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657話 不安のあと、暖かな夜

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657話 不安のあと、暖かな夜

ベルとオルカの決闘が終わり、城へ帰ってきてしばらく時間が経った。

だが、その余韻はまだどこかに残っていた

しかしアリアは、一向にベルから離れようとしなかった。

夕食の時間も、お風呂の時間も、ずっと傍を離れようとせず、仕方なく半ば強引に見送り、それぞれ済ませさせた

それでも終わると、迷うことなくベルのもとへ戻ってくる

まるで、離れている時間そのものが不安であるかのように

「あの、明日も学園があるんですから、そろそろ自分の部屋に戻って寝てください」

「いや……」

即答だった。

わずかな間もなく返されたその言葉に、ベルは思わず言葉を詰まらせる

時刻はすでに深夜で、良い子はとっくに寝ている時間だ

「何言ってるんですか、明日の朝起きられませんよ?」

「今日だけでいいの……一緒に寝よ?」

その声は小さく、どこか頼りなかった

(ど、どうしよう……)

いつもなら軽く受け流せるはずの言葉なのに、今日は妙に重く感じる

《今日は色々ありましたし、特別に許してあげたらどうですか?》

《ほんとにいいのかな? 俺一応男だし、アリアさんは女の子だよ?》

《アリアさんはマスターのことを女の子だと思ってますから、マスターさえ何もしなければ問題ありません》

《……ほんとに?》

《はい。万が一マスターが手を出した場合は、エイル様の力を借りてテレス様方に報告いたします》

《それが一番怖いよ……》

一瞬、アリアの方を見る

不安そうにこちらを見つめるその瞳が、ほんの少しだけ揺れていた

(……今日、あんなことがあったばかりだもんね)

小さく息を吐く

「……わかりました、今日だけ特別ですよ」

「やった!!」

ぱっと、空気が変わる

アリアの表情が一瞬で明るくなり、花が咲いたような笑顔になる。

そのまま子供のように跳ねて、ベルの腕にぎゅっと抱きついた

「寝る前に1ついい?」

「なんですか?」

「そのパジャマって自分のやつよね?」

「そうですよ?」

「ベルの普段着は可愛くないのに、パジャマは可愛いのね」

その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける

さっきまでの張り詰めた空気が、ゆっくりほどけていく

ベルが身に纏っていたのは、淡いピンク色を基調としたパジャマだった。

柔らかな生地に、桜の刺繍が静かに馴染んでいる

――穏やかな、夜のための装い

「そうですか?」

ベルは自分の袖を軽くつまみながら、不思議そうに首をかしげた

「そうよ、ほんと可愛いね」

「お気に入りのパジャマを褒められるのは嬉しいですが、ちょっと複雑です……」

「何言ってるのよ、あなたに似合ってるんだから喜びなさい。それより、こんな可愛いの、どこで手に入れたの?」

「これは売ってないですよ、とある人の特注です」

「そっか、お店教えて貰おうと思ったのに、残念」

アリアは少しだけ肩を落とす

その仕草すら、どこか幼く見えた

《ピクシー……このパジャマ可愛いんだってさ、パジャマはこれが普通って言ってたの誰?》

ベルは小さくため息をつきながら問いかける

《いえ、そんなことはありませんよ? パジャマといえばこれが普通です》

《じゃあどうして可愛いって言われてるの?》

《それは単にマスターが可愛いので、相乗効果で可愛く見えているだけです》

《一応聞くよ、ピクシーが俺にこのパジャマをプレゼントした目的は?》

《それはもちろん、可愛いマスターを見るためです》

(はぁ……)

呆れ半分、納得半分

そんなやり取りをしている間にも、アリアの指は離れない

まるで、逃がさないと言わんばかりに

「そんなこと言ってないで、そろそろ寝てください」

「ちょっと! まだ眠くないんだけど、もっとお話しよ!」

「ダメです。早く寝ないと、魔法で強制的に眠らせますよ」

「う……わかったわよ……しょうがないなぁ」

不満そうにしながらも、アリアはベッドへ潜り込む

毛布に包まれながらも、ちらりとこちらを見る

「ほら、ベルも早く」

とんとん、と隣を叩くその仕草は、完全に待っている子供のそれだった

「本当は恥ずかしいですけど……特別ですよ。このことは秘密にしてくださいね」

そう言いながら、ベルは隣へと滑り込む

「ふふふ……誰かと並んで寝るなんて、ほんと久々。私が小さかった頃以来ね」

「誰かさんのせいで昨日も寝てたと思うんですけど……」

「あれは私を見捨てた罰だから含まれません」

「はいはい。なんでもいいので、早く寝てください」

「も〜、せっかくだからもうちょっとお話したかったのに……おやすみ」

目を閉じるその顔は、さっきまでの不安が嘘のように穏やかだった

しばらくして

静かな呼吸だけが部屋に満ちる

その中で、かすかに声が落ちる

「……私に何かあったら……今日みたいに……守ってね」

夢と現実の境目でこぼれたその言葉は、とても小さくて

でも、はっきりと届いた

(……はいはい)

ベルは目を閉じたまま、小さく息を吐く

その言葉の意味を、考えるまでもなかった

「……任せてください」

聞こえるかどうかもわからないほどの声で、そう返す

そのまま、静かに眠りへと落ちていった