661話 始まり前のひととき
661話 始まり前のひととき
アリアの15歳の誕生会の準備に追われて、気づけばもう7時間。15時前になってようやく準備が整った
「お疲れ様。ベルが手伝ってくれたから早く進めたけど、それでも時間かかったわね」
「いつもこんなに時間がかかるんですか?」
アリアは軽く息をつきながら首を振った
「今回だけよ。成人を迎える誕生日ってのは、それだけ特別ってこと」
「場所は変わらずここですか?」
「そうね。ただ装飾とかはいつもの倍くらい豪華になってるわ」
「そうなんですね。ちなみに始まるのは?」
「16時頃から人が集まり始めて、実際に始まるのは17時から18時頃ね」
「じゃあもうすぐ集まってくるってことですか」
「そうね。だから少し休んでからでいいから、着替えておきなさいよ?」
「……はい」
ベルは小さく肩を落として答えた
それから約40分、2人は部屋でのんびり過ごしていた――
やがてアリアは着替えへ向かい、しばらくして部屋へ戻ってきた
「ベルー? 着替えた?」
そう言いながら、返事も聞かずに中へ入ってきた
「ちょっと! なんで着替えてないのよ。私が戻ってくるまでに着替えておきなさいって言ったわよね?」
「……ちょっと覚悟を決めてました」
「ドレス眺めてないで、早く着替えなさい」
ベルの前には、桜色のとても可愛らしいドレスがトルソーにかけられており、まるで決闘相手を前にしたかのように、アリアが戻ってくるまでの間ずっと睨み続けていた
「わかりましたよ」
『即着』
次の瞬間には、ベルは普段着からドレス姿へと変化していた
腰まで届く純白の長い髪はハーフアップに結われ、淡い光を受けて桜の花びらのようにきらめいていた
左右で色の違う瞳――右は翠、左は紅――は、どちらも春の彩りを宿した宝石のように輝き、その幼い顔立ちに不思議な存在感を添えている
まだ11歳の可愛らしさ全開の容姿は、誰もが一目で「可愛い」と口にしてしまうほどだった
纏っているのは、ベルが着るために仕立てられた淡い桜色のドレス
スカートはふんわりと広がり、裾にかけて舞い散るように桜の花びらの刺繍が施されている。腰には大きなリボンが結ばれ、その中心には満開の桜を象った飾りが添えられていた
髪がハーフアップに結われているため、そこに飾られた桜の髪飾りが揺れるたび、純白の髪に柔らかな彩りが加わる
歩みを進めると、裾や袖の刺繍が風に舞う花びらのように揺れ、周囲の人々にはまるで桜が舞っているかのように錯覚させた
足元の靴にも小さな桜の刺繍が散らされ、踏み出すたびに花が咲くかのようだ
その姿はまさに“桜を愛する小さな姫君”
ひとひらの花びらが人の形をとったかのような桜の精霊を思わせる可憐さで、アリアの心をそっと奪った
「すご……!?」
即着で突然服が切り替わったことにも驚いたが、それ以上にベルのドレス姿に目を奪われていた
「ん、髪まで変わってる……?」
《このドレスに備わる即着の機能を少々いじりまして、髪型もドレスに合わせて変化するように設定しました。髪飾りも新たに作ったものになります》
《そう……まぁなんでもいいけど、これがピクシーが望んだ髪型なんだね?》
《はい。髪飾りなども含めて、これが今できる最大限の完成形です》
《そっか。一応聞くけど、“今できる”ってどういう意味?》
《今回はアリアさんが主役のため、あまり目立てません。なので本来ならティアラなども付けたかったのですが、髪飾りにしました》
《残念だったな! 俺が主役の時にドレスなんて着る機会ないよ》
嫌味でも言うように笑い飛ばしていた
ちなみにピクシー作のこのドレスには、既にあらゆる付与が施されており、見た目の美しさだけでなく、性能までも最高のものとなっていた。なんならベルの普段着よりも強いものとなっている
「どうですか? 一応、私のためだけに作られたドレスを着るのは初めてなんですけど」
アリアは目を丸くしてベルを見つめる
「……おかしい。この破壊力はほんとにおかしい」
「何がですか?」
ベルは首をかしげた
「私のドレスも今回のために作られた最高のドレスなの。それなのにあなたのドレスに負けてる」
アリアは自身の着ているドレスと、ベルの着ているドレスを見比べ、ため息混じりに言った
「着替えた方がいいですか? アリアさんより目立ったらダメですし……」
「別にいいわよ。私は海の国らしく青系、あなたはピンクだから被ってもいないし、問題ないわ」
「着替えてって言って欲しかった……」
ベルは小さく、冗談めかしてボソッと呟いた
「始まったら多分一緒には居られないから、ベルの好きなように過ごしてね。私は多分色んな人に囲まれてる……」
そう言いながら、アリアは少し遠い目をしていた
「わかりました。色々無視してご飯食べてますね」
「なんでもいいけど、食べ過ぎたらせっかくのドレスがきつくなっちゃうから気をつけなさいね」
「それはもちろん」
《一応説明しておきますと、サイズ自動調節のおかげできつくはなりませんし、多少食べ過ぎたとしても、認識改変のおかげで常に最も綺麗で可愛く見えるドレスラインへ補正されるようになっています。マスターの魅力を損なうなど、あってはなりませんから》
《そんなに変わるほど食べる気は無いけど、一応ありがとう》
《いえいえ、私はマスターのためのドレスが作れて満足です》
表情は見えないが、ピクシーの頬は自然と緩んでいるようだった
「何時くらいまでやる予定なんですか?」
「そうね……0時までには終わらせる予定よ。今はまだどうなるか分からないけど」
「早く終わるといいですね」
元気づけるように、ベルはそう笑いかけた
「そうね。そろそろ時間だから、あなたも会場へ向かいなさい」
「わかりました。また後で」
アリアは少し照れくさそうに笑いながら言う
「私の晴れ姿、しっかり目に焼き付けてね」
「はい」
そう言ってベルは1人、会場へと向かった