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688話 考えたら負け

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688話 考えたら負け

ベルとアリアは馬車で学園へ向かい、到着するとそのまま各授業が行われる教室へ足を運んだ。

1限目は数学の教室で授業を受け、続く2限目は歴史の教室へ移動して座学が続いていく。

そうして午前の時間が流れ、気付けばお昼になっていた

昼休みになり、学園の食堂でいつものように仲間たちと席を囲むと、シモンが椅子に腰を下ろすと同時に口を開いた

「そういやさ、お前ら昨日学園に来てなかったから知らないかもしれないが、オルカは退学なんだとさ」

「そうなの?」

「あぁ。他にもオーロックの爵位取り消しと、虚偽に加担した連中を投獄して尋問してるらしいぞ」

「ふーん……お父様から何も聞いてないけど、そんなことになってたんだね」

「王族のくせして聞いてないのかよ」

「うん。というか、お父様がオーロックに何かしてる雰囲気がなかったのよね」

「そうなのか」

アリアはスプーンを軽く揺らしながら、まるで本当に興味がないというふうに肩をすくめた。

「そうよ。まぁオルカのことなんて、もうどうでもいいわ。自業自得だし」

その一言で話題はあっさり流れ、あとはいつも通り、他愛のない話でテーブルが賑やかになっていった。

ベルもその輪に混ざりながら昼食を進め、気付けば食堂の喧騒が少しずつ落ち着き始めていた

昼休みの終わりが近づく頃、鐘の音が鳴り、みんなはそれぞれトレーを片付け始める

「じゃ、そろそろ行くか。午後もお互い頑張ろうな」

そんな声を背に、ベルたちは席を立ち、次の教室へ向かうため食堂を出た

「次ってなんの授業なんですか?」

「魔法よ。今日は対人戦がどうとか言ってたから訓練場ね。だから着替えるわよ」

「……また、ですか」

ベルの表情には、悟りと諦めが半分ずつ混ざったような影が落ちる

「そう。ほら行くよ〜」

アリアは楽しげにベルの手を引き、半ば引きずるように更衣室へ続く廊下へ連れていった

しばらくしてアリアが体操着に着替え終えると、二人はそのまま訓練場へ向かって歩き出した

「……あれ? 今日の授業ってここだったよね?」

「私に聞かれても知りませんよ」

訓練場にはアリアと同じ3年生の姿に加え、明らかに年上と思われる生徒たちが何人か集まっていた

「あ、先生いた。聞いてくるね」

「はい」

アリアはベルの手をそっと離し、先生のいる方へ小走りで向かっていった。

残されたベルは、ざわつく訓練場の様子をぼんやりと眺めながら待つことにした

それからほどなくして、アリアは軽い足取りでベルのもとへ戻ってきた

「どうでした?」

「なんかね、5年生以上の生徒と私たちで合同の魔法訓練なんだって。上級生が1人か2人と、私たち3年生の何人かでチームを組んで、お互いに模擬戦をするみたい」

ベルはわずかに眉を寄せ、アリアの言葉を飲み込むように息を吸った

「模擬戦って、それ大丈夫なんですか?」

「一応ね。一定以上のダメージを受けると自動的に死亡扱いになって、安全地点まで引き戻される魔法があるのよ」

「なるほど」

(俺はよく使うけど、ここでも似たようなのが使われてるんだ。普通の人でもよくこんなの作れたね)

