650話 試される実力
650話 試される実力
ベルが抱き枕にされてから約6時間、すっかり日も沈み、夕食の時間になっていた
「メイドさん、見てないで助けてください」
「私はお夕食をお持ちするだけですので、それ以外のお仕事はありません」
「そんな〜」
夕食を運んできたメイドは、いつもの机へ料理を並べ終えると、抱き枕にされているベルをじっと見つめていた
ベルは小さくため息をつき、諦めたようにアリアへ視線を向ける
「冗談です。アリア様、起きてください」
体を軽く揺らし、起こし始める
「ん……もう朝?」
「いえ、お夕食の時間です」
「もう……そんな時間?」
アリアは寝ぼけ眼のまま窓の外へ視線を向けた
「そろそろ私を解放してください」
「もうちょっと……スゥーッ、はぁ〜……」
アリアはそう言いながら、ベルの長い髪に顔を埋めて深く深呼吸した
「いい匂い……」
名残惜しそうに、ぎりぎりまでその感触を堪能していた
やがて満足したのか、アリアはゆっくりと体を起こす
「よいしょっと……とても良いお昼寝ができたわ、ありがとう」
「休めたなら良かったです……んー! ふぅ」
ようやく解放され、ベルも大きく背筋を伸ばした
「明日も学園があるから、しっかり休みなさいね」
「あ、はい」
そう言い残し、アリアは部屋を後にした
ベルはほっと息をつき、メイドへと向き直る
「助かりました」
「いえいえ、お気になさらず。私も失礼致します」
メイドも一礼し、静かに部屋を後にした
――その後、ベルは夕食を済ませ、お風呂に入り、ゆったりとした時間を過ごしていた
こうして、色々あった休日は静かに終わりを迎えた
次の日
朝の空気がまだ少し冷たい中、アリアが振り返る
「さ、行くよ」
「ほんとに私も行くんですか?」
「制服に着替えておいて、今更文句言うの?」
ベルはすでに制服に着替え、準備万端の状態だった
「誰ですか、制服着ないとドレス着せるわよって脅してきた人は」
「そんなことしてないわよ?」
しれっと言い返すその表情は、どう見てもとぼけているようにしか見えなかった
「ドレスは嫌なので、苦肉の策です」
「さ、行くわよ!」
「……はい」
アリアにぐいっと手を引かれ、ベルは観念したようにその後へ続いた
そして二人は馬車に揺られ、ほどなくして学園へと到着した
「今日は何するんですか?」
「今日はね〜、歴史から始まって、剣術実技、貴族学、数学、それから魔法実技に魔法史でおしまい」
「今日は色々詰まってますね」
「前が特殊だっただけ。これが普通の授業よ」
「そうなんですね」
その後、1限目の歴史の授業は特に面白みもなく終わった
――そして2限目、剣術実技の時間
広い訓練場に集められた生徒たちは、腰に模擬剣を下げ、ざわざわと開始を待っていた
ベルも例に漏れず支給された木剣を腰に下げていたが、教師を待つ間、剣先を地面に突き、柄頭に両手を重ねて顎を乗せ、退屈そうにぼんやりしていた
そんなベルの様子を見ながら、アリアが楽しそうに微笑む
「ふふ、楽しみね。魔法の実力が凄いのは一昨日見たけど、今度は剣術の実力、見せてもらうわよ」
アリアは軽くウインクしてみせる
「……あまり期待しないでください」
熱い視線を送るアリアに対し、ベルは気の抜けた返事でゆるく受け流していた
やがて教師が訓練場に姿を現し、生徒たちの前に立つ
「ん? なんで一人だけ制服のやつがいるんだ?」
「あ、この子は短期入学なので運動着がないんです」
「そうか。じゃあそのまま参加するってことでいいんだな?」
「はい、それで大丈夫です」
「わかった」
教師の問いにアリアがすぐに答えた
その直後、訓練場にはぴんと張り詰めた空気が流れ、いよいよ剣術実技の授業が始まる
「よし、それじゃあ始めるぞ。今日は二人一組の実戦形式だ」
教師は生徒たちを鋭く見渡しながら続ける
「模擬戦中に怪我させても自己責任だ。互いにそれは了承の上でここに来てるよな。もし重症なら自分で医務室まで運んでやれ。――好きなように相手を選べ。ただし、俺とやりたいってやつがいれば相手してやるぞ?」
豪快な言葉が響くと同時に、生徒たちはざわめきながら互いに視線を交わし、思い思いにペアを作り始めた
アリアがちらりとベルを見る
「ベルはどうする?」
「なんでもいいですよ」
「なら私と組みましょ?」
「怪我しても知りませんからね?」
「あら、私が簡単にやられるとでも?」
ベルの忠告を受けつつも、アリアは逆に煽るように言った
「ペアを組めたら、他のペアの邪魔にならないように距離を開けて模擬戦を始めてくれ」
「じゃあ、ちょっと離れましょうか」
「はい」
教師の指示を受け、2人は他の生徒たちと距離を取った
「この辺でいいかな……準備はいい?」
「いつでもいいですよ」
アリアは木剣を前に構え、戦う気満々の姿勢を見せる
一方ベルは構えず、右手に剣を持っているだけで、どこか戦う気がないように見えた
「ほんとにそれでいいの?」
「はい。いつでも来てください」
「あなたがいいならいいわ」
アリアはにっこりと笑うと、勢いよく踏み込み、一気に距離を詰める
ベルは右手の剣を軽く握り直し、受け止める準備を整えた
空気が一瞬で張り詰め、周囲のざわめきが遠のく中、二人の呼吸と足音だけがやけに鮮明に響いた
「行くわよ!」
その声を合図に、二人は互いの動きを探りながら、一瞬の間を置いて模擬戦を開始した