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683話 寝る前の女子会?②

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683話 寝る前の女子会?②

アリアがしばらく考え込んだあと、ぱっと顔を上げて声が弾んだ

「……あ、じゃあアレ見せてよ!」

思いついた勢いのまま、アリアは身を乗り出した

「どれですか?」

「決闘の時に使ってた杖!」

「あ〜……気になります?」

「すごいの見せてくれるって言ってたのに、ちょっとしか見れなかったもん」

「しょうがないですね〜……はい」

ベルは右手を軽く上げ、人差し指にはまっていた、光を受けると薄く虹色に揺らめくガラスのような半透明の指輪を外し、そっとアリアへ手渡した

「……ん?」

手のひらにのった指輪をじっと見つめながら、アリアは何のことか分からないといった様子で首を傾げた

「お望み通りの、あの時の杖ですよ。それが」

「……え? どう見てもガラスの指輪なんだけど」

アリアは手のひらの上で指輪を転がすように眺め、光の揺らぎを確かめながら不思議そうに眉を寄せた

『インフィリネーハ 形状変化 杖』

ベルの声が静かに響いた瞬間、アリアの手の上で指輪がぱっと光を放つ

アリアの肩がわずかに跳ね、指輪の輪郭が揺らぎの中でほどけていき、細長い影が生まれる

次の瞬間、あの時の杖の形がくっきりと姿を現した

アリアの目が大きく開かれ、視線が杖とベルの顔の間を行き来する

指輪が杖に変わった驚き、声だけで形が変わった驚き

そして、手にしているものが確かに“あの時の杖”だという実感が一気に押し寄せ、胸の奥で息が詰まるような沈黙が生まれた

「ね、あの時の杖でしょ?」

ベルの声に意識が引き戻され、アリアは口をぱくぱくとさせた後、思わず叫ぶ

「なにこれ?! 本当に変わったんだけど?!」

混乱と興奮が入り混じった視線をベルへ向ける

「私のメイン武器」

ベルがさらりと言ったその瞬間、アリアは視界の端で小さく回転する可動部に気づき、肩をびくっと震わせた

思わず杖を持つ手にぎゅっと力が入る

「な、なんかクルクル回ってるんだけど、私が持ってて平気? 壊れない?」

不安と興味がせめぎ合うように、アリアは杖をそっと持ち直した

「平気平気、壊れたら責任もって弁償してもらうからね。ん〜……大黒金貨1,000枚くらいかな?」

ベルが軽く言った瞬間、アリアの思考が一拍止まった

大黒金貨という言葉が脳内でゆっくり反芻され、ようやく意味に追いついた時には、顔色が見事に引いていた

「……か、返す」

まさかの金額に、アリアは震える指先をどうにか安定させながら、杖をベルへ差し出した

{大黒金貨は1枚で日本円で100億に相当する硬貨です。この世界でも使われることがほとんどない最高価値の硬貨}

ベルが受け取った瞬間、アリアは胸の奥で小さく息を吐き、肩の力が少し抜けた

「ふふふ……冗談だって。私なら壊れても直せるし、力加減下手くそな私が使っても一度も壊れたことないから安心して」

アリアの震えに気づいたベルは、軽く笑いながらそう返した

「ほ、ほんとに?」

「うん。それに……この動いてるとこ、普通に取れるとこだし」

「んなっ!」

アリアが“絶対に触れちゃいけない”と思っていた部位

杖の先端を囲うように、∞の形をした輪が乱回転していたそのパーツを、ベルはごく自然に指先でつまみ、クッと持ち上げた

回転が止まった部品が手の中で静まり返り、アリアは息を呑んだ

「そもそも魔法でこういう風に作ってるだけだから、固定とかされてないし、普通に取れるんだよね」

