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658話 14最後の朝

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658話 14最後の朝

ベルがアリアと共に眠りに落ちてから、幾ばくかの時が過ぎ――

空の彼方から、清々しい朝日が顔を覗かせていた

柔らかな光が窓から差し込み、静かな寝室を満たしていく。

まぶしさに瞼を揺らし、ベルはゆっくりと目を開けた

《おはよう》

《おはようございます。よくお眠りになれましたか?》

《どうだろう? 多分よく寝たんじゃない?》

ベルはこれまで眠ることなく、常に何かをして過ごしてきた。忙しくて眠れなかったのではなく、そもそも眠る必要のない体だからだ。

それでも、12月に入ってからは週に一度、火の日の夜だけは眠るようにしている。理由は――特にない。強いていえば実験、寝なくてもいい体は寝ることでどのくらい変わるのかの実験だ

まだ横になったままのベルは、腕に柔らかな重みを感じて横目を向けた。

そこには、しっかりと抱きついたまま眠るアリアの姿があった。さらさらの水色の髪が枕にふわりと広がり、朝の光を受けて淡く透きとおるように輝いている

その寝顔は子供のように無防備で、どこか安心しきったような穏やかさに満ちていた。まるで、大切なものを抱いて眠る子供のように、ベルに寄り添いながら夢の中で安らぎを得ているかのようだった

ベルは目を閉じかけながらも、その姿を見つめ、小さく息を漏らすように笑った

《そうですか、それなら良かったです。まだ朝食まで時間がありますが、どうしますか?》

《とりあえずいつものようにメイドさんが起こしに来るまでこのまま待機かな》

アリアが腕に抱きついたまま、ベルはじっと大人しく時間が過ぎるのを待っていた

「お嬢様、起きてください。朝ですよ」

気づけばメイドがそっと傍に立っており、トントンと優しく肩を叩かれた

「ん……あれ……? うとうとしてたみたい」

「朝ですよ」

「うん、ありがとう」

「いえいえ。お時間になりましたら朝食をお持ちいたします」

「ありがとう。こっちは私がやるから、もう戻って大丈夫だよ」

「かしこまりました。失礼いたします」

静かに一礼して、メイドは部屋を去っていった

部屋に再び静けさが戻る

「アリアさん、朝ですよー」

「ん……」

ベルに名前を呼ばれ、体を揺すられたアリアは、わずかに声を漏らしたがまだ目を閉じたままだった

「アリアさーん、起きてください。もう朝ですってば」

「……あさ……?」

「はい、朝ですよ。とりあえず離れてください」

「ん……?」

寝ぼけ眼のまま、アリアはまだ頭が回らない様子で、自分の状態を確かめるように身じろぎした

「あ……ごめんね」

「とにかく、早く離れてください」

「いいじゃん……まだ……時間あるし」

「ダメです。私が動けませんから」

ベルには、アリアには言えないけれど、一刻も早く離れてほしい理由があった。

理由は単純だった――アリアが抱きついているせいで、腕に伝わる感触が、他のどこでもない柔らかさを静かに主張していたからだ

「しょうがないなぁ〜……離してあげる」

そう言って、ようやくアリアはベルの腕を放してくれた

解放されたベルは、そのままベッドから起き上がり、軽く体を伸ばした

「ありがとうございます」

(助かった……あのままだったらテレスたちに報告コースだったからね)

