687話 家族の間での時間②
687話 家族の間での時間②
皆が朝食をとり始めて、ほどなくした頃
静かな食卓で、ふとルーカスがベルへ視線を向けた
「ベル、俺たちと食べる朝食はどうだ?」
「美味しいです」
素直な返事に、ルーカスが少し安心したように息をつく
「それは良かった。何も言わないから、何かあるのかと思ったぞ」
「マナー的に、話さない方がいいのかと思いまして」
ベルが小さく首をかしげると、ルーカスは軽く笑った
「ここでは別にそんなの気にしなくてもいいぞ。口の中に食べ物を入れた状態で喋らないなら、食事中に会話しても問題はない」
「そうでしたか。じゃあ1つ聞きたいことがあります」
ベルが姿勢を正すように顔を上げる
「どうした?」
「私が参加したことで、朝食の時間が遅れた……なんてことはありませんか?」
「なぜそう思った?」
「私とアリアさんが部屋に来てから、けっこう長くお話をしていましたので、私のせいで遅れてしまったのかと思いまして」
少し不安をにじませた声に、ルーカス、アルミア、アリアの3人は互いに視線を交わし、自然と微笑みを浮かべた
「そんなことを気にしていたのか」
「何も伝えずに突然お伺いした形なので、準備に時間を取らせてしまったのかと思いまして」
ベルの言葉は控えめで、どこか申し訳なさが混ざっていた
「何も問題ない。それに、さっきもメイドに伝えたが、今日はいつも通りの時間だ」
「そうなんですか?」
「あぁ。俺たちは王族という立場上、俺は国王としての仕事、アルミアは王妃としての仕事、アリアは学園と、それぞれ日中の過ごし方がまったく別なんだ」
ルーカスは少し視線を落とし、けれど穏やかな声で続けた
「だから家族で集まる時間がとても少ない。その代わりに生まれたのが、この家族の時間だ。食事は毎日3度ある。だから食事の前の15分を、可能な限り必ず家族で過ごす時間にしている」
語り終えると、テーブルには静かでやわらかな空気が漂っていた
「家族の間という名前はな、アリアがまだ小さかった頃の言葉がきっかけなんだ」
ルーカスはふと懐かしむようにアリアへ視線を向けた
「当時、アリアが“お父さんとお母さんと一緒にいられないのが寂しい”と言ってな。その言葉を受けて、この家族の時間を作ったんだ。するとアリアが“ここは家族の間だね”って言ってくれてな。それがそのまま名前になった」
アリアは少し照れたように視線をそらし
「そ、そんなこと言ってないよ」
小さくそう呟いていた
「そんなことがあったんですね。名前の理由が腑に落ちました」
「可愛い理由だろ?」
「はい。アリアさんの可愛いわがままから生まれた、とても素敵な空間です」
気恥ずかしさと温かさが同居する空気が、そっとテーブルに広がっていった
そのあとも簡単な会話を交えながら食事を続け、やがて全員が朝食を食べ終えた
「うむ……今日も美味かったな。じゃあ、手を合わせて」
食事を始めた時と同じように、皆が手を合わせる
「ご馳走様でした」
(ご馳走様でした)
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
食事を終える挨拶が静かに重なった
その余韻が残る中で
コンコンコン
見計らったようなタイミングで、扉がノックされた
「入れ」
「失礼します」
短い返事に合わせて扉が開き、先ほど料理を運んできた使用人たちが手際よく空になった皿を片付けていった
「ありがとう。今日も最高に美味かったと伝えてくれ」
「承りました。それでは、これにて失礼いたします」
食器類が全て回収されたのを確認すると、使用人たちは揃って一礼し、静かに扉の向こうへ戻っていった
「この後2人は学園だよな。しっかり励んでこい」
「はい。少ししたら出発します」
「いつも通りだな……そういえばベル、学園はどうだ? 決闘の件以外は何も聞いてなくてな」
ルーカスは自然にそう尋ねる
「私が今通っているマーベルドの学園とは、授業の形式や設備の充実度が全然違うので新鮮ですね」
「ここの学園は世界でも技術の最先端と言われているからな。それはあるだろう。授業のレベルも全く違うはずだが、ついていけているか?」
「はい」
ベルが短く返したその瞬間、アリアが少し身を乗り出して口を挟んだ
「お父様、ベルは全部の授業でなんか暇そうにしてるから、多分なんだけど……全く分かってないか、逆に全部わかってるかのどっちかだと思う」
「どうなんだ?」
ルーカスは面白い話題を拾ったかのように、口元だけで愉快そうに笑って尋ねてきた
「座学は大体わかるので問題ないですね。実技は何回か注意されましたけど」
「なんだ、サボってたのか?」
「いえ」
ベルが首を横に振ると、アリアがすぐに言葉を続けた
「お父様違うよ。ベルはサボって怒られたんじゃないの。やりすぎて怒られてるの」
「やりすぎ?」
「そう。お父様も魔法の訓練で使う的って分かるでしょ?」
「あぁ、あるな。とんでもなく頑丈で、魔法をいくら撃っても壊れないって言われてるやつ」
「ベルはそれを魔法1発で壊したの。5個ぐらい」
「フッ、それは確かにやりすぎだな!」
ルーカスは自分も学生時代にその“壊れない的”を何度も相手にしてきたため、アリアの言葉に思い当たるものがあったのだろう
信じられないというより、呆れと納得が混ざった笑みを浮かべていた
「あとね、純粋な力勝負でガストン先生に勝ってた」
「マジか! あいつが腕力勝負で負けたのか。次会ったらからかってやろ」
ルーカスは口元をゆるめ、面白いネタを手に入れたという満足げな笑みを浮かべていた
「まぁ、楽しんでるならいい。学園は勉強をするのが目的だが、それと同じくらい楽しむのも大切だ。つまらないと行く気力もなくなるからな」
「ベルと一緒に行ってから、退屈に感じることがないわ。色んな意味でベルは面白いから」
アリアの率直な声に、ルーカスが目を細めた
「そうか。アリアがそう思うのなら、俺もベルの一時入学許可書を書いたかいがあるな」
「はい……では、そろそろ学園に行ってまいります」
「もうそんな時間か。行ってきなさい」
「はい。ベル、行くよ」
「あ、はい」
アリアは軽い足取りで立ち上がり、ベルの手をそっと取った
そのまま引かれるようにして、ベルはアリアと並んで家族の間を後にした