682話 寝る前の女子会?
682話 寝る前の女子会?
脱衣所から廊下へ足を踏み出した瞬間、ベルの体の主導権は静かに本人へ戻り、ぼんやりしていた視界や感覚も、すっと輪郭を取り戻すように整っていった。
ピクシーも、いつもの位置へふわりと戻ってくる
《ありがとう、ピクシー》
《はい。私のわがままのこと、忘れないでくださいね》
《もちろん。ピクシーが叶えてほしい時にいつでも言ってね》
《はい》
そんな言葉を交わしながら、2人は足早にアリアの部屋へ向かった。
特に会話はなく、湯気の余韻だけが背中にふわふわとついてきていた
ほどなくしてアリアの部屋へ到着し、扉を開けた瞬間に温かい空気がベルの頬を撫でた
「ふぅー寒かった……部屋は暖かい」
「言ってくれれば保温魔法でも熱魔法でも使ってあげたのに」
「寒いとはいえ、そこまでするのはちょっとね」
「そうですか」
ベルがわずかに首を傾けたタイミングで、アリアはするりと距離を詰めた。
温まった部屋の空気が、2人の間にゆるく揺れる
「……何する?」
アリアは体をかがめ、下から覗き込むようにベルの表情を探った
「私が聞きたいくらいですよ」
ベルは微妙に一歩引きつつも、淡々と答えた
「この後残されてるのは寝るだけだから、何してもいいんだよね」
「じゃあ大人しく寝ますか? 疲れてるでしょ?」
「それはちょっと寂しいからなし! 女の子が好きそうな恋バナしましょ! 恋バナ!」
勢いよく詰めてくるアリアの声に、部屋の空気が一気に明るく跳ねた
アリアはそのままベルの手首をそっとつかむと、ベッドの方へ引っぱっていった
寝具がふわりと沈み、2人は並ぶように腰を下ろし、そのままアリアは自然と横になる。
ベルはベッドの縁に座ったままだが、温かい布団の中で、距離がいつもより少しだけ近い
「貴族でもそんな話するんですね」
(やっぱり当然のようにベッドに連れてこられるのね……)
ベルは肩を軽く落とし、どこか呆れとも諦めともつかない温度で返した
「さぁ? 前に女の子だけで夜集まったら恋バナって聞いたから、実際にするのは私も初めて」
アリアは指先で髪をくるりとつまみながら、わずかに照れたように笑った
「相手間違えてますよ。それに人数が足りてません」
「いいじゃない。ベルは好きな人とか居ないの?」
アリアは少しだけ身を寄せ、期待を忍ばせるように覗き込んだ
「そんな人いませんよ」
ベルの声はいつも通り淡々として、余計な揺れのない静かな返答だった。
ベルの中にはテレスたち3人がいるが、いまこの状況では話すべきではないと判断した
「そうなの? こんなに可愛いならモテモテだと思ったんだけどな……シモンとかどう? かっこいいよ?」
「確かにかっこいいですけど、私はいいです」
「なんでよ。じゃあ……じゃあ…………ベルが関わったことのある男の子って、他にいないわね」
アリアは指先で頬をつつきながら、困ったように唸った
ベルは少しだけ目線を持ち上げ、問い返すように静かに口を開く
「残念ですね。じゃあ逆に聞きますけど、アリアさんはいないんですか? 好きな人とか」
「好きな人ねぇ〜……この人のこと嫌いって思う瞬間はあったけど、誰かを好きって思ったことは一度もないのよね。その感情が分からなくて」
アリアは枕に頬を押しつけながら、どこか投げるように言った。
ベルはその言葉を静かに受け止め、呼吸を1つだけ浅く吸った
「好きっていうのは……その人と一緒にいると安心するとか、心地いいとか、ずっと側にいたいって思えるような相手のことです。無理に分かろうとしなくても、アリアさんもいずれ自然とそういう人に出会えますよ」
「じゃあベル……一緒にいたらなんか落ち着くし安心するもん」
「私はそういうの受け付けてません、諦めてシモンさんで許してください」
ベルの淡々としたひと言に、アリアは一瞬だけ固まった