《さすがにそれはありませんよ。あれはマスターの意思じゃなくて、アリアさんが勝手に抱きついていただけですから。ギリギリ、セーフです》

《なら良かった》

《ただし、もしマスターが自分の意思で押し当てたりしていたら……その瞬間に報告でしたけど》

《怖いな!》

そんなやり取りをしているうちに、アリアもベッドから降りてきた

「おはよう、ベル」

「はい、おはようございます」

2人はにこやかに挨拶を交わす

「もし、朝ごはん一緒に食べようって言ったら怒る?」

「一緒の部屋、しかも同じベッドで寝ておいて今更それ聞きますか?」

「別にいいじゃない、女の子同士なんだから。どうなの?」

「ご飯食べるくらいなら構いませんけど」

「やったね!」

そう喜びながら、アリアはベルが座る椅子の向かいに腰掛けた

「いい香り……何飲んでるの?」

「桜茶っていう、桜のお茶ですよ」

「へぇ、そんなのあるんだ。ベルと似た香りね」

「当たり前ですよ。私の香りの元になってる花を使ったお茶ですから」

「そっか。じゃあ私もちょうだい?」

アリアはそう言って、にこやかにお願いしてきた

「わかりました。どれにしますか?」

そう言って、ベルは空間収納から瓶に入った3種類の桜茶の素を取り出した

「……何が違うの?」

「右のこれが生の桜の花、真ん中が乾燥させただけの桜、左が乾燥させて塩漬けにした桜です」

「もう一度聞くね、何が違うの?」

説明されても、アリアにはまだよくわかっていなかった

「生のやつと、乾燥塩漬けのやつ、2杯入れるので飲み比べてみてください」

「ありがとう」

そう言って、ベルは生の瓶から桜の花を2つ、乾燥塩漬けの瓶から1つ取り出し、カップへと入れた。

そして静かにお湯を注ぐ

湯気とともに、ほのかな桜の香りが広がった

「こっちが生で、こっちが乾燥塩漬けです。花が開ききったら、まず生の方から飲んでみてください」

「わかったわ」

返事をして、アリアはカップの中に浮かんだ桜の花をじっと眺めていた

――約2分後

「もういいのかな?」

「……はい、大丈夫です」

ベルはカップの中をそっと覗き込み、満開に開いた桜の花を確認してからそう伝えた

「そう? じゃあいただきます」

そう言って静かにカップを手に取り、王女様らしい上品さで一口啜った

「……?」

「まぁ、その反応になりますよね」

アリアはカップを見下ろしながら眉をひそめ、首をかしげていた

「なにこれ、いい香りだけど味がない」

「桜茶ってそういうものですよ。味を楽しむというより、香りを楽しむ飲み物です。こっちの塩漬けなら――一応、味はあります」

(もっとも、塩味ですけどね)

「飲んでみる」

そう言ってアリアはカップを塩漬けの方へ持ち替え、ひと口啜った

「ん〜……」

微妙な表情を浮かべる

「合いませんでした?」

「ちょっとね……」

「なら残してくれていいですよ、私が飲みますから」

「せっかく入れてくれたのにごめんね。口をつけちゃったけど、返すわ」

そう言ってカップをスッと押し、ベルの前へ差し出した

「はい。ちょっと待っててくださいね、すぐに普通の紅茶を入れますから」

「別にいいのに」

「いいですよ。私だけ飲むのも寂しいですし。一応、あまり期待しないでくださいね。メイドさんみたいに上手に入れられませんから」

「ありがとう。全然大丈夫よ」

そう言って、ベルは先日買った紅茶を入れ始めた

「どうぞ」

「ありがとう」

ベルが紅茶を差し出すと、アリアは嬉しそうに受け取った

「この香り……私があげたやつね」

「はい。アリアさんのお気に入りとのことなので、これを入れました」

「ベルのためにあげたつもりなのに、私が飲んでちゃ意味なくない?」

「大丈夫ですよ。店の場所も知ってますし、缶もひとつ頂いたので、いつでも買いに行けます」

(実はもう買い足してあるけど)

「ならいいけど」

そう言いながら、アリアはカップを持ち上げてひと口啜った

「やっぱりこれね……美味しい」

先ほどとは違い、紅茶を口にしたアリアの頬は緩み、ほっと一息ついた

「ふぅ……今日で14歳最後……明日にはもう私は成人、大人なのね」

「大人になりたくないんですか?」

「そういうわけじゃないけど……私は次期女王だから。成人したら、もういつでも正式に継承できるってことでしょ? だから、その責任が……ちょっと重く感じるのよ」

「何が怖いですか?」

「今でもそうかもしれないけど、継承して女王になったら……私の一言で簡単になんでも出来てしまう。それが一番怖いわ。やろうと思えば一言で人を殺すことも出来るし、私の一言で戦争だって起こせちゃう」

「……その重さを自覚できている時点で、アリアさんなら大丈夫ですよ。きっと立派な女王様になれます」

「……言っとくけど、それが一番重い一言よ?」

アリアは冗談を聞いたように笑いながら答えた

「気にしたら負けですよ。こういう期待は綺麗に受け流すことが大切です。全部を真に受けてしまったら、自分の足枷になるだけですから」

「……なんか、言葉の重みが違うわね」

「私が言うんですから、当たり前です」

(現役帝王の助言だぞ?)

ベルはそう胸の中で軽口を叩きながら、唇の端をほんの少しだけ緩めていた

「ふふっ……なんだか肩の力が抜けた気がする。みんなは私に責任を意識させようとするけど、あなたみたいに少し茶化してくれる方が、ずっと気が楽よ」

そんな風に話していると、扉がノックされ朝食が運ばれてきた

2人は他愛のない会話を交わしながら朝食を済ませ、こうしてアリアの14歳最後となる日が静かに始まった