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680話 違和感の正体

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680話 違和感の正体

2人は髪と顔を終わらせ、最後の体を洗う工程へ移った

「体はお好きなように洗ってください。ここは特に決まりはありません」

「何も持ってないんだけど……洗うためのタオルとかは?」

「どうぞ」

ベルは、言われるのを待っていたかのように自然な動きでタオルを差し出した

「ありがとう」

「一応お伝えしますが、強く擦りすぎると肌荒れの原因になります。優しくお願いしますね」

「わかってるわ。それはメイドさんにも散々言われてるから」

アリアは苦笑しながらタオルを受け取った

「なら安心です。そのタオルは泡立ちもよくて、肌を傷つけにくい素材なので扱いやすいと思います」

ピクシーはそう言いながら軽く頷いた

それに合わせるように、ベルも小さく首を縦に振る

アリアはタオルを手に取り、泡立ちを確かめるように指先で触れた

「ボディーソープはこれをお使いください」

「うん」

2人はタオルを湿らせ、ソープを乗せてそっと泡立てた

ふわふわとした泡が、タオルの上で静かに膨らんでいく

「すご……私がいつも使うやつ、こんなに泡立たないよ?」

「ええ、少し特別な作り方をしています。泡がしっかりしていて、肌も傷つきにくいんです」

ピクシーは何でもないような雰囲気で肩を軽くすくめた

その動きの裏で、小さな独り言が胸の内へ沈んでいく

(こうしておけば、マスターが力任せに擦るなんて事態は回避できますから。せっかくのきれいな肌を痛ませるわけにはいきません)