二人はそのまま列の端で授業開始を待っていた。

訓練場の空気が少しずつざわめき、上級生たちの姿も増えていく

「ん? シモンさんも来ましたよ?」

ベルが視線を向けると、訓練場の入口から見慣れた姿が歩いてくる

「へぇ〜、シモンも参加するのね」

アリアは軽く息を弾ませながら手を振り、シモンへ合図を送っていた

「なんだ、お前らも参加すんのか?」

「うん。というか3年生は全員参加なのよね」

「俺らの方は、余裕があれば授業の手伝いに来てくれって声をかけられたんだよ。特に受けたい授業もなかったから来てみた」

「本音は?」

シモンは肩をすくめ、ちらりとベルへ視線を送る

「3年ってことはアリアがいて、ベルもいると思ってな。ベルの実力は知ってるけど、どんなもんなのか間近で見てみたい」

「ふふっ、1歩間違えれば死ぬかもしれないのによく来れたわね。まぁせいぜい殺されないように頑張りなさい」

「……あ、やっぱやばいんか?」

「魔法の的、一撃で壊す」

「…………あっ、それはやべぇな」

シモンはその一言で全てを悟ったのか、若干引き気味の苦笑いを浮かべていた。

昨日のリヴァイアサンとの戦いを見ていたが、間近でその戦いを見てみたかったようだ

「ベルもある程度は制御できるようになったし、きっと大丈夫よ……たまに頭おかしい威力になるけど」

アリアは言いながら、最後の言葉だけ小さくなり、視線をそっと逸らしていた

「……さ、さすがに守護魔法は貫通しないよな?」

「さぁ? 試してないからわかんない」

「……逃げるか?」

「だーめ。私の前に現れた以上、もう逃がさないわ」

「クソッ! 1番厄介なやつに捕まった!」

アリアは右手でベルの手を握ったまま、先ほど手を振られたのを見て軽い気持ちで近づいてきたハンクの腕を左手で容赦なく掴み、そのまま二人をしっかりと確保していた

「何してるの?」

ハンクがアリアに捕まったことへの軽い文句を口にした、そのすぐ後に背後からそう声をかけられた

「ん? ミアラ、お前も参加すんのか?」

「うん。お兄ちゃんがベルにやられるところを見に来た」

「うわっ、ひっでぇーの」

シモンのぼやきは軽やかに無視され、アリアが首を傾げる

「ミアラも参加するの?」

「うん。お兄ちゃんがベルにやられるかもしれないっていう、面白そうなところを見逃すのは勿体ないからね」

ミアラはまるで良い席を確保しに来た観客のように、さらりと言ってのけた

「そっか。なんだか面白いことになりそうね」

「……あの、そろそろ離してくれると嬉しいんですけど」

嬉しそうなアリアに、ベルは控えめにそう伝えた。

けれどアリアは不思議そうに眉を寄せる

「どうして?」

「めっちゃ視線を感じます。だから離してください」

訓練場に集まる上級生たちの視線は、鋭いものから好奇心の光を宿したものまで入り混じっていた。

先日の決闘で名を知られた“規格外の新入り”としての注目。

アリアと手を繋いでいる“可愛すぎる子”という驚き。

さらに、周囲の生徒が全員体操着を着ている中で、ベルだけが制服という否応なしの場違い感。

そして締めに、訓練場の真ん中で手を繋いでいるという光景そのものへの視線

「別にいいじゃない。それに、手を繋いでないと、あなた逃げるでしょ?」

「今更そんなことしませんよ」

アリアはベルの手をきゅっと握り直した

「ベルを誰かに取られるわけにはいかないからね。手を繋いで、私のって示しとかないと」

「アリアさんのものになった記憶はありません」

「残念、今日のあなたは私に貰われてるから。今日限定だけど私のものです」

「……そんな記憶はありません」

そんなやり取りをしていると、横からミアラがベルの制服姿を改めて見てから言った

「見られるのが嫌なんだったらさ、体操着に着替えたらいいんじゃないの? 今はあなただけ制服だから目立ってるんだと思うよ。体操着なら少しは紛れられると思うけど」

「ベルは一時入学って感じだから制服以外ないのよね。だから体操着を持ってないの」

アリアはベルの手を離す気配も見せずに、ミアラの疑問に答えた

「そうなんだ。じゃあいつも実技の時は制服で授業を受けてたの?」

「そう。動きにくそうなのに、制服でよく動くわよ」

「それはそれですごいわね」

ミアラは感心したように笑っていた。

その笑みは、面白そうな展開を先取りしている観客のようだった

「やっぱり体操着にした方がいいですか?」

「した方がって、ないからどうしようもないでしょ?」

「そのまま動かないでください」

「?」

アリアは言われた通り、その場でぴたりと動きを止めた。

ベルはアリアをじっと見つめ、何かを確かめるように視線を離さない

「ん?……あんまり見つめられても困るんだけど」

アリアがわずかに肩をすくめ、困ったように視線を逸らす

「もう少し待ってください」

ベルは静かに続け、アリアは再び言われた通りに止まったまま様子をうかがっていた

「さすがに胸ばっかり見つめられたら恥ずかしい……」

「待ってください」

(こうやって見るとすごい付与の数だね。よくこんな服を生徒全員に配ってるよ)

アリアの訴えはまったく届かず、ベルは真剣そのものの表情で視線を外さなかった

「ベル、あんまり女の子の胸ばっかり見つめちゃダメ」

「あぁ〜」

その瞬間、ミアラが後ろから両手でベルの目を覆い隠した。

まるで悪戯を見つけた姉のように、ミアラの口元がにやりと動く

「何するんですか」

「アリアが困ってるでしょ。胸ばっかり見つめちゃダメ」

「別に見てませんけど?」

「どこがよ、見てたじゃない」

「いえ、私は体操着を見てました」

「屁理屈ね?」

「いえ、とにかく手を離してください」

「見ちゃダメよ?」

「だから見てませんって」

「どうだろうね」

そう言いながら、ミアラはまだ少し疑いの目を向けつつも、ベルの目から手を離した

「アリアさん、1回手を離してください」

「逃げる気?」

「いえ、ちょっとやりたいことがあるので」

「……2人とも、ベルを囲んで逃げられないようにして」

「俺まで巻き込むなよ」

「いいじゃない。シモンは既に私に捕まってるわけだし」

「そろそろ離してくれよ。いつまで俺はお前に捕まってなきゃいけないんだ」

「じゃあベルが逃げないように協力してくれたら離してあげる」

「どうしたらいい」

早く解放されたいのか、シモンは即座に受け入れた

「ベルを囲うように、3人で手を繋げば逃げられないと思う」

「わかった」

(ちっちゃいから下から逃げられそうだけどな)

