676話 不器用な感謝
676話 不器用な感謝
少しの間、会場の隅で待っていると、
「ベル! ちょっと来てー!」
「あ、はい」
思いのほか早く、アリアに呼ばれた。
「どうしました?」
「私は後ででいいから、先にお父様が話があるって」
「わかりました。面倒ごとは押し付けないでくださいね」
「わ、わかってるわ」
ベルが釘を刺すと、アリアは静かに目を逸らした
それ以上追及することなく、ベルはそのまま国王のもとへ向かった
「どうかしましたか?」
「大事はないか?」
「見ての通りです」
「なら良かった。改めて礼を言う。我が国を救ってくれたこと、感謝する」
国王は周囲の視線など意に介さず、静かに深く頭を下げた
「気にしないでください。私は、ただできることをやっただけです」
「それでもだ。あなたがいなければ……今頃この国は滅んでいたかもしれん」
「無事で何よりです。報酬は何でも受け取りますよ……なんちゃって」
ベルは軽く笑って肩をすくめた
その冗談に、国王の表情もわずかに和らいだ
「君の望むものを何でもやろう。望むのなら……アリアでも構わんぞ?」
ベルは冷静に苦笑を浮かべた
「ちょっと! 何勝手に決めてるのよ!」
頬を赤く染めたアリアが、慌てて止めに入る
「なんだ、お前はベルのことを相当好いてるではないか」
「……っ!」
その一言に、アリアは目を見開き、耳まで真っ赤に染めた
「そ、そんなんじゃないから!」
アリアはルーカスに文句を言いながら、ベルの手を勢いよく引いた
「わっ!」
突然のことに、ベルは思わず声を上げる
「ベル、さっきのはお父様の冗談だから、ほんとだからね?」
「はい」
手を引いたまま、アリアは必死に弁明する
そんなアリアに、ベルはいつも通り短く返事をした
「ベル、これを私の部屋まで運ぶから手伝って」
アリアは相変わらずベルの方を見ようとしない
「頑張ってください」
その様子を見たベルは、わざとそっけなく答えた
「手伝ってよ」
「なら、なんでそっぽ向いてるんですか? お願いするなら、お願いする相手をちゃんと見ないと、誰に言っているのかわかりませんよ?」
ルーカスの冗談を聞いて以来、アリアは一度もベルの顔をまともに見ていなかった
今もお願いしているにもかかわらず、顔は真反対を向いたままだ
「い、意地悪しないでよ……わかるでしょ?」
「いえ、全く。誰にお願いしてるんですか? そこには誰もいませんよ?」
「もう! ……お願い」
少し文句を言うように声を上げると、両手で目より下を覆い、赤く染まった顔を隠したまま、ベルをちらりと見てお願いした
「わかりました」
ベルはそう答えると、目の前に並べられていたいくつものプレゼントを、すべて空間収納へとしまった
「部屋に案内してください。私、場所を知りませんから」
「こっち」
そう言うと、アリアは再びベルの手を引き、自分の部屋へと案内した
道中、二人は一言も交わさなかった
「ここよ」
アリアが扉を開け、2人は部屋の中へ入る
「どこに並べます?」
「そこにお願い」
(平常心、平常心……)
「はい」
ベルは指定された机の上へ、先ほど収納したプレゼントを1つずつ並べていった
「……その、ありがとうね。いつも、私……ベルに初めて会った時からずっと、わがままばっかりだよね」
その背中を見つめながら、アリアは静かに口を開く
「気にしてませんよ。それに、わがままなくらいが女の子らしくていいと思います。少しわがままな方が、可愛いですからね」
「っ……!」
アリアは思わず息をのみ、顔を真っ赤にしてうつむいた
ベルはそんな様子に首をかしげながらも、何も言わず静かに立っている
部屋の中には、外の賑やかな喧騒とは対照的に、くすぐったいような沈黙だけが流れていた
「そ、そういえば、お礼……受け取ってくれた?」
「?……あ、もしかしてこれですか?」