ピクシーは穏やかな笑みを崩さないまま、言葉を続けた

「優しく撫でるだけで十分綺麗になります。力はいりませんよ」

アリアはその言葉に頷き、タオルを握る手をそっと緩めた

アリアが体を洗い始める横で、ベルは空間収納から桜のバンスクリップを取り出し、まとめた髪を軽く留めた

ベルのお手製の飾りが、湯気の中で小さくきらめいた

その後、ベルも優しい手つきで体を洗い始める

「アリアさんは、どうして私とお風呂に入りたかったのですか?」

「いきなりね」

「体を洗うだけなので、特に教えることはありませんからね。ちょうどいいタイミングです」

ベルの問いかけに、アリアはタオルを動かす手を少しだけ止めた

泡が指先からゆっくりと垂れ、床へ落ちる

「そっか……私の誕生会が終わったらベルはもうすぐ帰っちゃうでしょ? だからちょっとでも仲良くなりたかったのよ……」

恥ずかしそうに視線を逸らし、湯気の向こうへ逃がした

「既に私たち、それなりに仲が良くなったと思っていたのですが」

一瞬の間が空いたあと、アリアはぎゅっとタオルを握り直す

「……一緒にいられる時間がもうないから、ちょっとでも一緒にいたいの! 悪い?!」

アリアは感情を抑えきれず、少し語気が強くなった

ベルはその勢いを静かに受け止め、わずかに表情を緩めた

「いえ、その言葉が聞けただけで満足です」

「……何よそれ」

返された言葉に照れが混じり、アリアはそっぽを向いた

ベルはその反応に淡く笑みを浮かべながら立ち上がり、体についた泡を静かに流し始めた

その音につられるように、アリアもゆっくりと泡を流していく

湯の落ちる音が、2人の間に短い静寂を作った

「浴室でできる工程はあと1つありますが、アリアさんはやりますか?」

「何するの?」

「マッサージですね」

「マッサージ?」

アリアは首を傾け、聞き慣れない工程に小さな興味を向けた

「はい。首や肩、腕に足などを軽く解します」

《ちょっと待ってピクシー、俺そんなのやったことないけど》

ベルの心の声が響いたが、ピクシーは涼しい顔で完全にスルーした

「あ、もしかしてお風呂入ったらメイドさんが腕とか足をぷにぷにしてるやつ?」

アリアは思い出すように、自分の腕を軽くつまむ

ベルは一拍置いて、落ち着いた声で答えた

「ぷにぷにというと語弊がありますが、恐らくそれですね」

アリアは泡を流しながら、ふと真剣な顔で問いかけた

「必要なの?」

ベルはその横顔を見て、小さく息を整える

「マッサージをすることで血行が良くなり、むくみが取れます。結果として細く見えたり、体を軽くしたりする効果があります」

「そうなの? じゃあやってみる」

「わかりました。マッサージをする際はこちらのオイルを馴染ませ、優しく解していきます」

アリアは興味深そうに視線を向けた

ベルは小さな瓶を手に取り、掌にオイルを広げると、そのまま実演するように首へ手を添えた

首に軽く手を添え、指先でゆっくり円を描くようにほぐす

次に肩へ移り、力を入れすぎないよう一定のリズムで押し流すように解していく

ベルの手つきは滑らかで、アリアは瞬きもせず見入っていた

そのまま腕へと進み、手首から肘、肘から二の腕へと丁寧に指を滑らせる

最後に足へ移り、足首からふくらはぎに沿って軽く押し上げるように流して見せた

「こんな感じです」

「やってみる」

アリアはそう言って小瓶を受け取り、手のひらでそっとオイルを温めるように馴染ませた

そのままベルの動きを真似しようと、恐る恐る首へ指先を添える

表情には少し緊張が混じっていたが、彼女は真剣そのものだった

アリアはベルの動きを思い出しながら、ゆっくり首筋を撫でるように押し流していく

最初はぎこちなかった指先も、少しずつ力加減をつかんでいった

ベルはアリアの様子を静かに見守りながら、必要な時だけ短く補足を入れる

「その力で大丈夫です。肩はもう少し広めに手を置いてください」

「こう……?」

「はい、上手です」

肩から腕へ、腕から手首へ

アリアは慎重に順番を辿りながら進めていった

ふくらはぎに触れる頃には、最初の緊張が嘘のように動きが柔らかくなっていた

「……できたと思う」

アリアは小さく息を吐き、手に残ったオイルの香りを確かめるように指先を見つめた

ベルは軽く頷きながら答える

「はい、十分にできていますよ。あとはご自身で続けていけば、もっと自然にできるようになります」

湯気の揺らぎがゆっくりと形を変え、2人の距離をそっと包み込んでいた

「オイルはどうするの?」

アリアが掌に残った薄い光沢を気にするように見つめると、ベルは落ち着いた声で答えた

「そのオイルは流さなくても大丈夫なものです。自然と肌に馴染み、保湿と肌荒れ防止の役割をしてくれます」

アリアは自分の腕をそっと撫で、しっとりした感触にほわりと目を細めた

「とは言ったものの、湯船に浸かってしまうと大半は流れてしまいますけどね」

「……それはどうなの?」

アリアが眉を寄せると、ベルは涼しい顔で続けた

「湯に溶けても、次に入る人の肌が潤うので問題ありません。むしろ得をします」

アリアは一瞬戸惑ったあと、わずかに頬をふくらませて「……そういうものなのね」と小さく呟いた

「あとはゆっくり湯に浸かるだけです。マッサージで体が少し冷えていますから、しっかり温まってください」

「うん」

そうして2人は静かに湯へ身を沈めた

湯気の膜がそっとまとわりつき、冷えていた体をゆっくりと芯から温めていく

「……」

ベルはただ静かに湯の音を聞き、微動だにしなかった

「……」

アリアが小さく息を吸い、ちらりと横目でベルを見たが、ベルはやはり無反応

「……」

もう一度視線を送ってみても、変化はない

「なんですか? 何か私に言いたいことが?」

アリアはチラッとベルを見ては目を閉じ、またそっと覗き見るのを繰り返していた

「ううん、なんかいつものベルと違う気がしてて……」

「そうですか? 気のせいだと思いますけど」

ベルはどこかはぐらかすように答えた

「ううん、色々と教えてくれてる時から違う気がするの。私の気のせいかもしれないけど、いつものベルじゃないと思う」

「……そりゃ違和感もあるでしょうね。誰かさんのわがままで一緒に入ってるんです。ちょっとの違和感くらい許容してください」

「それもそうね。嫌だけど我慢してくれてるんだよね……ごめんなさい。なんでもないわ、私の気のせいみたい」

「はい」

そのやり取りの空気に、ベルはピクシーの言葉に残った小さなトゲを敏感に感じ取った

直後、場を和らげるように空間収納からあるものを取り出し、湯船へと流し込む

「……ん? なにこれ」

「桜です。私がプレゼントに贈った桜も同様の使い方ができますよ」

ベルの声はどこかいつもより優しく、先ほどの棘をそっと隠すようだった

「綺麗だけど……こんな使い方いいの?」

気づけば湯船の水面は淡い花びらで埋め尽くされ、湯の色すら見えなくなっていた

「ん〜……やりすぎですね。私の空間収納にはこの桜が大量に入っているので、つい出しすぎました」

「ふふっ……相変わらず調整が下手くそね」

花びらに埋もれた湯面を見てアリアがくすりと笑う

その軽やかな笑い声が、先ほどまでの張りつめた空気をゆっくりとほどいていった

その様子を見ながら、ピクシーは胸の奥でほっと息をつく

機転を利かせて空気を戻してくれたベルの気遣いに、思わず頬が緩んだ

「どうするの? これ、掃除大変よ?」

「そこは大丈夫です。アリアさんが"違和感"だと言った、あの人が何とかしてくれます」

「何それ……まぁ、綺麗にしてくれるなら何してもいいわ」

アリアは肩をすくめながら笑った

《ピクシー、ちゃんと掃除するんだよ》

《はい。これは私の言動が招いた問題ですし、責任をもって片付けます。それと……ありがとうございます》

《別にいいよ。俺がアリアさんと一緒に入るのが嫌なのは、俺が男だからってだけだし……そこで対応してくれるのがピクシーでしょ? そういう時のために任せてるんだし、頼むよ》

《お任せください。マスターの立場も、アリアさんの気持ちも、どちらも守ります》

少しのやり取りを終えると、ベルは静かにアリアへ向き直った

「すいません。少し……配慮に欠けました」

「……何が? 別に桜は綺麗だしいいんじゃない?」

「いえ……その前に言った、誰かさんのわがままでってやつです」

アリアは一瞬だけ目を伏せ、湯に揺れる花びらをそっと指先でなぞった

「気にしないわよ。その程度で怒ったりしないし……むしろ悪いのは私の方よ。わがままを半ば押しつけてるのは私だもの。嫌われるならきっと私からね」

言葉は軽く笑っているようで、その奥にはほんの少しの不安が滲んでいた

「あくまで私の感想ですが、アリアさんはそのままでいいと思います。現に誰もアリアさんのことを嫌っている人はいませんし、むしろ信頼されているじゃないですか」

「だといいけどね」

「信頼されているから私を連れ回しても何も言われないですし、怪しまれるどころか変な視線を向けられていましたよ」

「ふっ……ベルはそんなの気にしないと思ってたわ」

「"私は"気になります」

「そっか……まぁあなたが誰なのかは知らないけど、ベルの代わりをしてるってことはベルのなにかなのよね。ベルは色々やらかすから、ちゃんと見張ってなさいよ」

「私が見張っていてあれなんですから、不可能です」

「それもそっか」

同じ感想を共有した2人は、笑い合いながら肩の力を少し抜いていた

その後、アリアとピクシーはベルの苦労話に花を咲かせながら、穏やかな時間を過ごしていた