そう返事をすると、アリア、シモン、ミアラの3人はベルを囲むように立った。

そして最後にミアラが手を伸ばし、アリアがベルの手を離した直後、その手をミアラが掴む。

こうしてベルは、3人に完全に囲まれてしまった

「隠してくれるなら好都合ですね」

そう言ってベルは、胸の前あたりで両手を向かい合わせ、少し間隔を空けたまま魔力を集中させる

次の瞬間、両手の間から淡い光があふれ出し、その光はゆっくりと広がっていった。

やがて形を持ち始めたそれは、布の質感を帯びながら変化し、周囲の生徒たちが身に着けている体操着と同じ姿へと整っていく

「え、何それ」

「魔力で作ってる?」

「すっげ……そんなことできる魔法があるのか」

目の前で起きている光景に、3人は思わず声を上げ、その完成の瞬間をじっと見つめていた

「物は完成。次は付与」

出来上がった体操着の見た目はごく普通のものだった。

半袖半ズボンの体操着で、袖口と首元は赤色、それ以外は白。

ズボンも同じ赤色の半ズボンで左右に2本の白いラインが入っている。

周囲の生徒たちが着ている体操着と見分けがつかないものが出来上がった

「付与は、透け防止、斬撃耐性、打撃耐性、魔法耐性、熱耐性、衝撃分散、清潔維持、防臭、軽量化、自動修復」

ベルは指折り数えるように1つずつ呟きながら、目の前に浮かぶ体操着へ付与を施していった

「できた」

次の瞬間

「ちょいちょいちょい!!」

勢いよくアリアにツッコまれ、ベルは何が起きたのかわからないといった様子で首を傾げた

「ん?」

「ん? じゃないわよ。今、何したの?」

「体操着を作って、その体操着に、みんなの体操着にも付いてるのと同じ付与をしました」

あまりにも当然のように答えるベルに、アリアは思わず頭を抱えた

「……どうやって作ったの?」

アリアに代わって、ミアラがそう聞いた

「魔力を物質に変換して、体操着を作りました」

「……それが何?」

「魔力を元に物質を作るスキルです。その代わり、かなりの魔力を使います」

一瞬の沈黙のあと、ミアラは助けを求めるように隣を見る

「……お兄ちゃん、これ分かる?」

「知らんな」

シモンは即答だった

「まぁ、よくわからんものは置いておいてだ。付与はどうやったんだ? 明らかに普通のやり方とかけ離れてたぞ」

「普通ですよ? 付けたい付与効果を思い浮かべながら魔力を込めて定着させる。それを繰り返すだけです」

数秒考え込んだあと、シモンは諦めたように肩を落とした

「よし、お前ら諦めよう。俺たちとベルの世界は、もう完全に別だ」

「そうね。ベルが色々やばいのは分かってるつもりだったけど、これはさすがにおかしいわ」

アリアの言葉に、ミアラも深く頷く

「ベルのことは考えたら負け。私たちの常識が壊されちゃう」

「酷いですね。私は普通なんですけど」

一瞬、場の空気が止まった

「……」

次の瞬間、アリアは繋いでいたミアラの手を離し、無言のままベルの頭に軽く一撃を入れた

「いてっ」

呆れと確信が入り混じった視線で、アリアはベルを見つめていた

「あっ、忘れてた。即着も付与しないと」

そう言ってベルは、最後の仕上げと言わんばかりに魔力を送り込む

「即着」

短くそう声に出した瞬間、ベルの着ていた制服は淡く揺らぎ、次の瞬間には今作ったばかりの体操着へと切り替わっていた

「これもベルの常識外要素か」

「すごい付与魔法ね」

服が突然切り替わったにもかかわらず、シモンとミアラは驚きつつも、どこか当然のようにそれを受け入れていた

「これ自体は見たことあるけど……これはこれでおかしいわよね」

「だな。もう考えたら負けだ」

3人はほぼ同時に思考を放棄し、ベルを囲うために繋いでいた手をそれぞれ離した。

訓練場のざわめきの中、4人は何事もなかったかのように定位置へ戻り、授業が始まるのを静かに待っていた