最初は何のことかわからず首をかしげたベルだったが、すぐにメイドから渡されたお礼の品を思い出し、空間収納から取り出した
「それ、私が選んだのよ」
「どうしてわざわざ?」
ベルは小さく首を傾げながら尋ねる
「私のわがままを何回も聞いてくれたし、会場の準備も手伝ってくれたでしょ? だから、ちょっとくらいお礼しないとね」
「そういうことですか。ありがとうございます」
アリアは少しだけ視線を泳がせた
「……気に入ってくれるといいんだけど」
「開けてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
ベルが受け取ったのは、水色の箱に青いリボンが結ばれた可愛らしい箱だった
ベルは箱を近くにあった机の上へそっと置くと、青いリボンをゆっくりとほどき、静かに蓋を開けた
「3つ入ってますね」
箱の中には3つの仕切りがあり、2つは正方形、もう1つは細長い長方形のスペースになっていた
「カップケーキと、髪飾りと……?」
「ケーキは他のみんなと同じやつだよ」
「これですね……ということは、残り2つは?」
「それが私の選んだやつ」
「まず、これは髪飾りですよね?」
「そうよ。それは元々は私のだったんだけど、私よりも絶対ベルの方が似合うと思ったからプレゼント」
「いいんですか?」
「もちろん。私の髪、水色でしょ? その色とはちょっと合わなかったの」
「……いらないものを私にあげるってことですか?」
「確かにそういう捉え方もできるけど、いらないってわけじゃないわ。見た目は好きなのよ、とっってもね。だけど、合わなかっただけ」
「そういうことなら、有難くいただきます」
「それね、この世界に1つしかない特別なものなの。だから、大事にしてほしい」
「えっ……?」
思いがけない言葉に、ベルは思わず息をのんだ
「私が生まれる前の話なんだけどね。ある職人さんが、私のためだけにって作ってくれたらしいの。でも、私が生まれる前に寿命で亡くなっちゃったみたいで……」
「そんなもの、私がもらっていいんですか?」
「うん」
「……ダメです。私は受け取れません」
そう言ってベルは髪飾りを手に取り、アリアの手のひらへそっと戻した
「もらってくれないの?」
その声には、かすかな寂しさが滲んでいた。
「それは、アリアさんのために作られた大切なものです。誰かに譲ってしまうのは、その職人さんに失礼だと思います」
ベルはアリアの目を見て、静かに、しかし真剣な眼差しでそう告げた
「それでも……」
「ダメです。私は、何と言われようと絶対に受け取りませんからね」
ベルがきっぱりと言い切ると、アリアは小さく息を吐いた
「……じゃあ、これあげる」
そう言うと、アリアは自分の髪飾りを外し、ベルの左耳の上へ迷いなく手を伸ばした
手渡せば、また返される。
だから、直接つけてしまえばいい
ベルが反応するよりも早く、アリアは髪飾りをそっと留め、満足そうに微笑んだ
アリアからベルに渡された髪飾りは、金色の枝に深い青の宝石がいくつも連なった、葉を模した美しい飾りだった
その青は、海の底に射し込む光を閉じ込めたといわれる宝石――アリアの国で"深海石"と呼ばれる希少なもの
光を受けるたびに静かにきらめき、まるで波のない深海を映すように穏やかに輝いていた
「えっと……」
「それは私の一番のお気に入り。なくしちゃダメよ?」
「そんな大切なもの、貰ってもいいんですか?」
「うん」
その返事に、迷いは一切なかった
「なら、貰っておきます」
「うん、お願い」
ベルは一瞬だけアリアを見つめ、それから静かに視線を落とした
「……次のこれは?」
3つに分かれた仕切りのうち、細長い方に入っていたものを手に取る
「それはね、ベルが毒の入ったものを平気で食べちゃうから、食べても大丈夫なように、毒を中和したり、弱いものなら分解してくれる魔法道具よ」
「そんなものがあるんですね」