「……え、なにそれ……?」

アリアは思わず身を乗り出した

「私も面白そうって付けた機能だからあんまり気にしないで」

「そっか……じゃあなんで色んな色のやつが回ってるの?」

「これは各属性だね、例えば今手に取ったこれは無属性の魔石だね、無属性だからガラスみたいに透明。他の属性は色があるからその色だね」

ベルは数えてみせるように指を軽く折った

「火は赤、水は青、風は緑、土はオレンジ、光は黄色、闇は黒、氷は水色、雷は紫、聖は白。それぞれ専用の魔石で、どの属性にも対応できる特別な杖だね」

「そ、そんな国宝以上のものを……さっき私、普通に手の上で転がしてた……?」

アリアの表情に“驚き”と“恐れ”がぜんぶ混ざったような色が浮かび、手が止まる

魔石の淡い光が、その手の中で静かに揺れていた

アリアはその光を追うように瞬きをして、息を少しだけ止めた

ベルは杖を横向きに持ち、先端部分がアリアの前にくるように角度を調整した

さきほど手にしていた無属性のパーツは、指先からゴムで引っ張られたように静かに元の位置へ戻る

杖の先端には、回転し続ける∞のパーツが音もなく円を描いていた

「他にも、魔力の刃を付けようとして、対応した属性の魔石を介すと、その属性の魔力の刃ができたりするよ」

ベルが魔力を杖へそっと流し込む

すると、∞の回転がふっと止まり、向きがゆっくりと上へ切り替わる

最初に赤の魔力刃がスッと伸び、空気をひと筋だけ揺らした

続いて青が同じ軌道をなぞるように重なり、最後に水色の氷の刃が透き通る輪郭を形作る

刃はどれも薄い光のようで、けれど触れれば確かに斬れるとわかる鋭さを宿していた

そして三つの刃が同時に並んだ

色も温度も違う光が静かに共存し、杖の先端に小さな世界を作り出していた

「……っ、すご……」

アリアは思わず腰を引きつつ、そのまま吸い寄せられるように前へ身を寄せた

刃のゆらめきが瞳に映り込み、その色が少しずつ揺れていた

「こんな機能を付けておきながら、いつもそのまま叩くんですけどね」

「意味ないじゃん」

アリアの即ツッコミが、杖の刃より鋭く返る

「杖がなくても魔法の威力は出せるので、そもそも杖自体を使わないんですけどね」

「じゃあなんで作ったの?」

ベルは一瞬だけ視線を横に流し、ほんの小さく肩を揺らした

「何となく、杖持ってた方が……かっこいいから?」

言ったそばから、ベルの声にわずかな照れが沈み込んだ

アリアは一拍置いてから、じとっとした目でベルを見つめた

胸の奥にひやりとしたものが広がる

「じゃあなんであの時は使ったの?」

「……本気で殺そうと思ったので、存在ごと消し去るために。ただでさえ威力が高くて手加減できない魔法を、杖で強化してぶつけようかと」

淡々と落ち着いた声だった

その静けさが、逆に怒りの深さを物語っていた

アリアを泣かせた相手に向けられた、本気の殺意を

アリアは目を伏せ、わずかに口元を引きつらせる

「優しいね」

彼女の声には、思い出した恐怖の震えと、ベルが本気で怒ってくれたことへの小さな喜びが混じっていた

「一応伝えておきますが、この杖のことはあまり他に話さないでくださいね。仲良い子とかにも」

ベルは淡々と告げた

あの淡白さが、逆に重さを帯びる

「なんで?」

「これは一応世界に2つしか存在しないことになってるんで、これのせいで私が身バレします」

「何それ」

アリアはぽかんとしたあと、力が抜けたように笑っていた

「話しちゃダメですからね、誰にも」

「わかってるわ……あと、気になるんだけど、普段はどういう時に使うの?」

「……相手の武器を受け止める棒?」

ベルは少し首を傾けながら、当たり前のように答えた

