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678話 ピクシーへのお願い

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678話 ピクシーへのお願い

アリアに手を引かれ、お風呂へ向かう道中

《本当にアリアさんとお風呂に入るのですか?》

《……俺がそんなことすると思う?》

《すると思う? も何も、既に入ることが決定していますが》

ベルは仕方なく、少しため息をついた

《ピクシー、お風呂の間だけでいいの。だから、代わってくれませんか》

《どうしてですか? 私は今からエイル様に、マスターがアリアという名の女性と共にお風呂に入るそうです、と念話をしないといけないのですが》

ベルの肩がぴくりと跳ねた

《ほんとにお願いします。ピクシーのわがままもひとつ叶えてあげるから、だからお風呂の間だけ、体の制御権を代わってください》

《……わがままとは、どんな事でもいいのですか?》

どこか期待と遠慮が入り混じったような声で、ピクシーは尋ねた

《俺に出来ることなら基本は何でも。やりすぎなことは却下で》

短い沈黙が流れ、空気がきゅっと締まる

《わかりました。私のわがままを聞いてくださるのでしたら、マスターの願いを受け入れましょう》

その声と共に、ピクシーがふわりと前へ出て、ベルの意識が後ろへと滑り込む

視界が淡くかすみ、次の瞬間には別の感覚が前面に立っていた

《ピクシー、お風呂に入る扉の前に着いた瞬間に、俺に届くものは声以外の全部を遮断して》

《わかりました。会話はどうしますか?》

《……本当は嫌だけど、会話だけは俺がやるよ。もし体を触られたり、視覚による情報が必要なことはピクシーが対応して、俺の言葉は遮ってくれていいから》

《かしこまりました》

《違和感ないようにね》

ピクシーは静かに調整を始めた

ベルに届く外界の情報がすっと遠のき、いつでも遮断できる準備が整う。代わりに"声だけ"が細い糸のように繋がった

そしてベルの声だけが口から自然に出るよう、精密に整えられていく

《それから俺の体の性別を反転、女の子にして対応して》

《わかりました》

すぐさまピクシーの処理が入り、ベルの体にわずかな違和感が流れ込む

見た目はほとんどそのまま。アリアが隣で歩いていても気付けないほどの変化

ただ、胸の感触が柔らかいものへと変わり、ほんの少しだけ膨らみが整う

骨格が軽く締まり、下腹部にあるものが静かに切り替わる

本人にしか分からない、ごく静かな切り替えだった

その隣で、アリアはまるで宝物を手に入れたかのように、ルンルンの笑顔で手を引き続ける

「ねぇねぇ、ベル! 今日はいっぱい遊ぼうね!」

「いやいや、遊ぶって言ってもまずはお風呂ですよね?」

「えー、でもお風呂って準備運動みたいなものでしょ? そのあとが本番!」

アリアは嬉しそうに小さくジャンプして手を握り直す

「ちょっと、ジャンプはやめてください……手を引かれたままジャンプされると、私、転びますよ」

《私がそんなに鈍臭いと思いますか?》

《いえ全く、ピクシーが転ぶところなんて想像できません》

ベルは少し笑いを堪えた

廊下の角を曲がったところで、アリアは急に立ち止まった

「ねぇ、ベル、ここまで来て気づいたんだけどさ」

「何ですか?」

「私、裸の付き合いって初めてかも!」

アリアは目をキラキラさせて、ベルを見上げる

「……それを言うなら私も初めてですよ」

(女の子とはね)

「ふふ、お互い初めてなんだね!」

アリアはくすっと笑い、ベルの腕をぎゅっと引っ張った

その瞬間、ベルは心の中で小さく呟く

(……これは長い戦いになりそうだ。頼んだよピクシー)

二人はそんな微妙な駆け引きを抱えつつ、ついにお風呂の入り口の前にたどり着いた

同時に、ピクシーの調整が完了し、ベルに届く情報は声だけへと切り替わった

「ねぇベル、脱ぐの手伝って?」

「仕方ないですね」

ベルが静かに答えると、ピクシーが代わりに手を動かし、アリアの背中に触れた

「ほんとこういうドレスって不便よね。見た目が良い分、着やすさとか脱ぎやすさとか考慮されてないし」

「その分、綺麗な姿をみんなに見てもらえるんですからいいじゃないですか」

「そうだけど、作る人に文句を言いたいわ」

アリアがむくれたように言うと、ピクシーが落ち着いた声で淡々と続けた

「このようなドレスは装飾が綺麗な分、本体もそれなりに重くなっています。脱ぎやすくすると支えが弱くなり、ズレてしまう危険が出ますし、その結果、見た目の美しさも損なわれかねません」

