
「魅了魔法です」
「おお、せいかーい! ほなどんな効果があるん?」
「魅了魔法は、相手の精神に干渉して、好意や服従、誘惑などの効果を与え、相手を操ることができる支配系の闇属性魔法です」
「アリア様の言う通り、その子博識やね〜。ほな今日は血液魔法と、闇魔法の状態異常魔法の支配系に属しとる魅了魔法について教えるで〜」
授業が始まった
「ほな、とりあえず魅了魔法から片付けよか〜。魅了魔法っちゅうのは、主にサキュバスがよく使う魔法やで。男にとってはちょっと天敵かもしれんけどな〜」
教師は魔法板に線を描きながら、ゆるっと説明を続けた
「うまく使えば相手を思い通りに動かせるけど、当然危険もあるで〜。魅了魔法は精神に作用してるやろ? やから、同じ人間に何回もかけてもうたら精神が壊れてパーになってまう。だから気をつけんとアカンで」
教師の説明の合間に2人が小さな声で話していた
「パーになるってのは?」
「精神が壊れるってこと」
「じゃあどうなるの?」
「肉体的には生きてるけど、心が死んで人形みたいになる」
ベルはアリアの疑問に小さな声で答えながら、教師の説明を聞いていた
「対策法もあるが、自分ら聞きたいか?」
「そりゃそうですよ! 授業なんですから教えてください」
生徒の誰かがそう言った
「そりゃそうやな〜」
教師はにこにこと笑っていた
「魅了魔法にいっちゃん簡単な対策はな、魅了を無効化する魔法道具を持っとくことやで。まぁ、製造難度がめっちゃ高いから簡単には作れへんし、めっちゃ高価やけどな〜」
「それ以外は?」
「それ以外なぁ……魅了魔法は精神に作用する状態異常やから、頭に魔力でも纏って守っときゃええんちゃう?」
「んな、いいかげんな……」
「じゃあ聞いたことあるんか? 状態異常を防ぐ魔法」
「……ありません」
結局、生徒は言い返せず、先生のペースで話が進んでいった
「せやろ? 見方を変えりゃ、炎とか暑さから身を守る“アクアプロテクト”とか、寒さから守る“フレイムプロテクト”とかあるやん? せやけどあれは状態異常やなくて“環境から体を守る魔法”や。せやから意味ないねん。――つまり、魔法だけで魅了魔法を防ぐんは不可能っちゅうことやな」
「じゃあどうするんですか?」
「一応な、魅了は“自分より強い相手”には効きにくいっちゅう仕組みがあるみたいや。せやから強うなることやな。それでも無理やったら……諦めて受け入れや」
「それが教師の言うことですか……」
「しゃーないやろ。対抗手段ゼロなんやから」
教師は手を叩いて区切るように言った
「――ほな、魅了魔法はここまでな。次いくで。血液魔法っちゅうのは、主に吸血鬼が使う魔法や。ほな問題や。さっきの魅了魔法は闇属性に含まれてるから俺ら人間でも使える。じゃあこの血液魔法はどうや? 人間でも使えると思うか?」
教師がそう聞くと、少し間を開けて数人の生徒が手を挙げた
「じゃあ君や」
そう言って指さした
「はい。血液も液体なので、同じ液体の水魔法の派生みたいな感じですか?」
「いい考えやけどな〜……残念ながらちゃうねん。水魔法はどこまでいっても水魔法や。水って言うてんねんから、水以外にはならん」
「確かに……」
「ほんまは次んとこ行きたいねんけどな〜、時間ないわ。しゃーない、教えたるわ」
教師は時計をちらっと確認してから言った
「血液魔法っちゅうのは吸血鬼の種族魔法や。種族魔法はわかるやんな?」
「はい、その種族しか使えない魔法のことです」
「せやせや。吸血鬼は血吸って生きとるやろ? せやから血を操る魔法が使えるわけや」
「なるほど」
「そういうことや。――ほな授業はここまでやな。魅了魔法しゃべりすぎて時間なくなってしもたわ。血液魔法もっと知りたい奴は、次の授業で聞いてな」
そう言い終わるとピッタリと鐘の音が鳴った。
解放された生徒たちが一斉にざわめき始める
「結局、血液魔法のことほとんど聞けなかったね」
アリアが肩をすくめると、ベルは小さく笑った
「……でも、魅了魔法について聞けたので、意味はあったと思いますよ」
「まぁね」
教室のざわめきの中、二人はそんな他愛もないやり取りを交わしながら、鞄を手に帰り支度を始めた
その後、学園を出た二人は迎えの馬車へと向かった
アリアは迷いなく先に乗り込み、振り返ってベルの手を引いた。
ベルはそのまま、導かれるようにして馬車へと足を踏み入れた
石畳を叩く蹄の音とともに、馬車はゆっくりと動き出し、お城へと帰路を進んでいった