シモンのことをそんな風に考えたことなどなかったため、突然名前を出されたことにどう反応すればいいのか分からない
「な、なんでシモンなのよ!」
アリアは枕をぎゅっと抱きしめ、どうにか誤魔化すように声を上げた
別にシモンが好きなわけではない
ただ、今まで意識したことすらなかった相手を突然「好きな人の候補」として出され、妙に気恥ずかしくなってしまったのだ
ベルは静かに返す
「他に候補が思いつきませんから」
アリアは「むぅー……」と低く唸りながら、枕に顔を半分埋めた。
その仕草は怒りよりも照れが勝っていて、部屋の空気が温かく揺れるようだった
「ベルは……私のこと、どう思ってるの?」
ベルは目を細め、ほんの少しだけ肩を竦めた
「わがままな王女様……でもまぁ、悪くはないですね」
「……そっか」
アリアはその一言に何かをそっと受け取ったように呟き、枕を胸元へ抱え込むようにして顔を隠した
「寝るなら明かり消しますけど」
「……まだ」
小さく返したかと思えば、バサッと勢いよく起き上がる
「じゃあ何をするんですか?」
「ベルの好きなことは?」
「私の趣味ですか?」
「そう」
「趣味、ですか……こういうのをよく作ってます」
ベルは体を内に向け、空間収納へそっと手を伸ばした。
そこからぬいぐるみを1つずつ取り出し、ふたりの間に静かに並べていく
「かわいい……こんなの作れるの?」
アリアは思わず指先でそっと触れ、目を輝かせた
「はい。誰かにあげることはあっても売ったりはしてないので、本当に趣味ですけどね」
「すごいわね。売られているものよりも綺麗だし、かわいい」
「欲しいならあげますよ」
「いいの?」
「はい。子供たちには欲しいのがあればそのままあげますからね」
「……私もう大人だもん」
「はいはい。色々並べていくので欲しいのがあれば言ってください」
ベルはアリアの文句を軽く流しながら、静かに次々とぬいぐるみを並べていった
「……この子がいい」
アリアは控えめに指先で小さな影を示した
「欲しいのなら、どうぞ手に取ってみてください。ぬいぐるみは見た目だけじゃなくて、手触りや触った感触も大事な要素ですからね」
「わかった」
そう言ってアリアはそっと手を伸ばし、ベルの並べたぬいぐるみ1つを手に取る
手足をゆるっと投げ出して、つぶれたように眠っている姿勢のレッサーパンダを持ち上げた。
指がふかふかに沈むと、アリアの表情がわずかにほどけた
「かわいい……」
両手でそっと持ち上げて正面から見つめると、小さく呟きが漏れ、頬がほんのり緩んでいた
「どうですか? 手触りとか硬さとか」
「いい感じ。柔らかいけど少し重さもあって……なんか、あたたかくて本当に生きてるみたい」
「その子は枕にしたり、隣に置いて一緒に寝たり、抱きしめて寝たりする用でもあるので……寒い時はぽかぽかするように調整してあります」
ベルがそう告げると、アリアはレッサーパンダを胸にぎゅっと寄せ、そっと頬を押し当てた
「……ほんとだ。これならぐっすり眠れそう」
「はい。寝ている間に押しつぶしても大丈夫です。しばらく置いておけば、自然に元の形に戻るように作ってありますから」
アリアはレッサーパンダの耳を軽く撫でながら、そのぬくもりにほだされるように小さく息を吸い、ふわっと控えめなあくびを漏らした
「……なんか、眠くなるわね」
ベルはゆるく瞬きをして答えた
「その子はそういう効果もありますから。寝る前にはちょうどいいですよ」
「なら今はちょっと邪魔ね……ベルとまだ話したいから」
アリアはレッサーパンダを名残惜しそうに見つめてから、そっと枕元へ置いた
「眠いなら寝てもいいんですよ」
「ダメよ。今日は私の誕生日なんだから、誕生日特権は全部使い切るの」
(ちょっとめんどくさい……)
「……で、次は何するんですか?」
「ん〜」
アリアはベッドの上で女の子座りをして、腕を組んで小さく左右に揺れながら、何とか話題を絞り出そうと唸り始めた