アリアは思わず眉を寄せた

「そうだけどさ……ボタンとか紐とか、脱ぐ時に必要なところをあまり隠さないで欲しいのよ」

「むしろ隠しておいた方がよろしいと思いますよ」

アリアはきょとんと目を瞬かせる

「どうして? 隠されてたら1人じゃ脱げないじゃない」

「パーティー会場に変態がいた場合、紐を結んで固定している部分を引っ張られれば、その場であられもない姿を晒す可能性があります。ですが、紐が隠されていれば、そもそも触れられることすらありません」

アリアは少し息を呑んだ

「つまり、そうならないようにするための工夫ってこと?」

「ええ。作り手としては、見栄えだけでなく"もしもの時"に備えるのも務めなのです」

アリアは肩を落としつつも、どこか納得したようにうなずいた

「……それなら文句言えないかも」

ベルは静かに息をひとつ整え、さらりと言葉を重ねた

「もし最悪の事態が起きて、誰かに紐を引っ張られてドレスが脱げちゃったりしたら……その"脱げてしまった相手"が王女様だったなんてこともあるわけです。その場合、犯人も、作った職人も、最悪は死刑。良くてむち打ちです」

アリアは思わず肩をすくめた

「……私が間違ってたわ。作ってくれた人はすごい」

「はい。感謝してあげてください……ボタンと紐はすべて外しましたので、ここからはご自身でどうぞ」

アリアは軽く目を丸くした

「すごいわね。試着の時はメイドさんが3人がかりだったのに、その時より早い気がする」

「私は少し指が器用なだけです。気のせいですよ。本業のメイドさんに勝てるわけありません」

「そういう事にしといてあげる。ベルは手伝う?」

「いえ、私は……大丈夫ですよ」

ベルは胸元にそっと触れると、身に付けていた衣服がパッと消えるように空間収納へ収められた

その瞬間、ドレスと入れ替わるように胸元から太ももあたりまでを隠すタオルがふわりと現れ、ベルの体をやわらかく覆った

姿は見えていないとはいえ、配慮は必要と判断したのだろう

ピクシーの小さな気遣いが、控えめにベルを包み込んだ

「ほんとアイテムボックスって便利よね。羨ましいわ」

「文句を言うなら神様にどうぞ」

「神様に文句を言うもんじゃないわよ。神様は私たちを守ってくださってるんだから」

「なら買いましょう。王族ならアイテムボックスの1つや2つ、簡単に買えますよね?」

「あのねぇ……アイテムボックス1ついくらすると思ってるのよ」

「さぁ?」

「さぁ? って、容量が少ないものでも白金貨1枚からよ。容量が多くなれば国の国家予算並の値段になるの。それ理解してる?」

「いえ、私はスキルで持ってるので必要ありません」

「それもそうね。私も普段使いできる自分のアイテムボックスあったらな〜、こんなに頑張ってドレス脱ぐ必要ないのに」

色々言いながらも、アリアは横で一生懸命にドレスを脱いでいた

「仕方ないですね。そのまま両手を出してください」

「ちょっと待って、先にこれ脱ぐから」

「いえ、今すぐです」

「も〜……何よ?」

文句をこぼしつつも、アリアは素直に両手を前へ差し出した

「……これで満足ですか」

ベルは手を軽く上からなぞるように下へと下ろした

その瞬間、アリアの身に付けていたものはすべてふっと消え、代わりに両手の上へときれいに重なって置かれていた

この後洗濯することを考えれば多少くしゃっとしてもいいのに、無駄にきっちり畳まれているあたりがピクシーらしい配慮だった

「あ、ありがとう」

いきなり素っ裸にされたアリアは、頬を少し赤く染めていた

「冬で空気が冷えているので、早く入ってしまいましょう」

アリアは手に乗せられた自分の衣服をそっと籠へ入れると、ベルの方へぱっと振り向いた

「そ、そうね。熱魔法で部屋を暖めてるとはいえ、何も着てないとさすがに寒いわね」

ベルが一足先に浴室へ入っていく。その背中を追いかけるように、アリアも小さく肩をすくめながらお風呂へ入っていった