「ふっ……可哀想な使われ方ね」

アリアの緊張がほどけたように笑いがこぼれ、その視線はどこか哀れみを含んで杖へ向けられていた

「あとは対空攻撃のために投げますね」

ベルはまるで日常の道具でも説明するように、淡々と付け足した

「ほんと可哀想な杖ね。魔法の杖なのに、魔法の杖として使ってもらえてないじゃない」

アリアは半分あきれたように眉を下げ、杖を見ながら小さくため息まじりに笑っていた

「私の力でも壊れないので、ちょうどいいんですよね。色々と」

ベルが淡々と言うので、アリアは小さく肩を揺らして苦笑した

「そうみたいね……色々と面白い話が聞けて満足したわ。もう寝ましょうか」

「ようやく寝てくれますか」

「ん……私がなかなか寝ない子供みたいに言うわね」

「いえそんなことは」

ベルは軽く視線をそらして答えた

その態度にアリアは少しだけ唇を尖らせる

「まだ起きててあげるわ」

「ダメです。早く寝ないとお肌の敵ですよ」

「ちょっと!」

アリアが言い返した瞬間、ベルの手が胸元にそっと添えられた

軽い力なのに、抵抗できないまま体がふわりと倒れ、頭が枕に触れる

起き上がろうとするアリアだったが、胸元を押さえるベルの手が優しい力でその動きを封じていた

「手じゃま、起き上がれないじゃない」

「起き上がらなくて結構です。そのまま寝てもいいですよ」

「なんでよ、まだお話しててもいいじゃない」

反発しながらも、枕に沈んだままの姿勢がどこか子どもっぽい

ベルはため息をひとつ落として、淡々と告げる

「時間を考えてください。夜中の1時半です。良い子はとっくに寝る時間ですよ」

「良い子じゃなくていいから起きてるの。それにもう大人だから関係ない」

アリアはベルの手を指先でちょんっと押してみるが、微動だにしない

そのままベルは冷静に追撃した

「学園は? 明日は16日の土の日です。普通に学園ありますけど、どうするんですか?」

「……」

アリアは口をつぐむ

顔だけベルを見上げたアリアは、枕に沈む髪をふわりと揺らした

「学園から帰ってきてから寝てもいいですが、私と遊ぶんでしょ? なら今のうちに寝ておかないと遊べませんよ? いいんですか?」

「学園で寝れば関係ない」

あっさり返すアリア

けれどベルは淡々と、逃げ道を塞ぐように言葉を置いた

「……仕方ありませんね。もしアリアさんが学園で授業をサボって寝ていたら、私はそのまま帰りますね」

「ダメよ!」

反射的に叫んでしまい、アリア自身が一瞬びくっとなる

胸元を押さえるベルの手は、相変わらず容赦なく優しいまま

「なら寝てください。私の時間は明日もアリアさんに貰われてるんですから。明日でもいいじゃないですか」

「むぅ〜」

枕に頬を押しつけ、不満をそのまま形にしたような声が漏れた

大人だと言い張っていたわりに、拗ね方だけは完全に子供で、ベルは目元だけで小さく笑っていた

「よいしょ……」

胸元からベルの手がそっと離れた

その瞬間を待っていたアリアは勢いよく身体を起こそうとする

だが、ベルの手があった位置に、なぜか“触れられている感覚”だけがそのまま残っていた

起き上がろうとした肩が、見えない重さにそっと押し返される

「!……ってなにこれ!?」

確かに誰も触れていないのに、さっきまでのベルの手の温度を薄く思い出すような圧だけが残り、アリアは驚いて目を丸くした

「手を離したら起き上がるじゃないですか、だからです」

淡々とした声が静かに落ちる中、ベルは足元に畳まれていた布団へ手を伸ばし、音も立てずに引き上げた

布がさらりと滑りながらアリアの胸元へ運ばれ、形を整えるようにふわりと収まっていく

