667話 逃げ場のない誘い
667話 逃げ場のない誘い
ベルがデザートを食べ始めてから30分ほど経った頃、扉が開かれ、楽器を持った人たちが一斉に入ってきた
「まだ食べ足りない者も、満腹な者もいるだろう。ここらで1つ、腹ごなしにダンスなどいかがかな?」
ルーカスがそう言うと、音楽隊が演奏を始めた
「まずは今夜の主役、アリアに任せよう」
「はい、承知しました。精一杯務めさせていただきます」
席を立ち、深くお辞儀をした
「相手はアリアの好きに決めなさい」
「わかりました」
そう返事をし、会場を見渡した
(あ、あんなところにいた)
アリアは目的の人物を見つけ、周りの人々や演奏する音楽隊に軽く目をやりながら歩みを進めた
「わざわざこんな端っこに来たってことは?」
「そう、少し前を開けてくれる?」
アリアがそう言うと、前で盾となっていたシモンとミアラは静かに左右にずれ、その場を開けた
「私と、最初の1曲を踊っていただけますか?」
「あ……」
(……終わった)
《打開策とかない?》
《ありません。むしろ王女様の誘いを断れば、余計に注目を集めてしまいますよ》
《やっぱり?》
《はい。素直に受け入れれば「綺麗だ」「美しい」と感想を抱かれますが、断れば「王女様の誘いを断ったぞ」「不敬にも程がある」と思われるでしょうね》
《だよね、嫌だー!》
「お誘いありがとうございます。僭越ながら、王女様のお相手を務めさせていただきます」
アリアは軽く微笑むと、ベルの手を取って優しくリードした
「では、始めましょう」
ベルは内心で逃げたい気持ちを押し殺しつつも、アリアの手のぬくもりに少しだけ安心を覚えた
音楽に合わせて、二人はゆっくりと会場の中央へ歩を進めた。
アリアがリードしながら、軽やかにステップを踏んでいった
ベルも貴族としてのたしなみで、男性の踊り方なら少し学んでいたが、女性の踊り方はほとんど知らず、戸惑いを覚えた
(全然わからない……)
それでも、持ち前の対応力で体の動きを調整し、アリアの手に導かれるまま自然とステップを踏み続けた
アリアの手は温かく、しっかりと握られており、力の入れ加減も絶妙で、無理なく自分の動きに合わせてくれる
ベルはふと視線を上げると、アリアの表情には柔らかな笑みが浮かんでいた
その微笑みを見た瞬間、緊張していた心が少し和らぎ、体も自然と軽やかに動き始める
(こんな時は、落ち着いて……落ち着いて……)
ベルは自分でも驚くほどスムーズにステップを踏み、音楽に合わせてアリアと息を合わせ続けた
(女の子の踊り方、少しずつ分かってきたかも……いや、これはアリアさんが合わせてくれてるな)
ベルは気負うことなく、アリアのリードに自然と動きを重ねていた
その姿は、まるで最初から踊り慣れていたかのように見える
会場では当然のようにアリアへ視線が集まっていたが、それと同時に、誰とも知れぬベルにも注目が集まり始めていた
「可愛い子だな……」
「誰か知らないけど、愛らしい……」
「まさか、どこかの令嬢か?」
「いや、あんな子を見たことがない」
そんな声が次第に増え、会場全体がざわついていく
そうした声に包まれながら、二人は数分踊り続けた
やがて曲が終わり、アリアは静かに一礼してベルの手を離した
「ありがとう、とても素敵だったわ」
その一言と共に、会場には自然と大きな拍手が湧き起こる
「さあ皆様も、次の曲はみんなで踊りましょう?」
2人の優雅な舞に触発されたかのように、次々と参加者たちもペアを組み、音楽に合わせて踊り始めていった
その脇で、ベルは疲れてもいないのに、わざと疲れたように肩を落として見せた
「おつかれさん、すっげー盛り上がってたぞ」
「とても素敵なダンスだったよ」
「盛り上がったのはいいですが、私としてはあまり嬉しくありません」
「盛り上がったってことは、それだけ注目されたってことだもんな。まぁ間違いなくテレスに顔、見られてるだろうな」
「はい……私はもうここで大人しくしてます」
「意外と体力ないんだな」
「いえ、これはただの演技です。この程度で私の体力は奪えませんよ」
「なんだそりゃ」
予想外の返答に、シモンは思わず笑った
「あれだけ目立ってたんです。こうでもしないと、ダンスの誘いに飲み込まれます」
「それは有り得るな。まぁ、お前がいいなら大人しくしとけ」
その後、ベルは壁際に立ち、あからさまに“もう踊れません”というオーラを漂わせながら、みんなが楽しそうに踊る姿を眺めていた