「あるのよ。チョーカーになってるから、首につけておけば毒を食べても平気」
「私、毒効きませんけど?」
「知ってる。でも、それでも心配なの。だから、私の前で何か食べる時は、ちゃんとつけてて」
「……ありがとうございます」
ベルは複雑な気持ちを抱きながらも、しっかりと感謝の言葉を口にした
「つける?」
「特に何も食べる予定はありませんが、アリアさんがつけたいなら、どうぞ」
「なら、似合うかどうかも見たいし、着けさせて」
ベルは静かにチョーカーを差し出した
「ちなみに、どうしてチョーカーなんですか?」
「ブレスレットとか指輪とかネックレスとか、身につけるものなら何でも良かったんだけど、作る人に聞いたら、毒を中和するなら食べ物が通る喉に近い場所の方が効果が高いって言ってたから、この形にしたの」
「そうでしたか。てっきり、私が逃げないように捕まえるためかと思いましたよ」
ベルは肩をすくめ、冗談交じりにそう呟いた
その一言に、アリアの手がぴたりと止まる
「あっ……ごめんなさい。私、毒さえ何とかなればいいと思って、そこまで考えてなかった。確かに首輪みたいで嫌よね」
「別に私は気にしませんけどね。そもそも首輪とチョーカーを一緒にしちゃダメですよ」
「あなたが先に言い出したんじゃないの!」
「それに、私が首輪程度に縛られると思いますか?」
「無理ね。このくらい引きちぎって逃げていくでしょ。あなたならね」
「御明答」
ベルは軽く笑い、自分で悪くしかけた空気を和ませた
「どう? 苦しくない?」
「大丈夫です」
「そっか。じゃあ完成」
「どうですか?」
アリアは少し離れ、確認するようにチョーカーをつけたベルを見つめた
「ごめん……やっぱり付けなくていい」
「どうしてですか?」
「あなたにはまだ早い気がする」
ベルの見た目のせいで、それはおしゃれというより、本物の首輪のように見えてしまっていた
「ドレスの影響もあるかもしれないけど、チョーカーはやっぱりかっこいいお姉さんの方が似合うわね。あなたはまだ幼い」
「これでも一応10歳です。アリアさんと5つしか変わりませんが?」
「あらそう? こんなにちっちゃくて可愛いのに、5つしか変わらないなんて不思議ね」
ベルの身長は約150cm、対するアリアは約165cm、2人の間には15cmもの身長差があった
アリアは少し意地悪そうに笑った
「すぐ外すから動かないでね」
「あ、はい」
そう言ってアリアは、もう一度ベルの背後へ回った
(外さないでギュッて締めたら怒るかな……あ、だめだめ、邪な心が)
アリアは小さく首を横に振り、その考えを追い払おうとした
けれど手は正直だった
知らず知らずのうちに、リボンを解くどころか、ほんの少しだけきつく結んでしまっていた
「外すんじゃないんですか? きついんですけど」
「ご、ごめんなさい……手が勝手に動いちゃって……」
「ならいいですけど」
「好奇心に、ちょっと勝てなかったのよ……」
申し訳なさそうにそう呟くアリアに、ベルは小さく苦笑した
「怒るほどのことじゃありませんから、気にしないでください」
「なら良かった……ベルが帰るまでには、チョーカーの代わりを用意するからね」
「大丈夫ですよ、お気遣いなく」
「ダメ。これはね、私の気持ち……というより、恩返しみたいなものなの。だから、ちゃんと受け取ってほしいの」
真っすぐな眼差しで告げるアリアに、ベルは静かに頷いた
「わかりました。楽しみに待ってますね。それじゃ、着替えたいので私は部屋に戻ります」
「うん」
ベルは軽く会釈すると、くるりと背を向けて歩き出した
部屋の扉へ向かい、数歩進む
その時だった
「ベル!」
アリアの声が部屋に響く
ベルは足を止め、ゆっくりと振り返った。
けれど、呼び止められるような心当たりは何もない
どうして呼ばれたのか。
その理由は、思い当たらなかった