「まだ眠くない!」

「残念、アリアさんがこのぬいぐるみを選んだ時点で勝負はついていたのです」

そう告げると、ベルは枕元のレッサーパンダのぬいぐるみをそっと手に取り、軽く布団をめくってアリアの胸の上へ優しく置いた

「両手でこうやって抱きしめるようにすると、もーっと眠くなりますよ〜」

ベルがアリアの手を導くようにふわりと動かすと、自然とぬいぐるみを抱きしめる形がつくられた

「まだ寝ない!」

声だけは元気なのに、アリアの腕はぬいぐるみを抱えた姿勢のまま固定されてしまい、本人も状況がつかめず戸惑っていた

「どうします? 寝ますか? 寝ないと動けませんけど」

「何よ、これ」

「寝ない子供への対策魔法ですよ。暴れそうな子でもぬいぐるみを抱かせて固定してしまえば、だいたい静かになりますし……ほら、動けないと眠気って来るものなんです」

すべて淡々と語り終えたあと、ベルは口元だけでひっそりと悪い笑みを浮かべていた

「私はもう…子供じゃない!」

「ならおかしいですね。子供が夜更かしするのは分かりますけど、大人なのに寝ない人もいるんですね」

「……」

アリアは一瞬口を開きかけたが、言葉にならないまま閉じてしまった

枕の上で揺れた視線は、徐々に重くなってきているようだった

「ベルは……どうなのよ」

ぬいぐるみを抱えた腕に力が入らず、語尾が眠気に引っ張られていた

「私はまだ10歳で大人じゃないですからね。起きていても問題ありません」

「……ずるい」

そのつぶやきも、ほとんど息に溶けかけていた

「私も寝たいんですけどね。わがままな子がここにいて寝れません」

ベルの淡い声が、静かな部屋に落ちていく

「しょうが……ないわね。子供は……ちゃんと寝ないとダメ……だもんね。寝て…あげるわよ」

「それでいいんです」

「ほら……一緒に寝るよ。一緒じゃないと……寝ない…からね」

「はいはい」

ベルは小さく息をつき、アリアの隣へ音もなく横になった

「それで…いいのよ」

アリアは半分夢の世界に片足を入れながら、嬉しさがこぼれるような笑顔を浮かべていた

ベルが横で布団に入ったのを確認した直後、そのまま静かに夢の世界へ落ちていった

(ふぅ、やっと寝たよ)

《ピクシー、ちょっとしたらアリアさんを固定してる魔法、解除してあげて》

《分かりました。マスターはどうします?》

《俺は……うん、このまま横になっとくよ。起きたら面倒だし》

《わかりました》

それから数十分が経過したころ

《なんか……俺まで眠くなってきた》

《マスターの体は睡眠を必要としませんが、同じ布団のすぐ横に睡眠導入の魔法のかかったぬいぐるみがありますからね。その影響でしょう》

《効果出るの遅くない?》

《そのぬいぐるみは抱きしめたり枕にしたりなど、体に密着させることで効果が最大限発揮されるものです。今は少し距離がありますから、効き始めるのが遅れたのでしょう》

《離れてても効果あるの?》

《ええ、同じ布団に入っていて、ぬいぐるみから発せられる温もりの“余波”が伝わる距離なら、弱い効果は出ます。密着している時の十分の一程度ですが、眠気を呼ぶには十分かもしれませんね》

《そっか……このままだと俺寝るかも……》

普段なら絶対に訪れないはずの眠気が、ふわりと体の奥に沈み込むように広がっていく

《寝てもいいと思いますよ。睡眠を必要としない体とはいえ、誰も寝てはいけないとは言っていませんし》

《確かに》

《おやすみになられますか?》

《そうするよ……アリアさんにかけた魔法、よろしくね》

《お任せ下さい。ぬいぐるみは必要ですか?》

《いらない》

そう返したあと、ベルの意識はふっとゆるみ、そのまま静かに夢の世界へ沈んでいった