653話 授業終わりのひととき
653話 授業終わりのひととき
アリアが無防備なベルに斬りかかってから、授業が終わるまでの間ずっと木剣を振り続けたが、その一撃がベルに当たることは一度もなく、ことごとく避けられていた
「ほんと……どんな体力……してんのよ」
(適当に言っておこう)
「女の子は強いのです」
「なら……なんで私だけ……こうなってんのよ」
アリアは両手を膝につき、額から汗を垂らしながら肩で息をしつつ、全身汗だくで文句をこぼした。
その横でベルは胸を張り、自信満々に適当なことを言ってみせる
そうしていると、教師の声が響いた
「それじゃあここで授業は終了! 汗かいて体力も消耗してるから、しっかり食べて体力回復してくれ」
授業はそうして終わりを迎え、アリアはベルの手を引いて更衣室へ向かっていた
「どうしよっか……5限目に魔法実技あるから、また着替えないとダメだよね」
「勝手にしてくださいよ。私まで更衣室に巻き込まないでください」
アリアはベルの手を引いたまま考え込むように言った
「でもどうする? さすがに着替えないと汗臭いよね」
「聞いてくださいよ……」
「ねぇ、私汗臭い?」
「……大丈夫だと思いますけど、運動着が汗で濡れてますから、風邪引かないように着替えておいた方がいいですよ」
「それもそうね」
「私は大丈夫ですから!」
ベルの抵抗をものともせずに、アリアはそのままベルを連れて更衣室まで来てしまった
更衣室に入ると、すでに何人かの生徒たちが着替えを始めていた。
アリアは改めて汗でぐっしょり濡れた自分の運動着を見て、ため息をつく
「はぁ〜……ほんと汗でベタベタ。ベルも汗かいたでしょ? 一緒に着替えよ」
「いやです。そもそも私は汗をかくほど動いてません」
「何言ってるの、私と同じくらい動いたんだから汗かいてるでしょ?」
「いえ全く」
「なら触らせてみなさいよ」
了承を得る間もなく、アリアはベルの髪の中に手を差し入れた
「ほんとだ……全然濡れてないしベタついてない、サラッサラ」
「だから言ったでしょ……あと離れてください」
「なに? やっぱり汗臭いの?」
「全然大丈夫ですよ、健康的な匂いです。それじゃなくて……その、汗で服が透けてるので、前隠してください」
(見えてないけど、絶対そうだと思う)
ベルはぎゅっと目を閉じたまま、わずかに顔を背ける
「女の子同士なんだから気にしなーい」
「私が気にします!!」
(見えてなくても気まずいものは気まずいんだよ……!)
ベルはアリアの服が透けかけ始めた瞬間から、ずっと目をぎゅっと閉じたままだった。
更衣室に入った今もなお、その目を開けようとはしない。
ちなみに、この運動着には魔力を流すことで透け防止などの機能が備わっているのだが、アリアは更衣室に入った時点でその機能を完全に切っている
「はいはい……よいしょ!」
アリアは着替えようとしたが、汗で張りついて全然脱げなかった
「あれ? ……よいっしょ!」
再度挑戦するも、やはりびくともしない
「ねぇベル、着替えるから手伝って? 汗で張り付いて脱ごうとしても脱げないの」
「えぇ〜」
「ほら、汗で汚いかもしれないけど、引っ張って」
「今回だけですよ」
そう言ってベルは、目を閉じたまま位置をピクシーに任せ、アリアのお腹あたりで引っかかっている体操服を仕方なく引っ張った
「ふぅ〜、なんという開放感……って言いたいけど、下着までびちゃびちゃ〜。こっちも着替えちゃお」
その言葉を聞いた瞬間、ベルは目も耳も心も、すべてを閉ざした。聞こえるのはピクシーの声だけだった
やがてアリアが着替えを終えると、2人は食堂へと向かった
昼時の食堂は今日もにぎやかで、ベルとアリアは前と同じメンバーで席に着いた
「そういやさ、昨日オルカのやつがボコられたらしいぞ?」
「え!? あのオルカが!」
シモンが口にした一言に、アリアは驚いて声を上げた
「なんかな、漁港の方でいつものごとく少女に絡んだらしいんだわ。噂じゃ、その少女に一撃でやられたらしいぞ?」
「ほんと? オルカってこの学園でもかなり強い方なのに、それを一撃で倒すなんて相当やばいわね」
「だろ? さっき見かけたけど、プライドへし折られてブチ切れてたぞ。学園終わったら血眼になって探すんじゃないか?」
「ほんとバカよね。好みの女の子見つけたらすぐ伴侶にしたがるからそうなるのよ。バチが当たったのね」
アリアは呆れたように言った
「強い子って言ったら真っ先にベルが思いつくけど、ベルは違うもんね」
「あ、そうなの? てっきり私はベルがその少女なのかと思ってた」
アリアのつぶやきにアマリアが応えた
「うん。昨日は私と一緒に昼から夜までお昼寝してたから、ベルじゃないと思うよ」
「お昼寝してたんじゃないです、昨日は私、アリアさんに無理やり抱き枕にされただけです」
「何よ、あなたが私を見殺しにするから悪いのよ?」
「お勉強の邪魔をしたら、私が家庭教師の人に怒られますからね」
「だからって見殺しにした罰よ、みんなに教えてあげる。ベルね、ちょうどいい大きさで暖かくて、とってもいい匂いがするから寝心地最高だったよ」
そう言ってアリアはにんまり笑った
「どんな匂いなの?」
「なんかね、お花みたいなそんな匂い。後でベルに抱きついていいよ、私が許可する。抱きつくなら後ろの髪辺りに顔を埋めたらいいよ」
「いいわね、試してみる」
ベルは深呼吸するように胸を落ち着け、静かに注意した
「やめてください」
アリアとアマリアはその声に少し驚きつつも、ベルの落ち着いた口調に従った
「これあげますから、これで許してください……手を出して」
そう言って、ベルは空間収納からひと握り分のものを取り出した
「はい」
「どうぞ」
アマリアは素直に手を差し出すと、その上にベルの手から桜の花びらがもさっと渡された
「これは?」
「自分で言うのはちょっと恥ずかしいですが、それが私の匂いの元です」
「これが?」
不思議そうに、受け取ったものに顔を近づけて匂いを嗅いだ
「私にも、ちょうだい?」
ベルの横には、アリアが笑顔で手を差し出して待っていた
「仕方ないですね」
渋々アリアにも渡した
「いい匂い、これは?」
「それは私が好きな桜という木に咲く花の花びらです。服の中やポケットに入ってしまったものを収納したものですね」
「とてもいい匂いなのに、可愛い見た目ね」
「ですよね!」
「うん、髪飾りにするくらい好きなのね」
「はい」
アマリアはベルの頭の左側に着いた桜の髪飾りを指さした
「……あの、恥ずかしいのでさすがに直接嗅ぐのはやめてください」
アリアがこっそり嗅いでいたことに気づき、ベルはじとっとした視線を向けた
「あ、ごめんごめん。ほんとに同じか確認したくてさ」
ベルがアマリアと話している隙をつき、首筋あたりの匂いを嗅いでいた
「どうだった?」
「同じ、そのものって言うくらい同じ匂い」
アマリアにそう答えると、アリアも満足そうに頷いた
その後、しばらくしてみんなお昼ご飯を食べ終わり、それぞれ午後の授業へと向かっていった